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2-36 ぼくの、がえんじないっ
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◆ぼくの、がえんじないっ
陛下が、ぼくたちが支度していた教室に、入ってきた気配がしたので。
ぼくは、よく見もしないで。
アイリスとマリーの言われるまま、演技指導のまんまに、闇落ちハルルンをぼくに憑依させて、決め台詞を言ったのだが。
陛下をはじめ。部屋に入ってきた男性陣全員の目が、あんまり冷たいものだから。
心が折れた。
呆れないでくださいっ、ここは、笑うところなんですからねっ?
だけど、だけど。ぼくこそ、陛下の御姿をしっかりバッチリと見て。腰が抜けるかと思いました。
ひぇぇぇぇぇ…へへへ、陛下? ハルルンを闇に落した、漆黒男爵に生き写しではないですかぁ?
いや、男爵じゃなくて、王様だけどぉ。
陛下は、基本、なんの色を合わせても、お似合いなのだけど。
黒は、格別です。
シンプル、ノーブル、エレガント、モアモア、びゅーてぃふぉーぉぉ。
詰め襟が、陛下の威厳をさらにストイックに見せ。黒マントが、陛下の美麗をさらにゴージャスに見せ。
マントの裏地や、ハンカチチラ見えの赤い差し。良いアクセントになっているではないですかっ?
用意したのは、ぼくですが。いい仕事してますねぇ?
なんて、ぼくの方こそ、見惚れていましたのに。
陛下ったら。ぼくの前に膝をついちゃって。
あ、あ、いけません。王様が跪くなんて…。
そうしたら、陛下はぼくの、この情けない、イケてない、女装を見て。
本当に可愛いなぁ、なんて。感情を込めて言うものだから。
ついつい、思っちゃったんだよねぇ? お可哀想に…って。
お世辞だってわかるけど。こんなぼくに気遣ってくれるのも、だし。
もしかしたら、本気だったら、それはそれで。残念な美的感覚が…ね?
「…また我を、お可哀想に…と思っているな?」
わ、わ、わ、心を読まれました。
ぼくは慌てて、いえ、とか。そのような、とか。誤魔化した。
マジで、憐れみとか、上から目線とか、そういうことではないのですよ? 陛下。
でも、ほらぁ、ぼくは底辺モブなので。ね?
「それでも構わない。我の目には、おまえが世界一美しく、可愛く、映っている。だから、お可哀想なこの目で、いいのだ」
陛下は、ご自身の御目目がお可哀想なことを、とうとう自覚してしまったようだ。
でも、それでいいと、陛下が言うので。
ぼくも、ならいいやと。思うのだった。
だって、こんなモブのぼくが、陛下に見初められたのは。陛下が、お可哀想な御目目だったからなのだ。
ぼくは、そのように設定してくれた公式に、そのことだけは感謝するしかないと思うのだった。
他は…結構ヘビーな人生だったから。感謝は出来ないけどぉ。
ま、終わり良ければすべて良しと、言うしね。そういうことで。
あぁ、まだ終わってなかった。
主人公ちゃんⅡとの対決もまだだし。
結婚式を無事に終えるまでは、気を抜いたらいけませんね? そうだった、そうだった。
でも、ちょっとだけ。ウフフな、幸せ気分で。ぼくは陛下に、肩を抱かれ。うっとりしていた。
そこに。なにやら叫びが上がった。シオンである。
「ああああああぁぁっ、兄上っ、なんてことだっ! ぼくの理想の女性像を、ここまで完璧に体現するとはっ。もうっ、兄上以上に、心も体も顔も理想な人物になんか、出会えないっ。無理無理無理。ひどいですぅ…どうしてくれるんですかっ? 責任取って、ぼくとも結婚してくださいっ」
ぼくの手を取って、ぼくの目の前で、シオンが跪く。
もう、無茶苦茶言うなぁ。
しかしここは、兄として。ビシリと言ってやらねばなるまい。
「シオン。兄弟は結婚できませんっ」
「いーやーだー、兄上のバカぁ」
シオンが床に手をついて、嘆いているのだが。
いったい、なんで。ぼくはバカぁと言われなければならないのだろうか?
そして、陛下のドヤ顔も、なんでなのか?
