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25 彼を知りたい(イアンside)
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◆彼を知りたい(イアンside)
もう、すぐにも、あの死神を滅殺してやろうと、我は勢い込んでサロンに入っていった。
クロウは、我が剣を持っているのを見て、顔を青くし。殊勝にもその場で正座をして、今までの不躾を詫びてきたが。
それで我の気が晴れるわけもない。
こいつがここにいることこそが、我の心をひどく掻き乱すのだから。
なのに、顔を上げたクロウは。ヘラリと。気の抜けた笑みを見せた。
彼の行動や言動の意味が、わからぬ。
わからぬものには、不安やいら立ちがかき立てられ。我は舌打ちしたい気分で、クロウを責めた。
「なぜ笑う? おまえはここで死ぬのだぞ」
「すみません。幼少から、人から受け入れられるよう、とにかく笑っていなさいと教えられまして。悪い癖のようなもので。決して、不真面目なわけではないのです」
普段は顔色の悪い、白い顔だが。頬を染めて恥じらう、彼の仕草が。なんだか。小動物を見ているような、ほのぼのとした感覚を、呼び起こし。毒気が削がれていった。
いやいや、たとえ、細身の体で床に正座している姿が、どれだけ哀れを誘おうとも。
やつは、バミネの手先だ。
すべては、我の油断を誘うもの。ほだされてなるものかっ。
「誤魔化すな。どうせ…気性の荒い、偏屈な王だから、笑って媚を売れとでも忠告されたのだろう? だがそれは、このようなところへ、のこのことやってきたおまえが悪いのだ」
こいつが悪い。
こいつが、死神だから、悪い。
そう思い込むことで、己を奮い立たせ。剣を振り上げた。
だが、そのとき。クロウが初めて強い気を発して、言った。
「陛下の婚礼衣装に携われる誉れを、どうして他の者にやれるでしょうっ」
こ、婚礼衣装?
その勢いと、なにより婚礼衣装という言葉を聞き。
我は。
ただただ呆気にとられ。振り上げた手を下ろす。
死神は、そんな我に構うことなく、己の気持ちを、とうとうと述べていった。
「蛮族から本土を守り切った勇猛な国王一族のお話を、幼き頃より本で読み。僕は王家を敬愛しております。その現国王であられる陛下の、めでたき日の衣装を仕立てられるというこの喜びは、誰にも渡せませんっ」
キラキラと目を輝かせ、希望に満ちあふれた笑みを浮かべるクロウに、害意は全く感じられなかった。
そうして、我は。先ほどのサロンでの、クロウの振る舞いを思い返す。
大事そうに衣装を扱う彼の手つきや。
晴れの日に、という祝福の言葉を。
おまえは、喜々として死に装束を作っていたのではないのか?
おまえは本当に、結婚する王を寿ぎ、婚礼衣装を作っていただけなのか?
