【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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93 愛の力で王を救えっ! ④

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 王妃様たちの身柄の保護を、ぼくの大叔父上に任せた陛下は。その足で、王城へ向かおうとしたが。
 海岸に集まってきた大勢の国民は、憤りもあらわに、陛下のあとをついてこようとする。

 ときどき上がる雄たけびを聞くと。
「国が誇る王家一族を、ないがしろにするとは何事だっ」
「陛下は王城ですこやかにお過ごしだと、信じていたのにっ」
「ここのところの圧政や増税は、バミネのせいなのか? バミネを擁護した、王宮官吏も許せないっ」
「若き王を支えることなく、死をも予感させた政府を、粛清せよっ」
 という、王家への敬愛の念、近頃の政治への不満、憤り、そのようなことだった。

 バミネとアナベラの散財で、国家財政を食い潰され。それにより、増税が行われ。不満などは、政府によって握りつぶされ。国民もずっと、生きづらい思いをしてきたのだ。

 しかし、大勢の国民が寄り集まって、エキサイトするのは、危険です。
 この人数が、王宮に押し寄せたら。騎士団などが、民に剣を向けるかもしれない。
 それ以前に、大人数が動くだけで、怪我人などが出る可能性もある。
 将棋倒しとか、怖いもんね? 将棋倒しという言葉は、この世界にはないけどねっ。

 ぼくは、陛下に許しをもらって、もう一度放送をかけることにした。
「国民の皆様。陛下への敬愛のお気持ちは、よくわかります。しかし、陛下は。国民の皆様が傷つくことを、良しとはしません。国民の皆様の安全のために、今まで苦汁を飲んで、幽閉の憂き目を耐えてきたのです。そのような、国民への慈愛のお心を持つ陛下のために。今しばらく、ご自宅にてお控えください。王宮の官吏や騎士団に、怒りを向けてはなりません。ひとりでも犠牲者が出たら、陛下は嘆き悲しみます。どうか、陛下を信じて。陛下の復権の報告をお待ちくださいませ」

「だが、陛下をおひとりで王宮へ向かわせたら、陛下の身が危ないじゃねぇか?」
 ぼくの言葉に、海岸にいる誰かが声を上げる。
 それには、セドリックが答えた。

「俺は、元騎士団団長の、セドリック・スタインだ。そして、元騎士団副団長の、シヴァーディ・キャンベルもいる。俺らふたりが、陛下を必ずお守りする。だから、安心して、待っていやがれっ?」
 すると、その言葉を聞いた国民がざわついた。

「セドリック? 以前、剣闘士大会で三連覇した、あの、無敵の剣豪セドリックなのか?」
「騎士爵を賜る、キャンベル家のシヴァーディもいるぞっ。高速剣技で、セドリックに次ぐ強者だ」
 民がざわざわと、セドリックとシヴァーディの強さを噂し、オオッッと感嘆の声を上げる。

 剣闘士大会で披露されたふたりの剣技は、今も国民の眼裏まなうらに焼きついているほどの、強烈なものだったようだ。

 ぼくは…剣の道の話は、あまり知らなかったのだけどぉ。
 その頃は、ほら、身を立てるので一生懸命な期間だったからね?

 だけど、ふたりに任せれば大丈夫、という雰囲気が民に伝播していき。海岸に集まった国民は、一度、憤りのほこをおさめて、見守る姿勢に移行したようだった。

 安堵して、ぼくは放送を切り。陛下にうかがった。
「イアン様、王宮へ行く前に、バジリスクをおさえた方が良いのではありませんか? 洪水を起こすというのは、僕とシオンが止められると思いますけど。万が一にも被害を出さないよう、手を打っておいた方が良いと思うのです」
「そうだな、クロウの言うとおりだ。まずはバジリスク公爵家に行って、公爵の考えをうかがうとしよう」
 了承をいただき、陛下、ぼくとシオン、騎士様とラヴェルが、バジリスク公爵家へと行くことになった。

 アイリスとアルフレドは、王妃様たちの護衛についてもらうことになり。
 にっこり笑顔で手を振るアイリスたちとは、ひとまず、この海岸で別れることになったのだ。


 少数精鋭で、ぼくたちは動き。バジリスク公爵家の門の前に立つ。
 遠目に、公爵家の白亜の館が見える。
 十年前に見たとき、そこは、ぼくたち兄弟にはとても遠い場所だったが。ようやく、足を踏み入れるところまで来た、という感じで。胸が熱くなるな。

 白地に金の飾りがある建物を、当時は派手派手しいと感じたが。今見ると、そうでもない。
 手入れが行き届いていないからか。
 はたまた、ぼくが王城のきらびやかさに、目が慣れてしまったからか。
 被害妄想かもしれないが、空気がよどんでいて、禍々まがまがしい感じもするな?
 なんとなく、イヤーな感じってやつ。

 門番は、十年前と同じ顔触れだった。
 子供のぼくに、ラヴェルのことなんかを教えてくれた門番が。ぼくの顔を見て、すぐにも鉄扉を開けてくれた。
「お待ちしておりました、クロウ様。さぁ、中へ。旦那様を、どうかお助けください」

 門番は、ぼくの顔を覚えてくれていたみたい。
 こんなモブの、のっぺりした顔を。あ、逆にのっぺりしているから珍しくて覚えていたのかもな? うん。
 それに背後には、父上似のシオンもいるしな? うんうん。

 あと、たぶん、陛下の演説が、ここにも届いていたのだろう。
 公爵である父のことを、陛下が助けに来てくれると、思ったのかもしれないな?

