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75 ラストダンスは死神と ④
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太陽が沈んで。宴はたけなわですけど、いったんお開きになった。
女性陣は後宮へ帰っていき。
ホールの片付けも済まされて。
いつもの、石造りの厳めしくも趣のあるエントランスの様子に戻った。
祭りのあとの、あのなんとも言えない寂しい空気と同じものが、そこにはある。
ぼくと陛下は、階段の途中でポツンと座っていた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていくが。その余韻をかみしめて、体を寄り添わせていれば。まだまだ幸福感は続く。
「お城の人たちと、いっぱい話して、笑って、踊って…とても楽しかったですね? イアン様」
「そうだな。でも、我の愛しき死神よ。もう一度、踊ってくれないか? ラストダンスは、死神と…」
その申し出に、ぼくはもちろんうなずいて。陛下の手を取る。
一歩踏み出せば、すぐにも華麗なワルツのステップへと移行できるんだ。
音楽も、観客の目も、ないけれど。なによりダンスを主導する陛下が、とても素敵なので。
ふたりきりで踊っていても、豪華なダンスパーティーの最中のようだ。
そう、まるで。以前本で見た、王族と異国の姫の、結婚披露の場面みたいに。
きらびやかに光るシャンデリアの下で、異国の美しい姫と、姫を敵国から守り切ったカザレニアの王子が、可愛らしい恋愛を経たあとに、結婚まで至り。
この場所でワルツを踊るのだ。
壁際には、大勢の招待客が、笑顔で彼らを祝福している。
その物語の光景を、姫の視点で体験しているような気になった。
姫という柄ではないけどね?
でも、ぼくはともかく。目の前にいるのは、真っ白な衣装をまとう、男前の王様だ。
自分が着る黒マントが、白と黒のコントラストで、陛下の気品や、たくましい体躯を際立たせている。
くるりと回ると、柔らかいシフォンの布が、少し遅れて、体の脇をたなびく。
それはまるで、鳳凰の尾羽のようにも見えた。
あぁ、グッジョブ、ぼくっ。自画自賛っ。
ホールを動き回っていると、靴音のテンポが、管弦楽団の演奏と遜色ないほど、リズミカルに感じる。
あぁ、いつまでもこうしてふたりで、踊っていられたらいいのに…。
「出会って、一ヶ月ほどしか経っていないというのに。初めておまえを目にした日が、もう遠い昔のことのように思えるな」
少し遠い目をして、陛下はつぶやいた。
陛下は、すぐそばにいるのに、ぼくを見ていなくて。
その感覚が、不安をかき立てる。陛下は意外と、悲観的なのだもの。
「幽閉の折も。カザレニアは、我が守る国、国民は我の民、そう心に言い聞かせていた。けれど、民の姿を目撃したことなどないから、実感が全くなくて…。この手の中に、国も民もありはしない。そう思っていたのだ。おまえに出会うまでは…」
ぼくに目を合わせてくれたけれど、まだ、陛下は悲しげな眼差しだ。
長年そうして、死をみつめてきたのだから、仕方がないけれど。
陛下から、恐怖を拭えなかったぼくは、力不足をいなめない。
でもさ。今日は、結婚式なのだ。
今日だけでも。貴方を、なにものからも守りたい。
恐怖など、蹴っ飛ばしてやりたいんだ。
「我が見守ってきた民の中に、おまえがいた。国民を全員知ることは、途方もないが。おまえを知ったことで、我は、民の心がほんの近くに。手の中にあるのだと、感じることができた。クロウに敬愛の目でみつめられると、他の民も同じように思ってくれているのだとわかり。我は…孤独ではないのだと、おまえが教えてくれたのだ」
微力ながらも、陛下を力づけることができたのなら、それはとても嬉しいことです。
ぼくは笑みを浮かべて、喜びを表した。
すると陛下も、照れくさそうに笑い返してくれる。
「あきらめの気持ちで凪いでいた我の心は、おまえがこの城へ来てから、波立ってばかりだった。怒ったり、笑ったり、いろいろしたな?」
「はい、イアン様」
「おまえと出会って…我は、自分ではどうにもできぬ、激しい情動を知った」
突然ワルツの足を止めた陛下に、力強く抱き締められた。
あぁ、すごく。嫌な予感がします。
