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第2章
24 内緒話
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「お?やっぱり来たか、まあ、入れ」
突然部屋に押しかけてきたルカの姿を目にし、ルカの天敵その1、オスカーは目を細めて愉快そうに笑った。
「……失礼いたします」
ルカは無表情のまま恭しく頭を下げてから部屋に足を踏み入れた。オスカーの同室者は幸いなことに不在だ。
「ルカ、お前、王子様の愛人らしいな。第二王子が自分の権力使って愛人を入学させて、部屋に囲ってるって噂になってるぜ。入学早々、お前何やってんの?」
オスカーはにやにやしながら尋ねてくる。やはり噂が広まっているらしい。
「大半は面白がってる奴らだから、無視しておけばいい。ただ冗談の通じない奴もいるから、あんまり目立つ行動は控えろよ。……お前、ただでさえ無愛想なんだから、敵作って孤立するぞ。とりあえず、ソコ座れ」
オスカーが指し示した場所は、彼のベッドだった。ルカは一瞬だけ躊躇したが、大人しく指示に従う。
「さてと。……お前、レオのことを俺に聞きたくて来たんだろ?」
ルカがベッドの端にちょこんと座るのを見届けてから、オスカーは備え付けの机の椅子に腰を降ろして口を開いた。
「……はい。僕は駆け引きとかが出来ないので、単刀直入に殿下に尋ねたんです」
「何を?」
「君はレオだよね?って」
「……それで?」
オスカーは面白そうに先を促してくる。
「……大爆笑されました」
ルカはその瞬間を思い出して遠い目をした。ルカの表情に、オスカーが吹き出す。
「ぶはっ。お前、直球すぎ」
ルカは無表情のままオスカーをじとっと睨んだ。その顔を見て、オスカーはさらに笑い転げる。
「……笑い事じゃありません。そもそも、オスカーさんも疑ってたんですよね?だからレオと面識がある僕と話したかったんですよね?」
ルカがむっとしながら抗議すると、オスカーは「ちょっと待て」と笑いすぎて涙目になった目元を拭った。そのまま、彼は椅子から立ち上がると、ベッドの上に移動し、ルカの腕を何故か引き寄せようとしてくる。
「オスカーさん?」
ルカは訝しげに彼を見上げた。
「いいから、とりあえず中に来い。別にベッドに押し倒す訳じゃねえよ。防音結界張るぞ。俺、防御系苦手だからな。広い範囲で張ると疲れんだよ」
「……分かりました。内緒話ですね」
ルカは素直にベッドの中央に移動すると、オスカーの近くに座る。オスカーはベッド横のカーテンをきっちり閉めると、素早く呪文を唱えてベッド周りに結界を展開した。
仮の密室の完成である。
「で、お前は何で奴がレオだと思った?見た目は確かに似てるが、眼の色も違うし、話し方や性格だって全然違うだろ」
結界が作用しているのか、オスカーは声を潜めてルカに尋ねた。その距離の近さに、ルカは若干戸惑いながら答える。
「……眼の色は、膨大な魔力を必要としますが、一定の距離に近づいた者に認識阻害をかければ可能です。話し方や性格は……どうとでも誤魔化せます」
ルカは無表情のまま答えた。実際に、人前では瞳の色を変えている人物を、ルカは知っている。見た目を変えるのは、不可能ではない。
「それに、サミュエル殿下の魔力属性は、光と水のはず。でも、彼は風属性も持ってました」
彼が闇属性持ちであると疑われることは、影響が大きすぎるので、オスカーに告げるつもりはない。
「へえ。そうなんだ。よく知ってるな。ただ、第二王子が風属性を持ってることを公表してねえだけかもしれねえぞ」
オスカーは面白そうにルカの推測を聞いていたが、そんな可能性を示唆する。
「……もう一つ、まだ僕が孤児院にいた子どもの頃のことなんですけど。僕は殿下に触られた瞬間、魔力暴走を起こしてしまいそうなほど殿下と魔力の相性が最悪だったはずなんです。けど、彼の魔力を体内に取り込んでも、特に何ともありませんでした」
