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10 心底嫌いなはずなのに 穂高side
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ぼんやりと、室内に目を巡らせた。でもそのうちに、彼に気を失わされたのだと察し、今更ながらゾッとする。
なに、された? 首絞められた? プロレス技で落とされた?
どっちにしても怖くて。机の上で、体をびくつかせる。
「駄目だよ、千雪。もう、俺を拒むな。千雪がそんな態度でいると、怒って、またなにしでかすかわからない」
僕の脅えを悟ったのか、藤代はそう言って、僕の首に細長い指を当てた。掴むでも、締めているわけでもなく、ただ触れさせるだけ。それでも僕の恐怖を掻き立てるのには充分だ。
巧みなフランス人形のような顔が僕に近寄ってきて、綺麗ながら無表情なその顔は、いっそホラーだと思う。
「なぁ、さっき…首を絞めたつもりはなかったんだよ。でも、怒って、なにがなんだかわからなくなっちゃったんだ。だから…今度もし俺を怒らせて、首を締めちゃったら。千雪、本当に死んじゃうかもね」
低い声で囁かれ、背筋に緊張が走った。
ヤバイ。マズイ。これ以上藤代と一緒にいたら、今度こそ殺される。
でも、あまりの恐怖感に、一ミリも動けなかった。
そうするうちに、また藤代にキスされて。
でも恐怖の度合いが強すぎて、僕は歯を食いしばって耐えた。
「ちょっと、口、開けろよ。俺をちゃんと受け入れてくれ」
唇を離した藤代は不満そうに鼻で息をつき、僕のネクタイを掴んだ。
グッと引き寄せられ。それほど強い力ではなかったが、ネクタイが締まる感覚が首を絞められたときを彷彿とさせ、怖くなる。
体がビキッと動かなくなった。
「なんで、さっきから、キス、するんだ?」
恐怖を押し殺し、藤代にたずねる。
一体、今なにが起きているのか、把握したかったんだ。
「怒ったのなら…謝る」
嫌がらせだろうかと思って、言うが。
藤代はゆっくり首を傾けて、つぶやく。
「そんなの、口先ではなんとでも言えるよね」
まぁ、そうだけど。
確かに僕は、この場をしのげれば逃れられると思っていた。
あぁ、そうさ。口先だけのことだ。決まってんだろ。
でも、ならばどうしたらいいのか。考えつかないんだよ。
「ちゃんと、友達になるから」
これも口先だけのことだけど、僕は懸命に訴えた。
しかし藤代は無情にも首を振るのだった。
「いや、俺、友達じゃなくて恋人がいい。友達より恋人のほうが特別感があるじゃん? 千雪が俺の全部を受け入れてくれたら、口先だけじゃないってこともわかるしね」
クイっと、藤代が僕のネクタイを引っ張る。
そうすると僕が恐怖で動けなくなることを、藤代は感づいちゃったみたいだ。
僕は死の恐怖に脅え、涙目になった。
さっきは、死んじゃうのかな? なんて他人事のように思っていたというのに。
苦しいのを知っちゃったから、もう、怖いんだ。
「やだっ、し、死にたくない…」
「死にたくないなら、キス、しよ? ディープなやつ」
にやりと笑った藤代が、僕のネクタイから手を外し、唇に指先で触れる。
キスを印象づけるように。
「なに言ってんの? 男同士で恋人とかキスとか、そんなのおかしい」
「イマドキそんなこと言うの、千雪くらいのものだ。まぁ、俺も男相手ははじめてだったけど、千雪とキスするの、すっごく良かったし、テンション上がったし。うん、今までで一番ギュンとなったキスだったよ」
僕は、痛くて苦しい最悪なキスだったけどな、と胸の内だけで文句を言った。
殺人鬼の前でそう言うほど命知らずじゃない。
机の上で寝ている僕を、藤代が見下ろす。
夕日の光に照らされて、彼の瞳が魔物のように金色に光った。
他の人なら、綺麗だと見惚れるところなのだろうが。
僕は、ただただ怖かった。
同性との恋愛にこだわらないのは、藤代はそうかもしれないが、一般的には違うだろうし。それを僕に押しつけるのも強引で筋の通らないことだと思う。
でもここで彼を拒絶したら、本当に殺されるんじゃないだろうか?