つか、君たちは真っ当な美的感覚をまず身につけるべきだと思うよ、全く。
シオンのことを、ベルナルドとカッツェが。気持ちはわかるぞっ、とか。確かに、これはひどいよな、とか。言って慰めている。
いつの間にか、仲良くなったんだね? 良かったね。
「本当に失礼な方たちね、エスコートする相手をほったらかしで、クロウに見惚れて求婚するとか。考えられないわっ?」
シャーロットが、ほっぺをぶっくり膨らませて、言う。
ほらぁ、女性陣がご立腹ですよ?
「殿下。うちの愚弟が、ほんとに、ほんとに、お騒がせしてすみません。もう、シオンは。王妹殿下のエスコートなどという大役を仰せつかっておきながら、殿下に恥をかかせるようなことをするんじゃないよ? 公爵子息として、失格です。ちゃんとしてください」
前半は、殿下に。後半はシオンを、睨んで言う。
なんでか、厳しく睨んでいるというのに。シオンはうっとりしているけど。
もう、話、聞いてる?
「仕方ありませんわ? 今日のクロウは、とっても美人なのだもの。それに、今日の一番の主役は、お兄様とクロウですものね? 私は本日、脇でおとなしくしていますから。会場の目を独り占めしてくださいな?」
今日の主役、いわゆる、卒業生は。ぼくと陛下以外にもいるのだが。
殿下は王族でありながら、在校生として、おとなしくしているというのだな?
シャーロットはちゃんと、空気を読む、素敵なレディなのだなと。ぼくは感心したのだった。
「会場の目を独り占め…いやだぁ。こんな(美しい)兄上を、誰にも見せたくない。どこかに閉じ込めておきましょう、陛下」
「怖いことを言うな、シオン。いくら、ぼくが無様だからって。監禁するほど、ひどくはないだろう?」
確かに、こんな女装モブが兄だと、シオンは周囲に知られたくないのかもしれないが。
拉致監禁は犯罪です。
もう。なんだか、危険なことをサラリと言うのが、父上に似てきて。ぼくは弟の行く末が心配です。
「シオン。我もシオンの気持ちに、激しく同意する。だが。だが、しかし。あの勘違い公女に対抗するには、これしかないのだ。我とて、苦汁の決断なのだっ」
陛下も一緒になって、言う。
えぇぇ、そんなに、強調するほどに、ヤバい出来なのでしょうか?
さすがのぼくも傷つきますよ。
でも、公女への対抗策なのだから、やり遂げますけどぉ…。
「陛下、シオン様、その辺りで。クロウ様が萎え萎えですわ? その言い方では、無様なクロウ様を表に出したくないけど、公女の対抗手段だから、渋々ぅ、仕方がなくぅ、みたいに聞こえるじゃあないですかぁ?」
アイリスにたしなめられて、シオンと陛下がぼくを見やる。
ふたりは、なんで、ぼくが萎え萎えなのかは、わかっていなかった様子。もう。
「クロウ、誰もおまえのことを、無様だなどとは言っていないぞ?」
「そうです。無様だと言ったのは、兄上本人です。ぼくらは言っていません」
陛下とシオンが言い訳をするけど。もう遅いもんねぇ。
一度萎え萎えになったら、そう簡単に復活しないんだもんねぇ、と。ぼくは口をとがらせるのだった。
「はいはい、そろそろ会場入りの時間ですわ? 私たちは先に行っていますから。陛下、クロウ様をお守りくださいね?」
「任せろ、アイリス」
アイリスは、そう言って。迎えに来た正装姿のアルフレドと、教室を出て行った。
シャーロットも。シオンのエスコートで、先に会場に向かう。
夜会では、本来。一番高位である陛下が、ファーストダンスを踊るものだが。
学園では一応、身分の差は問わないことになっているし。
今回は、主役が卒業生であるから。ファーストダンスは、相手を指名していないカッツェを抜かして、卒業生が組む四カップルだ。
一組は、マリーとベルナルド。もう一組は、ぼくと陛下。そしてあと二組。
その四カップルが、最後に入場し。ファーストダンスを踊ってから。ダンスパーティが開催されることになるのだ。
いわゆる、掴みはオッケー、そのあと本編、みたいな?