何ともないどころか、心地よすぎて夢中になり、離れがたくなった。実際、ちょっと危なかった。
というか、あの魔力の波長は間違いなくレオだ。子どもの頃から、ルカが眠れないときや体調が優れないとき、レオはよくルカを抱き締めたり、手を握ってくれたりしていた。あの優しい魔力の気配は今でも覚えている。いつもルカの心に安定と安らぎをもたらしてくれていたのだ。
「……へえ。お前、あの王子様と魔力を体内に取り込むような接触、したんだな」
オスカーは微かに表情を変え、意味ありげにルカの顔を覗き込んでくる。
「え?あ……はい」
ルカは、オスカーの指摘にヒヤリとした。確かに、魔力を取り込んだことまで告げる必要はなかったのかもしれない。余計なことを言ってしまったと内心狼狽える。
「……お前ら、やたらベタベタしてたもんなあ。お前はレオに常にベッタリで、レオはレオで周囲が引くくらいお前のことを溺愛してたし。あん時から、ちょっと距離感おかしいなと思ってたけどさ。『愛人』の噂も、あながち間違いじゃねえかもな」
オスカーはルカの動揺に気が付きながら、さらに意味深な言葉を呟いている。
「……あの、それよりレオのことを教えてください」
ルカは恐る恐るオスカーに尋ねた。
何故、レオが第二王子のフリをしているのか、本物の王子様はどうしたのか、知りたいことは山ほどある。
オスカーは、ベッドに後ろ手をつくように足を組みながら、「俺が知ってることだけならな」と呟き、ルカを意味ありげに眺めた。
「まず、お前が行方不明になった後、レオは貴族の養子に出された」
オスカーは淡々とした口調で話し始める。しかし、彼がレオを養子にした貴族の名前を告げた瞬間、ルカは弾かれたように顔を上げた。
「クライヴ・スペンサー伯爵?」
「そうだ。闇属性の魔術を研究していた、変わり種の魔術師だった」
クライヴ・スペンサーの名前が出たことに驚きを隠せないルカである。その忌々しい名前に、ルカは無意識に眉を顰めた。
***
レオナルトを養子にしたクライヴ・スペンサーは、宮廷魔術師の一人で、国立魔術研究所に勤めていた人物だ。前世でルカを養子にした彼は今世では何故かレオナルトを養子にしていた。
クライヴは、第二王子サミュエルの魔術の家庭教師として王宮に招聘された。その関係で、レオナルトは養子として引き取られてすぐの頃、王宮で第二王子の学友として引き合わされている。前世のルカと同じである。
魔術の才能をクライヴに見出されてレオナルトは養子となったが、彼は他の分野でも優秀さを遺憾無く発揮した。特に剣術や武術に関しては、同世代の少年達の中では群を抜いていた。
このため、東の帝国へ第二王子が留学する際、レオナルトは従者兼護衛として一緒に留学しているという。
ただ、帝国でレオナルトは命の危険に晒されるような事件に巻き込まれたらしく、彼の消息が途絶えていた。
「……もともと、第二王子が帝国に留学したのだって、暗殺の危険がつきまとうからだって噂だったしな。レオが行方不明になったのは、帝国で第二王子が暗殺されかけた所為じゃないかってのが世間の見解だ」
オスカーは淡々とルカに説明をしてくれている。その表情は珍しく真面目だった。
「……オスカーさんは、何でそんなに詳しいんですか?」
「俺を引き取ってくれた養父が、国立魔術研究所に勤めてる。で、その養父の上司がクライヴ・スペンサーだった。上司に影響されて、ガチガチの第二王子派だがな」
オスカーは肩をすくめて苦笑している。
「第二王子派?」
「要するに、優秀な第二王子を応援してる奴らってことだな。普通に考えれば、第一王子の方が国を継ぐ可能性が高いけど、第二王子の優秀さは群を抜いてるからな。国内にも、サミュエル王子を次期国王に推す一派がいる」
「……派閥争いですか」
「第二王子の派閥の方が圧倒的に有力な貴族が多いが。ただ、第一王子には救国の魔術師が味方してるし」
「救国の魔術師?何ですかソレ?」
「ファルシュ・シルフォード。六年前、北部辺境の森で起きたスタンピードから国を救った英雄だ。国王陛下の相談役で、宮廷魔術師団の団長。今はほぼ引退状態で中立を保ってるが、奴がその気になれば多分国が滅びる」
