婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第二章

17 彼が別れた人と彼が離せないモノ

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 クライヴ・スペンサーの失踪が世間に暗い影を落とす一方で、嬉しい兆しもあった。病に伏していた王太子ユリウスが久々に公務に顔を出し始めているとの報せだ。正式なお披露目はまだ先になるらしいが、国内全域に朗報が駆け巡ることとなった。
 それに伴い国家行事や式典等が多く開催されることになっている。

 







「実は、東の帝国に留学することになったんだ」
 

 久しぶりに王宮に呼ばれ、サミュエルからそんなことを告げられた。クライヴの失踪に関してはノアは何も知らないので、話題には上がらなかった。代わりに世間的には明るいニュースとなっていたユリウス王太子の奇跡の生還と、サミュエルの国外留学について打ち明けられた。
 サミュエル曰く、いずれこの国には戻ってくるつもりだがしばらくは自由な時間が欲しいとのこと。彼は随分スッキリとした表情をしていた。


 魔力供給の話は話題にならなかった。
 サミュエルが何故『浄化』のスキルを取得したかったのか、はっきり聞いた訳ではなかったが、きっと兄ユリウスを救いたかったのであろう。 
 自分が『浄化』を使えるようになったのか、他に使い手を見つけたのか、或いは別の手段で解決できたのか不明だったが、恐らく一件落着したのだ。ユリウスが回復基調をみせていることからも、それは把握できる。クライヴが行方不明となっているのも無関係ではないかもしれない。

 いずれにしろ、ノアには関係のないことだし、ノアはもうサミュエルにとって不要な存在となったのだ。結局何の役にも立てなかった。ノアは小さく溜め息をついた。


「お話ありがとうございます。私も励みになりました。サミュエル殿下がご無事にお帰りになれることをお祈りしております」

 丁寧に頭を下げて立ち上がると、何故か腕を捕まれた。驚いて振り返れば、サミュエルが複雑そうな顔をしてノアを見つめている。
 
 


「ノア、君はあの日。……クライヴが行方不明になる前日。私の言い付けどおり、真っ直ぐ家に帰ってくれた?」
「もちろんです。寄り道をせずに真っ直ぐ自宅へ帰りました」

 ノアはサミュエルを見つめ返しながら、堂々と嘘をついた。しかし、サミュエルは納得していないような表情で眉根を寄せている。

「……ノア、私は信用できないか?君は何を隠している?」
「何も隠してません。お互い言えない事情があることくらい、理解しています」

 サミュエルは探るような眼差しでノアを見つめてくるが、ノアも負けじと見つめ返す。お互い様だとノアは冷静に思っていた。しばらくの間沈黙が続いたが、サミュエルが軽く息を吐き出し表情を緩めた。

「分かった。それなら、もういいよ。この件は終わりにしよう。ノア、君と過ごした時間は短かかったけれどとても楽しかったよ。暫く会えなくなるけれど、これからも友だちでいてくれるかい?」

 右手をそっと差し出されて、握手を求められた。ノアは少し躊躇いながらも、その手をしっかりと握り返す。
 まだ少し他人との接触は怖いが、サミュエルとは暫く会えなくなるのだ。この温かさを忘れないようにしたいと、心の中で想う。 

「こちらこそ。光栄でした。どうか殿下もご健勝でありますように」

 サミュエルは安堵したように笑うと、ノアの肩を叩き「ありがとう」と呟いた。



  
 

 それが、留学前の彼との最後のやり取りとなった。


***


「ヴェイル、俺はお前を信用しているからな」
「……何だ突然。また誰かに騙されたのか?」
「いや。きちんと伝えておこうと思っただけだ」

 夜、就寝前、いつものようにベッドに寝転んで、ヴェイルに抱き着いたままノアがそう切り出すと、彼は怪訝そうに聞き返してくる。魔力を供給するときはヴェイルの身体のどこかに触れて魔力の受け渡しをしているのだが、最近は気がついたら密着したまま眠ってしまうことが増えた。ノアが気を許している証拠だ。

