【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

文字の大きさ
72 / 159

54 年越し小話 ①

しおりを挟む
     ◆堺の年末

 堺は、青桐の順応力に舌を巻いていた。
 燎源が青桐の素性を詳しく明かしてくれないので、青桐は赤穂によく似た凡庸な村人なのだと思っていたが。
 片手という不利な条件はありながらも、一騎当千である幸直を相手に、剣術で引けを取らないとか。
 びっくりである。
 それに礼儀作法もそつなくこなし、軍内部の知識など、吸収が早い。

 地頭が良いのだろう。
 でも。本当にただの村人なのだろうか?
 名家の子息と言われても、遜色ないのだが。
 村人にしては、なにもかもが及第点である。
 もしかしたら…あの粗雑な赤穂よりも、将堂家の人物足りえるかもしれない。

 赤穂様、失礼を言って申し訳ありません、と胸のうちで堺は謝った。

 しかしそんな、何事も涼しい顔でこなしてしまう青桐も。乗馬だけは苦労している。
 初めて馬に対面したときは、おっかなびっくりだったし。馬の背に乗せたときは、あまりの高さに鞍から手を離せない状態だった。
 手綱を持たなければ、馬は動きませんよ。

 しかし乗馬は、すみやかに体得してもらわなければならないのだ。
 本拠地に戻るときは馬で移動するし。
 赤穂は、人馬一体で戦場を駆け回る馬の名手で、記憶喪失と言えど乗馬姿がサマにならなければ、遠目から目撃した自軍の兵の士気を削ぐことにもなりかねない。
 せめて、普通に乗れるようになってもらわないとならないのだ。

 つい半月前に、堺は赤穂たちとともに前線基地に陣中見舞いに来たわけだが。
 そのとき乗ってきた赤穂の馬は、今はない。
 紫輝が。
 赤穂はある場所で無事に暮らしている、と言っていたので。側近共々、馬もその場所に連れて行くことが出来たのかもしれない。
 赤穂の馬は気性が荒く。
 もしこの場にいたとしても、青桐は確実に乗りこなせないだろうと思われた。

 今青桐が乗っている馬は、幸直が調達してきた穏やかな気性の黒いメス馬だ。
 彼女を乗りこなすことが出来たら、おそらく誰も青桐を赤穂ではないと疑うことなどできない。
 青桐にとって、最後の試練と言えた。

 そんなわけで、堺は今。自室の床板にあおむけで寝ている。
 その上に青桐がまたがっていた。
 なにやら頬を染めて。

「堺、大胆だな。この状況は…俺的には、とても眼福であるが。わっ!」
 堺の下腹、腰骨の上辺りに、青桐の臀部がある。
 腹筋と殿筋を使って、堺はがくがくと青桐を揺さぶった。

「青桐、体幹を意識して。へその下に力を入れて。馬がどんな動きをしても、腰から上、背筋の均衡を崩さないように」
 そう、これは乗馬の訓練だ。
 互いに軍服を着ているので、決してやましい事柄ではない。

 馬の上で体がぐらつくから、怖いと思うのだ。それを克服しなければならないのだっ。
 堺は青桐を、乗馬の名手にする意気込みに燃えていた。

「わ、あ、ちょ、待て」
 揺らしていると、頭が上下して、肩まで伸びる彼の黒髪がわさわさ揺れる。
 それでは駄目です。
 堺は、青桐の太ももを両の手で支える。

「太ももで、私の体をはさむように。しっかり…」
 布越しでも、青桐の腿はしっかり鍛えられているのが、手に伝わる。
 筋肉の張りがいい。筋に沿って指を這わせたら、青桐がピクリと震えた。
 そのまま堺は、青桐の臀部を手で支える。

「体の中心を意識して。動かしますよ」
 突き上げるように腰を動かす。
 一定の調子で続けていくと、青桐は背筋を伸ばして腰を据える感じを会得してきたようだ。
 が、少し高い位置を見ているようで、堺と目を合わさない。

「堺。俺は…下から突き上げたい」
「下では、特訓にならないではありませんか?」

 腰の動きを止めずに、堺は青桐とそんな会話をした。
「もちろん、普段は上でいい」
 意味がよくわかりません。
 変なことを言い出す青桐に、堺は、はぁと生返事をしてしまった。

 そんな特訓が実を結び、年の暮れには、青桐は馬に乗って町まで行けるようになった。

 十二月三十一日。
 堺と青桐は遠乗りに出かけた。
 屋敷の門を出て、山を降り、海辺まで足を伸ばす。
 砂浜は足場が悪いので、馬の操縦が難しい。なので、乗馬のいい練習になるのだ。

 冬の海は荒れていて、海風が強い。
 青桐の黒髪が風に揺れた。
 長めの前髪が目の前に垂れると、壮絶な男の色気を感じる。切れ長の目は鋭い光を宿すが、そのすぐ下にある泣きぼくろが、厳しいばかりの印象を絶妙に和らげている。
 そして少し肉感のある唇は、笑みをかたどる。