会場の入り口手前にある、控えの間へ行くと。主役以外の者は、すでに会場内に入っていたが。
あの、目立つ、ショッキングピンクのツインテールくるくる巻きの公女殿下が、陛下を待ち伏せていた。
つか。公女のドレスは、髪の色と同じショッキングピンクだから、ピンクが濃いぃ。
謁見の間で見た、レモンイエローのドレスの方が似合っていると思います。
まぁ、あれも。目にまぶしい感じではあったけど。
「陛下。私よりも陛下に相応しい御令嬢などいませんわ? その方…まぁまぁ美人かもしれませんが、やんごとなき家柄なんて、嘘なのでしょう? どこの御令嬢か知りませんけど。陛下には釣り合わないわよ。恥をかく前に、さぁ、私とお代わりなさいな?」
相変わらずの、公女の自信満々っぷりに。ぼくもさすがに、閉口である。
それに、目下の者を見下す姿勢も、好きじゃないなぁ。
ぼくは。穏便に済ませたかったけれど。ちょっとへこませてやりたくなった。ペション、くらいにね。
腕を組んでいた陛下から、身を離し。上品に。エレガントに。淑女の礼、カーテシーを取る。
ダンスの前には、男性と女性が向かい合って、礼をしてから踊るのが基本。
ゆえに、シオンのダンスパートナーを長年務めたぼくは、カーテシーもお手の物、なのである。
「こんばんわ、公女殿下。この度、陛下のパートナーという大役を賜った、クロウ・バジリスク公爵子息でございます」
ぼくは、闇落ちハルルン、ならぬ。闇落ちクロウ的な。ちょっと好戦的な感じで。顔を上げると、ニコリと。自分が出来うる限りの、にっこりで。公女を見やり。
陛下が曲げた腕を差し出したので、そこにそっと手を添え。下品にならない程度に、身を寄せた。
公女は、オレンジ色の瞳を、丸く、丸くして。ぼくをみつめている。
「え、は? なっ、あ、あなた。クロウっ?」
「はい。陛下の婚約者である、クロウです。陛下は婚約者をないがしろにする方ではございません。もちろん、本日も。婚約者をエスコートする、紳士でございますよ?」
すると、陛下も。公女に告げた。
「バジリスク公爵家は、アルガル公国の保有資産よりも上回る財力がある、カザレニア国の有力貴族である。ゆえに、家格に不足はない。さらに言えば、我の婚約者である時点で、誰よりも、我のパートナーを務める資格があるのだ。先日は、我の意見を言う隙もなかったが。元より、我はクロウ以外を伴う気はなかった。女性を伴えない、寂しい男だと思われても。軽やかに踊るクロウを、誰とも躍らせたくないし。我もクロウ以外とダンスをする気はない」
ぴしゃりと、陛下に言われても。
公女はまだ、食い下がってくる。うーん、タフだね?
「そんな。い、い、一度くらい。その場を譲ってくれてもいいじゃない。私は、公女よ。一国の、姫君なの。たかが公爵子息の貴方が、私の行く手を塞ぐことなど許されないの。なのに、どうして私の邪魔ばかりするの?」
主人公ちゃんが、泣きすがるみたいな表情で、ぼくをみつめる。
でも、ぼくは。ぼくはっ。
とうとうあの言葉を言うときが来たっ、と思ってしまった。
「がっ、がえんじないっ」
ガーン、とショックを受ける主人公ちゃん。
噛んだ、けど。うわぁ、言っちゃった。
ぼくの、がえんじないっ。炸裂っ!
アイキンⅡの決め台詞、言ってやったぜぇ? みたいな?
これでぼくも、アイキンⅡの一員です。
興奮して、フンスと鼻息が出てしまいました。
なんか、ゲームの渦に巻き込まれそうな気もするけど、自然な流れだったし。
アイキンⅡでは、ぼくは悪役令嬢ポジで、出番なしだった。
でも、せっかくだから。みんなと一緒に、ちょっと参加してみたいじゃん? みたいな?