「…………は」
ルカは目を見開いた。その名前は聞いたことがある。ルカがこの学園に編入するための推薦状をしたためた人だ。ルカのご主人様が脅した人でもある。
(ご主人様、そんな凄い人に圧力かけてたのか)
ルカは慄いた。国王陛下の側近にまで影響力があるとは。ご主人様は何者なんだ。
「まあ、そういった状況のなか、第二王子が二年前に帰国し、同時に全寮制の学園に編入学した。学園にはとんでもなく強力な結界が張ってあるから、暗殺の危険性は下がっだろうけどな」
「……で、帰国したら別人にすり替わっていた、と」
ルカは思考を巡らせる。入学式の日に魔物が襲来し結界が破られるという事件は起こったが、通常、学園には王族が居住する王宮並みの強力な防護結界が張ってある。第二王子は学業優先で、公務もほとんど行なっていない。しかも学園の生徒の大半は元々サミュエルの顔を知らない。
つまり、すり替わっても、関係者以外気が付く者はいないし、環境的に暗殺の危険は限りなく低い。
「状況的にはそうだな。で、今『レオ』は第二王子のフリしてるってことだ」
「何故なんだろう……?」
ルカの問いに、オスカーは頭をぼりぼりと掻いた。何か言いづらいことがあるらしい。
「……既にサミュエル王子がこの世にいないか、レオを身代わりにしないといけない状況ってことかな……。どちらにしろ、レオは第二王子の影をやってるんだろうな」
オスカーは、ルカの質問に直接答えることは避けた。この世にいないとか不穏な言葉が聞こえた気がするが、それは聞かなかったことにしようとルカは思う。
「……あの、クライヴ・スペンサー伯爵は今どこにいるんですか?」
前世のことがあるから、ルカはクライヴを信用していない。クライヴがレオを酷い目に遭わせていたのではないかと、密かに疑っていた。
「……お前、本当に何も知らないんだな。クライヴ・スペンサーは、精神を病んだとかで今行方不明だ」
オスカーが呆れた様子でルカに教えてくれた。ルカは絶句する。前世と違うことが多すぎて、頭が追いつかない。
「……次は、お前のことを教えてくれねえか?あの日、行方不明になってから、どうやって生きてた?」
オスカーは真剣な眼差しでルカを見つめる。ルカは少しの逡巡の後、口を開いた。
「……あのときは、んぐっ!?」
ルカが口を開きかけた瞬間、オスカーに手で口を塞がれた。彼は慌てた様子で身を乗り出し、ルカの耳元で「静かに」と囁く。
同時に、空間が割れる気配がした。ルカは目を見開く。
(……結界が、破られた?)
ルカは眉を寄せて警戒する。カーテンの向こうに人の気配を感じ、ルカは咄嗟にオスカーの腕を引き、ベッドに倒れ込んだ。攻撃に備えるため、そのままオスカーの頭を抱き込んで、自分の胸元に押し当てるように力を込める。
「っ!?」
オスカーが何か抗議の声を上げかけた瞬間、カーテンを勢いよく引きながら、誰かが姿をみせた。
「オスカー、いい加減にしろ。私の許可なく、部屋に人を連れ込むなといつも言っているだ、ろ……と……」
聞き覚えのある声である。だが、その声の主はオスカーの頭を胸に抱え込んだルカの姿を見た途端、言葉尻をすぼめて固まった。ルカとオスカーも硬直する。
「……オスカー、お前、この人が誰か知ってるのか?サミュエル殿下の愛しい人だぞ?見境なく誰でも連れ込むな」
溜め息混じりに呟く人は、カロリーナの世話役?のシモンであった。
「……シモンさんが、どうしてここに」
ルカは硬直したままオスカーに視線を向ける。
「いや、一応コイツ俺のルームメイトだから。つか、俺が連れ込んだんじゃなくて、ルカが勝手に押し掛けてきたんたが」
オスカーは、ルカの胸元から顔を上げ、決まり悪そうに弁解する。シモンは目を細めた。
「……なるほど。第二王子だけでは飽きたらず、学園の番長である炎帝まで手中に収めたのですか。流石ですね」
シモンは、ルカの方を眺めながら感心したように頷いている。
「……ん?」