体格も力強さも、僕は藤代にはかなわない。加えて、恐怖に体が縮こまり、ここから逃げるとかも無理そう。
この場を切り抜けるアイデアも、まったく浮かばなかった。
脳みそ、思考、停止。
だから、口を開けた。
体の奥から湧き上がる恐怖で、顎の関節が震えてガチガチと歯が鳴る。
「怖い? 千雪、ディープなキス、はじめて?」
「ディープどころか、キスするのがはじめてだったよ」
不本意なキスに怒りが湧いて、文句を言ってしまったが…余計なことだったな。ファーストキスがバレた。
「え、キスするのはじめてだったの? ヤバイ、俺がファーストキスの相手とか、マジ嬉しいんだけど」
パッとした笑みを浮かべて、さっきまで人形みたいだったホラーな無表情がやわらいだ。
でも、僕のファーストキスを奪って嬉しそうにしているのは、なんか腹が立つ。
やっぱ、藤代嫌いだなぁ。
「大丈夫、すぐにメロメロになって、怖いことなんか忘れるよ。俺、うまいし」
藤代はゆっくりと顔を近づけて、僕の唇に唇をつけた。
上唇をめくるように顔を動かし、そっと吸いつく。しばらく、僕の恐怖をなだめるように、口の表面をくすぐる可愛らしいキスをして。
彼の目が、うながすように僕を見るから、仕方なく口を開ける。
口の奥のほうで縮こまる僕の舌を、舌先でくすぐり、ウズウズする感覚を引き出した。
ヌメヌメする感触が気持ち悪い…って思うはずなのに。
なんだか、徐々に体が熱くなってくるのを感じた。
「…んっ、ふぅ」
上あごや歯列を藤代の舌がなぞるたび、鼻から変な声が漏れ出る。
恥ずかしくて、顔が熱くなるし。目も回る。
我慢できるはずのものが、我慢できない。
口や、喉の奥まで、じんじん痺れるみたいな感覚。
気持ちいい。
藤代のことが、心底嫌いなはずなのに、藤代に…もっと舐められたいと思ってしまう、なんてっ!
なに、された? 首絞められた? プロレス技で落とされた?
どっちにしても怖くて。机の上で、体をびくつかせる。
「駄目だよ、千雪。もう、俺を拒むな。千雪がそんな態度でいると、怒って、またなにしでかすかわからない」
僕の脅えを悟ったのか、藤代はそう言って、僕の首に細長い指を当てた。掴むでも、締めているわけでもなく、ただ触れさせるだけ。それでも僕の恐怖を掻き立てるのには充分だ。
巧みなフランス人形のような顔が僕に近寄ってきて、綺麗ながら無表情なその顔は、いっそホラーだと思う。
「なぁ、さっき…首を絞めたつもりはなかったんだよ。でも、怒って、なにがなんだかわからなくなっちゃったんだ。だから…今度もし俺を怒らせて、首を締めちゃったら。千雪、本当に死んじゃうかもね」
低い声で囁かれ、背筋に緊張が走った。
ヤバイ。マズイ。これ以上藤代と一緒にいたら、今度こそ殺される。
でも、あまりの恐怖感に、一ミリも動けなかった。
そうするうちに、また藤代にキスされて。
でも恐怖の度合いが強すぎて、僕は歯を食いしばって耐えた。
「ちょっと、口、開けろよ。俺をちゃんと受け入れてくれ」
唇を離した藤代は不満そうに鼻で息をつき、僕のネクタイを掴んだ。
グッと引き寄せられ。それほど強い力ではなかったが、ネクタイが締まる感覚が首を絞められたときを彷彿とさせ、怖くなる。
体がビキッと動かなくなった。
「なんで、さっきから、キス、するんだ?」
恐怖を押し殺し、藤代にたずねる。
一体、今なにが起きているのか、把握したかったんだ。
「怒ったのなら…謝る」
嫌がらせだろうかと思って、言うが。
藤代はゆっくり首を傾けて、つぶやく。
「そんなの、口先ではなんとでも言えるよね」
まぁ、そうだけど。
確かに僕は、この場をしのげれば逃れられると思っていた。
あぁ、そうさ。口先だけのことだ。決まってんだろ。
でも、ならばどうしたらいいのか。考えつかないんだよ。
