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第四章
31 彼と大切な人とのこれから
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硬質な声で問い詰められて、ノアは一瞬ひるんでしまう。彼の怒りの感情がヒシヒシと伝わってきて、居心地が悪くなる。
「……昔、王宮の地下にあった研究施設から魔物の気配がしてたから……多分、異界からの道筋ができてると予測した。だから、王宮なら成功するんじゃないかって思ったんだ。ただ、それだけだ」
ノアは、ヴェイルから横目に睨まれたのを感じて視線を逸らしながら、出来る限り簡潔に答えた。ノアの返事を聞いて、ヴェイルは呆れたように大きな溜息をつく。彼の視線が刺さるように痛い。
「本当にあの男──レオナルトを『対価』にするつもりだったのか?」
「そうだ。……だって、アイツは前世でお前を殺した奴なんだろ?またお前の命を狙う可能性もある。だから……」
「バカ」
ノアの言葉を遮って、ヴェイルが怒鳴った。声は大きくなかったが、腹の底にズシリと重い衝撃を与えてくるような威圧感があった。
「何で今さらそんなことだけ信じるんだよ。俺はそう簡単に死なねえよ。二回も死んでたまるか。前世と今世は別物だ。そもそも自分を犠牲にして庇われても嬉しくない」
それはこっちの台詞だ。
ノアは心の中で愚痴をこぼした。
自分自身の行動が如何に愚かだったのか理解している。けれど、他に手段がないのなら仕方がないじゃないか。失いたくなかった。それが全てなのだ。それの一体どこが間違っていると言うのか。
「……結局お前の望むとおりになったから、もういいだろ。俺が召喚した闇の魔物はアイツが『浄化』して、世の中は悪い魔物が居なくなって平和になって……俺を母親と和解させたら、満足だったんだろ?最初から、そのつもりで」
早口で捲し立てているうちに涙声になっているのが自分でも分かった。どうしても止まらなかった。一度零れ落ちると、次から次へと溢れてきて留まることを知らない。
ヴェイルはそんなノアを見て嘆息した。
「一人で抱え込むなと言っただろ。今回のことだって、事前に相談してくれれば……」
「お前だって、何も言わずに失踪しようとしたくせに!」
感情の昂ぶりに任せて叫ぶと、同時に大粒の涙が溢れてきた。堪えていた嗚咽が口をついて出てくる。視界が滲んで、もうヴェイルの表情が見えなくなった。
ヴェイルがゆっくりと指を動かして、ノアの頬に手を添える。親指の腹で零れ落ちる涙を拭うと、そのままノアの顔を持ち上げて視線を合わせてくる。
「……不安にさせたなら、悪かった」
「許さない」
不器用な指先が濡れた睫毛を辿っていく感覚を感じた。少し痛みがあった。ノアは子供のようにしゃくり上げながら、懸命に首を振った。
「……お前がいないと、食事も美味しくない。俺は身支度も出来ない、友だちもいない。一人で眠れない。全部お前のせいだ。……いなくなるなんて許さないと言っただろ。責任取れ」
ノアは苛立ち紛れに自分勝手な文句を並べ立てる。けれど、ヴェイルは否定することもなく、苦笑混じりに頷き受け止めてくれた。
彼の穏やかな表情を眺めれば、ノアの荒っぽい怒りの感情が急速に萎えていく。
「……お前がいないと、生きていけない。お願いだから、もう俺の傍からいなくならないでくれ」
ノアは縋り付くように彼にしがみついて、掠れる声で哀願する。喉奥が熱かった。きっと酷い顔をしているに違いない。
ふいにヴェイルが近づき、ノアの額に自分の額をそっと当てた。吐息が交差するほどの距離で、血のように赤い瞳が揺れている。
「……育て方を完全に間違えちまったなあ」
囁きとともに、彼の唇がノアの瞼に触れた。優しく吸い上げるような口づけだった。涙で湿った肌に温もりが染み渡る。
「仕方ないな。……分かった、大人しく一生お前に飼われてやるよ」
ヴェイルは困ったように笑うと、ノアの背中に腕を回し、ゆっくりと抱きしめてくれた。瞼や頬に何度もキスを降らせてくる。
そのまま大人しく享受していると、最後に唇にも落とされた。
「……おい、ちょっと待て。なんか腹立つ奴の魔力がお前に纏わりついてるんだが」
「……ああ、多分、サミュエル殿下が授けてくださった光の加護だと思う」
