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幕間 セドリックの恋愛指南
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◆幕間 セドリックの恋愛指南
夕食後、王の居室で、まったりと本を読んでいたところ。セドリックが入室してきて。声をかけてきた。
「シヴァーディと警護を交代しました。今日の寝ず番は、俺がしますので」
今日は、シヴァーディの勤務だったはずだが。
ふたりしかいない、騎士なので。スケジュールなどは、ふたりに一任している。
ゆるりとうなずいて。我は本を閉じた。
「了解したが…もう寝ずに番をしなくても、よいのではないか? クロウもアイリスも、大丈夫だろう?」
彼らが城に来たとき。バミネに、あからさまに煽られていたから。警備はできるだけ厳重にしていた。
しかし、ふたりとも害意がないことは、もうわかっているし。
彼らが来る前の警備体制に、戻してもいいのではないかと思った。
「いいえ、バミネはもう、殺意を隠していない。いつ、なにを仕掛けてくるか、わかりませんので。シヴァーディとも話し合って、今の警備体制を維持することにしました」
確かに。森でクロウと相対し、彼を守りたいと思ったとき。己の命の期限を、身に染みて感じてしまったのは事実だ。
クロウが城にいなかった頃、我は、あきらめていた。
いつか、バミネに殺される。それが運命だと。
だが、死の恐怖に戦々恐々としていた時期が長かったから。その日が必ず来るのだと、もう逃れられないことなのだと、覚悟していたというか…。
だが、目の前にクロウがやってきて。
彼を守りたいと思って。守れない日が来るのを、悔しいと思って。
生きたい、と思って。
生きたいと願ったら、逆に死を意識してしまうなんて。困ったことだ。
でも、一日でも長く、生き永らえたいのだから。ここで、警備をゆるめるのは、愚策なのだろう。
「そうか。任せる」
うなずいたら、下がるのかと思っていたのだが。
セドリックは、まだその場から動かない。
「陛下、ご報告したいことがあるのですが、少し…お話してもよろしいですか?」
いつも、朗らかで、馬鹿みたいに笑っているセドリックが。いつになく真面目な顔つきをしているから。
我は、深刻な話なのかと思って、椅子をすすめた。
それは手で固辞されたが。立ったまま、セドリックは口火を切った。
「実は、俺とシヴァーディは、本土にいたときから、恋仲だったのです」
ちょっと…驚いた。
仲が良いとは思っていたが、友情とか騎士の信頼とか、そういうものかと思っていたので。
それに、我は。このふたりが必要以上にくっついているところを、見たことがない。
恋人なら、キス…は人前ではしないかもしれないが。肩を組んだり、腰を抱いたり、そういう親密さがあるかと思って。
「そうなのか? 全く気づかなかったな」
「はい。俺たちがこの城に来たのは、八年前。陛下が十歳のときでした。恋人の…同性の恋人の接触は、陛下の教育に良くないだろうと。シヴァーディが言いまして。気づかれないように振舞っていました。陛下が恋をするまでは、そういう接触はなし。恋人であることも内緒にしようと。そういう約束があったのですが。ようやくご報告でき。嬉しい次第です」
先ほどまでは、深刻そうにしていたのに。
今は、にっこにこである。
よっぽど嬉しかったのだな。別にそんなこと、我に気をつかわなくても良いのに。っていうか…。
「我は、恋をしていないが? 良いのか?」
いや、本当に、我は構わないのだが。
我が恋をするまでって、言うから。どうなのかな、と思ったのだ。
そうしたら、セドリックが、口を大きく開けて、目もかっぴらいて、我を見やった。
おまえは、どこもかしこも大きいのだから、全開きにすると、怖いぞ。
「まさか、自覚していないのですか? 陛下。塔の上で、クロウとキスしたんでしょう?」
思いも寄らないことを、断言口調で聞かれ。こちらこそ驚いてしまう。
「なぜ、クロウとキスをするのだ?」
「だって、クロウは恋人ですよね? キスしますよね? 誰も連れていかなかった塔の上に、クロウを連れていったし。ひとつのマントに入って、階段を降りてきたし。今日も森で、仲睦まじく抱き合っていましたし? 頬にチュウまでしていたではありませんか?」
セドリックの言葉に、我は、雷に打たれたような衝撃を感じた。
いや、セドリックに、頬チュウを見られていたことではない。
彼は護衛なので、姿は見せなくても、そばにいることはわかっていた。そこではなくて。
確かに、書物の中に登場する恋人同士よりも、甘いことを、我とクロウはしているかもしれない。
恋人? 恋人?! 男同士で恋人になれるのか?
