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05 限界

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 その日、蓮は誰かに呼び出されていた。

「樹、一緒に帰りたいから放課後待ってて。話があるんだ」
 昼休みに、蓮は緊張した面持ちで、わざわざ俺のクラスまで来て告げ、俺に約束させた。

「お~、分かった」
 何の疑問も抱かずに、俺は気楽に返事をした。
 まだ蓮の受験は終わってないが、先日言っていた相談事だろうか。


『呼び出されたから少し待ってて』

 放課後になって、蓮からのメッセージに気が付き、俺は自分のクラスの教室で蓮を待っていた。呼出ってまた誰かに告白でもされているのだろうか。

 教室はガランとしていて静かだった。みんなさっさと帰ってしまった。
 俺はスマホで暇潰しをしながら蓮を待っていたが、蓮はしばらく経っても戻ってこない。

 教室がオレンジ色に染まり、やがて赤と混ざり合う。なんとなく物悲しい気分になってしまう。



「……帰ろかな」
 スマホから蓮に『遅い!先に帰るぞ』とメッセージを送るが既読にならない。俺は溜め息をつきながら鞄を持って立ち上がった。


 その時、悲鳴と共に何か言い争うような声が聞こえてきた。
「……何だ?」

 不審に感じて、声のする方へ行ってみると、教室のすぐ近くの階段下で眉を釣り上げた蓮が、一人の女生徒を壁に押しつけて何か怒鳴りつけて……いや、迫っていた。
 女の子は小柄で華奢な感じの可愛い子、蓮の元カノである高瀬だった。蓮は見るからに怒り心頭といった様子で、こめかみに青筋が立っているが、何処か苦しそうにしている。


「……黒川くん、助けて」

 高瀬は俺の姿を目に止めた瞬間、弱々しい声で俺に手を伸ばしてきた。砂糖菓子のような甘い香りが鼻腔を掠める。彼女の息は荒く、頬は紅潮している。瞳は潤み、今にも泣き出してしまいそうだ。
 俺は一瞬で蓮の状態を察した。

「樹!来んな!!」
 蓮の剣幕に一瞬気圧されるが、このまま放っておく訳にはいかない。

「……蓮、落ち着け」
 オメガのヒートに遭遇したのだ。しかもかなり強めで……彼女のフェロモンに誘発されたのだろう、アルファの蓮はオメガの発情に抗えない状態に陥っていると思われた。距離のある俺ですら、目眩がしそうになる。
 俺は後ろから蓮の腕を掴んで無理矢理高瀬から引き離し、彼女から距離を取らせた。



「高瀬さん、緊急抑制剤は?」
「……っ持ってる。教室の、鞄の中」
「じゃあ、今のうちに早く行って!」



 高瀬は泣きそうになりながらも頷いて、逃げるようにその場を後にした。


「あんのクソアマ……!!」

 蓮はギリッと歯軋りをして、苛立ちを隠そうともしない。いつもは穏やかな仮面を貼り付けていて、常に人当たりのよい笑顔を振りまいている蓮が、激情を露わにしている姿はかなり珍しい。

 自分をラット状態にした彼女に腹を立てているのだろうが、仮にも恋人だった女性をクソ呼ばわりするのはどうかと思う。


「落ち着けよ、蓮」
「うるせぇな。こんな状態で落ち着けるかよ……!!」

 蓮は荒々しく叫ぶと、俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。今にも噛みつきそうな剣幕で俺を睨む。その目は血走っていて、殴りかかってきそうだった。


 あれ?
 もしやこれ、ガチギレしてる?

 怒りの矛先が自分に向いた可能性を感じ取り、青ざめる。



「おおおおおお落ち着けよ、蓮。不可抗力でも嫌がってる相手襲ったら、取り返しつかないことに……」

 俺が怯えながら宥めようとすると、蓮は俺の顔を苦しそうに見つめていた。

「……樹、ごめん。限界超えた」
「へ?」

 蓮の言葉の意味が理解出来ずに呆然としていると、突然両手で頬を挾まれ唇を塞がれた。驚いて半開きになった口腔内に舌を差し入れられ、深く口付けられる。

「んんんんっ!?」

 口内に侵入した蓮の舌が、我が物顔で蹂躙する。逃げ腰だった舌も搦め捕られて、強く吸われた。初めての口付けに上手く息継ぎが出来なくて頭がクラクラする。酸素不足で目眩がして膝から力が抜けると、蓮がそのまま俺の腰を抱き寄せた。

「ちょっ、待て待て、蓮。相手確認しろ!俺だって!!」

 俺は慌てて蓮の胸を押し返すが、びくともしない。むしろ蓮はどんどん体重をかけてくるので、俺はそのまま床に押し倒されてしまった。

「まて、何考えて……っ」

 混乱する頭と裏腹に身体は素直に反応していた。蓮の香りに頭の中が真っ白になる。幼い頃から知っていた蓮の体温や匂いが、急に性的に見えて、恥ずかしい程鼓動が激しくなり、全身が熱くなった。

「ごめん……」
 蓮は何度も啄ばむような口付けを繰り返しながら俺のシャツのボタンを乱暴に引き裂く。そのまま、奴は俺の首筋に顔を埋めた。


「樹……好きだよ。ずっと、俺の側にいて」

 甘く掠れた声でいつもの戯言を囁き、蓮は俺の首筋に歯を立てた。痛みと共に鈍い快楽が湧き起こり、俺は身体を震わせた。



 俺も好きだよ。

 心の奥底で呟きながら、貪るように自分を求めてくる愛しい男の頭を撫でた。
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