すべて、わからなくなった。
「おまえは、婚礼衣装を作りに来たのか?」
ストレートにたずねると。
死神は、びっくり顔で目を見開き、口もマヌケに開けて、呆気にとられた。
「もしかして、依頼内容が間違っていましたか? もしもお好みの絵柄が…」
死神は慌てふためいて、言い訳をベラベラとまくし立てたが。
我の耳には、あまり入ってこなかった。
先ほど目にした。スツールに腰かけ、少し首を傾けて、口元をほんのりほころばせ嬉しそうに婚礼衣装を作っている、クロウの顔が。脳裏にべったりと張りついて。
疑った我を、責めるかのように、消えてくれない。
あの美しい光景が、死に装束を作りながら生み出されたものではなかったことに。ホッとした。
というか。彼に、悪意がないことが。
少なくとも、今現在、悪意はないと感じられることに。
嬉しい、ような。胸が締めつけられるような。不思議な心地になっていた。
「…だけは、ご容赦を」
いろいろ言ったあと、彼は頭を下げたが。
引き結んだ唇が小刻みに震えていた。
剣を突きつけられて尚、彼は笑みを見せていたが。
決して死を恐れていないわけではないのだなと、そのとき実感した。
それを思ったとき。この小さき者と、己の姿が重なって見えた。
バミネに、死へと向かわされている我と。
剣を突きつけられて震えるクロウ。
我とクロウは、今まさに同じ境遇にある。王でも、死神でもなく…。
理不尽な力を前に脅えている、ただの人間の姿だ。
「…冗談だ」
柄を一度、ギュッと握り締めた我は。剣を鞘におさめた。
恐る恐る、クロウが顔を上げる。
小鹿のようなつぶらな瞳でみつめられ。いたたまれなくなり。横柄な態度を示すことで気まずさを隠した。
「わかるだろう。城から出られず、暇を持て余した…戯れだ」
苦しい言い訳をし、そそくさと踵を返す。
足がよろけるほどの羞恥に襲われ。これ以上、彼と目を合わせられなかった。
自身の器の小ささに辟易し、口の中でつぶやく。
「国民を虐げるなど…我は、なにをしているのだっ」
先王からの教えは、民は己の子供と同じく、守り慈しむ者。ということだ。
その民を、我は傷つけようとした。
最悪である。
たとえ、彼を死神だと思っていても。彼は我の民だった。
武力行使する騎士団に歯向かうならともかく。
針と糸しか持たぬ民に剣を向けては、王の名が廃るではないかっ。
苦汁を舐める想いで廊下に出ると。
四人が心配顔で待っていた。
「陛下…もしや…」
心なしか、唇をわななかせるラヴェルの問いかけに。我は、目線でついて来いと示す。
皆を居室へ迎え入れ、そこで彼らと向き合い、告げた。
「死神に殺されるのを待つことはない。そう思って、あいつを手にかけようとした」
四人は固唾をのんで、言葉を待つ。
手にかけたのか。思いとどまったのか。
我は首を横に振った。
「なにもしていない。死神はまだ生きている」
「お、驚かさないでください、陛下」
胸を手でおさえ、ラヴェルはあからさまに安堵の息をついた。
余計な会話を慎み。いろいろ制限のある中でも、我の要求に涼しい顔で応え。感情を表に出さないよう普段から心掛けている。
非常に優秀な執事である、そんな彼が。これほど内面をさらすことは、珍しいことだった。
少し話した程度だと思うのだが、余程クロウが気に入ったのだろう。
「ははっ。なぁ、ラヴェル。やつは婚礼衣装を作りに来たらしいぞ?」
部屋の中ほどに、暖炉を囲むようにしてソファセットが配置してある。
我は、ひとり掛け用の椅子に腰掛け。他の椅子を皆にすすめた。
アルフレドとセドリックは、暖炉そばのソファに座るが。
シヴァーディは警護の定位置である我の斜め後ろに立ち。
ラヴェルは、人数分のティーカップに紅茶を注いで給仕した。すでに、冷静沈着な執事の顔つきに戻っている。
「婚礼衣装? 死に装束ではなく、か?」
セドリックの驚いた声に。ひとりだけそのことを知らなかったアルフレドが、叫ぶ。
「死に装束って、なんだっ!!」
城内に響き渡りそうな彼の声を、セドリックが口をおさえて止める。
「バミネが、陛下の死に装束を作る仕立て屋を送るって、言ってきたんだよ。それが、あのクロウだった」
「あぁ、それで、陛下はあれほどにお怒りだったわけか? 無理もない。でも、坊ちゃんには、そんな気配はなかったぞ。頭から花が咲いている感じだ」
セドリックの説明に、アルフレドが納得し。我は話を続けた。
「クロウはバミネに騙されて、偏屈な王の元に送り込まれた、哀れな民のようだな?」
すると、ラヴェルが神妙に眉根を寄せて。思いを口にした。
「私は、バミネから悪意を感じます。婚礼衣装を作れと依頼して、クロウ様を王城へ送り。陛下には死に装束と言って、怒りを煽り。クロウ様を陛下に殺させる算段だったのでは?」
だがその憶測には、セドリックが首を傾げる。
「クロウは平民だろ? クロウを殺して、バミネになんのメリットがある?」
かつてのラヴェルやセドリックたちのように、バミネの邪魔になるのなら、そういうこともあるだろう。
だが、クロウは仕立て屋だ。
政治にも地位的にも、目障りな存在になりえない。
ラヴェルは。なにやら難しい顔で押し黙る。
言いたいことがありそうな雰囲気ではあるが。その場ではなにも言わなかった。
「ただ単に、我に、罪のない一般人を殺害させ、王の矜持を貶めたかったのかもしれぬ」
簡単にへし折れそうだと感じた、クロウの細い首筋を、我は思い浮かべる。
サロンに行く前、バミネの言葉を思い出した。
心のままに振る舞え。その気持ちのままに、クロウの首をへし折っていたら。剣を突き刺していたら。
バミネの思う壺になったのかもしれない。そう思うと。ゾッとした。
自分も幽閉状態で、不自由な生活を強いられているが。バミネに目をつけられたクロウの人生も、辛苦にまみれているのだろうか?
