【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

文字の大きさ
92 / 176

75 ラストダンスは死神と ④

しおりを挟む
 太陽が沈んで。宴はたけなわですけど、いったんお開きになった。
 女性陣は後宮へ帰っていき。
 ホールの片付けも済まされて。
 いつもの、石造りのいかめしくもおもむきのあるエントランスの様子に戻った。

 祭りのあとの、あのなんとも言えない寂しい空気と同じものが、そこにはある。

 ぼくと陛下は、階段の途中でポツンと座っていた。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎていくが。その余韻をかみしめて、体を寄り添わせていれば。まだまだ幸福感は続く。
「お城の人たちと、いっぱい話して、笑って、踊って…とても楽しかったですね? イアン様」
「そうだな。でも、我の愛しき死神よ。もう一度、踊ってくれないか? ラストダンスは、死神と…」
 その申し出に、ぼくはもちろんうなずいて。陛下の手を取る。
 一歩踏み出せば、すぐにも華麗なワルツのステップへと移行できるんだ。
 音楽も、観客の目も、ないけれど。なによりダンスを主導する陛下が、とても素敵なので。

 ふたりきりで踊っていても、豪華なダンスパーティーの最中のようだ。

 そう、まるで。以前本で見た、王族と異国の姫の、結婚披露の場面みたいに。
 きらびやかに光るシャンデリアの下で、異国の美しい姫と、姫を敵国から守り切ったカザレニアの王子が、可愛らしい恋愛を経たあとに、結婚まで至り。
 この場所でワルツを踊るのだ。
 壁際には、大勢の招待客が、笑顔で彼らを祝福している。

 その物語の光景を、姫の視点で体験しているような気になった。
 姫という柄ではないけどね?
 でも、ぼくはともかく。目の前にいるのは、真っ白な衣装をまとう、男前の王様だ。
 自分が着る黒マントが、白と黒のコントラストで、陛下の気品や、たくましい体躯を際立たせている。
 くるりと回ると、柔らかいシフォンの布が、少し遅れて、体の脇をたなびく。
 それはまるで、鳳凰の尾羽のようにも見えた。

 あぁ、グッジョブ、ぼくっ。自画自賛っ。

 ホールを動き回っていると、靴音のテンポが、管弦楽団の演奏と遜色ないほど、リズミカルに感じる。
 あぁ、いつまでもこうしてふたりで、踊っていられたらいいのに…。

「出会って、一ヶ月ほどしか経っていないというのに。初めておまえを目にした日が、もう遠い昔のことのように思えるな」
 少し遠い目をして、陛下はつぶやいた。
 陛下は、すぐそばにいるのに、ぼくを見ていなくて。
 その感覚が、不安をかき立てる。陛下は意外と、悲観的なのだもの。

「幽閉の折も。カザレニアは、我が守る国、国民は我の民、そう心に言い聞かせていた。けれど、民の姿を目撃したことなどないから、実感が全くなくて…。この手の中に、国も民もありはしない。そう思っていたのだ。おまえに出会うまでは…」

 ぼくに目を合わせてくれたけれど、まだ、陛下は悲しげな眼差しだ。
 長年そうして、死をみつめてきたのだから、仕方がないけれど。
 陛下から、恐怖を拭えなかったぼくは、力不足をいなめない。

 でもさ。今日は、結婚式なのだ。
 今日だけでも。貴方を、なにものからも守りたい。
 恐怖など、蹴っ飛ばしてやりたいんだ。

「我が見守ってきた民の中に、おまえがいた。国民を全員知ることは、途方もないが。おまえを知ったことで、我は、民の心がほんの近くに。手の中にあるのだと、感じることができた。クロウに敬愛の目でみつめられると、他の民も同じように思ってくれているのだとわかり。我は…孤独ではないのだと、おまえが教えてくれたのだ」

 微力ながらも、陛下を力づけることができたのなら、それはとても嬉しいことです。
 ぼくは笑みを浮かべて、喜びを表した。
 すると陛下も、照れくさそうに笑い返してくれる。

