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2-15 断罪式の場にぴったり
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◆断罪式の場にぴったり
陛下が公務で登校していない、ある日の放課後。
一学年は、教師の都合で授業が少し早く終わったのだが。シャーロットとアイリスが、ぼくが使っている教室に遊びに来た。
王宮の、迎えの馬車が来るまでの、暇つぶしのようです。
ぼくと陛下が受ける特別授業は、特別教室という場所で行われている。
前世風に言うと、化学室とか美術室とか、それ専用の教室があるじゃない? そういう教室を一室、ぼくたち用に開放してくれているのだ。
ここは、魔法科教室5番です。
普通の教室の、半分サイズの教室で。主に、薬剤調合実験(シオンが呪いをかけられた、あの液体みたいなのを作るのかな? 怖ぇぇ…)の器具を、仮に準備しておく場だったり。グループ実験などに貸し出されたり。そんな使用目的の教室だそうです。
ぼくと陛下は、学年に組み込まれているわけではなく。本当に特別に許された、聴講生みたいな扱いなのです。
まぁ、いきなり、自分のクラスに。王様が『クラスメイトだよ』なんて言って入ってきたら。驚愕必至、だものね?
だから、教師と生徒、ほぼマンツーマンマン、プラス、見守るベルナルドとカッツェ状態で授業を受けているわけなのだ。
ちなみに、アイリスたちが来たとき、ぼくは魔法の座学の自習中だった。
だから、教師は不在。
ベルナルドとカッツェが見守る中、静かに教科書を読んでいるという…。気まずさマックスのカオス状態でしたから。助かりました。
だってぇ、彼らは陛下の友達で。ぼくは男友達を作ってはいけないのでしょう?
彼らと、どういう付き合いをしたらいいのか、わかりません。
それに、成績優秀、スポーツ万能のリア充と、話したことないんですけど?
ど、ど、ど、どうしたらいいのでしょう?
話しかけてもいいんですか?
つか、なにを話しかけたらいいんですか?
天気の話は、駄目です。
一瞬で会話が終了し。あとに、不自然な沈黙の、魔の時が流れると知っていますから。
えぇ、針のむしろってやつですよ。いたたまれないやつですよ。
そうして、ひとり、教科書を見る態で、陰キャ特有の目をオドオド、ってしていたときに。アイリスが来てくれたから。
その虚無の渦から救い出してくれたアイリスは、救世主です。
「クロウ様、お迎えが来るまで、少しお話しましょう? ゲームが開始されたから、不安なこともあるでしょう? なんでも、前作主人公に相談してね?」
「アイリス、優しいぃ」
というか。この耳が痛くなるような静寂から抜け出せた今、アイリスがひときわ神々しく見えます。
あぁ、女神様、ありがとう。
ちなみに、アイリスは。十六歳だけど。
アイリスの父親が、学園に通わせてくれなかったから。この世界では、初めての学校なんだって。
シャーロットの侍従という立場もあるので、殿下と同じ学年に入学した。
高位貴族の御付きの方は、そういう特例が認められることもあるらしい。
アイリスは聖女でもあるので、特例は通りやすかったみたいだね?
シオンは、編入という形で、二学年に在籍している。
ぼくも、二学年の授業が終わって、シオンが合流するのを待っているところだから。
いいですよ? 馬車が来るまでお話しましょう。
シャーロットは、王族として良い成績を取らなければならない。
王族の矜持を守るのは、大変だね?
でも、今のところ、優秀な生徒として、他の生徒からも一目置かれているようだ。
ダンスの稽古を、いっぱいした甲斐がありましたね?
でも、刺繍は、まだ自信がないようで。
カバンから、刺繍の輪っかを取り出して。ぼくの指導を受けながら、刺繍の腕を磨いている。
ぼくとアイリスが話している間、静かにチクチクしていた。
教室には、一番前に教壇と黒板があり。生徒の席は、大きな、六人掛けの机が、ふたつ。ふたつのグループが研究できる仕様なんだね?
ぼくの隣にシャーロットとアイリスが、ぼくをはさむみたいにして座る。
両手に花? なんて言ったら。陛下に怒られてしまいますね?