主人公ちゃんは、ちょっと、可哀想だったけど。
でも。陛下のお隣は、譲れるものではないから。そりゃあ、絶対にうなずけないわけですよ。
「ぼくが陛下のパートナーを務めるのは、陛下の御意思。貴方が、身分を盾に、ぼくの座を奪おうとするのなら。ぼくも陛下の御威光にすがり。この場で一番高位な方である、陛下の意思に添います。ゆえに、陛下のお隣を譲ることは出来ません」
きっぱりと、言い切ると。いいタイミングで会場の時間になった。
ひとりひとり、名前を呼ばれて入場していく場面になって。リーリアは焦った顔をし始めた。
「そんなっ、公女の私が、エスコートもなしに、会場に入れるわけないわ? そんな恥ずかしいこと…どうしたらいいのっ? 陛下にエスコートしてもらうことしか、考えていなかったのに。カザレニア国は、公女に、恥をかかせる気なのっ?」
ずいぶん、力業で、エスコートを勝ち取ろうとしてくるなぁ。
ぼくは、呆れてしまうが。知らんがな。
って思っていたら。ぼくの後ろを守護していたカッツェが。一歩前に出た。
「私は、相手がいないので。僭越ながら、公女のお相手をいたします」
「…カッツェ」
ぼくが呼びかけると、彼は顔をそっと寄せて、耳に囁いた。
「警護のために、この方を貴方から引き離したいのです。お気になさらず」
そう言って、チカッとウィンクした。
うーん。チャラいけど、格好いい。
カッツェは、公女の了解を取ることなく、サッと彼女の手を取って。卒業生の名を呼び上げる生徒の元に行った。そして、カッツェと公女の名が読み上げられ。ふたりは会場へ入っていく。
今日の主役である卒業生のダンスパートナーを得た公女は。陛下を伴えなくて不満ではあっただろうが、それなりにドヤ顔で。カッツェの腕に寄り添っている。
そういうところ、したたかというか。さすがだな?
とりあえず、ぼくは。公女が目の前からいなくなって、ちょっとホッとした。
陛下のパートナーも、無事死守できましたしね? 安堵、安堵。
「カッツェの機転に助けられましたね? カザレニア国を、失礼呼ばわりされたときは、どうしようかと思いましたが」
「失礼なのは、あの公女だ。我を、一国の王を、自分の思いどおりにしようなどと、思い上がりもはなはだしい。我を制御できるのは、この世でただひとり。隣にいる秀麗だけである……チュウしたい」
最期の一言は、陛下が、こっそりと、あのセクシーダイナマイトなイケボで耳元に囁くから。
顔が赤くなってしまった。
もう、その声に弱いって、知っているくせにぃ。
「…口紅がつきます。我慢してくださいませ」
それで、陛下とぼくの名が呼ばれたので。
ぼくたちは、シャンデリアの粒がひとつひとつきらめく、光あふれるダンスパーティーの会場に、足を踏み出したのだ。
陛下が、ぼくたちが支度していた教室に、入ってきた気配がしたので。
ぼくは、よく見もしないで。
アイリスとマリーの言われるまま、演技指導のまんまに、闇落ちハルルンをぼくに憑依させて、決め台詞を言ったのだが。
陛下をはじめ。部屋に入ってきた男性陣全員の目が、あんまり冷たいものだから。
心が折れた。
呆れないでくださいっ、ここは、笑うところなんですからねっ?
だけど、だけど。ぼくこそ、陛下の御姿をしっかりバッチリと見て。腰が抜けるかと思いました。
ひぇぇぇぇぇ…へへへ、陛下? ハルルンを闇に落した、漆黒男爵に生き写しではないですかぁ?
いや、男爵じゃなくて、王様だけどぉ。
陛下は、基本、なんの色を合わせても、お似合いなのだけど。
黒は、格別です。
シンプル、ノーブル、エレガント、モアモア、びゅーてぃふぉーぉぉ。
詰め襟が、陛下の威厳をさらにストイックに見せ。黒マントが、陛下の美麗をさらにゴージャスに見せ。
マントの裏地や、ハンカチチラ見えの赤い差し。良いアクセントになっているではないですかっ?
用意したのは、ぼくですが。いい仕事してますねぇ?
なんて、ぼくの方こそ、見惚れていましたのに。
陛下ったら。ぼくの前に膝をついちゃって。
あ、あ、いけません。王様が跪くなんて…。
そうしたら、陛下はぼくの、この情けない、イケてない、女装を見て。
本当に可愛いなぁ、なんて。感情を込めて言うものだから。
ついつい、思っちゃったんだよねぇ? お可哀想に…って。
お世辞だってわかるけど。こんなぼくに気遣ってくれるのも、だし。
もしかしたら、本気だったら、それはそれで。残念な美的感覚が…ね?
「…また我を、お可哀想に…と思っているな?」
わ、わ、わ、心を読まれました。
ぼくは慌てて、いえ、とか。そのような、とか。誤魔化した。
マジで、憐れみとか、上から目線とか、そういうことではないのですよ? 陛下。
でも、ほらぁ、ぼくは底辺モブなので。ね?
