【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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2 モブの人生、けっこうエグイ①

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     ◆モブの人生、けっこうエグイ

 王都には、昨夜遅くに到着したため。公爵邸に顔を出せる刻限ではなかった。
 なので、急きょ宿を取ったのだが。
 公爵邸の前で、きつい仕打ちを受けたぼくたち親子は、結局、その宿に戻るしかなかった。
 
 弟のシオンは、相変わらず苦しんでいて。
 ベッドに寝かせるのだけど。どうにもしてやれない。
 宿の主人に頼んで、医者を手配してもらったのだが。
 魔女の呪いは医者には治せない、と言われてしまい。途方に暮れている。

 ここで、ぼくは。ざっと頭の中を整理しようと思った。

 ぼくは、井上九郎だった。
 でも、攻略本を手にした帰り道、流れ星に当たって、死ぬ。

 嘘でしょ?
 そして、死ぬ直前に、なんかに、なんか言われた。
 どのキャラクターがいい?
 そんな、選ぶ間もなく。ぼくは死んだと思うのだが。
 死に際、パタリと腕が落ちたそのとき、指を差しちゃったのかなぁ?

 モブの仕立て屋のクロウを。

 どうやら、ぼくは。ゲーム『愛の力で王を救え!』通称アイキンの世界に、転生したみたいなのだ。
 ここは、剣と魔法のファンタジーが、普通に生活に馴染んでいる世界。

 アイキンは、BL脳の姉たちに、ラストシーンのスチルが見たいと言われ。前世のぼく、九郎が、させられていたゲームである。
 現在、十歳であるクロウの記憶からすると。
 この世界には、機械の類がほぼない。
 灯りはランプ。移動は馬と馬車。適度に不便な世界観だ。
 街並みも、中世ヨーロッパ風か? フランス革命あたりの時代、プラス魔法。みたいな感じ。

 九郎は、ゲームのオープニングと、攻略本のキャラクター紹介の欄を、ちらりと見ただけなのだ。
 だから、どうやったら王様を助けられるのか、さっぱりわからないよ?
 これからどうなっていくのかも。

 もうっ、ゲーム転生、意味ないんですけどぉ? もっとやり込んだ人とか選んでくれないとさぁ。

 でも、ここがゲーム世界だということはわかる。
 だって、国の名前がカザレ二ア国だし。
 国を統治している王様の名前は、イアン・カザレニア陛下だもんな。

 そしてぼくは、クロウ・バジリスク。
 いずれ、モブの仕立て屋になるはずの、顔のない男。マジか。

 それに、先ほど会ったバミネは、たぶんラスボスで。主人公ちゃんの恋路を邪魔する、悪役令息だと思う。
 変な名前で印象に残っているし。
 なにがどうなって、バミネがラスボスになっていくのか、そこら辺はわからないけどね。
 アイツが名乗ったとき、本当に発狂寸前だったよ。
 マジでぇーって、叫びたかったっつうの。

 剣と魔法の世界だから、普通に魔女がいて。
 シオンを診た医者に、魔女が…と、言っても。『そうか、魔女が…』と暗い顔つきになる。
 それくらいには、ここは魔法が生活に密着した世界、ってことだ。

 バミネは、十五歳くらいだったかな?
 ぼく、クロウは十歳だし。
 王様も、現在は八歳。ゲームが開始される年齢まで、まだ十年ほどある。
 でも、世の中はゲームシナリオへ向かって、すでに進み始めているんだよね。

 先年、前国王が流行り病で亡くなり。第一王位継承者であるイアン様が順当に国王の座についた。

 それだよ。あぁ、ヤバいよ。
 アイキンでは…年若く国王となったイアン様は、台頭してくる騎士団に、徐々に制圧されていく。
 そして、王城が建つ孤島に閉じ込められて、王は、そこから出られなくなっていくのだ。

 しかし、わかっていても。モブにやれることなどありはしない。
 そこはどうか、主人公ちゃんに頑張ってもらいたいところだ。

 海に浮かぶ孤島の中に建つ王城に、主人公ちゃんは行儀見習いで、王宮の侍女となる。
 そこで、孤独に身を浸した王の心を解きほぐし…なんかわからないが、王を救うのだ。
 どういうふうに救うのか、なにがどうなれば王を救えるのかは、攻略本を流し見した程度のぼくにはわからないけどねっ。