「でも、今は大丈夫ですよ? 陛下が、ぼくの不安の種は全部取り除いてくれるので。ぼくが一番心配なのは、ゲームの強制力で、みなさんが、ぼくのことや王城でのことを、すっかり忘れてしまうことなのですが。でも、今のところ、そういう大きな修正は起きていないでしょう? まぁ、成人のぼくが学園に通うことになったのは、強制力のせいかもしれませんが…」
ぼくは、ジト目になって、ため息をつく。
そう思えば。結構な修正具合だもんな?
このぐらいの補正なら、ぼくもついていけますが。
記憶操作だけは、なにとぞご勘弁を、公式様。と、思ってしまう。
「そうね。私も、また学校に通うことになるとは、思っていなかったもの。でも、この世界の科目は、前世とは違うし。魔法とか? 礼儀作法とか? 勉強も、はるか昔のことだから、すっかり忘れているのよね? 勉強苦手だったし。なにもかも、初めからやり直しよ」
テヘペロ、とアイリスが舌を出す。
「そうなのですか? シオンにドリルを作ったことがあるので。アイリスも使う?」
「ドリル? 懐かしい響きねぇ。やってみたいわぁ」
「クロウぅ、私もぉ。なにかわからないけど」
シャーロットも言うので。ぼくは微笑んでうなずいた。
「なら、明日作って持ってきますね。ところで、話は変わるのですが。この学園には、文化祭とか体育祭ってあるのですか?」
学校生活の醍醐味は、やっぱりイベントだ。
陛下に、短い間でも、学生ライフを楽しんでいただきたいから。
前世で、ぼくには、あまり馴染みのなかったイベントだけど。今世ではがんばって参加しようかなって、思って。聞いてみたのだけど。
アイリスは、桃色の目をきゅるんとさせて、説明した。
「体育祭はなくって。五月に剣術大会があるのですって。騎士科の方たちの、腕前披露の会ね」
騎士科の腕前披露って、ガチじゃん?
一般の生徒には、関係なさそうな話だな?
「私、鈍足だから。体育祭はマジ勘弁っていうか。なくて、ラッキーよ。ま、他の異世界物はともかく、この世界では、御令嬢が戦うこともあまりないから。私は、参加しなくていい剣術大会、大歓迎よ」
「それを言ったら、ぼくだって。運動全般、イケてなかったしぃ。ま、魔の、マラソン大会も、ないよね?」
恐る恐る聞いたら、ないないって、アイリスが言った。
やったぁぁ。ぼくは、両拳を天に突き上げて、歓喜したのだった。
「剣術大会、ってことは。騎士科のカッツェ様は、剣術大会に出るのですか?」
教室の後ろで、立ったままぼくらを見ているカッツェに、話を振ったら。答えてくれたよ。
やった、話しかけが成功したぁぁぁっ。
モブの陰キャには、一言めの声掛けが、とってもハードルが高いんですよ。
「クロウ様。私のことは、カッツェとお呼びください」
「…でも、先輩ですし」
ぼくは、言いよどむ。
身分的には、オフロ公爵家は対等で。先輩とはいえ、ぼくの方が年は上なので。呼び捨てもアリなのだが。
なんと言っても、ぼくはつい最近まで、平民として暮らしていたので。
貴族の方には、みなさんに、様をつける。お客さまにも、様をつける。それが当たり前だったからなぁ。
つまり、高位貴族の自覚が、全くないんですよ。
無理です。いきなり、そんなの。
しかし、カッツェは。悠然と、首を横に振る。
「私はこの先、陛下と、その妃を守る職に就きたいのです。今は、その予行演習。クロウ様も、もうすぐ最上位の地位につくのです。堅苦しいとは思いますが、徐々に、その環境に慣れることも必要かと思います。クロウ様も、その予行演習だと思えば。この学園生活は、最適な環境ではないですか?」
なるほど。ぼくが貴族として振舞えなかったら。ぼくを妃にする陛下も、恥をかくかもしれない。それはいけないことだよね。
陛下は有力貴族の顔つなぎを、学園でするつもりみたいだけど。
ぼくは貴族としての振る舞いを身につける、良い機会にしなければならないんだな。
カッツェは。見た目はちょっとチャラめで、セドリックみたいに底抜けに明るいキャラかと思ったけれど。
ぼくなんかよりも、しっかりとした考えを持っていて。良いことを言うじゃん? 素敵です。
「わかりました、カッツェ。ベルナルドも。これから、そう呼ばせていただきます」
そう言うと、ベルナルドは眼鏡の奥の瞳を光らせて、告げた。
「敬語も不要ですよ」
「それは、おいおい」
なにもかも、急速に、偉そうには振舞えない。
つか、ぼく自身は偉くない。陛下が偉いのだ。
ぼくは、その奥方として、そばにいても恥ずかしくない所作や、言葉遣いを、身につけなければならないのだな。
丁寧な言葉遣いは、悪くないと思うんだ。でも、卑屈になってはいけない。難しいね?
「剣術大会には、出ます。最終学年なので、有終の美を飾りたいのです。しかし、今年は楽に勝たせてはもらえないでしょう」
「…そうなのか? 後輩に、強い人がいるの?」
ぼくの問いかけに、カッツェは、紫の瞳を少し丸くし。そして小さく笑った。
「強敵は、シオン・バジリスク。貴方の弟君ですよ」
「でも、シオンは騎士科じゃないよ?」
ギリギリまで、シオンは進路に悩んでいたようだが。
公爵家の後継を、視野に入れたので。魔法科で、魔力や魔法の研鑽に力を入れることにしたらしい。
「兄上には及びませんが、王家の対の者を輩出する家系として、相応しいくらいには、魔法を極めたいのです。兄上に恥をかかせられませんからね?」
進路を決めたとき、シオンはそんなことを言っていた。
いやいや、今のままで充分、シオンはぼくにはもったいないくらいに出来た弟ですよ。と、そのときは思いまして。
ま、弟賛辞は、いくらでも出てくるけど。これくらいにして。
魔法科や普通科でも、男子は剣術の授業があるが。大会に出場するほどの腕は、ないんじゃね?
騎士を目指す騎士科の生徒には、さすがに敵わないでしょう?
という目で、ぼくはカッツェを見るが。
「スタイン騎士団長が『シオンは、すぐにも騎士団に入れたい』とおっしゃったと、耳にしています。どれほどの腕前なのか、ぜひ対戦してみたい」
まぁ、シオンは。ずっと、ぼくのボディーガードをしていたわけだから。
人型のときには、剣の訓練を怠らなかったし。
先日、公爵家に乗り込んだときも、警備の騎士をバッタバッタと斬り倒していったからな。
ミネウチダケド。
いや、剣に峰はないので、柄打ち?
騎士科じゃない生徒が、剣術大会に出られるのか、わからないけど。実現したら面白そうだな、とは思った。
「そうなんだ? シオンが有力株だなんて、初耳だよ。今から剣術大会が楽しみだな?」
ぼくがそう言ったら、アイリスが話を戻してきた。
「文化祭も、ないのだけど、似たような感じなのは、魔法演技会というのがあるみたいよ? 魔法や、魔道具のお披露目会みたいなの。でもそれは、十月ね」
十月まで、ぼくも陛下も在学していない予定だからな。
文化祭ならぬ、魔法演技会も、縁がなさそうだ。
「でも、その代わりに。夏季休暇前の、夜会があるのですって。飛び級や、いち早く卒業資格を有したものが、優秀生徒として表彰されて。ちょっと早めの卒業式みたいなやつがあるのですって」
そのアイリスの説明に、ベルナルドが補足をしてきた。
「その夜会で、私も、カッツェも、卒業認定を受ける予定です。その後は速やかに、王宮の職に就くことになります。陛下やクロウ様も、予定通りであれば、その場で教育修了認定を受けられることになっております」
へぇ、そうなんだぁ。と思い。うなずくけれど。
あぁ、でも。これって、ゲームの断罪式の場にぴったりですね。
ちらりと、アイリスを見やると。
彼女も、難しそうな顔でこくりとうなずく。
嫌な予感しかしません。
きっと、そこが一番の正念場なのですね? ここさえ超えられれば、陛下と結婚できる…と信じたいです。
陛下が公務で登校していない、ある日の放課後。
一学年は、教師の都合で授業が少し早く終わったのだが。シャーロットとアイリスが、ぼくが使っている教室に遊びに来た。
王宮の、迎えの馬車が来るまでの、暇つぶしのようです。
ぼくと陛下が受ける特別授業は、特別教室という場所で行われている。
前世風に言うと、化学室とか美術室とか、それ専用の教室があるじゃない? そういう教室を一室、ぼくたち用に開放してくれているのだ。
ここは、魔法科教室5番です。
普通の教室の、半分サイズの教室で。主に、薬剤調合実験(シオンが呪いをかけられた、あの液体みたいなのを作るのかな? 怖ぇぇ…)の器具を、仮に準備しておく場だったり。グループ実験などに貸し出されたり。そんな使用目的の教室だそうです。
ぼくと陛下は、学年に組み込まれているわけではなく。本当に特別に許された、聴講生みたいな扱いなのです。
まぁ、いきなり、自分のクラスに。王様が『クラスメイトだよ』なんて言って入ってきたら。驚愕必至、だものね?
だから、教師と生徒、ほぼマンツーマンマン、プラス、見守るベルナルドとカッツェ状態で授業を受けているわけなのだ。
ちなみに、アイリスたちが来たとき、ぼくは魔法の座学の自習中だった。
だから、教師は不在。
ベルナルドとカッツェが見守る中、静かに教科書を読んでいるという…。気まずさマックスのカオス状態でしたから。助かりました。
だってぇ、彼らは陛下の友達で。ぼくは男友達を作ってはいけないのでしょう?
彼らと、どういう付き合いをしたらいいのか、わかりません。
それに、成績優秀、スポーツ万能のリア充と、話したことないんですけど?
ど、ど、ど、どうしたらいいのでしょう?
話しかけてもいいんですか?
つか、なにを話しかけたらいいんですか?
天気の話は、駄目です。
一瞬で会話が終了し。あとに、不自然な沈黙の、魔の時が流れると知っていますから。
えぇ、針のむしろってやつですよ。いたたまれないやつですよ。
そうして、ひとり、教科書を見る態で、陰キャ特有の目をオドオド、ってしていたときに。アイリスが来てくれたから。
その虚無の渦から救い出してくれたアイリスは、救世主です。
「クロウ様、お迎えが来るまで、少しお話しましょう? ゲームが開始されたから、不安なこともあるでしょう? なんでも、前作主人公に相談してね?」
「アイリス、優しいぃ」
というか。この耳が痛くなるような静寂から抜け出せた今、アイリスがひときわ神々しく見えます。
あぁ、女神様、ありがとう。
ちなみに、アイリスは。十六歳だけど。
アイリスの父親が、学園に通わせてくれなかったから。この世界では、初めての学校なんだって。
シャーロットの侍従という立場もあるので、殿下と同じ学年に入学した。
高位貴族の御付きの方は、そういう特例が認められることもあるらしい。
アイリスは聖女でもあるので、特例は通りやすかったみたいだね?
シオンは、編入という形で、二学年に在籍している。
ぼくも、二学年の授業が終わって、シオンが合流するのを待っているところだから。
いいですよ? 馬車が来るまでお話しましょう。
シャーロットは、王族として良い成績を取らなければならない。
王族の矜持を守るのは、大変だね?
でも、今のところ、優秀な生徒として、他の生徒からも一目置かれているようだ。
ダンスの稽古を、いっぱいした甲斐がありましたね?
でも、刺繍は、まだ自信がないようで。
カバンから、刺繍の輪っかを取り出して。ぼくの指導を受けながら、刺繍の腕を磨いている。
ぼくとアイリスが話している間、静かにチクチクしていた。
教室には、一番前に教壇と黒板があり。生徒の席は、大きな、六人掛けの机が、ふたつ。ふたつのグループが研究できる仕様なんだね?
ぼくの隣にシャーロットとアイリスが、ぼくをはさむみたいにして座る。
両手に花? なんて言ったら。陛下に怒られてしまいますね?
「でも、今は大丈夫ですよ? 陛下が、ぼくの不安の種は全部取り除いてくれるので。ぼくが一番心配なのは、ゲームの強制力で、みなさんが、ぼくのことや王城でのことを、すっかり忘れてしまうことなのですが。でも、今のところ、そういう大きな修正は起きていないでしょう? まぁ、成人のぼくが学園に通うことになったのは、強制力のせいかもしれませんが…」
ぼくは、ジト目になって、ため息をつく。
そう思えば。結構な修正具合だもんな?
このぐらいの補正なら、ぼくもついていけますが。
記憶操作だけは、なにとぞご勘弁を、公式様。と、思ってしまう。
「そうね。私も、また学校に通うことになるとは、思っていなかったもの。でも、この世界の科目は、前世とは違うし。魔法とか? 礼儀作法とか? 勉強も、はるか昔のことだから、すっかり忘れているのよね? 勉強苦手だったし。なにもかも、初めからやり直しよ」
テヘペロ、とアイリスが舌を出す。
「そうなのですか? シオンにドリルを作ったことがあるので。アイリスも使う?」
「ドリル? 懐かしい響きねぇ。やってみたいわぁ」
「クロウぅ、私もぉ。なにかわからないけど」
シャーロットも言うので。ぼくは微笑んでうなずいた。
「なら、明日作って持ってきますね。ところで、話は変わるのですが。この学園には、文化祭とか体育祭ってあるのですか?」
学校生活の醍醐味は、やっぱりイベントだ。
陛下に、短い間でも、学生ライフを楽しんでいただきたいから。
前世で、ぼくには、あまり馴染みのなかったイベントだけど。今世ではがんばって参加しようかなって、思って。聞いてみたのだけど。
アイリスは、桃色の目をきゅるんとさせて、説明した。
「体育祭はなくって。五月に剣術大会があるのですって。騎士科の方たちの、腕前披露の会ね」
騎士科の腕前披露って、ガチじゃん?
一般の生徒には、関係なさそうな話だな?
「私、鈍足だから。体育祭はマジ勘弁っていうか。なくて、ラッキーよ。ま、他の異世界物はともかく、この世界では、御令嬢が戦うこともあまりないから。私は、参加しなくていい剣術大会、大歓迎よ」
「それを言ったら、ぼくだって。運動全般、イケてなかったしぃ。ま、魔の、マラソン大会も、ないよね?」
恐る恐る聞いたら、ないないって、アイリスが言った。
やったぁぁ。ぼくは、両拳を天に突き上げて、歓喜したのだった。
「剣術大会、ってことは。騎士科のカッツェ様は、剣術大会に出るのですか?」
教室の後ろで、立ったままぼくらを見ているカッツェに、話を振ったら。答えてくれたよ。
やった、話しかけが成功したぁぁぁっ。
モブの陰キャには、一言めの声掛けが、とってもハードルが高いんですよ。
「クロウ様。私のことは、カッツェとお呼びください」
「…でも、先輩ですし」
ぼくは、言いよどむ。
身分的には、オフロ公爵家は対等で。先輩とはいえ、ぼくの方が年は上なので。呼び捨てもアリなのだが。
なんと言っても、ぼくはつい最近まで、平民として暮らしていたので。
貴族の方には、みなさんに、様をつける。お客さまにも、様をつける。それが当たり前だったからなぁ。
つまり、高位貴族の自覚が、全くないんですよ。
無理です。いきなり、そんなの。
しかし、カッツェは。悠然と、首を横に振る。
「私はこの先、陛下と、その妃を守る職に就きたいのです。今は、その予行演習。クロウ様も、もうすぐ最上位の地位につくのです。堅苦しいとは思いますが、徐々に、その環境に慣れることも必要かと思います。クロウ様も、その予行演習だと思えば。この学園生活は、最適な環境ではないですか?」
なるほど。ぼくが貴族として振舞えなかったら。ぼくを妃にする陛下も、恥をかくかもしれない。それはいけないことだよね。
陛下は有力貴族の顔つなぎを、学園でするつもりみたいだけど。
ぼくは貴族としての振る舞いを身につける、良い機会にしなければならないんだな。
カッツェは。見た目はちょっとチャラめで、セドリックみたいに底抜けに明るいキャラかと思ったけれど。
ぼくなんかよりも、しっかりとした考えを持っていて。良いことを言うじゃん? 素敵です。
「わかりました、カッツェ。ベルナルドも。これから、そう呼ばせていただきます」
そう言うと、ベルナルドは眼鏡の奥の瞳を光らせて、告げた。
「敬語も不要ですよ」
「それは、おいおい」
なにもかも、急速に、偉そうには振舞えない。
つか、ぼく自身は偉くない。陛下が偉いのだ。
ぼくは、その奥方として、そばにいても恥ずかしくない所作や、言葉遣いを、身につけなければならないのだな。
丁寧な言葉遣いは、悪くないと思うんだ。でも、卑屈になってはいけない。難しいね?
「剣術大会には、出ます。最終学年なので、有終の美を飾りたいのです。しかし、今年は楽に勝たせてはもらえないでしょう」
「…そうなのか? 後輩に、強い人がいるの?」
ぼくの問いかけに、カッツェは、紫の瞳を少し丸くし。そして小さく笑った。
「強敵は、シオン・バジリスク。貴方の弟君ですよ」
「でも、シオンは騎士科じゃないよ?」
ギリギリまで、シオンは進路に悩んでいたようだが。
公爵家の後継を、視野に入れたので。魔法科で、魔力や魔法の研鑽に力を入れることにしたらしい。
「兄上には及びませんが、王家の対の者を輩出する家系として、相応しいくらいには、魔法を極めたいのです。兄上に恥をかかせられませんからね?」
進路を決めたとき、シオンはそんなことを言っていた。
いやいや、今のままで充分、シオンはぼくにはもったいないくらいに出来た弟ですよ。と、そのときは思いまして。
ま、弟賛辞は、いくらでも出てくるけど。これくらいにして。
魔法科や普通科でも、男子は剣術の授業があるが。大会に出場するほどの腕は、ないんじゃね?
騎士を目指す騎士科の生徒には、さすがに敵わないでしょう?
という目で、ぼくはカッツェを見るが。
「スタイン騎士団長が『シオンは、すぐにも騎士団に入れたい』とおっしゃったと、耳にしています。どれほどの腕前なのか、ぜひ対戦してみたい」
まぁ、シオンは。ずっと、ぼくのボディーガードをしていたわけだから。
人型のときには、剣の訓練を怠らなかったし。
先日、公爵家に乗り込んだときも、警備の騎士をバッタバッタと斬り倒していったからな。
ミネウチダケド。
いや、剣に峰はないので、柄打ち?
騎士科じゃない生徒が、剣術大会に出られるのか、わからないけど。実現したら面白そうだな、とは思った。
「そうなんだ? シオンが有力株だなんて、初耳だよ。今から剣術大会が楽しみだな?」
ぼくがそう言ったら、アイリスが話を戻してきた。
「文化祭も、ないのだけど、似たような感じなのは、魔法演技会というのがあるみたいよ? 魔法や、魔道具のお披露目会みたいなの。でもそれは、十月ね」
十月まで、ぼくも陛下も在学していない予定だからな。
文化祭ならぬ、魔法演技会も、縁がなさそうだ。
「でも、その代わりに。夏季休暇前の、夜会があるのですって。飛び級や、いち早く卒業資格を有したものが、優秀生徒として表彰されて。ちょっと早めの卒業式みたいなやつがあるのですって」
そのアイリスの説明に、ベルナルドが補足をしてきた。
「その夜会で、私も、カッツェも、卒業認定を受ける予定です。その後は速やかに、王宮の職に就くことになります。陛下やクロウ様も、予定通りであれば、その場で教育修了認定を受けられることになっております」
へぇ、そうなんだぁ。と思い。うなずくけれど。
あぁ、でも。これって、ゲームの断罪式の場にぴったりですね。
ちらりと、アイリスを見やると。
彼女も、難しそうな顔でこくりとうなずく。
嫌な予感しかしません。
きっと、そこが一番の正念場なのですね? ここさえ超えられれば、陛下と結婚できる…と信じたいです。
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※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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