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02 戯言
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中学2年生の秋、蓮は全国模試で総合1位を取った。
「すげーな、お前」
何でもないことのように平然としている幼馴染みを前に、俺は感嘆の声を漏らした。
「まあ、アルファだし」
「アルファだから?じゃねーよ。お前の努力の賜物だ。お前のそういうところ、マジ尊敬するわ」
周囲はやっぱり『アルファ』というだけで、蓮を特別扱いする。蓮がそこに至るまでの過程を見ていないのだ。
生まれつきの能力は確かに恵まれている部分もあるが、むしろ蓮は、人よりも努力をして自分に厳しく妥協を許さないように生きている。周囲の期待を理解し、それに応えようと時に自分を偽りながら、それでも必死になって高みを目指している。
俺は、自分より頭1つ分上にある蓮の頭をゆっくり撫でた。
腹が立つことに、この数年で蓮の身長は俺より随分高くなっていた。
「……だから、何なの?」
「半端ない努力を褒めてあげようかと」
「何だよ、それ」
蓮は苦笑しながらも、ちょっとだけ照れくさそうにしていた。
「できることが当たり前」と見られ、褒められることに慣れていない幼馴染みは、俺がちょっとよしよししてやると、分かりやすく嬉しそうな顔をする。こういうところは、素直に可愛いなと俺は思う。
「ほんとにお前はすごい奴だよ」
俺の幼馴染みはすごいのだ。
本当の姿の蓮に気がついて、ちゃんと認めて、褒めてくれる理解者が、彼の周囲には必要だと想う。
「樹は俺を『アルファ』として特別視しないんだな」
「……まあ、正直よく分からないしな」
俺の第二性は、まだ判明していない、ということになっている。
「樹のそういうところ、なんかいいよな。ちゃんと見てくれてる気がするし。お前の前では、なんか気が抜けるわ」
「何も考えてないけどなー」
「尚更いいじゃん。俺、樹のこと好きだよ。いつまでも俺の側に居てよ」
蓮は俺の顔を見つめながら、笑顔を浮かべてそんな戯言を囁いてくる。
本心から言っているのは何となく分かるが、相変わらず誤解を招く言い方をしやがる。
「はいはい。俺も好きだよ」
願わくば、この男の唯一の存在になりたい。
そんな邪な想いを隠して、俺はいつものように面倒臭そうな表情の仮面を顔に貼り付けて、本音で返事をした。
***
俺の両親はアルファとオメガの『番』だった。番は家族以上に強い絆で結ばれると言われている。
母親は資産家の箱入り娘で蝶よ花よと育てられたお嬢様だった。婚約者がいたが、偶然出会った俺の父親に一目で惹かれ合い、実家の反対を押し切って家出同然で結婚をしたそうだ。
駆落ち婚は長くは続かなかった。
俺の父は俺が生まれてすぐに、病気になりアッサリ他界。苦労知らずのお嬢様が世間の荒波に揉まれながら女手一つで俺を育てるには、やっぱり無理があった。
結局母は実家に頭を下げ、俺の第二性が判明するまでは援助してもらうことになった。母の実家も何やら思惑があったらしい。
「どうも、オメガだったらその後の援助を打ち切るつもりなのよね」
渋い顔をしながらも、母は一度はその申し出を受けた。
俺の母は、年齢を感じさせず、儚げな少女のような美しい外見をしていたが、中身は強かだった。
目的のために、誰かを騙すことを厭わない。
新婚生活はほんのわずかだったが、母は家族の反対を押し切って父と一緒になったことは後悔していないらしい。
「運命の番だったの。短い間だったけど幸せだったわ。樹も残してくれたしね。蓮くんもいつか出会えるといいわね。運命の人に」
何度も聞かされた、母の口癖だった。
蓮はそんな俺の母に影響されたのか、『運命の番』に憧れを抱いたようだ。自分の両親がドライな関係だったので、余計にそう感じたのかもしれない。
「樹の両親は羨ましいな」
「相方が死んでもか?」