 あの唇が、先日己の唇に触れたのだ。

 つい、青桐の口元に目が行ってしまう。
 はしたないと思い、堺はうつむいた。

 キスは大丈夫って、紫輝が言っていた。なんて青桐に言われて。
 紫輝からも、青桐の愛に応えろと言われて。
 堺はあのとき、彼のくちづけを受けてしまったが。

 あれは、駄目だったと思う。

 自分は青桐に対して、誠実ではなかった。
 彼が望むなら、彼のそばに一生いるつもりだ。それが青桐への償いであり、己の使命でもあるから。
 青桐を、なにものからも守る。命を賭して。その気持ちに嘘はない。

 しかし、これは恋ではない。

 青桐に触れられればドキドキするし、青桐にみつめられれば勝手に体が熱くなる。
 でも、今まで誰にもそのようなことをされたことがなかったから、心や体が勘違いしているだけかもしれない。

 己が嬉しくなるようなことを、青桐はいつも言うけれど。
 優しい人だから、傷ついた自分を慰めようとしているだけかもしれないのだ。
 彼の純粋な気持ちを、邪な目で見てはいけない。
 自分のことを好いてくれているなんて。あり得ない。

 自分は、龍鬼なのだから。

 それに、先日。自分は紫輝に恋をしていると思ったのだ。
 それは違うと、紫輝に諭されて。
 自分も、あれは恋ではなかったと納得したのだけれど。
 己の勘違いが恥ずかしすぎて…。

 もう、間違いは許されない。
 恋ではないのに、唇を触れ合わせるなんて。そんな深い触れ合いをしてはいけなかった。
 そう堺は反省し、己を戒めたのだった。

「…馬でここまで乗って来られれば、もう本拠地まで行けるでしょう。特に急いではいませんから、途中宿で泊ってもいいので」
「それじゃあ、ちょっとした旅行気分だな? 堺はどんな料理が食べたい? 先触れを出して、用意してもらうのはどうだ?」

「いえ、私は野宿になります。龍鬼は宿に泊まれないので」

 これは、龍鬼あるあるなのだ。
 ある意味、世間の常識。
 だから龍鬼は、単独野営に慣れている。
 紫輝はこの世界に馴染んでいないから、野宿は勘弁、なんて言っていたけど。
 己や高槻は、すでに苦でもない。

「えっ、宿に泊まれないのか? なんで…って聞いちゃ、駄目なのか。もう、なんでそんなにっ。あ、だから、あいつも。朝早くから屋敷を出て行ったのか?」
 青桐が言うあいつというのは、紫輝のことだ。
 三日前、いきなり幸直の屋敷に現れ、次の日の朝には帰宅の途についた。
 慌ただしい強行軍で。堺もびっくりである。

「えぇ。こんな真冬に野宿は勘弁、と言っていましたね。その日のうちに家に帰るなら、あの時間でもギリギリです」
「じゃあ、俺らも朝早くに出て。その日のうちに本拠地に入ろう。堺をひとりで野宿なんかさせられない。あぁ、俺も一緒に泊まるなら、アリか?」

「まさか。青桐様を野営などさせられません」
「こら。また、様ってつけた。今はふたりきりだろう?」
 青桐は堺の馬に馬を寄せ、堺の手を握った。

「片手など、まだ危ないですよ」
「落馬させたくなかったら、動かないで」
 ギュッと手を握られ、堺は青桐をみつめる。
 赤穂に、恋愛めいた感覚を受けたことはないのだが。同じ顔なのに、青桐のことは艶っぽく見えた。
 たったひとつ、ほくろがあるだけなのに。
 そこに、とても魅了されるのだ。

 熱い眼差しは、堺の身をも焼く。
 ジリジリと胸が痛むのは、なぜだろう。

 しばし、時が止まった。
 馬の尻尾が揺れる、ハタハタとした音と波の音だけが辺りを包んでいた。

「相変わらず冷たい手だな。手袋をした方がいい」
「いいえ。私は、水と氷を操る龍鬼なので。とっさのときに能力を使うためには、手袋は邪魔なのです」
 そう言って、少しの間手を離してもらった堺は、手のひらから氷のつぶてを出現させた。それを海に向かって投げる。
 ぽちゃんと、遠くで水音が鳴った。

「すごい。本当に氷の精霊だった」
「氷の精霊ではありません。龍鬼ですよ。氷龍というふたつ名なのです」
「氷龍か。美しい堺にぴったりのふたつ名だな。俺の氷龍だと、思ってもいいか?」
 再び、青桐は堺の手を握った。そして、そっと聞いてくる。

「もちろんです。私は貴方だけの氷龍です」
 己の能力はすべて、これから青桐を守るために捧げる。そのつもりだった。
 彼もその答えに、嬉しそうにうなずいた。

 でも、手から氷を出してしまったので。先ほどよりもさらに手が冷たくなっているのではないかと思い、堺は手を引こうとした。
 青桐は、離してはくれなかったが。

「手が冷たくて、御不快ではありませんか?」
「いや。俺は体温が高いから。冷たい手は気持ちが良い。…堺とキスをしたときも、とても気持ち良かったよ」
 後半部分は声をひそめて、でも意味深に甘く囁くから。
 堺は頬を染めてしまった。

 勘違いしては、いけないのに…。
 年明けに、本拠地へ行く。そのために、しなければならないことが山ほどある。そんな忙しない年の瀬だけど。

 海辺で寄り添う白馬と黒馬は、しばらくその場から動かなかった。

しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...