ルカが首を傾げると同時に、オスカーが「シモン、お前、次、そのフザけたあだ名使ったらぶっ飛ばすぞ」と低い声を出している。『炎帝』に反応しているらしい。どうやらオスカー自身は、この二つ名を気に入ってないようだ。
「あの、シモンさん。誤解です。僕は、オスカーさんに質問があって押しかけてきただけです」
ルカはシモンの勘違いを正そうと試みた。
「……なるほど。質問があって部屋を訪れたら、何故かベッドに押し倒されて、密室にされ、さらに防音結界まで張られてしまったと。……オスカーがルカさんに何をするつもりだったのかは、深く追求しないでおきますね」
シモンは、全て分かっているという表情で、うんうん頷いている。誤解が解けたのかどうか、ルカには判断がつかない。
「シモン、お前、また変な方向に話を捻じ曲げるな。てか、お前のその訳知り顔ムカつくんだよ」
オスカーがイラついた表情でシモンを睨んでいる。
二人のやり取りに、ルカは呆然とした。どうやら二人は、とても仲が良さげである。ちょっとだけ、羨ましい。
ルカはチラリとシモンに視線を向けた。オスカーの張った結界をあっさり無効化したこの人は、何者なんだろう。気配もほとんどなかった。
ルカの訝しげな視線に気づいたシモンは、にっこり笑いながら「お邪魔してしまって申し訳ございません。同意の行為であれば問題ないのですが、もし無理矢理であれば、オスカーをぶん殴っておきますが」と爽やかに言い放った。
「……いえ、同意です。合意の上でベッドに入ったので、大丈夫です」
「おいこら、ルカ。お前、その誤解を招くような言い方やめろ」
オスカーは何故か頭を抱えて脱力し、シモンは「仲が良いようで安心しました」と楽しそうに微笑んでいる。とりあえずルカが、何か発言を間違えたらしいことだけは分かった。
突然部屋に押しかけてきたルカの姿を目にし、ルカの天敵その1、オスカーは目を細めて愉快そうに笑った。
「……失礼いたします」
ルカは無表情のまま恭しく頭を下げてから部屋に足を踏み入れた。オスカーの同室者は幸いなことに不在だ。
「ルカ、お前、王子様の愛人らしいな。第二王子が自分の権力使って愛人を入学させて、部屋に囲ってるって噂になってるぜ。入学早々、お前何やってんの?」
オスカーはにやにやしながら尋ねてくる。やはり噂が広まっているらしい。
「大半は面白がってる奴らだから、無視しておけばいい。ただ冗談の通じない奴もいるから、あんまり目立つ行動は控えろよ。……お前、ただでさえ無愛想なんだから、敵作って孤立するぞ。とりあえず、ソコ座れ」
オスカーが指し示した場所は、彼のベッドだった。ルカは一瞬だけ躊躇したが、大人しく指示に従う。
「さてと。……お前、レオのことを俺に聞きたくて来たんだろ?」
ルカがベッドの端にちょこんと座るのを見届けてから、オスカーは備え付けの机の椅子に腰を降ろして口を開いた。
「……はい。僕は駆け引きとかが出来ないので、単刀直入に殿下に尋ねたんです」
「何を?」
「君はレオだよね?って」
「……それで?」
オスカーは面白そうに先を促してくる。
「……大爆笑されました」
ルカはその瞬間を思い出して遠い目をした。ルカの表情に、オスカーが吹き出す。
「ぶはっ。お前、直球すぎ」
ルカは無表情のままオスカーをじとっと睨んだ。その顔を見て、オスカーはさらに笑い転げる。
「……笑い事じゃありません。そもそも、オスカーさんも疑ってたんですよね?だからレオと面識がある僕と話したかったんですよね?」
ルカがむっとしながら抗議すると、オスカーは「ちょっと待て」と笑いすぎて涙目になった目元を拭った。そのまま、彼は椅子から立ち上がると、ベッドの上に移動し、ルカの腕を何故か引き寄せようとしてくる。
「オスカーさん?」
ルカは訝しげに彼を見上げた。
「いいから、とりあえず中に来い。別にベッドに押し倒す訳じゃねえよ。防音結界張るぞ。俺、防御系苦手だからな。広い範囲で張ると疲れんだよ」
「……分かりました。内緒話ですね」
ルカは素直にベッドの中央に移動すると、オスカーの近くに座る。オスカーはベッド横のカーテンをきっちり閉めると、素早く呪文を唱えてベッド周りに結界を展開した。