「いやあ、それはキツいけど……。でも、ちょっと憧れる」
「運命の番なんて都市伝説だろ。婚約者捨てて逃げた母さんの自己正当化」
「……そうかな、ちゃんとそう思える相手と出会えて、しかも一緒になれるって凄くないか」
「お前がその気になれば選り取り見取りだろ」
何となく面白くなくて、俺は唇を突き出し、ぷいっと蓮から顔を逸らした。
「……それより、樹はそろそろ第二性分かった?検査受けてる?」
最近、蓮は定期的にこの話題を持ち出すようになった。
「うるせー、お前に関係ないだろ」
「……心配してんだよ。学校とか街中でいきなりオメガが発情してしまう事件とかもあるじゃん。早めに分かったら護るための対策だって考えられるし、抑制剤だって……」
「俺はオメガじゃない!!」
俺はカッとなって、思わず蓮の言葉を遮り叫んでいた。
「……悪い。無神経なこと言った」
第二性はデリケートな問題だ。蓮が申し訳ないとしゅんと小さくなっている。
「あ、いや……俺も怒鳴って悪かった」
蓮はわりと早めにアルファだと判明したが、一般的に第二性の特性が現れるのは大体16歳から18歳の間くらいからで、そこではじめて性が判明し確定することの方が多い。オメガの発情期もその頃から始まると言われている。
ただ、アルファやオメガは外見からそれとなく判る場合がほとんどだ。
俺の外見は、オメガの母親にそっくりだ。
そのせいか、周囲から『オメガ』として見られ、やたらその心配をされる。その筆頭が目の前の幼馴染みだ。
庇護欲をそそるというのだろうか、簡単に壊れてしまいそうな危うい空気を纏っているとはよく言われるが、中身の俺は自分で言うのもなんだが、そこそこ図太くて面倒臭がりなので、庇護欲もへったくれもない。
「その時はお前にも言うから」
「うん、分かった」
蓮は柔らかく微笑んだ。
「……俺、樹のこと好きだよ。いつまでも俺の側に居てよ」
「はいはい、俺も好きだよ」
いつもの蓮の戯言に、咄嗟に仮面を貼り付けることができず、顔を背けたまま返事をする。
チラッと見えた蓮の笑顔は、少しだけ不安そうに見えた。
「すげーな、お前」
何でもないことのように平然としている幼馴染みを前に、俺は感嘆の声を漏らした。
「まあ、アルファだし」
「アルファだから?じゃねーよ。お前の努力の賜物だ。お前のそういうところ、マジ尊敬するわ」
周囲はやっぱり『アルファ』というだけで、蓮を特別扱いする。蓮がそこに至るまでの過程を見ていないのだ。
生まれつきの能力は確かに恵まれている部分もあるが、むしろ蓮は、人よりも努力をして自分に厳しく妥協を許さないように生きている。周囲の期待を理解し、それに応えようと時に自分を偽りながら、それでも必死になって高みを目指している。
俺は、自分より頭1つ分上にある蓮の頭をゆっくり撫でた。
腹が立つことに、この数年で蓮の身長は俺より随分高くなっていた。
「……だから、何なの?」
「半端ない努力を褒めてあげようかと」
「何だよ、それ」
蓮は苦笑しながらも、ちょっとだけ照れくさそうにしていた。
「できることが当たり前」と見られ、褒められることに慣れていない幼馴染みは、俺がちょっとよしよししてやると、分かりやすく嬉しそうな顔をする。こういうところは、素直に可愛いなと俺は思う。
「ほんとにお前はすごい奴だよ」
俺の幼馴染みはすごいのだ。
本当の姿の蓮に気がついて、ちゃんと認めて、褒めてくれる理解者が、彼の周囲には必要だと想う。
「樹は俺を『アルファ』として特別視しないんだな」
「……まあ、正直よく分からないしな」
俺の第二性は、まだ判明していない、ということになっている。
「樹のそういうところ、なんかいいよな。ちゃんと見てくれてる気がするし。お前の前では、なんか気が抜けるわ」
「何も考えてないけどなー」
「尚更いいじゃん。俺、樹のこと好きだよ。いつまでも俺の側に居てよ」
蓮は俺の顔を見つめながら、笑顔を浮かべてそんな戯言を囁いてくる。
