85 / 176
68 陛下を救ってなんぼのゲーム
しおりを挟む
◆陛下を救ってなんぼのゲーム
「兄上ぇぇ」
自室に入ると、途端に、シオンが頼りない声を出した。
人間形態の弟は、顔はしっかりエロエロビーストだというのに。目尻を下げちゃって。男前が台無しの、情けない顔をするんじゃない。
と思っていたら、ぼくをガバリと抱き締めてきた。
弟の肩に、顔がうずまる。長身自慢か?
「大丈夫でしたか? あんなに泣かされて、可哀想に。クソ陛下めぇ」
「陛下は関係ない。僕は、バミネに泣かされたんだぞ?」
胸を張って、言うことではないが。
陛下は冤罪だもの。ちゃんと否定しておかないとな?
「クソ陛下の配慮が足らないから、こういうことになったのです」
でも、陛下を擁護すればするほど、シオンはプンプンになっていく。どうどう。
「っつか、ラヴェル。君も最初から知っていたんだろう? なんで教えてくれなかったのかなぁ?」
ぼくは、わかりやすく、こめかみに怒りマークを乗っけて、ラヴェルをみつめた。
彼は、ワゴンを部屋の真ん中へ置くと。
その場に膝をつき。なんだか潤んだ眼差しで、ぼくを見上げてきた。
「私の主様。大事なことをお伝え出来ず、申し訳ありませんでした。言い訳は、数々あれど。クロウ様の御機嫌を損ねたことは、私の不徳。重々、お詫び申し上げます」
そんな、べったりと土下座の勢いで頭を下げられたら、怒るものも怒れないではないか。
ぼくはため息をついて。ラヴェルに立つよう、うながした。
「もういいよ。で、言い訳って?」
立っていいと言ったのに、その場に正座をしたラヴェルが、話し出す。
ぼくらはベッドに座った。
なんだか、叱られた犬が耳を寝かせて、しょんぼりしているみたいで。いたたまれないのだが?
「陛下に口止めをされれば、そのことをお話できないのは、もちろんなのですが。ウキウキと婚礼衣装を作っているクロウ様に、それは死に装束なのだと、どうしても言えませんでした。それは、陛下が口止めをした理由と同じです。私も、貴方様の笑顔を曇らせたくなかった」
そりゃ、死に装束だと言われたら、ヘラヘラしていられないけどさぁ。
「でも、バミネに暴露されるよりは…ワンクッション欲しかったなぁ、と…」
不満な思いで、つい口をとがらせてしまう。うぅ。
「貴方が真実を知ったら、すぐにも衣装を処分し、この島から去ってしまったでしょう? 今日、貴方がなさろうとしたように」
そう、言われてしまうと。
バミネに言われたから、大ショックだったのはあるが。その話があいつからでなくても、そうしただろうな。というのは想像できます。
つい先ほど、馬鹿みたいに取り乱したばかりなので。
そういえば、いっぱい泣いて。さらに陛下とキスしたから、顔がぐちょぐちょだ。
今更ながらに思い出して、頬を手のひらでこする。
体裁を整えるのには、だいぶ遅いけど。やらないよりはマシ。
それでなくても、モブ顔でイケてないんだからねっ?
「私は、一日でも長くクロウ様に、この島に滞在してほしかったのです。陛下と交流され、陛下に同情していただけたら、陛下を救う、なにがしかの手立てを、考えていただけるのではないかと。浅はかにも、期待しておりました」
「それは、もちろん。考えるつもりだったさ。でも、こんなに切羽詰った状態だとは思わなかったよ。まさか、僕の仕立てに、陛下の命を脅かす件が関わっているなんて、思いもしなかったもの」
死に装束の仕立てが終わったら、すぐにも。とか、考えたくもないし。口にも出したくないから、言わないけれど。
事実は、そのように動いているということだよね?