仮の密室の完成である。
「で、お前は何で奴がレオだと思った?見た目は確かに似てるが、眼の色も違うし、話し方や性格だって全然違うだろ」
結界が作用しているのか、オスカーは声を潜めてルカに尋ねた。その距離の近さに、ルカは若干戸惑いながら答える。
「……眼の色は、膨大な魔力を必要としますが、一定の距離に近づいた者に認識阻害をかければ可能です。話し方や性格は……どうとでも誤魔化せます」
ルカは無表情のまま答えた。実際に、人前では瞳の色を変えている人物を、ルカは知っている。見た目を変えるのは、不可能ではない。
「それに、サミュエル殿下の魔力属性は、光と水のはず。でも、彼は風属性も持ってました」
彼が闇属性持ちであると疑われることは、影響が大きすぎるので、オスカーに告げるつもりはない。
「へえ。そうなんだ。よく知ってるな。ただ、第二王子が風属性を持ってることを公表してねえだけかもしれねえぞ」
オスカーは面白そうにルカの推測を聞いていたが、そんな可能性を示唆する。
「……もう一つ、まだ僕が孤児院にいた子どもの頃のことなんですけど。僕は殿下に触られた瞬間、魔力暴走を起こしてしまいそうなほど殿下と魔力の相性が最悪だったはずなんです。けど、彼の魔力を体内に取り込んでも、特に何ともありませんでした」
何ともないどころか、心地よすぎて夢中になり、離れがたくなった。実際、ちょっと危なかった。
というか、あの魔力の波長は間違いなくレオだ。子どもの頃から、ルカが眠れないときや体調が優れないとき、レオはよくルカを抱き締めたり、手を握ってくれたりしていた。あの優しい魔力の気配は今でも覚えている。いつもルカの心に安定と安らぎをもたらしてくれていたのだ。
「……へえ。お前、あの王子様と魔力を体内に取り込むような接触、したんだな」
オスカーは微かに表情を変え、意味ありげにルカの顔を覗き込んでくる。
「え?あ……はい」
ルカは、オスカーの指摘にヒヤリとした。確かに、魔力を取り込んだことまで告げる必要はなかったのかもしれない。余計なことを言ってしまったと内心狼狽える。
「……お前ら、やたらベタベタしてたもんなあ。お前はレオに常にベッタリで、レオはレオで周囲が引くくらいお前のことを溺愛してたし。あん時から、ちょっと距離感おかしいなと思ってたけどさ。『愛人』の噂も、あながち間違いじゃねえかもな」
オスカーはルカの動揺に気が付きながら、さらに意味深な言葉を呟いている。
「……あの、それよりレオのことを教えてください」
ルカは恐る恐るオスカーに尋ねた。
何故、レオが第二王子のフリをしているのか、本物の王子様はどうしたのか、知りたいことは山ほどある。
オスカーは、ベッドに後ろ手をつくように足を組みながら、「俺が知ってることだけならな」と呟き、ルカを意味ありげに眺めた。
「まず、お前が行方不明になった後、レオは貴族の養子に出された」
オスカーは淡々とした口調で話し始める。しかし、彼がレオを養子にした貴族の名前を告げた瞬間、ルカは弾かれたように顔を上げた。
「クライヴ・スペンサー伯爵?」
「そうだ。闇属性の魔術を研究していた、変わり種の魔術師だった」
クライヴ・スペンサーの名前が出たことに驚きを隠せないルカである。その忌々しい名前に、ルカは無意識に眉を顰めた。
***
レオナルトを養子にしたクライヴ・スペンサーは、宮廷魔術師の一人で、国立魔術研究所に勤めていた人物だ。前世でルカを養子にした彼は今世では何故かレオナルトを養子にしていた。
クライヴは、第二王子サミュエルの魔術の家庭教師として王宮に招聘された。その関係で、レオナルトは養子として引き取られてすぐの頃、王宮で第二王子の学友として引き合わされている。前世のルカと同じである。
魔術の才能をクライヴに見出されてレオナルトは養子となったが、彼は他の分野でも優秀さを遺憾無く発揮した。特に剣術や武術に関しては、同世代の少年達の中では群を抜いていた。