本心から言っているのは何となく分かるが、相変わらず誤解を招く言い方をしやがる。
「はいはい。俺も好きだよ」
願わくば、この男の唯一の存在になりたい。
そんな邪な想いを隠して、俺はいつものように面倒臭そうな表情の仮面を顔に貼り付けて、本音で返事をした。
***
俺の両親はアルファとオメガの『番』だった。番は家族以上に強い絆で結ばれると言われている。
母親は資産家の箱入り娘で蝶よ花よと育てられたお嬢様だった。婚約者がいたが、偶然出会った俺の父親に一目で惹かれ合い、実家の反対を押し切って家出同然で結婚をしたそうだ。
駆落ち婚は長くは続かなかった。
俺の父は俺が生まれてすぐに、病気になりアッサリ他界。苦労知らずのお嬢様が世間の荒波に揉まれながら女手一つで俺を育てるには、やっぱり無理があった。
結局母は実家に頭を下げ、俺の第二性が判明するまでは援助してもらうことになった。母の実家も何やら思惑があったらしい。
「どうも、オメガだったらその後の援助を打ち切るつもりなのよね」
渋い顔をしながらも、母は一度はその申し出を受けた。
俺の母は、年齢を感じさせず、儚げな少女のような美しい外見をしていたが、中身は強かだった。
目的のために、誰かを騙すことを厭わない。
新婚生活はほんのわずかだったが、母は家族の反対を押し切って父と一緒になったことは後悔していないらしい。
「運命の番だったの。短い間だったけど幸せだったわ。樹も残してくれたしね。蓮くんもいつか出会えるといいわね。運命の人に」
何度も聞かされた、母の口癖だった。
蓮はそんな俺の母に影響されたのか、『運命の番』に憧れを抱いたようだ。自分の両親がドライな関係だったので、余計にそう感じたのかもしれない。
「樹の両親は羨ましいな」
「相方が死んでもか?」
「いやあ、それはキツいけど……。でも、ちょっと憧れる」
「運命の番なんて都市伝説だろ。婚約者捨てて逃げた母さんの自己正当化」
「……そうかな、ちゃんとそう思える相手と出会えて、しかも一緒になれるって凄くないか」
「お前がその気になれば選り取り見取りだろ」
何となく面白くなくて、俺は唇を突き出し、ぷいっと蓮から顔を逸らした。
「……それより、樹はそろそろ第二性分かった?検査受けてる?」
最近、蓮は定期的にこの話題を持ち出すようになった。
「うるせー、お前に関係ないだろ」
「……心配してんだよ。学校とか街中でいきなりオメガが発情してしまう事件とかもあるじゃん。早めに分かったら護るための対策だって考えられるし、抑制剤だって……」
「俺はオメガじゃない!!」
俺はカッとなって、思わず蓮の言葉を遮り叫んでいた。
「……悪い。無神経なこと言った」
第二性はデリケートな問題だ。蓮が申し訳ないとしゅんと小さくなっている。
「あ、いや……俺も怒鳴って悪かった」
蓮はわりと早めにアルファだと判明したが、一般的に第二性の特性が現れるのは大体16歳から18歳の間くらいからで、そこではじめて性が判明し確定することの方が多い。オメガの発情期もその頃から始まると言われている。
ただ、アルファやオメガは外見からそれとなく判る場合がほとんどだ。
俺の外見は、オメガの母親にそっくりだ。
そのせいか、周囲から『オメガ』として見られ、やたらその心配をされる。その筆頭が目の前の幼馴染みだ。
庇護欲をそそるというのだろうか、簡単に壊れてしまいそうな危うい空気を纏っているとはよく言われるが、中身の俺は自分で言うのもなんだが、そこそこ図太くて面倒臭がりなので、庇護欲もへったくれもない。
「その時はお前にも言うから」
「うん、分かった」
蓮は柔らかく微笑んだ。
「……俺、樹のこと好きだよ。いつまでも俺の側に居てよ」
「はいはい、俺も好きだよ」
いつもの蓮の戯言に、咄嗟に仮面を貼り付けることができず、顔を背けたまま返事をする。
チラッと見えた蓮の笑顔は、少しだけ不安そうに見えた。
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