「ちゃんと、友達になるから」
これも口先だけのことだけど、僕は懸命に訴えた。
しかし藤代は無情にも首を振るのだった。
「いや、俺、友達じゃなくて恋人がいい。友達より恋人のほうが特別感があるじゃん? 千雪が俺の全部を受け入れてくれたら、口先だけじゃないってこともわかるしね」
クイっと、藤代が僕のネクタイを引っ張る。
そうすると僕が恐怖で動けなくなることを、藤代は感づいちゃったみたいだ。
僕は死の恐怖に脅え、涙目になった。
さっきは、死んじゃうのかな? なんて他人事のように思っていたというのに。
苦しいのを知っちゃったから、もう、怖いんだ。
「やだっ、し、死にたくない…」
「死にたくないなら、キス、しよ? ディープなやつ」
にやりと笑った藤代が、僕のネクタイから手を外し、唇に指先で触れる。
キスを印象づけるように。
「なに言ってんの? 男同士で恋人とかキスとか、そんなのおかしい」
「イマドキそんなこと言うの、千雪くらいのものだ。まぁ、俺も男相手ははじめてだったけど、千雪とキスするの、すっごく良かったし、テンション上がったし。うん、今までで一番ギュンとなったキスだったよ」
僕は、痛くて苦しい最悪なキスだったけどな、と胸の内だけで文句を言った。
殺人鬼の前でそう言うほど命知らずじゃない。
机の上で寝ている僕を、藤代が見下ろす。
夕日の光に照らされて、彼の瞳が魔物のように金色に光った。
他の人なら、綺麗だと見惚れるところなのだろうが。
僕は、ただただ怖かった。
同性との恋愛にこだわらないのは、藤代はそうかもしれないが、一般的には違うだろうし。それを僕に押しつけるのも強引で筋の通らないことだと思う。
でもここで彼を拒絶したら、本当に殺されるんじゃないだろうか?
体格も力強さも、僕は藤代にはかなわない。加えて、恐怖に体が縮こまり、ここから逃げるとかも無理そう。
この場を切り抜けるアイデアも、まったく浮かばなかった。
脳みそ、思考、停止。
だから、口を開けた。
体の奥から湧き上がる恐怖で、顎の関節が震えてガチガチと歯が鳴る。
「怖い? 千雪、ディープなキス、はじめて?」
「ディープどころか、キスするのがはじめてだったよ」
不本意なキスに怒りが湧いて、文句を言ってしまったが…余計なことだったな。ファーストキスがバレた。
「え、キスするのはじめてだったの? ヤバイ、俺がファーストキスの相手とか、マジ嬉しいんだけど」
パッとした笑みを浮かべて、さっきまで人形みたいだったホラーな無表情がやわらいだ。
でも、僕のファーストキスを奪って嬉しそうにしているのは、なんか腹が立つ。
やっぱ、藤代嫌いだなぁ。
「大丈夫、すぐにメロメロになって、怖いことなんか忘れるよ。俺、うまいし」
藤代はゆっくりと顔を近づけて、僕の唇に唇をつけた。
上唇をめくるように顔を動かし、そっと吸いつく。しばらく、僕の恐怖をなだめるように、口の表面をくすぐる可愛らしいキスをして。
彼の目が、うながすように僕を見るから、仕方なく口を開ける。
口の奥のほうで縮こまる僕の舌を、舌先でくすぐり、ウズウズする感覚を引き出した。
ヌメヌメする感触が気持ち悪い…って思うはずなのに。
なんだか、徐々に体が熱くなってくるのを感じた。
「…んっ、ふぅ」
上あごや歯列を藤代の舌がなぞるたび、鼻から変な声が漏れ出る。
恥ずかしくて、顔が熱くなるし。目も回る。
我慢できるはずのものが、我慢できない。
口や、喉の奥まで、じんじん痺れるみたいな感覚。
気持ちいい。
藤代のことが、心底嫌いなはずなのに、藤代に…もっと舐められたいと思ってしまう、なんてっ!
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