婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第四章

30 彼と愛する人との再会

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 その神殿は静かな森の中にひっそりと佇んでいた。こじんまりとした外観は質素だが、随所に意匠が施されており、年季を感じさせる。神話にまつわる意匠と思われるが詳しいことはわからない。
 中に入ってみれば、天井部分はガラス張りになっており、陽の光が差し込むと神秘的な輝きを宿す。



 

 その神殿の最奥に『彼』はいた。




 母から、『マティアス』の憩いの場らしいと聞いたときは半信半疑だった。
 当初の目的地である北部辺境伯領に向かう前に、一応、念のため、と立ち寄ったその場所で、びっくりする程あっさり再会できた。




「久しぶりだな、ノア。また会えて嬉しいよ」



 彼はノアに気付くと、慈愛に満ちた眼差しを向け、嬉しそうに微笑んでくれた。柔らかな光が白銀の髪を縁取るように照らしている。白皙の美貌は相変わらず、まるで精霊か天使のようだ。
 

「此処にいれば、いつかはノアに会えると分かっていた。だから、ずっと待っていたんだ」

 穏やかにそう告げると、彼は両手を広げた。その仕草があまりにも自然で、思わず飛び込んでしまいそうになったが、寸前のところで踏み止まる。
 ノアはゆっくりと彼に近付いていった。


「……俺も、会いたかった」


 ノアは絞り出すような声で呟くと、彼に向かって両腕を伸ばす。


 笑顔の彼の胸倉を掴むと、体重をかけて彼を勢いよく押し倒した。激しい音がして、床板が軋んだ。
 そのまま彼の首を締め上げると、彼自身から苦しそうな吐息が漏れる。




「よくも騙しやがったな」
「イデデデデッ、ちょ……待っ……」


 ノアの本気の殺意を感じたのか、奴は慌てて抵抗してきた。ノアは馬乗りになり、奴の首を締め上げたまま、その端正な顔を睨みつけてしまう。



「……居なくなったら、許さないと言っただろ」

 ノアの低い声には激情が込められていた。情けないことに奴の首を締めようとした手の震えが止まらない。鼻の奥がツンと痛くなって、目の前が霞んできた。
 

「……とりあえず、まずは落ち着け。つか、俺はちゃんとお前の部屋で待ってたんだぞ。お前が一人で勝手にアホなことしでかして、帰って来なかったんだろ」

「仕方ないだろ。魔法省の役人にしょっ引かれて事情聴取されて、そのまま領地の屋敷に連行されて……監禁状態、だったんだから……」

 彼は自分の首にかけられていたノアの両手首を掴み、ゆっくりと身体を起こした。ノアも引っ張られる形で起き上がり、彼の膝の上に跨った姿勢になる。至近距離で見つめ合う態勢になり、互いの呼吸を感じた。



 彼の瞳の色は、鮮やかな真紅のままだった。
 


「……とりあえず、此処に来たってことは母親に会ってきたんだろ?和解できたか?」
「絶縁宣言してきた」
「は?マジか、容赦ねぇな」

 ノアの答えを聞くと、彼──ヴェイルは額に手を当てて溜息をついた。

「あの人、今では後悔して、かなり反省してただろ?なんだかんだ言ってお前を激愛してたから、相当ショック受けてただろうに」

 母に対する同情的な物言いにイラッとしながら、ノアは唇を尖らせる。

「……許せなかったんだから仕方ないだろ。嘘はつきたくない」

「拗ねるなよ。別に怒ってないし。お前なりに今考えた結果なんだろうから、それは尊重する。ただ……俺はあの人のこと、嫌いだけどさ、お前はそうじゃないだろ?だから、やり直せるなら……」
「やり直せるなら?俺と母上を和解させて、お前は居なくなるつもりだったのか?」

