【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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2-36 ぼくの、がえんじないっ

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     ◆ぼくの、がえんじないっ

 陛下が、ぼくたちが支度していた教室に、入ってきた気配がしたので。
 ぼくは、よく見もしないで。
 アイリスとマリーの言われるまま、演技指導のまんまに、闇落ちハルルンをぼくに憑依ひょういさせて、決め台詞を言ったのだが。

 陛下をはじめ。部屋に入ってきた男性陣全員の目が、あんまり冷たいものだから。
 心が折れた。
 呆れないでくださいっ、ここは、笑うところなんですからねっ?
 だけど、だけど。ぼくこそ、陛下の御姿をしっかりバッチリと見て。腰が抜けるかと思いました。

 ひぇぇぇぇぇ…へへへ、陛下? ハルルンを闇に落した、漆黒男爵に生き写しではないですかぁ?
 いや、男爵じゃなくて、王様だけどぉ。

 陛下は、基本、なんの色を合わせても、お似合いなのだけど。
 黒は、格別です。
 シンプル、ノーブル、エレガント、モアモア、びゅーてぃふぉーぉぉ。

 詰め襟が、陛下の威厳をさらにストイックに見せ。黒マントが、陛下の美麗をさらにゴージャスに見せ。
 マントの裏地や、ハンカチチラ見えの赤い差し。良いアクセントになっているではないですかっ?

 用意したのは、ぼくですが。いい仕事してますねぇ?

 なんて、ぼくの方こそ、見惚れていましたのに。
 陛下ったら。ぼくの前に膝をついちゃって。

 あ、あ、いけません。王様が跪くなんて…。

 そうしたら、陛下はぼくの、この情けない、イケてない、女装を見て。
 本当に可愛いなぁ、なんて。感情を込めて言うものだから。
 ついつい、思っちゃったんだよねぇ? お可哀想に…って。

 お世辞だってわかるけど。こんなぼくに気遣ってくれるのも、だし。
 もしかしたら、本気だったら、それはそれで。残念な美的感覚が…ね?

「…また我を、お可哀想に…と思っているな?」
 わ、わ、わ、心を読まれました。
 ぼくは慌てて、いえ、とか。そのような、とか。誤魔化した。
 マジで、憐れみとか、上から目線とか、そういうことではないのですよ? 陛下。
 でも、ほらぁ、ぼくは底辺モブなので。ね?

「それでも構わない。我の目には、おまえが世界一美しく、可愛く、映っている。だから、お可哀想なこの目で、いいのだ」
 陛下は、ご自身の御目目がお可哀想なことを、とうとう自覚してしまったようだ。
 でも、それでいいと、陛下が言うので。
 ぼくも、ならいいやと。思うのだった。

 だって、こんなモブのぼくが、陛下に見初められたのは。陛下が、お可哀想な御目目だったからなのだ。
 ぼくは、そのように設定してくれた公式に、そのことだけは感謝するしかないと思うのだった。

 他は…結構ヘビーな人生だったから。感謝は出来ないけどぉ。
 ま、終わり良ければすべて良しと、言うしね。そういうことで。

 あぁ、まだ終わってなかった。
 主人公ちゃんⅡとの対決もまだだし。
 結婚式を無事に終えるまでは、気を抜いたらいけませんね? そうだった、そうだった。

 でも、ちょっとだけ。ウフフな、幸せ気分で。ぼくは陛下に、肩を抱かれ。うっとりしていた。
 そこに。なにやら叫びが上がった。シオンである。

「ああああああぁぁっ、兄上っ、なんてことだっ! ぼくの理想の女性像を、ここまで完璧に体現するとはっ。もうっ、兄上以上に、心も体も顔も理想な人物になんか、出会えないっ。無理無理無理。ひどいですぅ…どうしてくれるんですかっ? 責任取って、ぼくとも結婚してくださいっ」