このため、東の帝国へ第二王子が留学する際、レオナルトは従者兼護衛として一緒に留学しているという。
ただ、帝国でレオナルトは命の危険に晒されるような事件に巻き込まれたらしく、彼の消息が途絶えていた。
「……もともと、第二王子が帝国に留学したのだって、暗殺の危険がつきまとうからだって噂だったしな。レオが行方不明になったのは、帝国で第二王子が暗殺されかけた所為じゃないかってのが世間の見解だ」
オスカーは淡々とルカに説明をしてくれている。その表情は珍しく真面目だった。
「……オスカーさんは、何でそんなに詳しいんですか?」
「俺を引き取ってくれた養父が、国立魔術研究所に勤めてる。で、その養父の上司がクライヴ・スペンサーだった。上司に影響されて、ガチガチの第二王子派だがな」
オスカーは肩をすくめて苦笑している。
「第二王子派?」
「要するに、優秀な第二王子を応援してる奴らってことだな。普通に考えれば、第一王子の方が国を継ぐ可能性が高いけど、第二王子の優秀さは群を抜いてるからな。国内にも、サミュエル王子を次期国王に推す一派がいる」
「……派閥争いですか」
「第二王子の派閥の方が圧倒的に有力な貴族が多いが。ただ、第一王子には救国の魔術師が味方してるし」
「救国の魔術師?何ですかソレ?」
「ファルシュ・シルフォード。六年前、北部辺境の森で起きたスタンピードから国を救った英雄だ。国王陛下の相談役で、宮廷魔術師団の団長。今はほぼ引退状態で中立を保ってるが、奴がその気になれば多分国が滅びる」
「…………は」
ルカは目を見開いた。その名前は聞いたことがある。ルカがこの学園に編入するための推薦状をしたためた人だ。ルカのご主人様が脅した人でもある。
(ご主人様、そんな凄い人に圧力かけてたのか)
ルカは慄いた。国王陛下の側近にまで影響力があるとは。ご主人様は何者なんだ。
「まあ、そういった状況のなか、第二王子が二年前に帰国し、同時に全寮制の学園に編入学した。学園にはとんでもなく強力な結界が張ってあるから、暗殺の危険性は下がっだろうけどな」
「……で、帰国したら別人にすり替わっていた、と」
ルカは思考を巡らせる。入学式の日に魔物が襲来し結界が破られるという事件は起こったが、通常、学園には王族が居住する王宮並みの強力な防護結界が張ってある。第二王子は学業優先で、公務もほとんど行なっていない。しかも学園の生徒の大半は元々サミュエルの顔を知らない。
つまり、すり替わっても、関係者以外気が付く者はいないし、環境的に暗殺の危険は限りなく低い。
「状況的にはそうだな。で、今『レオ』は第二王子のフリしてるってことだ」
「何故なんだろう……?」
ルカの問いに、オスカーは頭をぼりぼりと掻いた。何か言いづらいことがあるらしい。
「……既にサミュエル王子がこの世にいないか、レオを身代わりにしないといけない状況ってことかな……。どちらにしろ、レオは第二王子の影をやってるんだろうな」
オスカーは、ルカの質問に直接答えることは避けた。この世にいないとか不穏な言葉が聞こえた気がするが、それは聞かなかったことにしようとルカは思う。
「……あの、クライヴ・スペンサー伯爵は今どこにいるんですか?」
前世のことがあるから、ルカはクライヴを信用していない。クライヴがレオを酷い目に遭わせていたのではないかと、密かに疑っていた。
「……お前、本当に何も知らないんだな。クライヴ・スペンサーは、精神を病んだとかで今行方不明だ」
オスカーが呆れた様子でルカに教えてくれた。ルカは絶句する。前世と違うことが多すぎて、頭が追いつかない。
「……次は、お前のことを教えてくれねえか?あの日、行方不明になってから、どうやって生きてた?」
オスカーは真剣な眼差しでルカを見つめる。ルカは少しの逡巡の後、口を開いた。
「……あのときは、んぐっ!?」
ルカが口を開きかけた瞬間、オスカーに手で口を塞がれた。彼は慌てた様子で身を乗り出し、ルカの耳元で「静かに」と囁く。
同時に、空間が割れる気配がした。ルカは目を見開く。
(……結界が、破られた?)