衣装が完成したら、バミネは陛下を殺すつもりでいる。マジか。
ぼくは、はぁと、重いため息をついて。立ち上がる。
「ラヴェル、君は言ったね? アナベラたちが屋敷に入ったあと、父とは会っていないと。僕は、それを聞いて。父はアナベラたちに操られているんじゃないかと、考えていたよ。だから、仕事を終え、この島を出ることになったら、なんとか父に会って。その真相を確かめようと思っていたんだ」
ぼくだって、なにも考えずにチクチクしていたわけではない。
でも、すべては、この島を出たあと。どのようにして父に会うか、その方向で考えていたのだ。
納品が済んだあとも、陛下のそばにいる。そう、できたらいいとは、思っていたが。
どちらにしろ、ネックレスの件や、店の引継ぎや、シオンの呪いなどで、一度は島から出なければならないだろうな、と考えていて。
決戦はそのときだと、画策していたのだ。
「でも、それでは遅いみたいだね」
ぼくが島を出た時点で、陛下の命が脅かされるのなら。
父に面会して…なんて、まだるっこしいことをやっていられない。
それを、つい先ほど、自覚したのだ。
「国民を盾に取られている陛下は、動けない。御自分の命を大事にしてほしいと、僕は思うのだが。国民を第一に考える、情に厚い方だから、死を覚悟してしまったのだろうね? そんな陛下を、僕は絶対に助けたいと思う」
言って、ぼくは。
シオンとラヴェルに、視線を向けて。断言する。
「バミネから、ネックレスを取り戻す。そして魔力を取り戻せたら、少しは陛下のお力になれるかもしれない。僕の中に、どれだけの魔力があるのか、わからないが。シオンと力を合わせれば、陛下の火炎魔法を消火できるかもしれないだろう? 父上に会っている時間はないから、もう、これに賭けるしかないと思うんだ」
ふたりとも、諸手を挙げて賛成してくれると思った。
でも、ふたりとも、渋い顔つきをしている。
「バミネは。陛下が、兄上を殺すのを待っていたと、言っていたではありませんか? バミネには、兄上への明確な殺意がある。あいつが簡単に、ネックレスを返してくれるとは思えません」
猫のときはギャーギャー言っていたくせに、人間のときのシオンは冷静に、ぼくを言いくるめようとしている。
むむ、弟のくせに生意気なっ。
「クロウ様が陛下のことを考えて、いろいろ画策してくださるのは、とても嬉しいし。心強いのですが。シオン様の危惧は、私も感じています。陛下を通じて、クロウ様を害するのは失敗しましたが。では、その次バミネは、クロウ様をどうなさるのか…心配です」
ラヴェルも、眉間にしわを寄せて、難しい顔をする。
心配性なんだからっ。
「バミネが、僕を殺すメリットは、もうないんじゃないかな? 有名な仕立て屋に依頼しに来たら、たまさか僕で。以前、見知った顔だったから、嫌がらせをしたにすぎない。あいつが自分の手を汚すほどの価値などない」
「バミネは、バジリスク公爵をおさえているが。公爵家の血筋である兄上を、警戒しているのかもしれませんよ? 僕のことは死んだと思っているかもしれませんが…」
そうか、だったらシオンはノーマークだな?
こちらには、二枚のカードがあるということ。これはこちら側の、大きなアドバンテージだ。
平民に落とした公爵子息のぼくを、やつは警戒しているかもしれないが。シオンに気づいていないなら、やつの隙をつける。
「ならば、シオン。僕がバミネに殺されたら、その公爵家の血筋とやらで、陛下をお救いしなさい」
「兄上っ」
ぼくがバミネに殺されたら、という点に、シオンは引っかかったようだ。
ブラコンめ。だが論点は、そこではない。
「シオンが言うように、これは、バジリスク公爵家の沽券に関わる問題だ。僕たちに公爵家の血が流れているのなら、公爵家の祖先が、ずっとお守りしてきた王家を。陛下を、救わなければならない。そして、陛下に御迷惑をかけている、父の分も。僕らは、陛下に忠義を尽くさなくてはならない」
信念の元に、ぼくは言い切り。さらに告げる。
「もちろん僕も、死ぬ気はないが。万が一、そういう場面が訪れたら。それはバミネの隙をつく、絶好の機会だ。シオンは、バジリスクの名の元に、陛下をお救いしろ。チャンスを逃しては駄目だぞ?」
兄的、理不尽命令を下したというのに。
シオンも、なぜかラヴェルも。そっと頭を下げる。…なんで?
