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第二章
12 王子様と秘密の会合2
「『光属性』持ちだからといって皆が『浄化』を簡単に使えるわけではないよ。使いこなせるようになるには普通は修行が必要だからね。それに実際問題として『浄化』の力が使える者はごく僅かなんだ。まあ、過去には産まれた瞬間から簡単に力を使える者もいたらしいけど……」
サミュエルは歯切れ悪く説明する。つまり現在は誰一人として『浄化』の力を自在に行使できる者がいないということか。それはノアにとって絶望的な宣告だった。
『浄化』は「光属性」の特殊技能のひとつだ。穢れや瘴気などを祓うことができる力をさす。聖女や一部の神官たちが扱うと聞くが、ノアは実際に目にしたことはない。絵本に出てきた勇者はその力を駆使して魔王の力を無効化したという設定だったが……
「私も全く使えない訳じゃないんだ。でも制御が難しいんだよね。……いろいろと試そうと思ったら、闇属性の魔力が必要になるってことだ」
サミュエルは申し訳なさそうにしながらも、期待を込めた表情でノアを見つめ理由を述べた。要は実験台になれということらしい。ノアは苦し気に唇を噛んだ。
「……申し訳ございません。どうかご容赦ください」
ノアは頭を下げて必死に懇願した。彼の命令であれば何でも従うつもりではあったが、この要求には応えられない。万が一サミュエルが闇に魅入られて、堕ちてしまっては大変だ。ノアは自分の魔力が人を狂わせる可能性があるのをよく知っている。そんなリスクのある行為など到底できるわけがない。
「どうしても?」
「できません」
サミュエルの言葉にノアはキッパリと拒否する。彼の瞳がゆらりと揺らいだ気がした。
「そうか。……なら仕方がない。じゃあ、代わりに私の魔力をノアに少しだけ流してもいい?」
ノアの手を握る力が強くなる。指が絡められて逃げ道を塞がれた。
「……それは、私の中の闇の部分を消してみるということでしょうか?」
恐る恐る尋ねるとサミュエルは静かに首を横に振った。
「どんな影響があるか分からないから、まだノアに対して直接『浄化』は試さないよ。自分に渡してくれた魔力なら別だけど。それに、ノアが怖いならやめておく」
矛盾している、とノアは感じた。ノアの魔力を自分が取り込むことには無沈着だが、自分の魔力がノアに与える影響に対しては慎重な姿勢だ。
今度はサミュエルの目的が何なのか分からなくて混乱する。魔力譲渡は回復目的の他に、術者同士のコミュニケーションとして使われる場合もある。しかし通常は魔力の相性の良いもの同士でなければ成立しない。そして大抵の場合が親密な間柄だ。
「……わかりました」
ノアは渋々ながら了承した。サミュエルの真意は測りかねるが、彼の頼みを何度も無碍にすることはできない。光属性と闇属性は大抵相性が悪く反発する可能性が高い。自分が受け入れる立場なら、我慢して耐えればいいだけだ。
「少し魔力を流すから、痛かったり苦しかったりしたらすぐ言うんだよ」
サミュエルの手がノアの手を包み込むように重ねられる。暫くすると、温かな奔流がノアの中に流れ込んできた。光属性の魔力は闇属性に対して攻撃的だという一般的な認識があったが、予想に反して身体中にじんわりと広がっていく感覚は心地よかった。先程紅茶の中に感じた『悪意』とは正反対のものだ。
「大丈夫?」
「……はい。……あ」
唐突に記憶の断片が蘇った。懐かしい声が耳に届く。
『ほら。痛みが消えただろ?』
『光の魔力は痛みを癒すことができるんだ。おまけに気持ちも落ち着くらしいよ?ノアは心配症だから丁度いいな』
『ノアは何も心配しなくていいぞ。辛いことは全部俺が引き受けるよ』