「いや、そういう優しいモンじゃなくて。なんつーか、執着心が渦巻いているというか、所有欲全開というか……。お前、まさかもうサミュエルにヤられてないよな?」
「何バカなこと言ってる。殿下が俺を殺す訳ないだろ」
「……そういう意味じゃねーよ」
ヴェイルは忌々しげに舌打ちをすると、ノアの頬を摘んでムニムニ引っ張ってきた。何故か機嫌が悪くなったようで、苛立ちを露わにしている。
「サミュエルには気をつけろよ。前世だと身分やら権力やらを武器にして、お前を支配してた鬼畜野郎だからな」
「前世のことは関係ないってお前が言ったんだろ。それに、今の殿下は良い人だ。……心配症で、多少過保護なところはあるけど」
「多少……?」
「多少、だ」
言い淀みそうになったが、ノアは断言した。ヴェイルは何とも言えない微妙な表情をする。納得していないようだが、敢えてそれ以上は追究してこなかった。
ヴェイルは、ノアの頬を両手で挟むと再び唇を寄せた。啄むような軽いキスを繰り返されて、僅かに唇を緩めると口腔内へ侵入してくる。彼の魔力を直接流し込まれて、ノアは眩暈に似た感覚を覚えた。歯列を割って入り込んできた彼の舌先が、ノアのそれを絡め取る。
ノアはおとなしく従順に受け入れ続けた。魔力譲渡のためだと分かってはいるが、まるで恋人同士のような触れ合いに戸惑ってしまう。
けれども不快感はなかった。寧ろ心地好ささえ感じ始めていた。
唇が離れると同時に、体に纏わりついていたサミュエルの光の加護が消失しているのを感じた。ヴェイルの魔力によって、痕跡を完全に塗り潰されてしまったらしい。
これはヤバイのではないかとノアは一瞬だけ焦りを覚えた。が、もう遅いだろう。
「まあ、兄じゃなく、ペットならセーフか?」
ヴェイルは自分に言い聞かせるように独り言を呟くと、不安そうな顔をしているノアを腕の中に閉じ込め、優しく抱きしめてきた。
***
北部辺境伯領へ行くのは一旦中止して、サミュエルと待ち合わせをしているトニトルスへと大至急転移で向かうことにする。
「アイツ無視して、直接目的地に行けばよくね?」
「そういう訳にはいかない。せっかく待っててくれているんだから。……北部へ行くのは出直しだ」
不機嫌そうにブチブチ愚痴をこぼすヴェイルをたしなめながら、ノアは転移魔法陣を展開していく。
ノアにかけた光の加護が消失したことに、サミュエルは気が付いているはずだ。一刻も早く彼の元へ戻らないと、それこそ大事になるだろう。
「もし、万が一殿下が怒っていても、俺がちゃんと説明するし、謝っておくから」
ヴェイルは、ノアの服の中に潜り込んできて、そのままぴったり密着してくる。獣型になると暖かくてモフモフしていて心地よい。布越しでも伝わってくる体温に安心してしまう。
ジャケットの襟元から覗くヴェイルの顔を見下ろすと、何とも言えない幸福感に満たされた。
ノアにとってヴェイルは特別な存在なのだ。他の誰にも代えがたい、自分を救ってくれた唯一無二の大切な存在。ノアは、ふわふわとした毛並みをひと撫でしてから、意識を集中して転移魔法を発動させた。
***
「無事で良かったよ、ノア。今念のため国境を封鎖して、軍隊を派遣しようとしていたところだ。君の所へ行こうとしたら、いきなり気配が消えたから少し焦ってしまったよ。転移魔法を使っていたんだね。……確かめたいことは確認できた?」
トニトルス中央街の貴賓室にて再会したサミュエルは、ノアの姿をみて安堵の息を漏らした。どうやらギリギリのタイミングだったらしい。
「確認は……できました。ご心配お掛けしまして申し訳ありません。」
サミュエルは上品な微笑みを湛えていたが、その眼差しは底知れぬ冷たさを孕んでいた。目が笑っていない。
「……目的が達成できたのなら良かったけど。加護が弱すぎたのか、相手が強力だったのか。まあ、私の技術不足ということなんだろうけど。今後のことは少し考えさせてくれ。それで……ノアはペットの彼とは仲直りしたのかな?」
サミュエルは首を傾げながら、ノアの胸元を見据えていた。視線が仔犬姿のヴェイルを捉えている。ヴェイルは完全にサミュエルを無視して、素知らぬ顔で尻尾をゆらゆらと振っていた。
「……はい。行方不明になってたんですけど、無事に会えました」
「こんな遠い場所で?迷子になってたのか?」
「そうです。方向音痴なもので」