 十回成敗されたぼくが。この世界で生きていけるのか。それも疑問です。
 でも、モブだから、成敗はされないかもぉ。
 でもでも、主人公ちゃんの成敗は見たくないんで。
 だから、ガンバレ、主人公ちゃん。
 ぼくは絶対、お邪魔ムシのクロウにはならないからね? 陰ながら応援しているよ。
 
 まぁ、ゲームシナリオがどうとかより。
 今の、自分たちの現状、けっこう追い詰められた、ヤバい状況なんだよね。
 まずは、自分の足元をなんとかしなければ。
 王様救出どころではない。

 バミネに石を投げつけられ、その衝撃で、流れ星に当たったときのことを思い出した。
 石と隕石は、同じじゃないけどねっ。

 前世を思い出すきっかけが、石に当たって…っていうのも情けない。貴族っぽく無いぃ。
 だって、ライトノベルの転生ものだと、悪役令嬢とか悪役令息とかは、落馬して、とか。体が弱くて高熱で、とか。そんな感じなのに。
 石に当たるとか…ま、流れ星に当たって死んだんだから。きっかけに相応しいのかもしれないけど。

 あいつ、これ以上なく、大きく振りかぶって、石なんか投げやがって。
 初対面の相手にそういうことするぅ?
 まじで、イかれてる。当たりどころ悪かったら、死んでもおかしくなかったんだからなっ。

 というわけで。きっかけは相応だったってことにしよう。
 で、前世の記憶がよみがえって、アイキンのこと、この世界の未来を、ほんのりわかってしまったのだけど。
 自分には、この世界で生きた、十年の記憶もあって。
 ゲームの話でも、作り話でもなく。この剣と魔法の世界が、リアルだった。

 前世の両親や、姉たちに、最後のお別れができなくて。悲しい。
 その想いは、前世を思い出した直後から、胸の表面をざわざわとさせて。痛くてつらい気持ちになる。
 でも。自分は。死んだことを覚えている。
 だから、あの世界にはもう戻れないのだと。わかっている。
 悲しいことに、理解できてしまっているのだ。

 もしも、戻れる手立てがあるのなら。がむしゃらに、そこへ向かって突き進むのだろうけど。
 ぼくにはない。

 でも、なにもないわけではない。
 ぼくは、生まれ変わって。新しいクロウの人生を歩いていくのだから。
 今世の父上と母上は、優しい人で。厳しい人で。
 未熟なぼくを、公爵家の後継者として、立派に育ててくれた。
 第一夫人の顔を立てて、王族の方々などに、後継のお披露目はしていなかったものの。
 ついさっきまで。自分は、公爵家の名に恥じない跡取りとして、立派に努めようと思っていたのだ。

 だから、今もわからない。自分たちがなぜ、公爵家の門をくぐることができなかったのか…。

 いけない、いけない。悲嘆に浸っちゃダメだよね。
 すぐネガティブになるのは、ぼくの悪い癖だ。

 まぁ、とにかく。十年大切に育ててくれた両親と。四歳の身で勇敢に兄をかばってくれた可愛い弟のシオンがいる。
 この家族の元で暮らしていくことを。ぼくは、理解して。消化して。納得しているのだ。

 クロウの人生をのみ込んだところで。鏡を見てみた。
 十歳のクロウ・バジリスクは。父親譲りの黒髪を、清潔な印象で短髪に切り揃え。目蓋重めの一重の目元、瞳の色は黒。
 うーん、黒々しい。
 鼻は高くもなく低くもなく。唇は薄め。
 誰の印象にも残らなそうな、あまりパッとしない、安定のモブ顔。

 なぜ、公爵家の血が入っているのに、これほど淡白な顔になれるのか?