「それでも構わない。我の目には、おまえが世界一美しく、可愛く、映っている。だから、お可哀想なこの目で、いいのだ」
陛下は、ご自身の御目目がお可哀想なことを、とうとう自覚してしまったようだ。
でも、それでいいと、陛下が言うので。
ぼくも、ならいいやと。思うのだった。
だって、こんなモブのぼくが、陛下に見初められたのは。陛下が、お可哀想な御目目だったからなのだ。
ぼくは、そのように設定してくれた公式に、そのことだけは感謝するしかないと思うのだった。
他は…結構ヘビーな人生だったから。感謝は出来ないけどぉ。
ま、終わり良ければすべて良しと、言うしね。そういうことで。
あぁ、まだ終わってなかった。
主人公ちゃんⅡとの対決もまだだし。
結婚式を無事に終えるまでは、気を抜いたらいけませんね? そうだった、そうだった。
でも、ちょっとだけ。ウフフな、幸せ気分で。ぼくは陛下に、肩を抱かれ。うっとりしていた。
そこに。なにやら叫びが上がった。シオンである。
「ああああああぁぁっ、兄上っ、なんてことだっ! ぼくの理想の女性像を、ここまで完璧に体現するとはっ。もうっ、兄上以上に、心も体も顔も理想な人物になんか、出会えないっ。無理無理無理。ひどいですぅ…どうしてくれるんですかっ? 責任取って、ぼくとも結婚してくださいっ」
ぼくの手を取って、ぼくの目の前で、シオンが跪く。
もう、無茶苦茶言うなぁ。
しかしここは、兄として。ビシリと言ってやらねばなるまい。
「シオン。兄弟は結婚できませんっ」
「いーやーだー、兄上のバカぁ」
シオンが床に手をついて、嘆いているのだが。
いったい、なんで。ぼくはバカぁと言われなければならないのだろうか?
そして、陛下のドヤ顔も、なんでなのか?
つか、君たちは真っ当な美的感覚をまず身につけるべきだと思うよ、全く。
シオンのことを、ベルナルドとカッツェが。気持ちはわかるぞっ、とか。確かに、これはひどいよな、とか。言って慰めている。
いつの間にか、仲良くなったんだね? 良かったね。
「本当に失礼な方たちね、エスコートする相手をほったらかしで、クロウに見惚れて求婚するとか。考えられないわっ?」
シャーロットが、ほっぺをぶっくり膨らませて、言う。
ほらぁ、女性陣がご立腹ですよ?
「殿下。うちの愚弟が、ほんとに、ほんとに、お騒がせしてすみません。もう、シオンは。王妹殿下のエスコートなどという大役を仰せつかっておきながら、殿下に恥をかかせるようなことをするんじゃないよ? 公爵子息として、失格です。ちゃんとしてください」
前半は、殿下に。後半はシオンを、睨んで言う。
なんでか、厳しく睨んでいるというのに。シオンはうっとりしているけど。
もう、話、聞いてる?
「仕方ありませんわ? 今日のクロウは、とっても美人なのだもの。それに、今日の一番の主役は、お兄様とクロウですものね? 私は本日、脇でおとなしくしていますから。会場の目を独り占めしてくださいな?」
今日の主役、いわゆる、卒業生は。ぼくと陛下以外にもいるのだが。
殿下は王族でありながら、在校生として、おとなしくしているというのだな?
シャーロットはちゃんと、空気を読む、素敵なレディなのだなと。ぼくは感心したのだった。
「会場の目を独り占め…いやだぁ。こんな(美しい)兄上を、誰にも見せたくない。どこかに閉じ込めておきましょう、陛下」
「怖いことを言うな、シオン。いくら、ぼくが無様だからって。監禁するほど、ひどくはないだろう?」
確かに、こんな女装モブが兄だと、シオンは周囲に知られたくないのかもしれないが。
拉致監禁は犯罪です。
もう。なんだか、危険なことをサラリと言うのが、父上に似てきて。ぼくは弟の行く末が心配です。
「シオン。我もシオンの気持ちに、激しく同意する。だが。だが、しかし。あの勘違い公女に対抗するには、これしかないのだ。我とて、苦汁の決断なのだっ」
陛下も一緒になって、言う。
えぇぇ、そんなに、強調するほどに、ヤバい出来なのでしょうか?