 ヴェイルの体温が高いので、抱き締めると気持ちがいいのだ。暖かいし柔らかいしフワフワなので、冬になると湯たんぽ代わりにもなっていて最高である。
 



「それより、アイツどうするんだ?サミュエルと一緒に外国に出国する前に何とかしなくて大丈夫か?」

 ヴェイルは押し殺した声音で呟くと、鼻を鳴らした。アイツというのは王宮の地下研究施設にいた例の少年のことだろう。
 
 少年の名前は、レオナルト・スペンサー。
 クライヴの養子として孤児院から迎え入れられたはずの子供だ。しかし現在は王宮で暮らしていて、サミュエルの従者として行動を共にしているらしい。

 レオナルト自身は天才肌なのか、勉強や運動が得意であり非常に成績優秀とのこと。今度サミュエルと一緒に海外に留学のため旅立つということらしい。魔術の才能は未知数だが、先日の闇魔法を見る限り只者ではない。下手に刺激するのは危険だろう。それに。
 


「アイツが前世のヴェイルを殺した奴なんだろ?しかも闇属性の持ち主。お前の戯言が真実なら、今世では自分を引き取ってくれた養父を再起不能にして、平気な顔をしていた。とんでもない悪党だな。気になるのは分かるが、接触は慎重にすべきだ」

 ノアはヴェイルの耳元で囁いた。ヴェイルの主張を信じるなら、あのレオナルト少年は勇者とやらの生まれ変わりで、本来は光属性の持ち主のはずが、何故か闇属性の魔力を持っているということになる。彼には要注意だ。

「クライヴ・スペンサー自体が悪党だったからなあ。レオナルトの気持ちも分からん訳ではない。まあ、前世だと、魔術師の仲間殺して錯乱状態の末に俺をぶっ殺して、邪神認定されて勇者パーティの全員が自滅してたような状況だったが……」

 ヴェイルが前世とやらを思い出したのか遠い目をしている。ノアは思わず乾いた笑いが漏れた。なかなか壮絶な話だ。どうやら勇者は前世でも純粋な善人だった訳ではないようだ。そんな状況になるなら、同じことを繰り返す訳にはいかない。
 ノアはヴェイルの耳を弄りながら考えた。


「……なあ、ならアイツは『浄化』の力が使えるのか?」

 ふと思い出した疑問を口にすると、擽ったそうにしていたヴェイルは難しい顔をした。

「前世では一度だけ『浄化』の能力を使っている場面に出くわしたが、今はどうか分からんな。そもそも光属性持ちかわからんし、前世の記憶が残ってるかどうかも怪しい」
「光属性は……あるんじゃないか。スペンサー氏を治癒するとか言ってたから。……だいたい状況が分かってきたぞ」

 サミュエルは恐らく『浄化』の使い手であったレオナルト少年と何らかの取引をして、ユリウス王子を救い出したのだろう。でなければユリウスがこの短期間であそこまで完治するとは考えにくい。
 そう考えると、サミュエルも相当腹黒い性格をしている。表面上は善人に見えても心の底では利用できるものは徹底的に使うタイプなのだろう。
 
 
「……もし、本当に『浄化』能力を持ってるなら、対価にする前に、俺自身を治して欲しい所だけどな」


 ノアがポツリと零した言葉に反応し、ヴェイルがいきなり頭突きをしてきた。ゴチン!と鈍い音が響く。あまりの痛みにノアは一瞬意識が飛びかけた。
 額を押さえながら抗議しようと顔を上げれば、身体を起こしたヴェイルが鬼のような形相で睨んでいた。


「……お前が母親から碌でもない扱いを受けてきたのは知ってるし、そう簡単に意識を変えるのは難しいことも重々承知だ。だが自分で自分を傷つけるな。お前は穢れてないし、罪悪感を持つ必要もない。浄化なんて必要ない」