そんなふうに思案を重ねていると、シヴァーディが言った。
「すべては憶測で。婚礼衣装の件も、クロウの言でしょう? 知っていて、とぼけている可能性も捨てきれません。まだ気を抜いてはなりませんよ、陛下」
ピシリと気を引き締められ。我もうなずく。
「そうだな。…単純に、あの細腕で暗殺は無理だと思う。しかしクロウが暗殺者であろうが、なかろうが。その事実を知っていようが、知らなかろうが。あの者が、死に装束を作る死神であることに、変わりはない」
「不快な思いをするくらいなら、あんな者など、陛下のお目に映さなければよろしい」
少し、憤りの気配をにじませ、シヴァーディが告げる。
我は、鼻からため息を漏らした。
「ふ、ん。不快…か」
肘掛けに掛けた手で、気だるげに髪をいじる。
目の前で、金の髪がさらりと指先からこぼれ落ちていった。
不快、というわけではなくて。
胸になにか、引っかかっているような感覚なのだ。
死神だと言いながら。脳裏に浮かぶ彼の顔は、柔らかな微笑みだったり、前髪をマヌケに結った姿だったり、慌ててオタオタする姿だったり。
そして、あの印象的な黒い瞳。闇のように黒いのに、表面がキラリと光って、夜空に星が瞬くような。あの瞳を、もう我の目に映さない。
そんな状況は考え難かった。
ありていに言えば…なんかヤダ。
とにかく、なぜだか、彼が気になって仕方がないのだ。
「無視がお気に召さないのなら、深く掘り下げてみるって手もありますが?」
ノンキな様子でアルフレドが言うのに、シヴァーディがたしなめるが。
彼は澄ました顔で、淡々と考えを述べた。
「坊ちゃんは死神なのか、そうではないのか。彼の人となりを知れば判断できるのでは? 言葉などどうとでも言えると、シヴァは言うが。嘘か本当かは、そのときに坊ちゃんがどんな顔をしているのか、見れば大抵わかるものだ。人伝では駄目ですよ。なんでも自分の目で見て、感じて、経験してみないと、納得はできないもんです。陛下自身が、坊ちゃんの存在を理解する、そうすれば、懸念は払しょくできるんじゃないですかね?」
「なるほど…」
人生経験が豊富なだけあって、アルフレドの言葉には説得力がある。
確かに、わからないから、イライラしたり、ソワソワしたり、するのだ。
我は深く考え込む。
クロウは死神だ。
けれど。彼はそれを自覚していないようだった。
婚礼衣装を作っていると言って、あんな敬愛の眼差しで真っすぐみつめてくるくらいだ。
なんか、心臓の奥の方がこそばゆくなるほどに、真摯な瞳の色だった。
そんな目で見られたら、無下にはできないではないかっ。
もしも、あの態度が演技で、彼が暗殺者だったら。我は本当になにも信じられなくなりそうだ。
クロウは死神だ。
けれど。もう少しだけ、彼を知りたい。
あの、春の日のようにほのぼのとして、けがれのない清らかな空気を醸す彼が、悪者でないと。我は、信じたいのだ。
もう、すぐにも、あの死神を滅殺してやろうと、我は勢い込んでサロンに入っていった。
クロウは、我が剣を持っているのを見て、顔を青くし。殊勝にもその場で正座をして、今までの不躾を詫びてきたが。
それで我の気が晴れるわけもない。
こいつがここにいることこそが、我の心をひどく掻き乱すのだから。
なのに、顔を上げたクロウは。ヘラリと。気の抜けた笑みを見せた。
彼の行動や言動の意味が、わからぬ。
わからぬものには、不安やいら立ちがかき立てられ。我は舌打ちしたい気分で、クロウを責めた。
「なぜ笑う? おまえはここで死ぬのだぞ」
「すみません。幼少から、人から受け入れられるよう、とにかく笑っていなさいと教えられまして。悪い癖のようなもので。決して、不真面目なわけではないのです」
普段は顔色の悪い、白い顔だが。頬を染めて恥じらう、彼の仕草が。なんだか。小動物を見ているような、ほのぼのとした感覚を、呼び起こし。毒気が削がれていった。
いやいや、たとえ、細身の体で床に正座している姿が、どれだけ哀れを誘おうとも。
やつは、バミネの手先だ。
すべては、我の油断を誘うもの。ほだされてなるものかっ。
「誤魔化すな。どうせ…気性の荒い、偏屈な王だから、笑って媚を売れとでも忠告されたのだろう? だがそれは、このようなところへ、のこのことやってきたおまえが悪いのだ」
こいつが悪い。
こいつが、死神だから、悪い。
そう思い込むことで、己を奮い立たせ。剣を振り上げた。
だが、そのとき。クロウが初めて強い気を発して、言った。
「陛下の婚礼衣装に携われる誉れを、どうして他の者にやれるでしょうっ」
こ、婚礼衣装?
その勢いと、なにより婚礼衣装という言葉を聞き。
我は。
ただただ呆気にとられ。振り上げた手を下ろす。
死神は、そんな我に構うことなく、己の気持ちを、とうとうと述べていった。
「蛮族から本土を守り切った勇猛な国王一族のお話を、幼き頃より本で読み。僕は王家を敬愛しております。その現国王であられる陛下の、めでたき日の衣装を仕立てられるというこの喜びは、誰にも渡せませんっ」
キラキラと目を輝かせ、希望に満ちあふれた笑みを浮かべるクロウに、害意は全く感じられなかった。
そうして、我は。先ほどのサロンでの、クロウの振る舞いを思い返す。
大事そうに衣装を扱う彼の手つきや。
晴れの日に、という祝福の言葉を。
おまえは、喜々として死に装束を作っていたのではないのか?
おまえは本当に、結婚する王を寿ぎ、婚礼衣装を作っていただけなのか?