さすがのぼくも傷つきますよ。
でも、公女への対抗策なのだから、やり遂げますけどぉ…。
「陛下、シオン様、その辺りで。クロウ様が萎え萎えですわ? その言い方では、無様なクロウ様を表に出したくないけど、公女の対抗手段だから、渋々ぅ、仕方がなくぅ、みたいに聞こえるじゃあないですかぁ?」
アイリスにたしなめられて、シオンと陛下がぼくを見やる。
ふたりは、なんで、ぼくが萎え萎えなのかは、わかっていなかった様子。もう。
「クロウ、誰もおまえのことを、無様だなどとは言っていないぞ?」
「そうです。無様だと言ったのは、兄上本人です。ぼくらは言っていません」
陛下とシオンが言い訳をするけど。もう遅いもんねぇ。
一度萎え萎えになったら、そう簡単に復活しないんだもんねぇ、と。ぼくは口をとがらせるのだった。
「はいはい、そろそろ会場入りの時間ですわ? 私たちは先に行っていますから。陛下、クロウ様をお守りくださいね?」
「任せろ、アイリス」
アイリスは、そう言って。迎えに来た正装姿のアルフレドと、教室を出て行った。
シャーロットも。シオンのエスコートで、先に会場に向かう。
夜会では、本来。一番高位である陛下が、ファーストダンスを踊るものだが。
学園では一応、身分の差は問わないことになっているし。
今回は、主役が卒業生であるから。ファーストダンスは、相手を指名していないカッツェを抜かして、卒業生が組む四カップルだ。
一組は、マリーとベルナルド。もう一組は、ぼくと陛下。そしてあと二組。
その四カップルが、最後に入場し。ファーストダンスを踊ってから。ダンスパーティが開催されることになるのだ。
いわゆる、掴みはオッケー、そのあと本編、みたいな?
会場の入り口手前にある、控えの間へ行くと。主役以外の者は、すでに会場内に入っていたが。
あの、目立つ、ショッキングピンクのツインテールくるくる巻きの公女殿下が、陛下を待ち伏せていた。
つか。公女のドレスは、髪の色と同じショッキングピンクだから、ピンクが濃いぃ。
謁見の間で見た、レモンイエローのドレスの方が似合っていると思います。
まぁ、あれも。目にまぶしい感じではあったけど。
「陛下。私よりも陛下に相応しい御令嬢などいませんわ? その方…まぁまぁ美人かもしれませんが、やんごとなき家柄なんて、嘘なのでしょう? どこの御令嬢か知りませんけど。陛下には釣り合わないわよ。恥をかく前に、さぁ、私とお代わりなさいな?」
相変わらずの、公女の自信満々っぷりに。ぼくもさすがに、閉口である。
それに、目下の者を見下す姿勢も、好きじゃないなぁ。
ぼくは。穏便に済ませたかったけれど。ちょっとへこませてやりたくなった。ペション、くらいにね。
腕を組んでいた陛下から、身を離し。上品に。エレガントに。淑女の礼、カーテシーを取る。
ダンスの前には、男性と女性が向かい合って、礼をしてから踊るのが基本。
ゆえに、シオンのダンスパートナーを長年務めたぼくは、カーテシーもお手の物、なのである。
「こんばんわ、公女殿下。この度、陛下のパートナーという大役を賜った、クロウ・バジリスク公爵子息でございます」
ぼくは、闇落ちハルルン、ならぬ。闇落ちクロウ的な。ちょっと好戦的な感じで。顔を上げると、ニコリと。自分が出来うる限りの、にっこりで。公女を見やり。
陛下が曲げた腕を差し出したので、そこにそっと手を添え。下品にならない程度に、身を寄せた。
公女は、オレンジ色の瞳を、丸く、丸くして。ぼくをみつめている。
「え、は? なっ、あ、あなた。クロウっ?」
「はい。陛下の婚約者である、クロウです。陛下は婚約者をないがしろにする方ではございません。もちろん、本日も。婚約者をエスコートする、紳士でございますよ?」
すると、陛下も。公女に告げた。
「バジリスク公爵家は、アルガル公国の保有資産よりも上回る財力がある、カザレニア国の有力貴族である。ゆえに、家格に不足はない。さらに言えば、我の婚約者である時点で、誰よりも、我のパートナーを務める資格があるのだ。先日は、我の意見を言う隙もなかったが。元より、我はクロウ以外を伴う気はなかった。女性を伴えない、寂しい男だと思われても。軽やかに踊るクロウを、誰とも躍らせたくないし。我もクロウ以外とダンスをする気はない」
ぴしゃりと、陛下に言われても。
公女はまだ、食い下がってくる。うーん、タフだね?