と思ったけれど。目の前に、男同士で恋人のやつがいた。
それで。狼狽する。え、アリなのか?
「頬にチュウは。挨拶とかでも、するだろう?」
「家族でも、よっぽどでなければしませんよ」
「は、ハグは。クロウに求められたのだ」
「平民が王にハグを求めたのなら、不敬罪ですけど? つか、王様は平民の求めに、いちいち従わなくてもよろしいのですけど?」
マズい。クロウのせいにしたら、クロウが捕まってしまう。
「いや、勘違いしていた。ハグもチュウも、我が求めた」
「話の根幹は、そこではないのですよ、陛下。陛下がクロウに恋をしているのか? 好きなのか? 愛しているのか? ってことですっ」
「わ、わからぬ。恋など、考えたこともない」
セドリックに追い詰められ。我は動揺しつつも、本心を告げる。
本当に、わからない。
書物には、男と女が出会って恋をする、そういう小説が多くある。
でも、恋愛小説に出てくるのは、男と女。クロウではない。
恋は、男と女がするものだと、思い込んでいた。
しかし。セドリックはシヴァーディと恋仲である。
「…男と男でも恋愛は可能なのか?」
戸惑いつつ、つぶやくと。セドリックは笑顔で言った。
「ええ、キスもセックスも過不足なくできます」
「セッ…そこまで聞いておらぬっ!」
あからさまな単語に、我は、らしくなく、赤くなってしまった。
頬が熱い。
書物に、簡単な描写と。閨の教育も受けているから、どういうことをするのか、わかっている。
それを、クロウと? 彼とベッドの中で抱き合うのか?
想像して、いや、想像する前に。思考を閉ざした。
駄目だ、マズい、思い描いてはならぬっ。
脳内に、その言葉があふれかえる。
「そのように、恥ずかしがらなくても良いのでは? 閨の教育を受けているのでしょう? 実施は、まだでも。王族として、子孫を残すことは、大切なお役目ですし。情交は、相手と愛を確かめ合う、崇高な行為です。陛下はもう十八歳ですから、性的なことに興味を持つのは、当たり前なことですよ?」
セドリックの言い分も、もっともで。
昔は初夜のとき、王族の血脈が確かに引き継がれたと証明するため、衆人環視の中で情交しなければならない時代もあったらしい。
そうなったら。恥ずかしいなんて感情を持っていたら、できないからな。
今は、そういうしきたりはないのだが。
それに、ミハエルも。数多の女性と浮名を流していた。そういう描写があった。
クロウ…女性と睦み合うあの描写を、見たのかな?
でも、なんとなく。あの綺麗なクロウが、あられもない姿になるのを、想像するのは。気が咎める。後ろめたい。
というか、なんでか、女性とクロウが…というのを想像できない。
他の男に組み敷かれているのは、想像できるが。かなり腹立たしく。
自分がクロウを…というのは。ごめんなさい、という気になる。
王を謝らせるとは何事だっ!
「自慰は、していますよね?」
恥ずかしがることが、恥ずかしいと思い。セドリックのあけすけな言葉に、あぁと返す。
「クロウだって、していますよ。もしかしたら、本土に相手がいるかもしれない」
はぁっ? クロウはそんなこと、しないっ。
清楚で可憐なあいつが、そんなことっ。
頬チュで、顎が外れるほど驚愕していたあいつが、自慰なんて。しないっ。
あと、本土に相手が? 他の男が? そんなことは許せんっ。
と。自然に思った。
その、我の顔をセドリックが見て。ニヤニヤしている。
こいつ、本当に不敬だなっ。成敗してやろうかな?