 ぼくの手を取って、ぼくの目の前で、シオンが跪く。
 もう、無茶苦茶言うなぁ。
 しかしここは、兄として。ビシリと言ってやらねばなるまい。

「シオン。兄弟は結婚できませんっ」
「いーやーだー、兄上のバカぁ」

 シオンが床に手をついて、嘆いているのだが。
 いったい、なんで。ぼくはバカぁと言われなければならないのだろうか?
 そして、陛下のドヤ顔も、なんでなのか?
 つか、君たちは真っ当な美的感覚をまず身につけるべきだと思うよ、全く。

 シオンのことを、ベルナルドとカッツェが。気持ちはわかるぞっ、とか。確かに、これはひどいよな、とか。言って慰めている。
 いつの間にか、仲良くなったんだね? 良かったね。

「本当に失礼な方たちね、エスコートする相手をほったらかしで、クロウに見惚れて求婚するとか。考えられないわっ?」
 シャーロットが、ほっぺをぶっくり膨らませて、言う。
 ほらぁ、女性陣がご立腹ですよ?

「殿下。うちの愚弟が、ほんとに、ほんとに、お騒がせしてすみません。もう、シオンは。王妹殿下のエスコートなどという大役を仰せつかっておきながら、殿下に恥をかかせるようなことをするんじゃないよ? 公爵子息として、失格です。ちゃんとしてください」

 前半は、殿下に。後半はシオンを、睨んで言う。
 なんでか、厳しく睨んでいるというのに。シオンはうっとりしているけど。
 もう、話、聞いてる?

「仕方ありませんわ? 今日のクロウは、とっても美人なのだもの。それに、今日の一番の主役は、お兄様とクロウですものね? 私は本日、脇でおとなしくしていますから。会場の目を独り占めしてくださいな?」
 今日の主役、いわゆる、卒業生は。ぼくと陛下以外にもいるのだが。
 殿下は王族でありながら、在校生として、おとなしくしているというのだな?
 シャーロットはちゃんと、空気を読む、素敵なレディなのだなと。ぼくは感心したのだった。

「会場の目を独り占め…いやだぁ。こんな(美しい)兄上を、誰にも見せたくない。どこかに閉じ込めておきましょう、陛下」
「怖いことを言うな、シオン。いくら、ぼくが無様だからって。監禁するほど、ひどくはないだろう?」

 確かに、こんな女装モブが兄だと、シオンは周囲に知られたくないのかもしれないが。
 拉致監禁は犯罪です。
 もう。なんだか、危険なことをサラリと言うのが、父上に似てきて。ぼくは弟の行く末が心配です。

「シオン。我もシオンの気持ちに、激しく同意する。だが。だが、しかし。あの勘違い公女に対抗するには、これしかないのだ。我とて、苦汁の決断なのだっ」
 陛下も一緒になって、言う。
 えぇぇ、そんなに、強調するほどに、ヤバい出来なのでしょうか?
 さすがのぼくも傷つきますよ。
 でも、公女への対抗策なのだから、やり遂げますけどぉ…。

「陛下、シオン様、その辺りで。クロウ様がえですわ? その言い方では、無様なクロウ様を表に出したくないけど、公女の対抗手段だから、渋々ぅ、仕方がなくぅ、みたいに聞こえるじゃあないですかぁ?」
 アイリスにたしなめられて、シオンと陛下がぼくを見やる。
 ふたりは、なんで、ぼくが萎え萎えなのかは、わかっていなかった様子。もう。

「クロウ、誰もおまえのことを、無様だなどとは言っていないぞ?」
「そうです。無様だと言ったのは、兄上本人です。ぼくらは言っていません」

 陛下とシオンが言い訳をするけど。もう遅いもんねぇ。
 一度萎え萎えになったら、そう簡単に復活しないんだもんねぇ、と。ぼくは口をとがらせるのだった。
「はいはい、そろそろ会場入りの時間ですわ? 私たちは先に行っていますから。陛下、クロウ様をお守りくださいね?」
「任せろ、アイリス」