すべて、わからなくなった。
「おまえは、婚礼衣装を作りに来たのか?」
ストレートにたずねると。
死神は、びっくり顔で目を見開き、口もマヌケに開けて、呆気にとられた。
「もしかして、依頼内容が間違っていましたか? もしもお好みの絵柄が…」
死神は慌てふためいて、言い訳をベラベラとまくし立てたが。
我の耳には、あまり入ってこなかった。
先ほど目にした。スツールに腰かけ、少し首を傾けて、口元をほんのりほころばせ嬉しそうに婚礼衣装を作っている、クロウの顔が。脳裏にべったりと張りついて。
疑った我を、責めるかのように、消えてくれない。
あの美しい光景が、死に装束を作りながら生み出されたものではなかったことに。ホッとした。
というか。彼に、悪意がないことが。
少なくとも、今現在、悪意はないと感じられることに。
嬉しい、ような。胸が締めつけられるような。不思議な心地になっていた。
「…だけは、ご容赦を」
いろいろ言ったあと、彼は頭を下げたが。
引き結んだ唇が小刻みに震えていた。
剣を突きつけられて尚、彼は笑みを見せていたが。
決して死を恐れていないわけではないのだなと、そのとき実感した。
それを思ったとき。この小さき者と、己の姿が重なって見えた。
バミネに、死へと向かわされている我と。
剣を突きつけられて震えるクロウ。
我とクロウは、今まさに同じ境遇にある。王でも、死神でもなく…。
理不尽な力を前に脅えている、ただの人間の姿だ。
「…冗談だ」
柄を一度、ギュッと握り締めた我は。剣を鞘におさめた。
恐る恐る、クロウが顔を上げる。
小鹿のようなつぶらな瞳でみつめられ。いたたまれなくなり。横柄な態度を示すことで気まずさを隠した。
「わかるだろう。城から出られず、暇を持て余した…戯れだ」
苦しい言い訳をし、そそくさと踵を返す。
足がよろけるほどの羞恥に襲われ。これ以上、彼と目を合わせられなかった。
自身の器の小ささに辟易し、口の中でつぶやく。
「国民を虐げるなど…我は、なにをしているのだっ」
先王からの教えは、民は己の子供と同じく、守り慈しむ者。ということだ。
その民を、我は傷つけようとした。
最悪である。
たとえ、彼を死神だと思っていても。彼は我の民だった。
武力行使する騎士団に歯向かうならともかく。
針と糸しか持たぬ民に剣を向けては、王の名が廃るではないかっ。
苦汁を舐める想いで廊下に出ると。
四人が心配顔で待っていた。
「陛下…もしや…」
心なしか、唇をわななかせるラヴェルの問いかけに。我は、目線でついて来いと示す。
皆を居室へ迎え入れ、そこで彼らと向き合い、告げた。
「死神に殺されるのを待つことはない。そう思って、あいつを手にかけようとした」
四人は固唾をのんで、言葉を待つ。
手にかけたのか。思いとどまったのか。
我は首を横に振った。
「なにもしていない。死神はまだ生きている」
「お、驚かさないでください、陛下」