ま、我はセドリックには敵わないが。剣の師匠だからな。
「クロウに恋人がいるかもしれないと思って、怒るのは。恋をしている証拠では? クロウの顔を見て、動悸がするというのは、恋の初期症状だと思うのですがね?」
そうなのか?
それでこいつは、我がラヴェルに相談したとき、腹を抱えて笑ったのだな?
本当にムカつく。なんで、もっと早く教えてくれないのだ? 変な病気かと思って、悩んでしまったではないか。
しかし、ということは。ラヴェルにも、我がクロウに恋をしていると、バレてしまったということか?
それで、あんな変な顔をしていたのか?
もうっ、本当に。早く教えろっ。
というか、これが、この気持ちが、恋なのか?
恋。恋? 守りたいとか。温かいとか。顔が見たいとか。こんな簡単な気持ちが?
でも、確かに。セドリックの顔を、二、三日見なくても。顔が見たいとソワソワすることはないかな?
病気かな、と。心配はするかもしれないが。
この王城にいる者たちのことを、家族も使用人も、大切に思っている。
バミネに危害を加えられないよう、助けてやりたいと思っているし。守りたいとも思っているし。
それはクロウに対する気持ちと、似ているように思うが。
少し、違うのだな。我はクロウを…ギュッとしたい。
その感覚は、他の者には持っていない。
可愛い、愛らしい、妹でさえ。ギュッとしたいと思ったことはない。
それが、恋なのだろうか?
そうやって、思い悩んでいたら。セドリックが大人な顔をして。苦笑した。
「いっぱい、悩むといいですよ。陛下。恋愛って、相手がいるから。彼が、なにを考えているのかって、わからないことも、戸惑うことも、あるのですけど。悩んだり、思いやったり、寄り添ったり。そうして愛を育んでいくんですよ。きっと、クロウは。陛下が今まで感じたことのない気持ちを、いっぱい引き出してくれる。俺はそう期待しているんです」
今まで感じたことのない気持ち…あぁ、クロウが来てから、それを感じてばかりだ。
怒ったり、戸惑ったり、呆れたり、楽しかったり、こらえられないほど笑ったり。
「俺は陛下に、人を信じるなって、教えてきました。信頼してきた者たちに、俺が裏切られたからです。バミネの甘言のせいで。そんな、ちっぽけなことでね。でも、その教えのせいで、陛下は誰も寄せつけなくなってしまって。心の扉を閉めっきりにしています。だけど、クロウが。その扉を開けてくれた。だから、そこに便乗しますが、陛下。俺らのことも、信じてくださいませんか? クロウのように」
目に炎を宿らせるように、真剣な眼差しで、セドリックは我に告げた。
「誰も彼もを信じるのは、危険です。その考えは変わりません。でも、俺は…俺とシヴァーディは。決して陛下を裏切らない。親を盾に取られても。恋人であるシヴァを、盾に取られても。陛下に刃を向けることはない。シヴァーディも、同じ気持ちです」
誰も信じるな。俺でさえも。
ほぼ初対面の時に、我はセドリックにそう言われたのだ。
元より、ロイドやラヴェルに、そういう教えを受けていたから。その言葉に、ただうなずき。今までそう過ごしてきた。
しかし、長年そばにいて、信じないと言われるのは。寂しいことだ。
我も、誰とも心を寄り添えられず。寂しい思いをしてきた…のだろうか?