「兄上、そこまでお考えとは。いえ、僕が、考え足らずで、申し訳ありません。兄上は、バジリスク公爵家の尊厳を持って、ご自分の命を危険にさらしても、陛下を救おうとなさっているのですね? その尊いお考えに、僕は従います。兄上のそばに置いてもらえる、弟という立場に感謝して。兄上の御命を、必ず守ってみせますっ」
いや、そんな重い感じで、話したつもりはなかったんだけど。
父上があまりに不甲斐ないから、ここにいるぼくらで頑張ろう、みたいな?
つか、兄の理不尽には、もう少しあらがった方が良いぞ、弟よ。
ま、陛下を救う気になってくれたのは、ありがたいけど。
「クロウ様。陛下へのその熱い忠誠心、大胆で斬新な洞察力、ラヴェルは感服いたしました。やはり、私の主は貴方でございますっ」
いや、ラヴェルは陛下の執事なのだから。ぼくに頭を下げなくて、いいんですよ?
さっきは、ちょっと怒っちゃったけど、そもそも、陛下のお言いつけが一番だもんね? ごめんね?
なんか、ふたりの目がキラキラしていて、逆にオロオロしてしまう。
「と、とりあえず。陛下には、僕たちが公爵家だということを、引き続き黙っていてもらうからね。そこは、よろしくね、ラヴェル?」
「ですが、クロウ様のお考えをつまびらかにして、陛下や騎士たちにも、協力していただいた方が良いのではありませんか? クロウ様の覚悟は、素晴らしいものですが。万が一は、絶対にあってはならないことです」
ラヴェルは聡明さを感じさせるブラウンの瞳で、ぼくをみつめる。
心配してくれているのだろうけど。
「駄目だよ。陛下はきっと、僕が危険なことをしようとしたら、止めるでしょう? バミネと対峙することを禁止されたら、陛下をお救いするチャンスが失われる。陛下は僕を、平民だと思っているから。穏便に、バミネからネックレスを取り戻せると思っている。そのままのお心で、いてもらいたいんだ」
ぼくが元公爵子息で、バミネがぼくを害する理由があると知ったら。陛下は絶対にダメだと言う。
王命だと言われたら、ぼくは断れないもん。
王家の王命には、ぼくはなんだか、本能レベルで従いたくなるんだ。弱々です。
「でもさ、手を汚す価値はないと、さっき言ったけど。相手はバミネだから。もちろん警戒マックスでいくつもりだよ? 死んだりしない。絶対に、大丈夫だからな、シオン?」
心もとなく、ぼくをみつめるシオンの黒髪を、くしゃくしゃ撫でる。
ぼくを守ると言っても、猫の姿のときはどうにもならないと、シオンは自覚している。
だからぼくを、危険な目にあわせたくないのだろうけれど。現状ではそうも言っていられないしね。
だって、ぼくは。陛下をなにがなんでもお助けしたいのだから。
できればっ。ここは、ゲームの強制力的なものをお願いしたいところです。
陛下を救ってなんぼのゲームなんでしょっ?
ぼく、頑張るのでっ。よろしくお願いしまっす。
「だから、ぼくが言いたいのはね。陛下に、余計な心配をかけたくないから、黙っててってこと。それにね、僕の魔力がどれだけあるか、わからないし。ネックレスを取り戻しても、陛下のお力になれなかったら、陛下もがっかり、僕もがっかり、しちゃうでしょう? 陛下のお力になれるようだったら、僕から陛下にお話するから。それまで内緒にしてね、ラヴェル」
「ですが…陛下に隠し事など…」
「死に装束の件、隠していたでしょう? だから、今度は僕の隠し事もちゃんとしてくれるよねぇぇっ? ラヴェルぅ?」
なかば脅すように、笑顔でラヴェルに迫ると。
ラヴェルと同じ濃茶の髪色の三角形の耳が、ペションと寝たような、幻影が見えた…ような気がした。
なんだか、可哀想な気もするが。ま、これでラヴェルの口封じは出来ただろう。
あとは、気が重いけど、衣装を作り上げ。
それまでの期日、陛下を全力で癒すことに尽力しよう。
決戦は、四月一日だ。
「兄上ぇぇ」
自室に入ると、途端に、シオンが頼りない声を出した。
人間形態の弟は、顔はしっかりエロエロビーストだというのに。目尻を下げちゃって。男前が台無しの、情けない顔をするんじゃない。
と思っていたら、ぼくをガバリと抱き締めてきた。
弟の肩に、顔がうずまる。長身自慢か?
