同棲契約

森川圭介

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#1同棲契約

メイド

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会議室に行くと、まだ誰も来ていなかった。
珈琲を側に置き息をつく。
すると、暫くして扉が開き高畑君が入ってきた。
「お隣宜しいですか」
「うん」
彼はスッと隣にかけた。話すこともなく沈黙が続く。
「この前はありがとう。」
「いいえ」
「どうして庇ってくれたの」
「浅田先輩のこと信じてますから。それに眞鍋はああいう人なんです」
チョコレートを机に置き、高畑君に渡す。
「甘いもの好き?ちょっと休憩しよう」
彼は頷きチョコレートを受け取ろうと手を伸ばした。
私の手に重ねるとじっと見つめた。いつものふざけた様子ではない。
「そろそろ僕とのこと本気で考えて下さい。思わせ振りな態度をとられるとどうしようもなくて。」
そう言い俯いた。
「好きなんです。僕は本気です。」
顔を上げると耳まで真っ赤だった。
「考えておいて下さい。返事はいつでもいいですから。」
「それは」
「まだ、僕と相沢さんで決めかねてるんですか」
どうして選べないんだろう。
「私はどっちとも良い関係でいたい」
「でも、結婚は一人としか出来ません」
そこまで考えていたんだ。相沢さんにはいつも助けられていて、側にいてくれる安心といない時の恋しさは恋なんだろうか。
だけど、高畑君は笑顔をくれてフォロー上手でいつも味方で友達彼氏になったら楽しそうだな。
「もう少し時間をくれる?」
「じゃあ、僕が正式に結婚を申し込んだらどうしますか」
扉が開き人が入ってきた。
咄嗟に手を離し、何事もなかったかのように振る舞う。
手の熱でチョコレートが少し溶けていた。