クロウと出会って、今日、ハグというものをして。
体を寄せ合って。温かいと感じて。
そうだな。寂しかったのだなと。思えば…そう感じる。
寂しいことにも、わからぬくらいに。孤独で、寂しかったのだな。
「ありがとう。ふたりの想いを、心強く思う。しかし。セドリックもシヴァーディも、傷つくのは、我は嫌なのだがな」
自分のせいで、誰も傷ついてほしくないと思う。
なにもできない王だから。
せめて、手を伸ばして、触れられるところにいる者のことくらいは、守りたいのだ。
「陛下はお優しいから。でも、俺らがそういう気持ちであることを、どうか心の片隅に置いておいてほしいのです。そして、もし。陛下がやつらに、歯向かう気になったなら。俺もシヴァーディも、どれほど大きな脅威であろうと、立ち向かってみせます。バミネを、ぶっ殺してやりますよ」
「…カザレニアの国民を守ることが、我の、王としての務めだ」
セドリックの言は、とても頼もしく、嬉しい気持ちにさせるものだったが。
洪水で、町や、家や、人々が流されてしまう。そんな危険がある状態で、我は、やつらに歯向かうことはできない。
「騎士たちの力を、信用している。でも、決起はできない」
「…わかりました。でも、いつか。陛下が運命に抗って、立ち上がる日を。俺は待っていますし。その準備を整えておくつもりです。では、任務に戻りますね?」
セドリックは一礼して、王の居室を出ていった。
扉の前で、寝ず番をするのだ。
この城から出て、バミネから権力を取り戻す。それは、現時点では難しいことだ。
我が、その気になったとしても。
バジリスク公爵の洪水の脅威を、退けられないうちは。無理だ。
無理だと思っているうちに、クロウが衣装を仕立て上げ。
タイムリミットが尽きる。
無理だ。無理だ。
我は、重いため息をついた。
今日は、命について、いっぱい考えさせられたな。
ただ、クロウと。森で、手をつないで歩いていたかっただけなのに。
そう、思うことが。もう恋なのか?
恋か。恋、していたのか。初めての、恋を。
なんか、セドリックにがっつり、恋を自覚させられてしまったな。
王族だから、血脈を残す使命がある。そう、王族としての心構えを習ってきた。
だから、クロウを相手に。男性を相手に、恋をするということに、考えが至らなかったのだ。
しかし、子孫を残すのなら、クロウのことを、好きとか、可愛いとか、思うのは駄目なのではないか?
でも、命に期限があるのなら。そんなことを言っている場合ではない。
というか、子孫など到底、残せやしない。
こういうときに、バミネの言葉を思い出すのは、すっごい嫌なのだが。
残りわずかな人生、心のままに振舞えばいい。どうせ死ぬなら、それまで、心のままに、好きなものを好きと思っても、良いのではないか?
クロウと恋愛しても、良いのではないか?
夕食後、王の居室で、まったりと本を読んでいたところ。セドリックが入室してきて。声をかけてきた。
「シヴァーディと警護を交代しました。今日の寝ず番は、俺がしますので」
今日は、シヴァーディの勤務だったはずだが。
ふたりしかいない、騎士なので。スケジュールなどは、ふたりに一任している。
ゆるりとうなずいて。我は本を閉じた。
「了解したが…もう寝ずに番をしなくても、よいのではないか? クロウもアイリスも、大丈夫だろう?」
彼らが城に来たとき。バミネに、あからさまに煽られていたから。警備はできるだけ厳重にしていた。
しかし、ふたりとも害意がないことは、もうわかっているし。
彼らが来る前の警備体制に、戻してもいいのではないかと思った。
「いいえ、バミネはもう、殺意を隠していない。いつ、なにを仕掛けてくるか、わかりませんので。シヴァーディとも話し合って、今の警備体制を維持することにしました」
確かに。森でクロウと相対し、彼を守りたいと思ったとき。己の命の期限を、身に染みて感じてしまったのは事実だ。
クロウが城にいなかった頃、我は、あきらめていた。
いつか、バミネに殺される。それが運命だと。
だが、死の恐怖に戦々恐々としていた時期が長かったから。その日が必ず来るのだと、もう逃れられないことなのだと、覚悟していたというか…。
だが、目の前にクロウがやってきて。
彼を守りたいと思って。守れない日が来るのを、悔しいと思って。
生きたい、と思って。
生きたいと願ったら、逆に死を意識してしまうなんて。困ったことだ。