 アイリスは、そう言って。迎えに来た正装姿のアルフレドと、教室を出て行った。
 シャーロットも。シオンのエスコートで、先に会場に向かう。

 夜会では、本来。一番高位である陛下が、ファーストダンスを踊るものだが。
 学園では一応、身分の差は問わないことになっているし。
 今回は、主役が卒業生であるから。ファーストダンスは、相手を指名していないカッツェを抜かして、卒業生が組む四カップルだ。

 一組は、マリーとベルナルド。もう一組は、ぼくと陛下。そしてあと二組。
 その四カップルが、最後に入場し。ファーストダンスを踊ってから。ダンスパーティが開催されることになるのだ。
 いわゆる、掴みはオッケー、そのあと本編、みたいな?

 会場の入り口手前にある、控えの間へ行くと。主役以外の者は、すでに会場内に入っていたが。
 あの、目立つ、ショッキングピンクのツインテールくるくる巻きの公女殿下が、陛下を待ち伏せていた。

 つか。公女のドレスは、髪の色と同じショッキングピンクだから、ピンクが濃いぃ。
 謁見の間で見た、レモンイエローのドレスの方が似合っていると思います。
 まぁ、あれも。目にまぶしい感じではあったけど。

「陛下。私よりも陛下に相応しい御令嬢などいませんわ? その方…まぁまぁ美人かもしれませんが、やんごとなき家柄なんて、嘘なのでしょう? どこの御令嬢か知りませんけど。陛下には釣り合わないわよ。恥をかく前に、さぁ、私とお代わりなさいな?」

 相変わらずの、公女の自信満々っぷりに。ぼくもさすがに、閉口である。
 それに、目下の者を見下す姿勢も、好きじゃないなぁ。
 ぼくは。穏便に済ませたかったけれど。ちょっとへこませてやりたくなった。ペション、くらいにね。

 腕を組んでいた陛下から、身を離し。上品に。エレガントに。淑女の礼、カーテシーを取る。
 ダンスの前には、男性と女性が向かい合って、礼をしてから踊るのが基本。
 ゆえに、シオンのダンスパートナーを長年務めたぼくは、カーテシーもお手の物、なのである。

「こんばんわ、公女殿下。この度、陛下のパートナーという大役を賜った、クロウ・バジリスク公爵子息でございます」
 ぼくは、闇落ちハルルン、ならぬ。闇落ちクロウ的な。ちょっと好戦的な感じで。顔を上げると、ニコリと。自分が出来うる限りの、にっこりで。公女を見やり。
 陛下が曲げた腕を差し出したので、そこにそっと手を添え。下品にならない程度に、身を寄せた。

 公女は、オレンジ色の瞳を、丸く、丸くして。ぼくをみつめている。

「え、は? なっ、あ、あなた。クロウっ?」
「はい。陛下の婚約者である、クロウです。陛下は婚約者をないがしろにする方ではございません。もちろん、本日も。婚約者をエスコートする、紳士でございますよ?」
 すると、陛下も。公女に告げた。

「バジリスク公爵家は、アルガル公国の保有資産よりも上回る財力がある、カザレニア国の有力貴族である。ゆえに、家格に不足はない。さらに言えば、我の婚約者である時点で、誰よりも、我のパートナーを務める資格があるのだ。先日は、我の意見を言う隙もなかったが。元より、我はクロウ以外を伴う気はなかった。女性を伴えない、寂しい男だと思われても。軽やかに踊るクロウを、誰とも躍らせたくないし。我もクロウ以外とダンスをする気はない」

 ぴしゃりと、陛下に言われても。
 公女はまだ、食い下がってくる。うーん、タフだね?