 不思議ではあるが。
 この先の人生を考えると。その他大勢、上等。的な、この顔で良かったのかもしれない。
 だって、ゲームシナリオでは、クロウが公爵家の者だなんて、一言も書かれてなかったし。
 これから自分は、ただのモブの仕立て屋になっていくのだ。たぶん。

 つか、モブの仕立て屋なのに、元は公爵令息だったなんて、余計なエピソード盛りやがって…。

 顔は、前世のぼくとは、少し違う。
 もっと鼻ぺちゃだった。あと、日本人顔。
 アイキンの中だからか、今は、彫りは深くないけれど、一応この国で生まれましたって感じの、カザレニア人の顔。
 ま、この国でも印象に残らないタイプの、あっさりした顔だけどね。

 さすが、キャラデザがない男っ。

 ぼくは、ストレート髪でペッタリしてて、ヘルメットみたいな頭だが。
 父上は、ゆるいウェーブがおしゃれな感じの髪型で。艶やかで、キューティクルがキラキラだった。
 まつ毛は長くて、目元は優しくて。でも、怒るときは迫力があって、威厳があって。イケオジなのだ。

 そんな父上の良いところを取ったのが、弟のシオン。
 黒髪に天使の輪がっ。フワフワの綿菓子みたいな髪型で。きゅるんとした大きな目は、ぱっちり二重で。
 兄上、と言って笑いかける、その顔は。もう、天使そのもの。
 瞳の色がグリーンなのは、母から受け継いだもの。まるでエメラルドのようなきらめきで。

 よわい四歳の弟が可愛すぎて、ヤバいです。

 母上は、紅茶色の髪に、優しさがにじみ出る顔つき。
 エイデン子爵の、御令嬢だった。
 貴族の身分は、爵位の高い順からザッと、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、となる。
 細かく言えば、他にも騎士で名をあげた者に与えられる騎士爵や、国境線の守りを固める辺境伯など。いろいろあるけれど。
 それは今は、置いておいて。

 子爵令嬢だった母上は、公爵家の父上と身分が釣り合わないと、周りに言われることは確かにあったのだが。
 父上が猛烈アタックをして、母上をゲットしたのだ。
 つまり。父上は母上を、この上もなく愛している。
 なのに、なぜ。

 はぁと、重いため息をつく。
 ぼくは。わかっていた。
 十歳の自分では、貴族の序列や、貴族ならではの一般常識が、わからなかったけど。
 でも前世の記憶に、それがある。
 九郎は、そのとき流行っていた、異世界転生ものをいっぱい読んでいたからな。

 公爵家は、貴族の中でも最上位で。おおよそ、王族に連なる家系である。
 先ほど行った公爵邸も、さながら宮殿のようであった。
 横に長い白亜の建物、ところどころ、柱に金の装飾がなされ。きらびやかで。

 …ぼくの意見としては、若干派手派手しかったが。

 それはともかく。バジリスク公爵家は、王家の遠縁にあたる。今の王の曽祖父の弟が興した家だ。
 うん、遠縁。
 イアン陛下とぼくは、従兄弟の従兄弟の従兄弟…くらい?
 いや、わからないし。言い方、知らんけど。

 つか、ほぼ他人でいいんじゃね?

 しかしながら、王家の男系の血脈を継いでいる、とは言える。
 そしてクロウも、王家の男系ということなのだけど。
 イアン陛下が、王統の直系であるので。王位継承順位とか、そこら辺、ぼくには全然関わりはないよ?

 とはいえ。あのバミネが、どうして公爵家に入り込んだのか、わからないのだが。
 王家の血筋である、前王の妹、アナベラ・カザレニアが公爵家の第一夫人になるとすると。
 貴族界の勢力図が、かなり変わってしまう。
 いわゆる、一強体制。
 バジリスク公爵家の権威が、爆上がりするということだ。うへぇ。

 そして、イアン陛下への風当たりも、かなり強くなってしまうな。うわぁ。
 陛下が幽閉に近い状況に、これから追い込まれるのが、自分たちの家が関わっていたとか。困ったな。

 もしもぼくが、公爵子息であったなら、陛下を苦境に陥らせたりはしないのに。
 しかし、たぶん。
 もう乗っ取られてしまったのだ。バジリスク公爵家は。

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