婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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番外編

01 彼とペットの変化した日常

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「……つまり今のお前は、俺ナシじゃ靴下も選べねえポンコツなんだよ」

 寄宿舎内のノアの部屋でベッドの上にふんぞり返り、傍らに置かれた焼き菓子を頬張りながら、ヴェイルは宣言した。焼き菓子をつまみ食いするためなのか、今のヴェイルは人型だ。この部屋に唯一あるテーブル代わりの勉強机の上には、淹れ立ての紅茶が湯気を立てている。

「言い過ぎだぞ。服くらい自分で選べると何度言えば分かる」

 ノアは不機嫌そうに口を尖らせながらクローゼットの扉を乱暴に開けた。

「今日は午前中に出かけて外で昼食をとるって決めてたのに。お前が『昼寝が足りない』って寝坊するから遅くなったじゃないか」

「腹が減ってるのを俺のせいにするなよ」
 ヴェイルは紅茶に砂糖を三杯も入れながら抗議した。

「そもそも昨日お前が『魔導書の解読が終わらない』って夜更かしさせたのが原因じゃねーか。しかも途中で俺を巻き込みやがって」

「……それは確かに俺が悪かったかもしれないが」

 ノアは少しばつの悪そうな顔をしながら、クローゼットの中を吟味している。昨夜遅くまで挑んでいた古文書の翻訳作業は難航し、「ここどう読むんだ?」と隣で惰眠を貪っていたヴェイルに尋ねた瞬間から彼の睡眠時間は奪われていた。

「しかも寝る前に洗浄魔法じゃなく湯に浸かりたいとか我儘言いだしやがって。浴槽で眠りこけて結局俺が全部洗う羽目になった挙句……」
「分かった分かった!俺が全面的に悪いからそれ以上蒸し返すな!」
 ノアは段々恥ずかしくなり、慌てて彼の言葉を遮った。



「で、この服とこれでいいか?」

 ノアがクローゼットの中から手に取ったのは、一目で高級な仕立てと分かる灰色のフロックコートと臙脂色のネクタイだ。外出先の格式に合わせて選び抜いたつもりだったが。

「却下」
 ヴェイルの視線は容赦ない。

「似合ってるが、それは前回西部領主に招かれた時の正装だろ。今日行くのは市場だぞ?あそこでそんな格好したら『貴族様ご一行様』って看板立ててるようなもんだ。舐められないよう、少し金を持ってる庶民を装えって教えたろ」

「……じゃあ、これは?」

 ノアは先日変装のために使用した女性物のワンピースを取り出した。

「もっと却下だ。誘拐されたいのか?」
 
 即座に切り捨てられてしまった。
誘拐はされないと思うが、この服を着ていたときは鬱陶しい程声をかけられたので、確かに平穏な休日が送れるとは思えない。となれば避けた方が無難だろう。

 面倒臭くなったノアはふと目に入った紺色のシンプルなセットアップを手に取り、ヴェイルに確認しないまま無言で着替え始めた。

「……もうコレでいいだろ」 
「へぇ、ノアが選んだにしては珍しく悪くねえな」

 ヴェイルは腕組みしながら審査官のような態度で頷いた。ノアが身に着けた紺のセットアップは飾り気はないが生地の艶があり、かつ動きやすい設計になっていた。しかもノアによく似合って見える。

「つか、それ南部に来たときの服装だよな。お前、そんなの持ってたか?」
「サミュエル殿下に頂いたものだ」
 

「今すぐ脱げ」

 即刻意味不明な命令が飛んできた。ヴェイルの瞳孔が危険なほど細く縦に伸びる。

「なんでだ?まだ一度しか着ていない清潔なものだが」
「ダメだ。あの陰険王子が選んだ衣装なんて身につけるな。呪いがかかってるかもしれん。俺が新しい服買ってやるから脱げ。そしてその服は燃やせ」
 
「バカ言え。殿下から頂いたものを粗末に扱えるか……あっ、こら!無理やり剥ぐな!」
「いいから、脱げっつってんだろ」

 抵抗する間もなくヴェイルの手がノアのジャケットに伸びてきた。無理やり袖を抜かされる勢いだ。ノアが必死に抵抗するも体格差で完全に不利だ。

「……わかった!わかったから!とりあえず脱ぐから落ち着け」
「最初から素直に従えばいいんだよ。……つか、お前そもそもボタン付け違ってるぞ」
「……?」

 確かにヴェイルが指さした位置のボタンはズレていた。焦って着替えたせいか気づかなかったミスだ。

「まったくお前ときたら……ほら、ちょっと大人しくしてろ」

 ヴェイルは呆れたようにため息をつきながらも、ノアを見つめるその視線は優しい。ノアが中途半端に着ていたシャツのボタンを、彼は慣れた手つきで一つ一つ丁寧に外していった。

 今まで何度もヴェイルに着替えを手伝ってもらったことがあり、その度にノアは彼に衣服を脱がされてきた。それこそヴェイルの前では裸を晒すことにも慣れてしまっていた。はずなのに。
 現在進行形でヴェイルにボタンを外される行為に妙な羞恥心を覚えてしまい、ノアは無言で俯くしかなかった。