でも、一日でも長く、生き永らえたいのだから。ここで、警備をゆるめるのは、愚策なのだろう。
「そうか。任せる」
うなずいたら、下がるのかと思っていたのだが。
セドリックは、まだその場から動かない。
「陛下、ご報告したいことがあるのですが、少し…お話してもよろしいですか?」
いつも、朗らかで、馬鹿みたいに笑っているセドリックが。いつになく真面目な顔つきをしているから。
我は、深刻な話なのかと思って、椅子をすすめた。
それは手で固辞されたが。立ったまま、セドリックは口火を切った。
「実は、俺とシヴァーディは、本土にいたときから、恋仲だったのです」
ちょっと…驚いた。
仲が良いとは思っていたが、友情とか騎士の信頼とか、そういうものかと思っていたので。
それに、我は。このふたりが必要以上にくっついているところを、見たことがない。
恋人なら、キス…は人前ではしないかもしれないが。肩を組んだり、腰を抱いたり、そういう親密さがあるかと思って。
「そうなのか? 全く気づかなかったな」
「はい。俺たちがこの城に来たのは、八年前。陛下が十歳のときでした。恋人の…同性の恋人の接触は、陛下の教育に良くないだろうと。シヴァーディが言いまして。気づかれないように振舞っていました。陛下が恋をするまでは、そういう接触はなし。恋人であることも内緒にしようと。そういう約束があったのですが。ようやくご報告でき。嬉しい次第です」
先ほどまでは、深刻そうにしていたのに。
今は、にっこにこである。
よっぽど嬉しかったのだな。別にそんなこと、我に気をつかわなくても良いのに。っていうか…。
「我は、恋をしていないが? 良いのか?」
いや、本当に、我は構わないのだが。
我が恋をするまでって、言うから。どうなのかな、と思ったのだ。
そうしたら、セドリックが、口を大きく開けて、目もかっぴらいて、我を見やった。
おまえは、どこもかしこも大きいのだから、全開きにすると、怖いぞ。
「まさか、自覚していないのですか? 陛下。塔の上で、クロウとキスしたんでしょう?」
思いも寄らないことを、断言口調で聞かれ。こちらこそ驚いてしまう。
「なぜ、クロウとキスをするのだ?」
「だって、クロウは恋人ですよね? キスしますよね? 誰も連れていかなかった塔の上に、クロウを連れていったし。ひとつのマントに入って、階段を降りてきたし。今日も森で、仲睦まじく抱き合っていましたし? 頬にチュウまでしていたではありませんか?」
セドリックの言葉に、我は、雷に打たれたような衝撃を感じた。
いや、セドリックに、頬チュウを見られていたことではない。
彼は護衛なので、姿は見せなくても、そばにいることはわかっていた。そこではなくて。
確かに、書物の中に登場する恋人同士よりも、甘いことを、我とクロウはしているかもしれない。
恋人? 恋人?! 男同士で恋人になれるのか?
と思ったけれど。目の前に、男同士で恋人のやつがいた。
それで。狼狽する。え、アリなのか?
「頬にチュウは。挨拶とかでも、するだろう?」
「家族でも、よっぽどでなければしませんよ」
「は、ハグは。クロウに求められたのだ」
「平民が王にハグを求めたのなら、不敬罪ですけど? つか、王様は平民の求めに、いちいち従わなくてもよろしいのですけど?」
マズい。クロウのせいにしたら、クロウが捕まってしまう。
「いや、勘違いしていた。ハグもチュウも、我が求めた」
「話の根幹は、そこではないのですよ、陛下。陛下がクロウに恋をしているのか? 好きなのか? 愛しているのか? ってことですっ」
「わ、わからぬ。恋など、考えたこともない」
セドリックに追い詰められ。我は動揺しつつも、本心を告げる。
本当に、わからない。
書物には、男と女が出会って恋をする、そういう小説が多くある。
でも、恋愛小説に出てくるのは、男と女。クロウではない。
恋は、男と女がするものだと、思い込んでいた。
しかし。セドリックはシヴァーディと恋仲である。
「…男と男でも恋愛は可能なのか?」
戸惑いつつ、つぶやくと。セドリックは笑顔で言った。
「ええ、キスもセックスも過不足なくできます」
「セッ…そこまで聞いておらぬっ!」
あからさまな単語に、我は、らしくなく、赤くなってしまった。
頬が熱い。
書物に、簡単な描写と。閨の教育も受けているから、どういうことをするのか、わかっている。
それを、クロウと? 彼とベッドの中で抱き合うのか?