胸を手でおさえ、ラヴェルはあからさまに安堵の息をついた。
余計な会話を慎み。いろいろ制限のある中でも、我の要求に涼しい顔で応え。感情を表に出さないよう普段から心掛けている。
非常に優秀な執事である、そんな彼が。これほど内面をさらすことは、珍しいことだった。
少し話した程度だと思うのだが、余程クロウが気に入ったのだろう。
「ははっ。なぁ、ラヴェル。やつは婚礼衣装を作りに来たらしいぞ?」
部屋の中ほどに、暖炉を囲むようにしてソファセットが配置してある。
我は、ひとり掛け用の椅子に腰掛け。他の椅子を皆にすすめた。
アルフレドとセドリックは、暖炉そばのソファに座るが。
シヴァーディは警護の定位置である我の斜め後ろに立ち。
ラヴェルは、人数分のティーカップに紅茶を注いで給仕した。すでに、冷静沈着な執事の顔つきに戻っている。
「婚礼衣装? 死に装束ではなく、か?」
セドリックの驚いた声に。ひとりだけそのことを知らなかったアルフレドが、叫ぶ。
「死に装束って、なんだっ!!」
城内に響き渡りそうな彼の声を、セドリックが口をおさえて止める。
「バミネが、陛下の死に装束を作る仕立て屋を送るって、言ってきたんだよ。それが、あのクロウだった」
「あぁ、それで、陛下はあれほどにお怒りだったわけか? 無理もない。でも、坊ちゃんには、そんな気配はなかったぞ。頭から花が咲いている感じだ」
セドリックの説明に、アルフレドが納得し。我は話を続けた。
「クロウはバミネに騙されて、偏屈な王の元に送り込まれた、哀れな民のようだな?」
すると、ラヴェルが神妙に眉根を寄せて。思いを口にした。
「私は、バミネから悪意を感じます。婚礼衣装を作れと依頼して、クロウ様を王城へ送り。陛下には死に装束と言って、怒りを煽り。クロウ様を陛下に殺させる算段だったのでは?」
だがその憶測には、セドリックが首を傾げる。
「クロウは平民だろ? クロウを殺して、バミネになんのメリットがある?」
かつてのラヴェルやセドリックたちのように、バミネの邪魔になるのなら、そういうこともあるだろう。
だが、クロウは仕立て屋だ。
政治にも地位的にも、目障りな存在になりえない。
ラヴェルは。なにやら難しい顔で押し黙る。
言いたいことがありそうな雰囲気ではあるが。その場ではなにも言わなかった。
「ただ単に、我に、罪のない一般人を殺害させ、王の矜持を貶めたかったのかもしれぬ」
簡単にへし折れそうだと感じた、クロウの細い首筋を、我は思い浮かべる。
サロンに行く前、バミネの言葉を思い出した。
心のままに振る舞え。その気持ちのままに、クロウの首をへし折っていたら。剣を突き刺していたら。
バミネの思う壺になったのかもしれない。そう思うと。ゾッとした。
自分も幽閉状態で、不自由な生活を強いられているが。バミネに目をつけられたクロウの人生も、辛苦にまみれているのだろうか?