「……おい、今更照れるなよ」
「別に照れてなんかいない……」
「嘘つけ。耳真っ赤だぞ」
「うるさい!」

 思わず声を荒げるも、その反応すら計算されていたかのように彼に笑われる始末である。
 
 ノアは結局、シャツに加えてトラウザーズまで彼に全て脱がされる流れとなり、下着姿で突っ立っていた。目の前の男がそんな自分をジロジロ眺めて「やっぱノアの腰回りは痩せすぎだろ。きちんと食わせる必要があるな」と余計なコメントをしている間にも体温は上昇し続けていた。

「よし、これに着替えるぞ」
「……なんでわざわざ買ってるんだ、……」
「自己満足だな」

 彼がどこからともなく取り出したのは、麻製の白ブラウスと生成りのツイードベスト、そしてグレーのチェック柄トラウザーズであった。
 決して派手過ぎず全体的に柔らかな印象を与えるデザインとなっている。サイズもちょうど良い具合で着心地も良好そうだった。

 ヴェイルは慣れた様子でノアにそれを手渡した後も甲斐甲斐しく世話を焼く。袖を通す際に髪が引っ掛からないよう整えたり、袖口のボタンを留めたりと至れり尽くせりである。

「靴下くらいは自分で履けるか?」
「バカにするな」

 ノアは足元に揃えられた紺色のシンプルな靴下を見る。ここでつまずく訳にはいかないと気合を入れつつ片足を上げて履こうとするものの、すぐにバランスを崩して床へ膝をつきそうになってしまった。何とか体勢を立て直したところで、肩越しに振り返ると爆笑寸前のヴェイルと目があった。

「ぷっ……ッ」
「笑うな!!」
「だってお前……!ああ、もうほら。いいからベッドに座れ。履かせてやるから」

 彼はノアの背中を押して強制的にベッドへ座らせると、跪きながらシュルシュルと慣れた手つきで靴下をノアの左足へ通していった。

「靴下すらまともに履けねぇじゃねえか。本当に俺なしじゃ何もできないんだなお前は」
「うるさい……」

 ノアは反論しようとするが、「次は右足」と言われ素直に差し出してしまうあたり、完璧に調教済み感は否めない。





「じゃあ、そろそろ行くか。腹も減ったし」
「お前が寝坊したせいだろ」
「はいはい」

 並び立ち、部屋の扉を開ける際に隣を見上げれば視線がかち合う。途端にふわりと微笑まれるものだから、こちらまで釣られて笑顔になってしまいそうになった。


 

「……ノア。ちょっとだけ魔力供給してくれるか?」

 先程から腹ペコを訴えているヴェイルに甘えるようにねだられる。いつもは夜眠る際にベッドで抱き着きながら自然に流れ込む程度の供給なのだが、珍しく意識的な補充を求められた。
 余程腹が減って、耐えかねているということだろうか?

「まあいいけど……」

 拒む理由もないため素直に同意すると、彼の腕がノアの腰へ回され───唇が重ねられた。軽く触れる程度ではなく深く重なるそれに驚愕し、反射的に薄く開けてしまった隙間から舌が捻じ込まれる。

「ん……っ」

 口腔内で蠢く舌先と共に微量の魔力が流れ込んでくる感覚に、思考能力が低下していく。舌先を絡ませ合いながら、唾液ごと魔力を吸われていく中で互いの境界線さえ曖昧になっていくような錯覚すら覚えた。
 暫く彼に貪られ続けて、ようやく解放された時には、ノアは荒い呼吸を繰り返しており頬も火照っている状態であった。

 力が入らないノアはヴェイルにしがみついたまま、彼を睨み付けてしまう。事情聴取が必要なようだ。


「……なんで、この接触方法なんだ。別に指先からでも……」
「手っ取り早く魔力をもらうために効率的な方法を選んだのと、あとは、……お前が可愛かったから?」
「な……っ」

 罵倒しようと開いた口は空気だけを飲み込んだ。
 普段なかなか見せてくれない柔らかな懐かしい笑顔を見せられた今、ノアは胸が一杯になってしまい、もう何一つとして文句を言う事が出来なくなってしまったのである。

 

「はら、行くぞ」

 未だ放心状態のノアの手を掴み、ヴェイルは部屋の扉を開けた。

 当たり前のように手を繋がれると、何だか心の奥底がくすぐったくなるような感覚が広がる。そっと握り返せば彼の掌はじんわりと温かくて、ノアは幸せな気分に包まれたのだった。


 

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感想 8

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みんなの感想(8件)

成瀬
2025.12.03 成瀬

作者様、神作品を生み出していただきありがとうございます!!
一気に見てしまいまして、涙もあり心がポカポカ温かくなりました(*^^*)✨

2025.12.03 フジミサヤ

感想ありがとうございます✨
自己満足だけで書き始めたお話ですが、そんな風に感じていただけて、めちゃくちゃ嬉しいです😭

まだまだ未熟者で紆余曲折しておりますが、読んでほんわかできるお話をまた書けたらいいなと、思っております。

解除
のんの
2025.11.30 のんの

番外編嬉しいです!!
ずっと見ていたい可愛いイチャイチャ…

2025.11.30 フジミサヤ

感想ありがとうございます✨
多分この先ずっとイチャイチャしてます☺️

解除
chibi
2025.11.25 chibi

お疲れ様です☺️完結おめでとうございます😊
番外編楽しみに待ってます😆

2025.11.25 フジミサヤ

ありがとうございます✨
番外編は、気長に待っていただければ!!

解除

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