 ヴェイルは珍しく本気で怒っているようで、声が低く震えている。普段から小言は多いがここまで感情的になっている姿は初めて見た気がする。
 
 どうやら、自分の発言が彼の地雷を踏み抜いたようだ。ノアは唇を噛み締めた。

 謝るのは違う気がするが、何か言わないといけないと思う。けれど言葉が上手く出てこない。どう反応していいか分からず、ノアは結局無言のままヴェイルから視線を逸らして顔を隠し、身体を丸めて蹲った。

 すると、脇腹に腕を差し込まれて身体を無理やり起こされ、彼の膝の上にのせられる。ヴェイルはいつの間にか人型に姿を変えていた。そのまま頬を掴まれて目尻に溜まった涙を舌で優しく舐め取られる。
 情けないことに、泣いていたことが完全にバレていたようだ。ヴェイルの前では、ノアは仮面を被ることができず冷静な無表情が押し通せなくなる。

「……泣くなよ。別にお前を責めてるわけじゃねえよ」 
「違う、これは生理的なものだ。お前に頭突きされたせいでめちゃくちゃ痛かったからだ」 
「あ~、そりゃ悪かったな。暴力ペットでごめんなさい?」   

 ヴェイルは全く反省してない口調で謝ると、ノアを腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。久しぶりに感じる彼の温もりと匂いにホッとすると同時に、涙腺がさらに緩む。耳元で聞こえる吐息は心地よいリズムで響いていて、全身が安心感に包まれる。
 

 ヴェイルが人型になるのは、ノアを抱きしめて慰めたい時だけだと、ノアは認識している。彼が獣の姿のときは、ノアが一方的に抱きついて好き勝手しているだけで、ヴェイルはされるがままだからだ。 
 だから、こうして抱きしめられる時は、ノアの心の弱い部分が筒抜けにされている気がして、少し恥ずかしい。しかし決して不快ではない。むしろ心地好くて離れたくない気持ちになる。


「そういや、脚治ったか?悪かったな。結構派手に噛みついちまったからな」

 ヴェイルの手がノアの太腿をゆっくり撫で上げていく。慣れない感触に少しだけ身震いする。

「……大丈夫だ。もう治った」

 ノアはヴェイルに跨がったまま、寝間着の裾を捲って太腿を晒す。噛みつかれて傷付き、青紫に染まっていた箇所は翌日には綺麗に治っていた。本当にヴェイルに舐められただけで治ってしまったのだ。冷静に考えれば異常な状況だった。

『治癒』を施せるのは基本的に光属性の持ち主のみとされていて、魔族には持ち得ない力のはずだ。勿論ノアも光属性の魔力を所持してはいない。なのに何故か?その理由を突き詰めるのは、なんとなく躊躇われた。


「そうか。良かった。今度噛み付くときはもっと加減してやるからな」
「いや。噛むなよ」

 ノアはそのままヴェイルの首に両腕を回すと額をくっつけた。至近距離にある真紅の瞳を見つめ合う。美しい虹彩がノアの顔を映していた。
 
 あの日、ノアの前から居なくなったマティアスと同じ顔で優しく微笑まれれば、兄が帰ってきたのではないかと錯覚してしまいそうになる。
 

「……ヴェイル、お前を信用しているのは本当だ。俺の傍から居なくなったら、……許さないからな」
 

 ノアは小さな声で、懇願するように囁いた。ヴェイルは薄く微笑んで、「分かったよ」と応えると、獣のときと同じように舌先でノアの鼻の頭を舐める。こそばゆい感覚に思わず目を瞑ると、額に唇が触れる感触があった。柔らかくて温かい感触はあっという間に離れていってしまい、ノアは寂しさを覚えながら再び瞼を持ち上げた。

「……おやすみ」
「ああ。おやすみ」

 ノアはそのままヴェイルの背中に縋るように腕を回してしがみつき、彼をベッドに押し倒す。ヴェイルは笑いながら、ノアを抱きしめ返してくれた。
 こうしていると不安なことの全てを忘れられそうだと思った。

 
 ノアはヴェイルの腕の中で安心感に包まれながら、深い眠りについた。

 
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