「そんな。い、い、一度くらい。その場を譲ってくれてもいいじゃない。私は、公女よ。一国の、姫君なの。たかが公爵子息の貴方が、私の行く手を塞ぐことなど許されないの。なのに、どうして私の邪魔ばかりするの?」

 主人公ちゃんが、泣きすがるみたいな表情で、ぼくをみつめる。
 でも、ぼくは。ぼくはっ。
 とうとうあの言葉を言うときが来たっ、と思ってしまった。

「がっ、がえんじないっ」

 ガーン、とショックを受ける主人公ちゃん。
 噛んだ、けど。うわぁ、言っちゃった。
 ぼくの、がえんじないっ。炸裂っ!

 アイキンⅡの決め台詞、言ってやったぜぇ? みたいな?
 これでぼくも、アイキンⅡの一員です。
 興奮して、フンスと鼻息が出てしまいました。

 なんか、ゲームの渦に巻き込まれそうな気もするけど、自然な流れだったし。
 アイキンⅡでは、ぼくは悪役令嬢ポジで、出番なしだった。
 でも、せっかくだから。みんなと一緒に、ちょっと参加してみたいじゃん? みたいな?

 主人公ちゃんは、ちょっと、可哀想だったけど。
 でも。陛下のお隣は、譲れるものではないから。そりゃあ、絶対にうなずけないわけですよ。

「ぼくが陛下のパートナーを務めるのは、陛下の御意思。貴方が、身分を盾に、ぼくの座を奪おうとするのなら。ぼくも陛下の御威光にすがり。この場で一番高位な方である、陛下の意思に添います。ゆえに、陛下のお隣を譲ることは出来ません」

 きっぱりと、言い切ると。いいタイミングで会場の時間になった。
 ひとりひとり、名前を呼ばれて入場していく場面になって。リーリアは焦った顔をし始めた。

「そんなっ、公女の私が、エスコートもなしに、会場に入れるわけないわ? そんな恥ずかしいこと…どうしたらいいのっ? 陛下にエスコートしてもらうことしか、考えていなかったのに。カザレニア国は、公女に、恥をかかせる気なのっ?」

 ずいぶん、力業ちからわざで、エスコートを勝ち取ろうとしてくるなぁ。
 ぼくは、呆れてしまうが。知らんがな。

 って思っていたら。ぼくの後ろを守護していたカッツェが。一歩前に出た。
「私は、相手がいないので。僭越ながら、公女のお相手をいたします」
「…カッツェ」
 ぼくが呼びかけると、彼は顔をそっと寄せて、耳に囁いた。
「警護のために、この方を貴方から引き離したいのです。お気になさらず」
 そう言って、チカッとウィンクした。

 うーん。チャラいけど、格好いい。

 カッツェは、公女の了解を取ることなく、サッと彼女の手を取って。卒業生の名を呼び上げる生徒の元に行った。そして、カッツェと公女の名が読み上げられ。ふたりは会場へ入っていく。
 今日の主役である卒業生のダンスパートナーを得た公女は。陛下を伴えなくて不満ではあっただろうが、それなりにドヤ顔で。カッツェの腕に寄り添っている。
 そういうところ、したたかというか。さすがだな?

 とりあえず、ぼくは。公女が目の前からいなくなって、ちょっとホッとした。
 陛下のパートナーも、無事死守できましたしね? 安堵、安堵。

「カッツェの機転に助けられましたね? カザレニア国を、失礼呼ばわりされたときは、どうしようかと思いましたが」
「失礼なのは、あの公女だ。我を、一国の王を、自分の思いどおりにしようなどと、思い上がりもはなはだしい。我を制御できるのは、この世でただひとり。隣にいる秀麗だけである……チュウしたい」
 最期の一言は、陛下が、こっそりと、あのセクシーダイナマイトなイケボで耳元に囁くから。
 顔が赤くなってしまった。

 もう、その声に弱いって、知っているくせにぃ。

「…口紅がつきます。我慢してくださいませ」
 それで、陛下とぼくの名が呼ばれたので。
 ぼくたちは、シャンデリアの粒がひとつひとつきらめく、光あふれるダンスパーティーの会場に、足を踏み出したのだ。

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