「なにを勝手なことを…」
 門番のもうひとりは、アナベラの配下なのだろう。
 ぼくたちに、立ちふさがろうとしたので。セドリックが剣を当てて倒した。
 どうやら、十年も何事もなかったから、油断していたようで。公爵家の中に、警護の者はそれほどいなかった。
 それでも、ときどき飛び出してくる剣士を、セドリックとシヴァーディが如才なく倒していく。

 屋敷の中は、埃っぽくて、やっぱり手入れが行き届いていない感じ。
 不愉快そうに、ラヴェルが、眉間に深いしわを刻んでいる。
 ラヴェルの父、ロイドが、丹精込めて従事したお屋敷が。見るも無残で、許せないのだろうな。
 そして、ロイドが父上を最後に目撃したという応接室の扉を、ラヴェルが開けた。

 すると、そこには。氷の棺の中に入った、公爵。父である、クロード・バジリスクの姿が。おそらく十年前と変わらぬ、ソファに座ったままの状態で発見された。

「ち、父上…」
 ぼくは、応接室のソファに座る、父の元へ駆け寄った。
 十年も会えなかったが、これが父だとわかる。
 だって、シオンにマジでそっくりなのだもの。
 シオンが氷漬けにされている錯覚があって、痛々しく感じる。

 しかし、手出しができなかったとはいえ、凍りついた状態で、十年もいたなんて。
 助けに来られず、申し訳ありませんでした、という気になった。

 だがこれで、父はバミネに加担したのではなく。
 公爵家は、バミネたちに乗っ取られ、良いように利用されていただけなのだと知れた。

「氷、だよね。い、生きてる、かな? 溶かしたら、元に戻るのかな?」
 誰に聞いたわけでもなかったが、ぼくが口にすると。
 それにシヴァーディが答えた。
「クロウ、これは、闇魔法です。一見、氷漬けのように見えますが、この透明な檻の中で、時が止まっている」
 えぇ? 氷に見えるのに、水魔法じゃなくて、闇魔法なんだ?
 じゃあ、ぼくの魔法じゃ駄目だよね?
 ぼくはすがるように、シヴァーディを振り返って、見た。

「どうしたらいいのですか? シヴァーディ様は、闇魔法でしたよね? この魔法を解除できませんか?」
「普通は、魔法を発動させた者…おそらくアナベラが解除するしかない。あとは、聖魔法でなら、中和できるだろうが。聖魔法の使い手など、ここ最近、聞いたことがないからな…」
 シヴァーディは、普段無表情なのに。珍しく眉間にしわを寄せて、難しい顔をする。
 でも、ぼく。聖魔法使える人、心当たりあります。

 そう思っていたら。どこからともなく、アイリスが現れた。
「ババーン。聖魔法士アイリス参上」
 キュルーンとしたウィンク付きで、アイリスが両手を天にかざして登場した。

「あ、アイリスぅ? 王妃様について行ったんじゃないのぉ?」
 ぼくは驚愕して、聞いた。
 つか、ここにいるみんながびっくりしたよっ。いきなり出てくるとか、心臓に悪いんですけどっ。

「だってぇ、ここで私の力が必要になるって、わかっていたのだもの。どのルートでも、私が聖魔法で公爵様を助けることで、陛下の憂いを晴らすというシナリオなのよ? だから、聖魔法『隠密』で姿を消して、クロウ様たちについてきたの。さぁ、公爵様を救うわよっ」
 アイリス、説明臭いっ。あと、聖魔法『隠密』とか、たぶんないからねっ。

 でも、助かったは、助かったので。アイリスにお任せした。
 そして、アイリスが魔法を発動させ、聖なる光を手の上に乗せると。
 拳で父上の胸辺りを殴った。
 な、殴ったぁ?

「アイリース、パーンチっ!」

 ぼくは目を丸くした。それって、前世で国民的アンパンヒーローのパク…いや、みなまで言うまい。
 と、とにかくっ。父が体にまとっていた氷のような、ガラスのようなものが、アイリスの聖魔法パンチでパーンと砕けて。
 驚きの表情で、目を開けて固まっていた父が、ひとつまばたきをした。

 そして、目の前にいたぼくを見て。言ったのだ。
「ミリシャ? あぁ、目覚めて最初に君を見られるなんて、最高だっ」
 満面の笑みで、父はぼくをギュギュゥゥッ、と抱き締めた。

 いやいや、ぼくはミリシャではありません。
 ミリシャは母上です。
 つか、黒髪なの見えてないんですか?

 さらに、おはようのくちづけに移行しようとする父を、陛下とシオンが、無理矢理引き剥がした。
 痛いって。もう、みんな乱暴なんだからぁ。

「起きて早々、兄上にくちづけしようとするなんて、バカッ、変態おやじっ」
「バジリスク公爵、彼は貴方の息子のクロウだ。そして我の伴侶だ。父親といえど、過度な接触はならぬっ」
 シオンと陛下に怒られて、父は目が点になっていた。
「…ドッペルゲンガー?」
 父は、シオンを見てつぶやく。
 違います。あーあー、もうっ、滅茶苦茶なので、ちゃんと説明することにした。

「父上、ぼくはクロウ。彼はシオン、貴方の息子だ。父上は、十年も時を止められていたようです」
「は? そんな馬鹿な。陛下がここにいるのに…陛下、は。しかし、亡くなられたと報告が…私は、アナベラ様が訪問してきて、それで弔意を…」

 十年前の記憶が、呼び起こされたようだけど。父上は混乱しているようだった。
 無理もない。いきなり、でっかい息子が目の前に現れたのだからな?

 そんなとき、応接室の扉が、おもむろに開いた。
「もう、いったいなんの騒ぎぃ?」

 部屋に入ってきたのは、もっちり…いや、ふくよかな、見知らぬ女性だった。

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