「プロポーズをしたとき、クロウは我の元に舞い戻ると言ってくれたが。一度本土へ行ってしまえば、この島へ渡るのは困難になる。渡航を、騎士団が管理しているからだ。希望に輝くおまえの瞳を、曇らせたくなかったから。今まで言わなかったが。島の外に出たら…帰ってきてはならぬ」
「イアン様、なにを…」
なにを、言い出すのですか? ぼくは貴方を守りに、必ず帰ってくるのです。
遠ざけないで。ぼくを、手放さないでくださいっ。
ぼくは、貴方の死神なのだ。
貴方がお爺ちゃんになって、寿命を全うして死するまで、決して離れないのだっ。
そんな気持ちを、伝えたかったけれど。陛下はぼくの言葉を遮って。言った。
「我の死神。おまえに、我の心を授ける」
キュウッと、喉が引き連れる、変な声が出た。
陛下の胸に、顔をうずめているけれど。
なにを言っているんだ? 聞かないよ。それ以上は聞きたくないんだ。
脆いものをかき集めるように、陛下の背中を手で抱き。ぼくは嫌だという意思表示で、首を横に振る。
ずっと、この城で、貴方と踊っていたいんだ。
決定的なことを、口にしないでッ。
「悪い王だったと。最低な王だったと、思っていてくれ。我は、この衣装を身に着け、おまえに抱かれているつもりで、逝く」
逝かせません。決して、貴方ひとりで、逝かせたりしない。
ぼくはふたりで、生きていきたい。
これから先も。ふたりで、ずっと…。
「身勝手で、愚かな男だ。おまえの心を傷つけて、満足するような男のことは、早く忘れてしまえ」
ぼくのもがくような仕草を、陛下はなだめるように。背中をテンテンしてくれる。
「陛下は、お優しい…」
くそぉ。衣装を汚したくないのに。涙が出ちゃうよ。
ぼくは、ぐちゃぐちゃの汚い顔を上げて、陛下に告げた。
「でも…ひどい人だ。僕は、イアン様を、決して、忘れたりしないからっ」
涙は止められないけれど。
死にゆく道しか選べない、不器用な王のために。ぼくは精一杯の笑みを向ける。
「陛下が刻んだこの傷さえも、僕には愛しい痛みだ。生涯忘れられない、貴方の姿を、貴方の言葉を…」
嗚咽で震える声で、懸命に告げると。
陛下は嵐の激しさで、ぼくの骨が軋むほどにきつく抱き締め。ぼくの体を軽々と横抱きにした。
「最後の逢瀬、最後の夜だ。クロウ、その身を我に捧げよ」
彼の心を慰撫するように、ぼくは陛下の頭を、手でそっと包んで。身を寄り添わせる。
「イアン様の、御心のままに」
甘くて苦い、涙味のキスを。ぼくは陛下と交わした。
『その身を我に捧げよ』って、イケボで言うのよぉ。
前世で、巴と静がギャーと騒いでいた、王のこの台詞に。こんなにも悲しく切ない意味があったなんて。
ううぅぅ、アイキン、ひどいよ。
ハッピーエンドのラストシーンだと思っていたのに…違ったんだな。
★★★★★
別枠の『幽モブ アダルトルート』にて、75.5話~75.9話、ラストダンスのそのあとは、があります。
Rー18です。読まなくても本編に影響はありませんが。より、作品をお楽しみいただけます。Rが大丈夫な方は、よろしければ、ご覧ください。
女性陣は後宮へ帰っていき。
ホールの片付けも済まされて。
いつもの、石造りの厳めしくも趣のあるエントランスの様子に戻った。
祭りのあとの、あのなんとも言えない寂しい空気と同じものが、そこにはある。
ぼくと陛下は、階段の途中でポツンと座っていた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていくが。その余韻をかみしめて、体を寄り添わせていれば。まだまだ幸福感は続く。
「お城の人たちと、いっぱい話して、笑って、踊って…とても楽しかったですね? イアン様」
「そうだな。でも、我の愛しき死神よ。もう一度、踊ってくれないか? ラストダンスは、死神と…」
その申し出に、ぼくはもちろんうなずいて。陛下の手を取る。
一歩踏み出せば、すぐにも華麗なワルツのステップへと移行できるんだ。
音楽も、観客の目も、ないけれど。なによりダンスを主導する陛下が、とても素敵なので。
ふたりきりで踊っていても、豪華なダンスパーティーの最中のようだ。
そう、まるで。以前本で見た、王族と異国の姫の、結婚披露の場面みたいに。
きらびやかに光るシャンデリアの下で、異国の美しい姫と、姫を敵国から守り切ったカザレニアの王子が、可愛らしい恋愛を経たあとに、結婚まで至り。
この場所でワルツを踊るのだ。
壁際には、大勢の招待客が、笑顔で彼らを祝福している。
その物語の光景を、姫の視点で体験しているような気になった。
姫という柄ではないけどね?