昔の光景が蘇る。兄マティアスがノアに向けて笑いかけていた。幼い頃のノアは魔力量が安定していなかった。溢れる闇の魔力を制御できず周囲に被害や悪影響を与えてしまうこともあり、精神的に不安定になっていた。兄はそんなノアを慰めるために光の魔力をよく送ってくれたのだ。記憶の中の暖かい光は今のサミュエルの魔力と似ている気がする。
ふわふわとした気持ちが湧き上がり、思わずサミュエルの手を強く握ってしまう。まるで麻薬中毒患者のように彼の魔力がもっと欲しいと願ってしまう。
「……へえ、やっぱりノアとは魔力の相性悪くないみたいだな。この間孤児院にいた闇属性の子は、私をものすごく嫌がってたのに」
サミュエルがノアの様子を観察しながら意外そうに呟いている。どうやらノア以外にも同様のことを試しているらしい。確かにサミュエルの持つ光の魔力は魅力的だが、一般的な闇属性持ちにとっては猛毒のようなものだろう。ノアは人間の闇属性持ちに会ったことはないが、本能的な部分で忌避されている可能性もある。
なのにノアは光の魔力に快楽すら覚えるのだから、自分の感覚がおかしいのではないかと心配になってきた。
「気持ちいい?」
サミュエルの声が甘く響く。視線が合うと彼は蕩けるような微笑みを浮かべた。それは先ほどまでの爽やかな笑みではなく、妖艶で蠱惑的なものだった。見惚れてしまうほどの美貌を持つサミュエルに誘惑するような視線を送られて、抗う術など持たない。
「きもちいい……です」
ぼんやりとした頭で素直に答えると、サミュエルが満足そうに笑った。そしてノアの顔を覗き込みながら手を握り返してきた。
「じゃあ、今私が渡した魔力を『返して』くれ」
「え?」
ノアは反射的に繋がれた手を解こうとしたが、サミュエルがそれを阻む。サミュエルは楽しそうに笑いながらノアの顔を眺めている。先程とは違って逃れられないようにしっかりと掴まれてしまった。
「無理です。もう混ざってます」
「いいからそのまま返してくれ。相性悪くないってもう分かっただろう?大丈夫だから」
サミュエルは有無を言わせぬ口調で再度要求してきた。そういう問題ではないのだ。ノアは舌打ちしたい気分になったが、王族相手にそんな真似ができるはずもない。
最初から彼はそのつもりで、諦めてなかったのだ。ノアの中にある闇属性の魔力を何としてでも自分の中に取り込んで、実験してみたかったのだ。掌が熱くなっていく。
「絶対駄目ですから……!!」
ノアが悲壮感漂う声で叫ぶと、サミュエルが小さく笑った。握られている右手を通して、強い光の圧が再び押し寄せてきてノアの中に蓄積された闇属性の魔力が刺激される。ノアは慌てて自分の体内の奥底にある魔力を押さえようとしたが、遅かった。魔力を引き抜くように吸収される感触と共に眩暈に襲われる。
『………大丈夫、だよ?ノア、心配しなくてもいい。今は酷い状態だが、……もう少ししたら、全部、自力で治せるから』
朦朧とする意識の中、心の奥底に閉じ込めていた最悪の日の記憶が脳裏に鮮明に浮かび上がってくる。
傷だらけの兄は血塗れになって地面に転がっていた。闇の刺客に襲われて瀕死状態だった兄は、自らの光の魔力を使って傷を治そうとしていたのだが、一向に回復の兆候を見せなかった。出血が多すぎて生命力の方が枯渇寸前だったからだ。
一方ノア自身は自らの内側から暴走し続けている闇の魔力に恐怖で慄き震えていた。
『……少し、離れてくれ』
ノアは兄の命令に逆らったことが一度もなかった。しかしその命令には逆らうべきだったのだ。自分の闇の魔力が兄に悪影響を及ぼしているのかと、兄の指示どおりノアが彼から距離をとるために背を向けた瞬間、兄は恐らく力尽きた。
多分、自分の最期の姿を弟に見せたくなかったのだ。
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