「あきらめの気持ちで凪いでいた我の心は、おまえがこの城へ来てから、波立ってばかりだった。怒ったり、笑ったり、いろいろしたな?」
「はい、イアン様」
「おまえと出会って…我は、自分ではどうにもできぬ、激しい情動を知った」
 突然ワルツの足を止めた陛下に、力強く抱き締められた。

 あぁ、すごく。嫌な予感がします。

「プロポーズをしたとき、クロウは我の元に舞い戻ると言ってくれたが。一度本土へ行ってしまえば、この島へ渡るのは困難になる。渡航を、騎士団が管理しているからだ。希望に輝くおまえの瞳を、曇らせたくなかったから。今まで言わなかったが。島の外に出たら…帰ってきてはならぬ」

「イアン様、なにを…」
 なにを、言い出すのですか? ぼくは貴方を守りに、必ず帰ってくるのです。
 遠ざけないで。ぼくを、手放さないでくださいっ。
 ぼくは、貴方の死神なのだ。
 貴方がお爺ちゃんになって、寿命を全うして死するまで、決して離れないのだっ。
 そんな気持ちを、伝えたかったけれど。陛下はぼくの言葉を遮って。言った。

「我の死神。おまえに、我の心を授ける」
 キュウッと、喉が引き連れる、変な声が出た。
 陛下の胸に、顔をうずめているけれど。
 なにを言っているんだ? 聞かないよ。それ以上は聞きたくないんだ。
 もろいものをかき集めるように、陛下の背中を手で抱き。ぼくは嫌だという意思表示で、首を横に振る。
 ずっと、この城で、貴方と踊っていたいんだ。
 決定的なことを、口にしないでッ。

「悪い王だったと。最低な王だったと、思っていてくれ。我は、この衣装を身に着け、おまえに抱かれているつもりで、く」
 逝かせません。決して、貴方ひとりで、逝かせたりしない。
 ぼくはふたりで、生きていきたい。
 これから先も。ふたりで、ずっと…。

「身勝手で、愚かな男だ。おまえの心を傷つけて、満足するような男のことは、早く忘れてしまえ」
 ぼくのもがくような仕草を、陛下はなだめるように。背中をテンテンしてくれる。
「陛下は、お優しい…」
 くそぉ。衣装を汚したくないのに。涙が出ちゃうよ。
 ぼくは、ぐちゃぐちゃの汚い顔を上げて、陛下に告げた。

「でも…ひどい人だ。僕は、イアン様を、決して、忘れたりしないからっ」
 涙は止められないけれど。
 死にゆく道しか選べない、不器用な王のために。ぼくは精一杯の笑みを向ける。

「陛下が刻んだこの傷さえも、僕には愛しい痛みだ。生涯忘れられない、貴方の姿を、貴方の言葉を…」
 嗚咽で震える声で、懸命に告げると。
 陛下は嵐の激しさで、ぼくの骨が軋むほどにきつく抱き締め。ぼくの体を軽々と横抱きにした。

「最後の逢瀬、最後の夜だ。クロウ、その身を我に捧げよ」

 彼の心を慰撫するように、ぼくは陛下の頭を、手でそっと包んで。身を寄り添わせる。
「イアン様の、御心のままに」
 甘くて苦い、涙味のキスを。ぼくは陛下と交わした。

『その身を我に捧げよ』って、イケボで言うのよぉ。
 前世で、巴と静がギャーと騒いでいた、王のこの台詞に。こんなにも悲しく切ない意味があったなんて。
 ううぅぅ、アイキン、ひどいよ。

 ハッピーエンドのラストシーンだと思っていたのに…違ったんだな。


 ★★★★★

 別枠の『幽モブ アダルトルート』にて、75.5話~75.9話、ラストダンスのそのあとは、があります。
 Rー18です。読まなくても本編に影響はありませんが。より、作品をお楽しみいただけます。Rが大丈夫な方は、よろしければ、ご覧ください。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...