でも、ぼくはともかく。目の前にいるのは、真っ白な衣装をまとう、男前の王様だ。
自分が着る黒マントが、白と黒のコントラストで、陛下の気品や、たくましい体躯を際立たせている。
くるりと回ると、柔らかいシフォンの布が、少し遅れて、体の脇をたなびく。
それはまるで、鳳凰の尾羽のようにも見えた。
あぁ、グッジョブ、ぼくっ。自画自賛っ。
ホールを動き回っていると、靴音のテンポが、管弦楽団の演奏と遜色ないほど、リズミカルに感じる。
あぁ、いつまでもこうしてふたりで、踊っていられたらいいのに…。
「出会って、一ヶ月ほどしか経っていないというのに。初めておまえを目にした日が、もう遠い昔のことのように思えるな」
少し遠い目をして、陛下はつぶやいた。
陛下は、すぐそばにいるのに、ぼくを見ていなくて。
その感覚が、不安をかき立てる。陛下は意外と、悲観的なのだもの。
「幽閉の折も。カザレニアは、我が守る国、国民は我の民、そう心に言い聞かせていた。けれど、民の姿を目撃したことなどないから、実感が全くなくて…。この手の中に、国も民もありはしない。そう思っていたのだ。おまえに出会うまでは…」
ぼくに目を合わせてくれたけれど、まだ、陛下は悲しげな眼差しだ。
長年そうして、死をみつめてきたのだから、仕方がないけれど。
陛下から、恐怖を拭えなかったぼくは、力不足をいなめない。
でもさ。今日は、結婚式なのだ。
今日だけでも。貴方を、なにものからも守りたい。
恐怖など、蹴っ飛ばしてやりたいんだ。
「我が見守ってきた民の中に、おまえがいた。国民を全員知ることは、途方もないが。おまえを知ったことで、我は、民の心がほんの近くに。手の中にあるのだと、感じることができた。クロウに敬愛の目でみつめられると、他の民も同じように思ってくれているのだとわかり。我は…孤独ではないのだと、おまえが教えてくれたのだ」
微力ながらも、陛下を力づけることができたのなら、それはとても嬉しいことです。
ぼくは笑みを浮かべて、喜びを表した。
すると陛下も、照れくさそうに笑い返してくれる。
「あきらめの気持ちで凪いでいた我の心は、おまえがこの城へ来てから、波立ってばかりだった。怒ったり、笑ったり、いろいろしたな?」
「はい、イアン様」
「おまえと出会って…我は、自分ではどうにもできぬ、激しい情動を知った」
突然ワルツの足を止めた陛下に、力強く抱き締められた。
あぁ、すごく。嫌な予感がします。
「プロポーズをしたとき、クロウは我の元に舞い戻ると言ってくれたが。一度本土へ行ってしまえば、この島へ渡るのは困難になる。渡航を、騎士団が管理しているからだ。希望に輝くおまえの瞳を、曇らせたくなかったから。今まで言わなかったが。島の外に出たら…帰ってきてはならぬ」
「イアン様、なにを…」
なにを、言い出すのですか? ぼくは貴方を守りに、必ず帰ってくるのです。
遠ざけないで。ぼくを、手放さないでくださいっ。
ぼくは、貴方の死神なのだ。
貴方がお爺ちゃんになって、寿命を全うして死するまで、決して離れないのだっ。
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「我の死神。おまえに、我の心を授ける」
キュウッと、喉が引き連れる、変な声が出た。
陛下の胸に、顔をうずめているけれど。
なにを言っているんだ? 聞かないよ。それ以上は聞きたくないんだ。
脆いものをかき集めるように、陛下の背中を手で抱き。ぼくは嫌だという意思表示で、首を横に振る。
ずっと、この城で、貴方と踊っていたいんだ。
決定的なことを、口にしないでッ。
「悪い王だったと。最低な王だったと、思っていてくれ。我は、この衣装を身に着け、おまえに抱かれているつもりで、逝く」
逝かせません。決して、貴方ひとりで、逝かせたりしない。
ぼくはふたりで、生きていきたい。
これから先も。ふたりで、ずっと…。
「身勝手で、愚かな男だ。おまえの心を傷つけて、満足するような男のことは、早く忘れてしまえ」
ぼくのもがくような仕草を、陛下はなだめるように。背中をテンテンしてくれる。
「陛下は、お優しい…」
くそぉ。衣装を汚したくないのに。涙が出ちゃうよ。
ぼくは、ぐちゃぐちゃの汚い顔を上げて、陛下に告げた。
「でも…ひどい人だ。僕は、イアン様を、決して、忘れたりしないからっ」
涙は止められないけれど。
死にゆく道しか選べない、不器用な王のために。ぼくは精一杯の笑みを向ける。
「陛下が刻んだこの傷さえも、僕には愛しい痛みだ。生涯忘れられない、貴方の姿を、貴方の言葉を…」
嗚咽で震える声で、懸命に告げると。
陛下は嵐の激しさで、ぼくの骨が軋むほどにきつく抱き締め。ぼくの体を軽々と横抱きにした。
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彼の心を慰撫するように、ぼくは陛下の頭を、手でそっと包んで。身を寄り添わせる。
「イアン様の、御心のままに」
甘くて苦い、涙味のキスを。ぼくは陛下と交わした。
『その身を我に捧げよ』って、イケボで言うのよぉ。
前世で、巴と静がギャーと騒いでいた、王のこの台詞に。こんなにも悲しく切ない意味があったなんて。
ううぅぅ、アイキン、ひどいよ。
ハッピーエンドのラストシーンだと思っていたのに…違ったんだな。
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