想像して、いや、想像する前に。思考を閉ざした。
駄目だ、マズい、思い描いてはならぬっ。
脳内に、その言葉があふれかえる。
「そのように、恥ずかしがらなくても良いのでは? 閨の教育を受けているのでしょう? 実施は、まだでも。王族として、子孫を残すことは、大切なお役目ですし。情交は、相手と愛を確かめ合う、崇高な行為です。陛下はもう十八歳ですから、性的なことに興味を持つのは、当たり前なことですよ?」
セドリックの言い分も、もっともで。
昔は初夜のとき、王族の血脈が確かに引き継がれたと証明するため、衆人環視の中で情交しなければならない時代もあったらしい。
そうなったら。恥ずかしいなんて感情を持っていたら、できないからな。
今は、そういうしきたりはないのだが。
それに、ミハエルも。数多の女性と浮名を流していた。そういう描写があった。
クロウ…女性と睦み合うあの描写を、見たのかな?
でも、なんとなく。あの綺麗なクロウが、あられもない姿になるのを、想像するのは。気が咎める。後ろめたい。
というか、なんでか、女性とクロウが…というのを想像できない。
他の男に組み敷かれているのは、想像できるが。かなり腹立たしく。
自分がクロウを…というのは。ごめんなさい、という気になる。
王を謝らせるとは何事だっ!
「自慰は、していますよね?」
恥ずかしがることが、恥ずかしいと思い。セドリックのあけすけな言葉に、あぁと返す。
「クロウだって、していますよ。もしかしたら、本土に相手がいるかもしれない」
はぁっ? クロウはそんなこと、しないっ。
清楚で可憐なあいつが、そんなことっ。
頬チュで、顎が外れるほど驚愕していたあいつが、自慰なんて。しないっ。
あと、本土に相手が? 他の男が? そんなことは許せんっ。
と。自然に思った。
その、我の顔をセドリックが見て。ニヤニヤしている。
こいつ、本当に不敬だなっ。成敗してやろうかな?
ま、我はセドリックには敵わないが。剣の師匠だからな。
「クロウに恋人がいるかもしれないと思って、怒るのは。恋をしている証拠では? クロウの顔を見て、動悸がするというのは、恋の初期症状だと思うのですがね?」
そうなのか?
それでこいつは、我がラヴェルに相談したとき、腹を抱えて笑ったのだな?
本当にムカつく。なんで、もっと早く教えてくれないのだ? 変な病気かと思って、悩んでしまったではないか。
しかし、ということは。ラヴェルにも、我がクロウに恋をしていると、バレてしまったということか?
それで、あんな変な顔をしていたのか?
もうっ、本当に。早く教えろっ。
というか、これが、この気持ちが、恋なのか?
恋。恋? 守りたいとか。温かいとか。顔が見たいとか。こんな簡単な気持ちが?
でも、確かに。セドリックの顔を、二、三日見なくても。顔が見たいとソワソワすることはないかな?
病気かな、と。心配はするかもしれないが。
この王城にいる者たちのことを、家族も使用人も、大切に思っている。
バミネに危害を加えられないよう、助けてやりたいと思っているし。守りたいとも思っているし。
それはクロウに対する気持ちと、似ているように思うが。
少し、違うのだな。我はクロウを…ギュッとしたい。
その感覚は、他の者には持っていない。
可愛い、愛らしい、妹でさえ。ギュッとしたいと思ったことはない。
それが、恋なのだろうか?