そんなふうに思案を重ねていると、シヴァーディが言った。
「すべては憶測で。婚礼衣装の件も、クロウの言でしょう? 知っていて、とぼけている可能性も捨てきれません。まだ気を抜いてはなりませんよ、陛下」
ピシリと気を引き締められ。我もうなずく。
「そうだな。…単純に、あの細腕で暗殺は無理だと思う。しかしクロウが暗殺者であろうが、なかろうが。その事実を知っていようが、知らなかろうが。あの者が、死に装束を作る死神であることに、変わりはない」
「不快な思いをするくらいなら、あんな者など、陛下のお目に映さなければよろしい」
少し、憤りの気配をにじませ、シヴァーディが告げる。
我は、鼻からため息を漏らした。
「ふ、ん。不快…か」
肘掛けに掛けた手で、気だるげに髪をいじる。
目の前で、金の髪がさらりと指先からこぼれ落ちていった。
不快、というわけではなくて。
胸になにか、引っかかっているような感覚なのだ。
死神だと言いながら。脳裏に浮かぶ彼の顔は、柔らかな微笑みだったり、前髪をマヌケに結った姿だったり、慌ててオタオタする姿だったり。
そして、あの印象的な黒い瞳。闇のように黒いのに、表面がキラリと光って、夜空に星が瞬くような。あの瞳を、もう我の目に映さない。
そんな状況は考え難かった。
ありていに言えば…なんかヤダ。
とにかく、なぜだか、彼が気になって仕方がないのだ。
「無視がお気に召さないのなら、深く掘り下げてみるって手もありますが?」
ノンキな様子でアルフレドが言うのに、シヴァーディがたしなめるが。
彼は澄ました顔で、淡々と考えを述べた。
「坊ちゃんは死神なのか、そうではないのか。彼の人となりを知れば判断できるのでは? 言葉などどうとでも言えると、シヴァは言うが。嘘か本当かは、そのときに坊ちゃんがどんな顔をしているのか、見れば大抵わかるものだ。人伝では駄目ですよ。なんでも自分の目で見て、感じて、経験してみないと、納得はできないもんです。陛下自身が、坊ちゃんの存在を理解する、そうすれば、懸念は払しょくできるんじゃないですかね?」
「なるほど…」
人生経験が豊富なだけあって、アルフレドの言葉には説得力がある。
確かに、わからないから、イライラしたり、ソワソワしたり、するのだ。
我は深く考え込む。
クロウは死神だ。
けれど。彼はそれを自覚していないようだった。
婚礼衣装を作っていると言って、あんな敬愛の眼差しで真っすぐみつめてくるくらいだ。
なんか、心臓の奥の方がこそばゆくなるほどに、真摯な瞳の色だった。
そんな目で見られたら、無下にはできないではないかっ。
もしも、あの態度が演技で、彼が暗殺者だったら。我は本当になにも信じられなくなりそうだ。
クロウは死神だ。
けれど。もう少しだけ、彼を知りたい。
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志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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