いつものように出勤後、珈琲をいれていると上司から呼び出された。
「浅田さん、ちょっと」
会議室なんかじゃなくその場で話せばいいのに。
新井さんはパンフレットとパワーポイント等の資料を持っていた。
彼は私に企画書を渡す。内容に目を通せということだろう。
「というわけで、浅田さんにはメイド喫茶のお手伝いをしてもらう。」
「は?あの、何を仰って」
「大事な取引先からの依頼があって。それに、今の若者のニーズを知ることにも繋がるし。勿論、タダでという訳じゃない。
昼食つきで日給に色がつく。」
少しだけ魅力的に感じる。
「だからと言って私でなくても他に人材はいくらでもいるじゃないですか。会計課や秘書課とか。」
「仕事が出来て、毎日ちゃんと報告書を出してくれそうなのは浅田さんしかいないんだよ。」
「そんな消去法的な」
褒められてるのか分からないけど。
「宜しく頼んだよ。皆には出張で北海道辺りにいることになってるから」
というわけで、1ヶ月だけメイド喫茶に派遣されたのであった。
慣れない場所に事務職の私が接客をする羽目になるなんて。
仕事に慣れてきた三週目のこと。
「いかがですか。」
チラシを配り顔を上げると、目があった。
一瞬時間が止まったような錯覚に陥る。
開いた口が塞がらない。お互いにみるみる顔が赤くなる。
「浅田、これは違うんだ。そういう趣味があるという訳ではなくてだな。
浅田こそこんなところで何してるんだ。」
「それは…。よかったら中で昼食でも。安くて美味しいですよ」
クーポンを指差す。一応人を入れればいれる程みんなの給料が上がる。
「そういや昼食を何処でとるか悩んでいたところだ。スーツ姿のサラリーマンが入って浮かないだろうか」
「いや大丈夫ですよ」
大丈夫なわけない。だけど、そのまま案内した。
相沢さんは微妙な顔で建物に入った。やっちまったな。
「浅田さんチラシはもういいから、中でウェイターやってくれる?」
「はい」
私はカウンターに向かった。
今頃、相沢さんはもえもえきゅんしてもらってんだろうな。
スーツ姿を皆にジロジロと見られて、メイドには構われて。
耳だけそば立てる。
「お兄さんお帰りなさいませ。今日はお仕事ですかー?」
相沢さんが戸惑う。
「あぁ、昼食をとりにきた。メニューは何がありますか」
「ラブラブオムライスときゅんきゅんラーメンとニコニコパスタと」
もう早速ドン引き。
「ら?ラブラブ?オムライス?」
私はその様子に焦りながらも、笑いが込み上げてくる。
私は厨房に頼まれて食事を運ぶと、相沢さんのテーブルだった。
「お待たせ致しました。ラブラブオムライスでございます。」
彼はありがとうと照れ臭そうに言った。
オムライスを口に運ぶと美味しいと呟いた。
ジロジロとミニスカートを見てくる。
「そんなジロジロと見ないで下さい。私も恥ずかしいんです」
「いや、珍しくて」
流石に恥ずかしくて相沢さんにもえもえポーズはできない。
「男にチヤホヤされたいのか。そんなやけにならなくても」
そうぶっきらぼうに言う。モテなくてやけになって始めたみたいじゃない。
「男なら誰でもいいのか」
彼は黙々とオムライスをたべる。これはやっぱり勘違いしている。
「俺がいるのに」
何その台詞。そっぽを向いて慌てて返す。
「ニーズに応えるべく派遣されたんですよ。これは仕事なんです。」
「そうか。」
トレーを運んでいると、若い男性が大通りの向こうから歩いてくる。
あのサラサラの黒髪は見覚えがある。咄嗟にトレーで顔を隠す。
「こちらはドキドキミートボールでございます。」
彼はチラリと一瞥して通りすぎた。ほっと胸を撫で下ろした。
ふと顔を上げるとさっきの人が戻ってきた。
「浅田先輩じゃないですか」
やっぱりばれたか。高畑くんはにこりと笑った。
「声で分かりました。どうしてここに」
「仕事。高畑くん、このことは秘密で。うちの上司しか知らないの」
高畑くんは驚いたように笑う。
「そーいうわけですね。了解。ここでご飯食べても?
サービスしてくださいよ。」
私が頷くと彼はスッと中に入った。するとメイドが色めき立った。
「イケメンじゃない。子犬系的な。」
彼の周りには忽ちメイドが集まった。
高畑くんは案内され席に着こうとした。その時、重大なミスに気がつき頭を抱えた。
「あっ」
背中合わせの席でバッタリ二人は出会ってしまった。
「君は高畑くんだったか」
「相沢係長。どうして」
気まずそうに二人はうつむいた。
「俺、実はメイド喫茶が好きなんだ。」
「お、俺もです。偶然ですね。」
二人はその後黙って席に着いた。
すぐに厨房からお呼びがかかりどうすべきかパニックだけど、私は知り合いではないように振る舞った。
すると小太りの男性がお店に入ってきた。
「太田様お帰りなさいませ」
女の子達が声を揃えた。太田は真っ直ぐに私のところにきた。
「ゆかたん、お待たせ。ゆかたんの為に来てるんだよ。」
二人の顔がひきつる。あちゃー見せてしまった。
「お帰りなさいませ太田様。」
「ゆかたんには弘くんと呼んで欲しいな。」
彼はドスリと席に座った。
「今日はカレーライス頼もうかな。ゆかたん特製のゆかたんビームを頂戴」
「かしこまりました」
私はオーダーをとり、厨房に戻った。
オーダーを伝え、ほぼほぼレトルトのカレーライスを手に太田さんの元に戻った。
「弘くんお待たせしました。それでは、お待ちかねのゆかたんビーム。」
「うわーやられた。」
この茶番をノリノリでぶりっこしてやるしかないのだ。仕事なんだから。
「ゆかたん特製のカレーは特別美味しいよ」
「よかった。ごゆっくり」
私は笑顔がひきつらないように気をつけて、トレーを運んだ。
「太田というよりふとだじゃん」と裏で言われていたことを思い出した。
運んでいると服の裾を捕まれた。
「おい、大丈夫なのか」
二人が心配そうに見上げている。
「心配です。こんなとこでいつまでやるんですか。」
「来週で終わりだけど」
二人は同時に溜め息をついた。
「隙が多すぎる」
「男のことがわかっていない。」
「思わせ振りな態度をとると付け上がるぞ」
「そうそう。ストーカーになるかもしれないし。」
「そこんとこ大丈夫なのか」
口々に言ってくる。
「ええと、そんな私なんか特に若くて可愛くないんで心配は不要なのでは」
二人は顔を見合わせた。
「さっきも別の客にちょっかいかけられてたし」
「もしかして、誘えるのではと思われている」
「チョロい女だと思われている可能性が高い」
交互に意見を言い合う二人は昨日までいがみ合っていたとは思えない。
「だから」
「つまり」
「気をつけてほしいってこと」
私は二人の雰囲気に気圧されて頷くことしか出来ない。
「わかってますって」
二人は昼食をとるとすんなり帰っていった。
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