かなり無理やりだが、辻褄合わせに必死になるノアを他所に、ヴェイルは欠伸を一つしてそっぽを向き、ノアの胸元に顔を埋めてしまった。どうやら眠りにつこうとしているらしい。
「そうか。それは良かったね」
サミュエルの口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。表面上は好意的だが、その裏側にどんな感情が隠されているのかうかがえない。
「あの……殿下」
ノアは胸元を気にしながら、小さな声で呼びかけた。ヴェイルは目を閉じたまま動かない。ただ規則正しい寝息だけが聞こえるのみだ。
「王都に戻るまで、絶対にお側を離れませんし、逃げないとお約束しますので、その……手枷は勘弁していただけませんでしょうか?」
笑顔で手枷をかざしてくるサミュエルに、ノアは真っ青になって懇願した。
「なぜ?君はずっと素直に応じてくれたじゃないか。手枷の感触にも慣れたみたいだし、不便ではないだろ?」
「とても不便です」
ノアの悲壮感漂う表情を見て、サミュエルはクスクスとおかしそうに笑った。
「冗談だよ。今日は勘弁してあげる」
サミュエルはノアの胸元に視線を送りながら、穏やかに告げると、小箱に手枷を仕舞ってくれた。
ノアはホッと胸を撫で下ろした。枷を嵌められるのは別にかまわないのだが、それをヴェイルに視認されると、何となく面倒なことになりそうな気がしたのだ。要らぬ誤解を与えたくない。
「じゃあ、ノア。こちらへ来て、しっかり話を聞かせてもらおうか。聞きたいことも沢山あるし、説明してもらう必要もあるよね。今回の件の詳細と経緯、あと……彼についても、詳しく教えてくれるかな?」
サミュエルの有無を言わせぬ迫力に押されて、ノアは溜息を零した。どうやって誤魔化そうか悩みながら、内心で呑気に眠っているヴェイルへの恨み節を吐いたのだった。
【終】
お読みいただき、ありがとうございました。
お気に入り登録、いいね、エール、本当にありがとうございました。皆様からの反応がすごくすごく嬉しくて、大変励みになりました。
いろいろと反省ばかりで、お見苦しい箇所も多々ありますが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
最終目的地に辿り着いていないのですが(汗)、ここで一旦完結とさせていたきました。後日談や番外編はまた投稿するかもしれません。
「……昔、王宮の地下にあった研究施設から魔物の気配がしてたから……多分、異界からの道筋ができてると予測した。だから、王宮なら成功するんじゃないかって思ったんだ。ただ、それだけだ」
ノアは、ヴェイルから横目に睨まれたのを感じて視線を逸らしながら、出来る限り簡潔に答えた。ノアの返事を聞いて、ヴェイルは呆れたように大きな溜息をつく。彼の視線が刺さるように痛い。
「本当にあの男──レオナルトを『対価』にするつもりだったのか?」
「そうだ。……だって、アイツは前世でお前を殺した奴なんだろ?またお前の命を狙う可能性もある。だから……」
「バカ」
ノアの言葉を遮って、ヴェイルが怒鳴った。声は大きくなかったが、腹の底にズシリと重い衝撃を与えてくるような威圧感があった。
「何で今さらそんなことだけ信じるんだよ。俺はそう簡単に死なねえよ。二回も死んでたまるか。前世と今世は別物だ。そもそも自分を犠牲にして庇われても嬉しくない」
それはこっちの台詞だ。
ノアは心の中で愚痴をこぼした。
自分自身の行動が如何に愚かだったのか理解している。けれど、他に手段がないのなら仕方がないじゃないか。失いたくなかった。それが全てなのだ。それの一体どこが間違っていると言うのか。
「……結局お前の望むとおりになったから、もういいだろ。俺が召喚した闇の魔物はアイツが『浄化』して、世の中は悪い魔物が居なくなって平和になって……俺を母親と和解させたら、満足だったんだろ?最初から、そのつもりで」
早口で捲し立てているうちに涙声になっているのが自分でも分かった。どうしても止まらなかった。一度零れ落ちると、次から次へと溢れてきて留まることを知らない。
ヴェイルはそんなノアを見て嘆息した。
「一人で抱え込むなと言っただろ。今回のことだって、事前に相談してくれれば……」
「お前だって、何も言わずに失踪しようとしたくせに!」