「そんな。い、い、一度くらい。その場を譲ってくれてもいいじゃない。私は、公女よ。一国の、姫君なの。たかが公爵子息の貴方が、私の行く手を塞ぐことなど許されないの。なのに、どうして私の邪魔ばかりするの?」
主人公ちゃんが、泣きすがるみたいな表情で、ぼくをみつめる。
でも、ぼくは。ぼくはっ。
とうとうあの言葉を言うときが来たっ、と思ってしまった。
「がっ、がえんじないっ」
ガーン、とショックを受ける主人公ちゃん。
噛んだ、けど。うわぁ、言っちゃった。
ぼくの、がえんじないっ。炸裂っ!
アイキンⅡの決め台詞、言ってやったぜぇ? みたいな?
これでぼくも、アイキンⅡの一員です。
興奮して、フンスと鼻息が出てしまいました。
なんか、ゲームの渦に巻き込まれそうな気もするけど、自然な流れだったし。
アイキンⅡでは、ぼくは悪役令嬢ポジで、出番なしだった。
でも、せっかくだから。みんなと一緒に、ちょっと参加してみたいじゃん? みたいな?
主人公ちゃんは、ちょっと、可哀想だったけど。
でも。陛下のお隣は、譲れるものではないから。そりゃあ、絶対にうなずけないわけですよ。
「ぼくが陛下のパートナーを務めるのは、陛下の御意思。貴方が、身分を盾に、ぼくの座を奪おうとするのなら。ぼくも陛下の御威光にすがり。この場で一番高位な方である、陛下の意思に添います。ゆえに、陛下のお隣を譲ることは出来ません」
きっぱりと、言い切ると。いいタイミングで会場の時間になった。
ひとりひとり、名前を呼ばれて入場していく場面になって。リーリアは焦った顔をし始めた。
「そんなっ、公女の私が、エスコートもなしに、会場に入れるわけないわ? そんな恥ずかしいこと…どうしたらいいのっ? 陛下にエスコートしてもらうことしか、考えていなかったのに。カザレニア国は、公女に、恥をかかせる気なのっ?」
ずいぶん、力業で、エスコートを勝ち取ろうとしてくるなぁ。
ぼくは、呆れてしまうが。知らんがな。
って思っていたら。ぼくの後ろを守護していたカッツェが。一歩前に出た。
「私は、相手がいないので。僭越ながら、公女のお相手をいたします」
「…カッツェ」
ぼくが呼びかけると、彼は顔をそっと寄せて、耳に囁いた。
「警護のために、この方を貴方から引き離したいのです。お気になさらず」
そう言って、チカッとウィンクした。
うーん。チャラいけど、格好いい。
カッツェは、公女の了解を取ることなく、サッと彼女の手を取って。卒業生の名を呼び上げる生徒の元に行った。そして、カッツェと公女の名が読み上げられ。ふたりは会場へ入っていく。
今日の主役である卒業生のダンスパートナーを得た公女は。陛下を伴えなくて不満ではあっただろうが、それなりにドヤ顔で。カッツェの腕に寄り添っている。
そういうところ、したたかというか。さすがだな?
とりあえず、ぼくは。公女が目の前からいなくなって、ちょっとホッとした。
陛下のパートナーも、無事死守できましたしね? 安堵、安堵。
「カッツェの機転に助けられましたね? カザレニア国を、失礼呼ばわりされたときは、どうしようかと思いましたが」
「失礼なのは、あの公女だ。我を、一国の王を、自分の思いどおりにしようなどと、思い上がりもはなはだしい。我を制御できるのは、この世でただひとり。隣にいる秀麗だけである……チュウしたい」
最期の一言は、陛下が、こっそりと、あのセクシーダイナマイトなイケボで耳元に囁くから。
顔が赤くなってしまった。
もう、その声に弱いって、知っているくせにぃ。
「…口紅がつきます。我慢してくださいませ」
それで、陛下とぼくの名が呼ばれたので。
ぼくたちは、シャンデリアの粒がひとつひとつきらめく、光あふれるダンスパーティーの会場に、足を踏み出したのだ。
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颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
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