ルカは眉を寄せて警戒する。カーテンの向こうに人の気配を感じ、ルカは咄嗟にオスカーの腕を引き、ベッドに倒れ込んだ。攻撃に備えるため、そのままオスカーの頭を抱き込んで、自分の胸元に押し当てるように力を込める。
「っ!?」
オスカーが何か抗議の声を上げかけた瞬間、カーテンを勢いよく引きながら、誰かが姿をみせた。
「オスカー、いい加減にしろ。私の許可なく、部屋に人を連れ込むなといつも言っているだ、ろ……と……」
聞き覚えのある声である。だが、その声の主はオスカーの頭を胸に抱え込んだルカの姿を見た途端、言葉尻をすぼめて固まった。ルカとオスカーも硬直する。
「……オスカー、お前、この人が誰か知ってるのか?サミュエル殿下の愛しい人だぞ?見境なく誰でも連れ込むな」
溜め息混じりに呟く人は、カロリーナの世話役?のシモンであった。
「……シモンさんが、どうしてここに」
ルカは硬直したままオスカーに視線を向ける。
「いや、一応コイツ俺のルームメイトだから。つか、俺が連れ込んだんじゃなくて、ルカが勝手に押し掛けてきたんたが」
オスカーは、ルカの胸元から顔を上げ、決まり悪そうに弁解する。シモンは目を細めた。
「……なるほど。第二王子だけでは飽きたらず、学園の番長である炎帝まで手中に収めたのですか。流石ですね」
シモンは、ルカの方を眺めながら感心したように頷いている。
「……ん?」
ルカが首を傾げると同時に、オスカーが「シモン、お前、次、そのフザけたあだ名使ったらぶっ飛ばすぞ」と低い声を出している。『炎帝』に反応しているらしい。どうやらオスカー自身は、この二つ名を気に入ってないようだ。
「あの、シモンさん。誤解です。僕は、オスカーさんに質問があって押しかけてきただけです」
ルカはシモンの勘違いを正そうと試みた。
「……なるほど。質問があって部屋を訪れたら、何故かベッドに押し倒されて、密室にされ、さらに防音結界まで張られてしまったと。……オスカーがルカさんに何をするつもりだったのかは、深く追求しないでおきますね」
シモンは、全て分かっているという表情で、うんうん頷いている。誤解が解けたのかどうか、ルカには判断がつかない。
「シモン、お前、また変な方向に話を捻じ曲げるな。てか、お前のその訳知り顔ムカつくんだよ」
オスカーがイラついた表情でシモンを睨んでいる。
二人のやり取りに、ルカは呆然とした。どうやら二人は、とても仲が良さげである。ちょっとだけ、羨ましい。
ルカはチラリとシモンに視線を向けた。オスカーの張った結界をあっさり無効化したこの人は、何者なんだろう。気配もほとんどなかった。
ルカの訝しげな視線に気づいたシモンは、にっこり笑いながら「お邪魔してしまって申し訳ございません。同意の行為であれば問題ないのですが、もし無理矢理であれば、オスカーをぶん殴っておきますが」と爽やかに言い放った。
「……いえ、同意です。合意の上でベッドに入ったので、大丈夫です」
「おいこら、ルカ。お前、その誤解を招くような言い方やめろ」
オスカーは何故か頭を抱えて脱力し、シモンは「仲が良いようで安心しました」と楽しそうに微笑んでいる。とりあえずルカが、何か発言を間違えたらしいことだけは分かった。
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彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
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共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
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