「大丈夫でしたか? あんなに泣かされて、可哀想に。クソ陛下めぇ」
「陛下は関係ない。僕は、バミネに泣かされたんだぞ?」
胸を張って、言うことではないが。
陛下は冤罪だもの。ちゃんと否定しておかないとな?
「クソ陛下の配慮が足らないから、こういうことになったのです」
でも、陛下を擁護すればするほど、シオンはプンプンになっていく。どうどう。
「っつか、ラヴェル。君も最初から知っていたんだろう? なんで教えてくれなかったのかなぁ?」
ぼくは、わかりやすく、こめかみに怒りマークを乗っけて、ラヴェルをみつめた。
彼は、ワゴンを部屋の真ん中へ置くと。
その場に膝をつき。なんだか潤んだ眼差しで、ぼくを見上げてきた。
「私の主様。大事なことをお伝え出来ず、申し訳ありませんでした。言い訳は、数々あれど。クロウ様の御機嫌を損ねたことは、私の不徳。重々、お詫び申し上げます」
そんな、べったりと土下座の勢いで頭を下げられたら、怒るものも怒れないではないか。
ぼくはため息をついて。ラヴェルに立つよう、うながした。
「もういいよ。で、言い訳って?」
立っていいと言ったのに、その場に正座をしたラヴェルが、話し出す。
ぼくらはベッドに座った。
なんだか、叱られた犬が耳を寝かせて、しょんぼりしているみたいで。いたたまれないのだが?
「陛下に口止めをされれば、そのことをお話できないのは、もちろんなのですが。ウキウキと婚礼衣装を作っているクロウ様に、それは死に装束なのだと、どうしても言えませんでした。それは、陛下が口止めをした理由と同じです。私も、貴方様の笑顔を曇らせたくなかった」
そりゃ、死に装束だと言われたら、ヘラヘラしていられないけどさぁ。
「でも、バミネに暴露されるよりは…ワンクッション欲しかったなぁ、と…」
不満な思いで、つい口をとがらせてしまう。うぅ。
「貴方が真実を知ったら、すぐにも衣装を処分し、この島から去ってしまったでしょう? 今日、貴方がなさろうとしたように」
そう、言われてしまうと。
バミネに言われたから、大ショックだったのはあるが。その話があいつからでなくても、そうしただろうな。というのは想像できます。
つい先ほど、馬鹿みたいに取り乱したばかりなので。
そういえば、いっぱい泣いて。さらに陛下とキスしたから、顔がぐちょぐちょだ。
今更ながらに思い出して、頬を手のひらでこする。
体裁を整えるのには、だいぶ遅いけど。やらないよりはマシ。
それでなくても、モブ顔でイケてないんだからねっ?
「私は、一日でも長くクロウ様に、この島に滞在してほしかったのです。陛下と交流され、陛下に同情していただけたら、陛下を救う、なにがしかの手立てを、考えていただけるのではないかと。浅はかにも、期待しておりました」
「それは、もちろん。考えるつもりだったさ。でも、こんなに切羽詰った状態だとは思わなかったよ。まさか、僕の仕立てに、陛下の命を脅かす件が関わっているなんて、思いもしなかったもの」
死に装束の仕立てが終わったら、すぐにも。とか、考えたくもないし。口にも出したくないから、言わないけれど。
事実は、そのように動いているということだよね?