感情の昂ぶりに任せて叫ぶと、同時に大粒の涙が溢れてきた。堪えていた嗚咽が口をついて出てくる。視界が滲んで、もうヴェイルの表情が見えなくなった。
ヴェイルがゆっくりと指を動かして、ノアの頬に手を添える。親指の腹で零れ落ちる涙を拭うと、そのままノアの顔を持ち上げて視線を合わせてくる。
「……不安にさせたなら、悪かった」
「許さない」
不器用な指先が濡れた睫毛を辿っていく感覚を感じた。少し痛みがあった。ノアは子供のようにしゃくり上げながら、懸命に首を振った。
「……お前がいないと、食事も美味しくない。俺は身支度も出来ない、友だちもいない。一人で眠れない。全部お前のせいだ。……いなくなるなんて許さないと言っただろ。責任取れ」
ノアは苛立ち紛れに自分勝手な文句を並べ立てる。けれど、ヴェイルは否定することもなく、苦笑混じりに頷き受け止めてくれた。
彼の穏やかな表情を眺めれば、ノアの荒っぽい怒りの感情が急速に萎えていく。
「……お前がいないと、生きていけない。お願いだから、もう俺の傍からいなくならないでくれ」
ノアは縋り付くように彼にしがみついて、掠れる声で哀願する。喉奥が熱かった。きっと酷い顔をしているに違いない。
ふいにヴェイルが近づき、ノアの額に自分の額をそっと当てた。吐息が交差するほどの距離で、血のように赤い瞳が揺れている。
「……育て方を完全に間違えちまったなあ」
囁きとともに、彼の唇がノアの瞼に触れた。優しく吸い上げるような口づけだった。涙で湿った肌に温もりが染み渡る。
「仕方ないな。……分かった、大人しく一生お前に飼われてやるよ」
ヴェイルは困ったように笑うと、ノアの背中に腕を回し、ゆっくりと抱きしめてくれた。瞼や頬に何度もキスを降らせてくる。
そのまま大人しく享受していると、最後に唇にも落とされた。
「……おい、ちょっと待て。なんか腹立つ奴の魔力がお前に纏わりついてるんだが」
「……ああ、多分、サミュエル殿下が授けてくださった光の加護だと思う」
「いや、そういう優しいモンじゃなくて。なんつーか、執着心が渦巻いているというか、所有欲全開というか……。お前、まさかもうサミュエルにヤられてないよな?」
「何バカなこと言ってる。殿下が俺を殺す訳ないだろ」
「……そういう意味じゃねーよ」
ヴェイルは忌々しげに舌打ちをすると、ノアの頬を摘んでムニムニ引っ張ってきた。何故か機嫌が悪くなったようで、苛立ちを露わにしている。
「サミュエルには気をつけろよ。前世だと身分やら権力やらを武器にして、お前を支配してた鬼畜野郎だからな」
「前世のことは関係ないってお前が言ったんだろ。それに、今の殿下は良い人だ。……心配症で、多少過保護なところはあるけど」
「多少……?」
「多少、だ」
言い淀みそうになったが、ノアは断言した。ヴェイルは何とも言えない微妙な表情をする。納得していないようだが、敢えてそれ以上は追究してこなかった。
ヴェイルは、ノアの頬を両手で挟むと再び唇を寄せた。啄むような軽いキスを繰り返されて、僅かに唇を緩めると口腔内へ侵入してくる。彼の魔力を直接流し込まれて、ノアは眩暈に似た感覚を覚えた。歯列を割って入り込んできた彼の舌先が、ノアのそれを絡め取る。
ノアはおとなしく従順に受け入れ続けた。魔力譲渡のためだと分かってはいるが、まるで恋人同士のような触れ合いに戸惑ってしまう。
けれども不快感はなかった。寧ろ心地好ささえ感じ始めていた。
唇が離れると同時に、体に纏わりついていたサミュエルの光の加護が消失しているのを感じた。ヴェイルの魔力によって、痕跡を完全に塗り潰されてしまったらしい。
これはヤバイのではないかとノアは一瞬だけ焦りを覚えた。が、もう遅いだろう。
「まあ、兄じゃなく、ペットならセーフか?」
ヴェイルは自分に言い聞かせるように独り言を呟くと、不安そうな顔をしているノアを腕の中に閉じ込め、優しく抱きしめてきた。
***
北部辺境伯領へ行くのは一旦中止して、サミュエルと待ち合わせをしているトニトルスへと大至急転移で向かうことにする。
「アイツ無視して、直接目的地に行けばよくね?」
「そういう訳にはいかない。せっかく待っててくれているんだから。……北部へ行くのは出直しだ」
不機嫌そうにブチブチ愚痴をこぼすヴェイルをたしなめながら、ノアは転移魔法陣を展開していく。