そうやって、思い悩んでいたら。セドリックが大人な顔をして。苦笑した。
「いっぱい、悩むといいですよ。陛下。恋愛って、相手がいるから。彼が、なにを考えているのかって、わからないことも、戸惑うことも、あるのですけど。悩んだり、思いやったり、寄り添ったり。そうして愛を育んでいくんですよ。きっと、クロウは。陛下が今まで感じたことのない気持ちを、いっぱい引き出してくれる。俺はそう期待しているんです」
今まで感じたことのない気持ち…あぁ、クロウが来てから、それを感じてばかりだ。
怒ったり、戸惑ったり、呆れたり、楽しかったり、こらえられないほど笑ったり。
「俺は陛下に、人を信じるなって、教えてきました。信頼してきた者たちに、俺が裏切られたからです。バミネの甘言のせいで。そんな、ちっぽけなことでね。でも、その教えのせいで、陛下は誰も寄せつけなくなってしまって。心の扉を閉めっきりにしています。だけど、クロウが。その扉を開けてくれた。だから、そこに便乗しますが、陛下。俺らのことも、信じてくださいませんか? クロウのように」
目に炎を宿らせるように、真剣な眼差しで、セドリックは我に告げた。
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ほぼ初対面の時に、我はセドリックにそう言われたのだ。
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我も、誰とも心を寄り添えられず。寂しい思いをしてきた…のだろうか?
クロウと出会って、今日、ハグというものをして。
体を寄せ合って。温かいと感じて。
そうだな。寂しかったのだなと。思えば…そう感じる。
寂しいことにも、わからぬくらいに。孤独で、寂しかったのだな。
「ありがとう。ふたりの想いを、心強く思う。しかし。セドリックもシヴァーディも、傷つくのは、我は嫌なのだがな」
自分のせいで、誰も傷ついてほしくないと思う。
なにもできない王だから。
せめて、手を伸ばして、触れられるところにいる者のことくらいは、守りたいのだ。
「陛下はお優しいから。でも、俺らがそういう気持ちであることを、どうか心の片隅に置いておいてほしいのです。そして、もし。陛下がやつらに、歯向かう気になったなら。俺もシヴァーディも、どれほど大きな脅威であろうと、立ち向かってみせます。バミネを、ぶっ殺してやりますよ」
「…カザレニアの国民を守ることが、我の、王としての務めだ」
セドリックの言は、とても頼もしく、嬉しい気持ちにさせるものだったが。
洪水で、町や、家や、人々が流されてしまう。そんな危険がある状態で、我は、やつらに歯向かうことはできない。
「騎士たちの力を、信用している。でも、決起はできない」
「…わかりました。でも、いつか。陛下が運命に抗って、立ち上がる日を。俺は待っていますし。その準備を整えておくつもりです。では、任務に戻りますね?」
セドリックは一礼して、王の居室を出ていった。
扉の前で、寝ず番をするのだ。
この城から出て、バミネから権力を取り戻す。それは、現時点では難しいことだ。
我が、その気になったとしても。
バジリスク公爵の洪水の脅威を、退けられないうちは。無理だ。
無理だと思っているうちに、クロウが衣装を仕立て上げ。
タイムリミットが尽きる。
無理だ。無理だ。
我は、重いため息をついた。
今日は、命について、いっぱい考えさせられたな。
ただ、クロウと。森で、手をつないで歩いていたかっただけなのに。
そう、思うことが。もう恋なのか?
恋か。恋、していたのか。初めての、恋を。
なんか、セドリックにがっつり、恋を自覚させられてしまったな。
王族だから、血脈を残す使命がある。そう、王族としての心構えを習ってきた。
だから、クロウを相手に。男性を相手に、恋をするということに、考えが至らなかったのだ。
しかし、子孫を残すのなら、クロウのことを、好きとか、可愛いとか、思うのは駄目なのではないか?
でも、命に期限があるのなら。そんなことを言っている場合ではない。
というか、子孫など到底、残せやしない。
こういうときに、バミネの言葉を思い出すのは、すっごい嫌なのだが。
残りわずかな人生、心のままに振舞えばいい。どうせ死ぬなら、それまで、心のままに、好きなものを好きと思っても、良いのではないか?
クロウと恋愛しても、良いのではないか?
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続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
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