衣装が完成したら、バミネは陛下を殺すつもりでいる。マジか。
ぼくは、はぁと、重いため息をついて。立ち上がる。
「ラヴェル、君は言ったね? アナベラたちが屋敷に入ったあと、父とは会っていないと。僕は、それを聞いて。父はアナベラたちに操られているんじゃないかと、考えていたよ。だから、仕事を終え、この島を出ることになったら、なんとか父に会って。その真相を確かめようと思っていたんだ」
ぼくだって、なにも考えずにチクチクしていたわけではない。
でも、すべては、この島を出たあと。どのようにして父に会うか、その方向で考えていたのだ。
納品が済んだあとも、陛下のそばにいる。そう、できたらいいとは、思っていたが。
どちらにしろ、ネックレスの件や、店の引継ぎや、シオンの呪いなどで、一度は島から出なければならないだろうな、と考えていて。
決戦はそのときだと、画策していたのだ。
「でも、それでは遅いみたいだね」
ぼくが島を出た時点で、陛下の命が脅かされるのなら。
父に面会して…なんて、まだるっこしいことをやっていられない。
それを、つい先ほど、自覚したのだ。
「国民を盾に取られている陛下は、動けない。御自分の命を大事にしてほしいと、僕は思うのだが。国民を第一に考える、情に厚い方だから、死を覚悟してしまったのだろうね? そんな陛下を、僕は絶対に助けたいと思う」
言って、ぼくは。
シオンとラヴェルに、視線を向けて。断言する。
「バミネから、ネックレスを取り戻す。そして魔力を取り戻せたら、少しは陛下のお力になれるかもしれない。僕の中に、どれだけの魔力があるのか、わからないが。シオンと力を合わせれば、陛下の火炎魔法を消火できるかもしれないだろう? 父上に会っている時間はないから、もう、これに賭けるしかないと思うんだ」
ふたりとも、諸手を挙げて賛成してくれると思った。
でも、ふたりとも、渋い顔つきをしている。
「バミネは。陛下が、兄上を殺すのを待っていたと、言っていたではありませんか? バミネには、兄上への明確な殺意がある。あいつが簡単に、ネックレスを返してくれるとは思えません」
猫のときはギャーギャー言っていたくせに、人間のときのシオンは冷静に、ぼくを言いくるめようとしている。
むむ、弟のくせに生意気なっ。
「クロウ様が陛下のことを考えて、いろいろ画策してくださるのは、とても嬉しいし。心強いのですが。シオン様の危惧は、私も感じています。陛下を通じて、クロウ様を害するのは失敗しましたが。では、その次バミネは、クロウ様をどうなさるのか…心配です」
ラヴェルも、眉間にしわを寄せて、難しい顔をする。
心配性なんだからっ。
「バミネが、僕を殺すメリットは、もうないんじゃないかな? 有名な仕立て屋に依頼しに来たら、たまさか僕で。以前、見知った顔だったから、嫌がらせをしたにすぎない。あいつが自分の手を汚すほどの価値などない」
「バミネは、バジリスク公爵をおさえているが。公爵家の血筋である兄上を、警戒しているのかもしれませんよ? 僕のことは死んだと思っているかもしれませんが…」
そうか、だったらシオンはノーマークだな?
こちらには、二枚のカードがあるということ。これはこちら側の、大きなアドバンテージだ。
平民に落とした公爵子息のぼくを、やつは警戒しているかもしれないが。シオンに気づいていないなら、やつの隙をつける。
「ならば、シオン。僕がバミネに殺されたら、その公爵家の血筋とやらで、陛下をお救いしなさい」
「兄上っ」
ぼくがバミネに殺されたら、という点に、シオンは引っかかったようだ。
ブラコンめ。だが論点は、そこではない。
「シオンが言うように、これは、バジリスク公爵家の沽券に関わる問題だ。僕たちに公爵家の血が流れているのなら、公爵家の祖先が、ずっとお守りしてきた王家を。陛下を、救わなければならない。そして、陛下に御迷惑をかけている、父の分も。僕らは、陛下に忠義を尽くさなくてはならない」
信念の元に、ぼくは言い切り。さらに告げる。
「もちろん僕も、死ぬ気はないが。万が一、そういう場面が訪れたら。それはバミネの隙をつく、絶好の機会だ。シオンは、バジリスクの名の元に、陛下をお救いしろ。チャンスを逃しては駄目だぞ?」
兄的、理不尽命令を下したというのに。
シオンも、なぜかラヴェルも。そっと頭を下げる。…なんで?