ノアにかけた光の加護が消失したことに、サミュエルは気が付いているはずだ。一刻も早く彼の元へ戻らないと、それこそ大事になるだろう。
「もし、万が一殿下が怒っていても、俺がちゃんと説明するし、謝っておくから」
ヴェイルは、ノアの服の中に潜り込んできて、そのままぴったり密着してくる。獣型になると暖かくてモフモフしていて心地よい。布越しでも伝わってくる体温に安心してしまう。
ジャケットの襟元から覗くヴェイルの顔を見下ろすと、何とも言えない幸福感に満たされた。
ノアにとってヴェイルは特別な存在なのだ。他の誰にも代えがたい、自分を救ってくれた唯一無二の大切な存在。ノアは、ふわふわとした毛並みをひと撫でしてから、意識を集中して転移魔法を発動させた。
***
「無事で良かったよ、ノア。今念のため国境を封鎖して、軍隊を派遣しようとしていたところだ。君の所へ行こうとしたら、いきなり気配が消えたから少し焦ってしまったよ。転移魔法を使っていたんだね。……確かめたいことは確認できた?」
トニトルス中央街の貴賓室にて再会したサミュエルは、ノアの姿をみて安堵の息を漏らした。どうやらギリギリのタイミングだったらしい。
「確認は……できました。ご心配お掛けしまして申し訳ありません。」
サミュエルは上品な微笑みを湛えていたが、その眼差しは底知れぬ冷たさを孕んでいた。目が笑っていない。
「……目的が達成できたのなら良かったけど。加護が弱すぎたのか、相手が強力だったのか。まあ、私の技術不足ということなんだろうけど。今後のことは少し考えさせてくれ。それで……ノアはペットの彼とは仲直りしたのかな?」
サミュエルは首を傾げながら、ノアの胸元を見据えていた。視線が仔犬姿のヴェイルを捉えている。ヴェイルは完全にサミュエルを無視して、素知らぬ顔で尻尾をゆらゆらと振っていた。
「……はい。行方不明になってたんですけど、無事に会えました」
「こんな遠い場所で?迷子になってたのか?」
「そうです。方向音痴なもので」
かなり無理やりだが、辻褄合わせに必死になるノアを他所に、ヴェイルは欠伸を一つしてそっぽを向き、ノアの胸元に顔を埋めてしまった。どうやら眠りにつこうとしているらしい。
「そうか。それは良かったね」
サミュエルの口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。表面上は好意的だが、その裏側にどんな感情が隠されているのかうかがえない。
「あの……殿下」
ノアは胸元を気にしながら、小さな声で呼びかけた。ヴェイルは目を閉じたまま動かない。ただ規則正しい寝息だけが聞こえるのみだ。
「王都に戻るまで、絶対にお側を離れませんし、逃げないとお約束しますので、その……手枷は勘弁していただけませんでしょうか?」
笑顔で手枷をかざしてくるサミュエルに、ノアは真っ青になって懇願した。
「なぜ?君はずっと素直に応じてくれたじゃないか。手枷の感触にも慣れたみたいだし、不便ではないだろ?」
「とても不便です」
ノアの悲壮感漂う表情を見て、サミュエルはクスクスとおかしそうに笑った。
「冗談だよ。今日は勘弁してあげる」
サミュエルはノアの胸元に視線を送りながら、穏やかに告げると、小箱に手枷を仕舞ってくれた。
ノアはホッと胸を撫で下ろした。枷を嵌められるのは別にかまわないのだが、それをヴェイルに視認されると、何となく面倒なことになりそうな気がしたのだ。要らぬ誤解を与えたくない。
「じゃあ、ノア。こちらへ来て、しっかり話を聞かせてもらおうか。聞きたいことも沢山あるし、説明してもらう必要もあるよね。今回の件の詳細と経緯、あと……彼についても、詳しく教えてくれるかな?」
サミュエルの有無を言わせぬ迫力に押されて、ノアは溜息を零した。どうやって誤魔化そうか悩みながら、内心で呑気に眠っているヴェイルへの恨み節を吐いたのだった。
【終】
お読みいただき、ありがとうございました。
お気に入り登録、いいね、エール、本当にありがとうございました。皆様からの反応がすごくすごく嬉しくて、大変励みになりました。
いろいろと反省ばかりで、お見苦しい箇所も多々ありますが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
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