 ノアの鋭い問いかけに、ヴェイルは無言になった。恐らく図星なのだろう。




「……ずっと傍にいるって約束したくせに」



 ノアの掠れた声が虚空に虚しく響いた。ヴェイルは一瞬瞠目した後、真剣な表情でノアを見つめている。

 ヴェイルはノア以外の誰かが周囲にいるときは、ずっと獣の姿をしていた。だから、てっきりそっちが本体なのかと思っていたけど、違ったのだ。

 魂の償還なんて、できるはずない。
 だって、ノアが求めたその魂は、いつも自分のすぐそばにいたのだから。


 
「とりあえず、吐け。全部。話はそれからだ」
「……何を?」

「お前が兄さんと同じ姿をして、兄さんと同じ光属性の魔力を持っている理由だ。『治癒』が使えないなんて言わせないぞ」
「……」

「お前に母上とのことを話したことはない。なのに、お前は普通に俺と母上との確執を知っていて、しかも関係修復を図ろうとしてた。罪悪感か贖罪か知らんが余計なお世話なんだよ。別人だって言うなら、証明してみせろ」

 ノアの糾弾に、ヴェイルは肩を落とした。抵抗を諦めたようだ。
 ノアは黙って彼の次の言葉を待った。緊張のあまり鼓動が早鐘のように鳴り響いていた。
 
 暫く続いた沈黙の後に、遂にヴェイルは観念したように大きく息を吐いた。そしてゆっくりと口を開く。


 



「……昔は素直でめちゃくちゃ可愛かったのに、何でこんな捻くれて生意気になってしまったんだか」
「うるさい!それはこっちの台詞だ。俺の理想を壊しやがって」
「それ、誉め言葉か?」


 憎まれ口を叩き合いながらも、ノアはヴェイルの腕を掴んで離さなかった。絶対に逃すものかという強い思いが込められている。その力強さに気圧されるように、ヴェイルは自嘲めいた笑みを浮かべた。


「悪いな、こっちが素なんだ」


 彼は苦笑交じりに言った。諦めが滲んでいるような表情だった。見たことのない顔つきだ。初めて見る『ヴェイル』の表情。


「……通りすがりの魔族にお前の名前を聞いたら、魔王の側近だと言ってたぞ」
「そんなんじゃねえよ。彼奴等はそういった胡散臭い逸話や噂が好きなだけなんだよ。つい数日前だって、魔王に隠し子がいるなんて眉唾モノの話まで出てきてたし」
「…………」

 やや、身に覚えのある話だったが、ノアはスルーしておくことにした。道を尋ねたゼニーとかいったあの魔族に名乗らなくて良かった。
 ヴェイルは静かに語りはじめた。


 


 


「俺はあの日、魔力を大量消費したことにより、肉体と魂の結びつきを保てなくなって魔界に引き摺り込まれたんだ。……そこで、まあ、偉い奴と取引をして、何とか生き長らえた。おかげで魔力も昔より増大してるし、光属性の魔力もなぜか残ってるし、『治癒』も使える。皮肉なもんだな。……だから、悪魔と取り引きしたのはお前じゃない」

 ヴェイルは淡々とした口調でそう説明した。その声色からは抑揚が感じられず、無機質な響きすら含んでいた。


「もう、普通の人間じゃなくなったからさ。流石にこの身体で家族と馴れ合えるとは思ってない。そう考えると、お前の兄の『マティアス』はやっぱり死んだんだ。だから、お前の理想像を壊さないように、静かに退場しようと思ってたんだけどなあ」
 

 ヴェイルは遠い目をしながら、独り言のようにボソリと呟いた。口調には寂寥感が漂っている。ノアは唇を引き結んだ。


 自分のせいで、『マティアス』の人生を歪めてしまったのだ。ノアが彼を巻き添えにした。自責の念が波のように押し寄せてくる。


「そんな泣きそうな顔するなよ」


 ヴェイルは困ったように眉をハの字にして笑っていた。優しい顔で宥められても逆効果でしかなかった。彼の温かい声が耳に届くたびに、喉の奥に熱い塊が詰まって息苦しさを感じる。

 




「……で、こっからは俺が事情聴取させてもらおうかな」

 ヴェイルは急に話題を変えた。先程までの柔らかな表情が消え、冷徹な輝きを宿す瞳でノアを射抜いてくる。普段の気だるそうな雰囲気とは打って変わり、厳しい眼差しをしていた。


「お前、何で王宮で召喚術を発動させた?」


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