「兄上、そこまでお考えとは。いえ、僕が、考え足らずで、申し訳ありません。兄上は、バジリスク公爵家の尊厳を持って、ご自分の命を危険にさらしても、陛下を救おうとなさっているのですね? その尊いお考えに、僕は従います。兄上のそばに置いてもらえる、弟という立場に感謝して。兄上の御命を、必ず守ってみせますっ」
いや、そんな重い感じで、話したつもりはなかったんだけど。
父上があまりに不甲斐ないから、ここにいるぼくらで頑張ろう、みたいな?
つか、兄の理不尽には、もう少しあらがった方が良いぞ、弟よ。
ま、陛下を救う気になってくれたのは、ありがたいけど。
「クロウ様。陛下へのその熱い忠誠心、大胆で斬新な洞察力、ラヴェルは感服いたしました。やはり、私の主は貴方でございますっ」
いや、ラヴェルは陛下の執事なのだから。ぼくに頭を下げなくて、いいんですよ?
さっきは、ちょっと怒っちゃったけど、そもそも、陛下のお言いつけが一番だもんね? ごめんね?
なんか、ふたりの目がキラキラしていて、逆にオロオロしてしまう。
「と、とりあえず。陛下には、僕たちが公爵家だということを、引き続き黙っていてもらうからね。そこは、よろしくね、ラヴェル?」
「ですが、クロウ様のお考えをつまびらかにして、陛下や騎士たちにも、協力していただいた方が良いのではありませんか? クロウ様の覚悟は、素晴らしいものですが。万が一は、絶対にあってはならないことです」
ラヴェルは聡明さを感じさせるブラウンの瞳で、ぼくをみつめる。
心配してくれているのだろうけど。
「駄目だよ。陛下はきっと、僕が危険なことをしようとしたら、止めるでしょう? バミネと対峙することを禁止されたら、陛下をお救いするチャンスが失われる。陛下は僕を、平民だと思っているから。穏便に、バミネからネックレスを取り戻せると思っている。そのままのお心で、いてもらいたいんだ」
ぼくが元公爵子息で、バミネがぼくを害する理由があると知ったら。陛下は絶対にダメだと言う。
王命だと言われたら、ぼくは断れないもん。
王家の王命には、ぼくはなんだか、本能レベルで従いたくなるんだ。弱々です。
「でもさ、手を汚す価値はないと、さっき言ったけど。相手はバミネだから。もちろん警戒マックスでいくつもりだよ? 死んだりしない。絶対に、大丈夫だからな、シオン?」
心もとなく、ぼくをみつめるシオンの黒髪を、くしゃくしゃ撫でる。
ぼくを守ると言っても、猫の姿のときはどうにもならないと、シオンは自覚している。
だからぼくを、危険な目にあわせたくないのだろうけれど。現状ではそうも言っていられないしね。
だって、ぼくは。陛下をなにがなんでもお助けしたいのだから。
できればっ。ここは、ゲームの強制力的なものをお願いしたいところです。
陛下を救ってなんぼのゲームなんでしょっ?
ぼく、頑張るのでっ。よろしくお願いしまっす。
「だから、ぼくが言いたいのはね。陛下に、余計な心配をかけたくないから、黙っててってこと。それにね、僕の魔力がどれだけあるか、わからないし。ネックレスを取り戻しても、陛下のお力になれなかったら、陛下もがっかり、僕もがっかり、しちゃうでしょう? 陛下のお力になれるようだったら、僕から陛下にお話するから。それまで内緒にしてね、ラヴェル」
「ですが…陛下に隠し事など…」
「死に装束の件、隠していたでしょう? だから、今度は僕の隠し事もちゃんとしてくれるよねぇぇっ? ラヴェルぅ?」
なかば脅すように、笑顔でラヴェルに迫ると。
ラヴェルと同じ濃茶の髪色の三角形の耳が、ペションと寝たような、幻影が見えた…ような気がした。
なんだか、可哀想な気もするが。ま、これでラヴェルの口封じは出来ただろう。
あとは、気が重いけど、衣装を作り上げ。
それまでの期日、陛下を全力で癒すことに尽力しよう。
決戦は、四月一日だ。
163
あなたにおすすめの小説
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる