【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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番外 モブから略奪? リーリア・ブランの野望 ⑨

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     ◆モブから略奪? リーリア・ブランの野望 ⑨

 王宮から、私への登城要請があった。
 私が仮住まいにしている、王都の屋敷に、王宮の使者が現れて。
 明日の正午、アルガル公国の公女とその使者は、王宮に来られたし。と高らかに告げたのよ?
 これって、そういうことよね?

 やったわ。やっぱり、陛下は私を選んでくれたのだわぁ?

 学園で、アイリスが。アイキンⅡは起動していない、なんて。馬鹿みたいなことを言っていたけれど。
 ちゃんと、私が王妃になるように、動いているじゃない?
 アイリスの見解が、おかしかったのね。

 それとも、王妃になる私がうらやましくて、あんな、足を引っ張るようなことを言ったのかしら?
 そんなの、アイリスが陛下を攻略しなかったのが、いけないんだから。
 今更、うらやましがられても、ねぇ?

 私と一緒に、使者も呼んだから。きっと、すぐ本国に、婚約の打診ができるようにしているのかもね?
 やだぁ、気が早いじゃない? 陛下。
 ちゃんと、リーリアを選ぶって、大勢の前で言ってくださらないと、うなずけませんわよ?

 私は、使用人に言って、一番良いドレスを出してもらった。
 陛下の瞳の色を模した、ブルーサファイアのネックレスも忘れないでね?
 王妃に相応しい装いで、登城しなければならないんだから。
 その場で、家臣に、次期王妃として挨拶できるように、準備万端にしておかないとね。

「姫様、学園で陛下と、仲良く御成りでしたか? 街中では、陛下とその婚約者様との結婚話で、持ちきりでして。私はあきらめていたのですが…」
 公国の使者を務める、外務大臣が、そう言うのに。私はにっこりと、余裕の笑みを浮かべた。

「もちろんよ。それに、陛下の婚約者は、男性なのよ? そのような話は、うまくいくわけがないの」
 陛下は。私が、クロウは浮気していると言ったあと。すぐにクロウを連れて、食堂を出て行ってしまったけど。
 きっと、あのあとふたりは、大喧嘩になったんじゃないぃ?
 からのぉ、婚約破棄? されたんじゃない?
 ざまぁ。
 学園の生徒、みんなの前で、クロウを断罪できなかったのは残念だけど。
 まぁ結局は、そうなるように出来ているのよね、きっと。自然の摂理、みたいな?

 それで、以前に提案した。クロウと入れ替わって、私が結婚式に出る、という話に、陛下は乗り気になったのだわ?
 そうよ。私は、家格が合うのだし。アイキンの主人公を張る美貌もあるし。魔力も、カザレニアの王族に引けを取らないくらいはあるし。

 なんと言っても、お世継ぎを望めるのだからね?

 ゲームの強制力も、やっと働いたんじゃないかしら?
 モブと陛下が、結婚なんて。公式は許さないでしょう?

 だってここは。誰がなんと言おうと、乙女ゲームの世界、なんだからね?

 乙女ゲームの世界で、第一攻略対象者である陛下が、モブの男と結婚だなんて。それこそ、バッドエンドじゃない?
 私がバッドエンドになる? そんなの、あり得ないわよ。

 だって、私は。この世界に選ばれて転生してきた、特別な人間なんだから。

 そして、翌日。私はルンルン気分で、王宮に向かい。案内人に、謁見の間に通された。
 陛下の黄金色の髪に似た色目の、ゴージャスなレモンイエローのドレスに。陛下の海色の瞳に似た、大粒のサファイアを胸に下げ。装いはバッチリよ。

 使者は、着飾った私の横で、膝を床について控え。
 私は、優雅なカーテシーで、陛下が現れるのをお待ちする。

 あぁ、早く。陛下が現れないかしら?
 そして私を王妃にすると、みんなの前で言ってちょうだい?

 しばらくして、陛下が入られたことを、臣下が告げ。
 陛下と他の者たちが、位置につく気配がした。
 いよいよだわ。私が、次期王妃として、指名される。この日を待っていたのよっ。
 顔がゆるんで、ニヤニヤしちゃうわぁ。

「アルガル公国の者たちよ。顔をあげよ」
 威厳のある、陛下の低い声が響いて。私は、凛と顔を上げた。誇らしげに、胸を張る。
 赤いじゅうたんが敷かれた、私がいる下段から。幅広の階段状に、三段あって。
 その一番上段に、陛下が座る玉座がある。

 あぁぁ、陛下。とてもお美しい。
 光沢のある、ワインレッドの正装姿。派手な色味になりそうなところを、黒シャツと、黒糸の刺繍で締めて、上品に見せている。
 襟元にファーのついた、ビロードの黒いマントが豪華ね。陛下の黄金色の髪が、後光がさしているみたいにキラキラ輝いて。
 凛とした眼差しに、みつめられると。私の恋心が、どんどん高まっていくわぁ。

 それはいいとして。驚いたのは、その隣の椅子に、陛下と似た衣装を身につけるクロウが、ぽやっと座っていたことだ。

 …まぁ、いいわ。すぐに私が、そこに座ることになるから。
 その高みの景色を、じっくり目に焼きつけておいたらいいんじゃない?

 陛下とクロウの両脇を、濃いえんじ色の騎士服を着用する、頑健な騎士が立って守護している。
 ひとつ下の段には、前王妃である陛下のお母様と。妹のシャーロット殿下が椅子に座っていて。
 殿下のそばには、シオン様が守護するように立っていた。

 つか、なんで、クロウがこの王族たちの居並ぶ場にいるの?
 本当に空気の読めないモブね?

 あぁ、ここで断罪をするのかしら?
 臣下の前で、クロウがいかに、王妃として相応しくないか。その罪をここで暴露すればいいのね? おっけー。

「昨日、アルガル公国公女によって、我の婚約者、クロウ・バジリスク公爵子息が危害を加えられた。相違ないか?」
 そばにいる公国の使者は、ギョッとして身をすくませたが。
 大丈夫よ。シナリオ通りなのだから。

「いいえ、陛下。私が、クロウ様にネックレスを奪われたのです。そして…」
「我の前で虚言を吐けば、罪は重くなるばかりであるぞ、公女よ」
 虚言と言われたら、全部嘘だから。私は、つい、息をのんでしまう。
 でも、ここでクロウを断罪するんじゃないのぉ?
 陛下は、それをお望みなのに。なぜ、私の話を遮ってしまうのよぉ。

 戸惑っていると、陛下は続けた。
「クロウには、我の影が、常に張り付いているのだ。彼らの証言によると、クロウは公女によって、大きな穴に落され。怪我をした。公女は穴の中に、ネックレスを自ら放り投げた。クロウがネックレスを奪い。クロウがベルナルドと浮気をした。そう、我に言う…などと、クロウを脅したそうだな?」

「脅すなんて…クロウ様が、そのようなことを? 言いがかりです」
「クロウが言ったのではない。我の腹心の部下である影が、そう言った」

 証拠があるのだと、示され。私は、どう、この場を乗り切ればいいのか、わからなくなって。困惑しかできなかった。
 だって、王妃になる気満々だったのよ?
 陛下とクロウは、あのあと、絶対に喧嘩したって、思っていたのに。
 なにがどうしてこうなっちゃうのよぉ?

「我は、公女の即刻退去を命じたかった。しかし、クロウが。公女の勉学の機会を奪うのは、忍びないと言うのでな。クロウの恩情に感謝して。これ以後は、おとなしく勉学に励むことを、我は望む」
 えっ、なんで。クロウが私を助けるの?
 クロウを害した私を助けることで、自分は聖人であるとでも、アピールしたいわけ?
 本当に、あざといわね?

 そんなことを思っていたら、王妃様が口を開いた。
「もうすぐ王族の一員になる者が、怪我をしたというのに。その処分は甘いのではありませんか? 陛下」
 ギョッとした。まさか、王妃が私を批難するようなことを言うなんて。
 王妃は、陛下が男と結婚するのを、反対する第一人者だと思っていた。なのに、クロウ寄りなの?
 間違っているわよ、王妃様?
 今、動かないと、陛下が男と結婚しちゃうよ?
 そして、陛下に一番相応しいお嫁さんを、逃がしちゃうのよ?
 気づいて、王妃様?

 でも、王妃は。私の処断を、もっと厳しくしろと言うのだ。信じられない。
 クロウったら、王妃様までたらし込んでいるのかしら?
 本当に、邪魔なモブね。

「クロウは優しい君子なので。我も、彼の心の広さには、脱帽なのですよ。母上」
 陛下がハハハと笑い。王妃様も『陛下もクロウには形無しね』と言ってホホホと笑い。クロウがエヘヘと笑う。
 一瞬、和やかな空気が流れたが。
 陛下が、口元を引き締めて。告げる。

「しかし、甘い恩情はここまでだ。公女は、クロウとの対面を禁止する。公女の学園での警護は、アルガル側で、責任を持って行うがよい。ゆえに、ランチでの同席も許さぬ」
 クロウのやつ。陛下に、うまく取り入ったってことね?
 まさか、体で篭絡ろうらくとか? あり得るわ。いやらしいわね?

 そういう気持ちで、クロウを睨むと。
 クロウは、いつもの、のほほんとした顔と声で、言った。

「陛下のお怒りがすさまじく、ぼくも、これ以上はかばいだてできません。もしも、ぼくを守ったベルナルドが、大怪我をしていたら? もしも、なにも知らない生徒が、あの大穴に落ちていたら? あの穴の存在を知っていた貴方は、すぐにも学園に報告するべきだったのです。公女様には、他者や民に及ぶ被害というものを、重く考えていただく、機会にしていただきたいと思います」

 すでに、ぼくが王妃です、という顔つきで。クロウが言う。
 悔しくて、奥歯をかみしめた。

「アルガル側から、なにか言い分はあるか?」
 陛下が、私たちにたずねてきて。使者は。
「状況の把握ができておりませんが。こちらの不調法を重く受け止め。謝意を表します」 
 と、平謝りし。
 私も、謝罪するしかなかった。

「申し訳ありませんでした。陛下とクロウ様のご恩情に感謝いたします」
 そうして、淑女の礼を取り、頭を下げている間に。
 陛下たち一同は、謁見の間から退出していったのだった。

 私は、言葉では殊勝なことを言ったが。
 怒りで、はらわたが煮えくりかえる思いだった。

 王妃になれた、と思った矢先の急転直下に。心がついてこないわ。
 それに、公女である、一国の姫君である私が。どうして、大勢の者の前で頭を下げなければならないの?
 考えられないわっ。

 屋敷へ戻る馬車の中で、私はしょんぼりと項垂れている。
 あぁ、本当なら今頃は、次期王妃に選ばれたことを本国に報告しなきゃ。とか、ウキウキしながら考えていたはずなのに。
 やっぱり、アイリスの言うとおり、アイキンⅡは発動していないの?

 でも、つまりは。あのモブさえいなければ、アイキンⅡは始動していたはずよね?
 やっぱり、あのモブが、一番の元凶なのよ。
 諸悪の根源のクロウを、亡き者にしたら…そう思っていたとき、使者が私に聞いてきた。

「姫様、先ほどのことは、どういうことなのですか? 陛下のご婚約者様に危害を…というのは?」
 まぁ、やっぱり、問いただしてくるわよね? めんどくさっ。

「…大袈裟なのよ。ちょっと転んで、怪我しただけでしょ? 男のくせに、女々しいんだから」
「穴に落したと、陛下はおっしゃっておられましたが? それに、盗みや浮気の濡れ衣を着せようとしたのですか? 本当に、そのような下劣なことを? 姫様は、国を代表しているというご自覚はあるのですか? そのようなことをなされては、外交問題に響きかねませんよ」
「それも、これも、みんな、大袈裟なのぉ」

 使者は、重いため息をつくと。お説教のような口調で、私に告げた。
「陛下のご婚約者様は。男性ですが。国内で、とても人気のある方なのです。眉目秀麗にして、人格にも優れ、なにより、陛下の命の恩人。そう、もっぱらの噂です。姫様は、カザレニア国の王妃になると言って、学園に留学を決めましたが。陛下は、ご婚約者様をご寵愛されていて。とてもではないが、姫様が陛下と結ばれる余地があるとは思えません」
「そ、それは…これからよ。これから、陛下との関係を深めていくのよ」
「その過程が、強引だったから、今日のようなことになったのでは? このことは、本国に報告しなければなりません。カザレニアの王族を、我が小国が敵に回すことは出来ませんから」

 毅然と言われてしまい。私は、困って。とにかく愛想笑いをして、使者をなだめた。
「待って、待ってちょうだい。報告は…やめて。あと、少しだけ」

 外務大臣が、本国に報告なんかしたら。有無を言わさず強制送還だわ。
 そうしたら、陛下と縁をつなぐことは叶わなくなる。
 そして、見知らぬ者と結婚させられてしまうわ。

 結婚相手くらい、自分で決めたいの。私は、絶対に陛下がいいんだからっ。

「では、留学期間を全うされたいのであれば。陛下のおっしゃる通り、クロウ様への接触はなさらないことです。陛下の、あの怒りようでは。関係を深めるなど、もう望めないでしょうから。王妃の夢など見ないで、おとなしく、穏便に、勉強に励んでください。アルガル公国のために、くれぐれも軽率な行動は控えてくださいね?」

 使者にも、目を吊り上げて怒られて。
 私は、返事のような、そうでないような、ため息をつく。

 モブを亡き者にして、私が彼の立場に成り代わる…というのは。難しそうね。
 まぁ、さすがに。私には、人殺しはできないし。
 使者も、この感じでは手を貸してくれそうもないわ。外部に委託しても、使者にみつかりそうだし。

 あぁ、面倒なことになったわね。
「わかったわ。おとなしくしています。クロウには近づかないわ」

 クロウには、ね。
 でも、陛下には、近づくわ。陛下なら、良いのでしょう?

 言葉だけは、あきらめたようなことを言ったけど。まだ、王妃の座をあきらめていないんだから。
 だって、お世継ぎの件は、どうしたってクロウには無理でしょう?
 そこを突けば、陛下だって絶対に折れるわよ。王族って、そういうものでしょう?

 えぇ、もうわかったわ。アイキンⅡは発動していないのね?
 だったら…アイキンなんか、クソ喰らえよ。
 私は私で、陛下を攻略する。カザレニア国の王妃の座を、私が掴んでみせるのよっ。

 王族の責務を盾にして、最後の決戦をしてやろうじゃないのっ。

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