魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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2巻

2-1

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 ぼくはサリエル・ドラベチカ。もっちりぽっちゃりままボディは相変わらずの、魔王の三男である。
 六歳のとき、ぼくは妹のディエンヌの魔法で空に飛ばされて意識を失った。そして目が覚めたら、なんでか『備考欄』が見えるようになっていたんだ!?
 ぼくの備考欄には『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてあって……優しいお友達や、ぼくのこここ、婚約者でもあるレオンハルト兄上に助けてもらいながら、ぼくははなはだ不本意ではあるが悪役令嬢らしき妹ディエンヌの尻拭いを絶賛実施中なのであった。
 それで、今年の三月に十二歳になったぼくは、ロンディウヌス学園の入学資格を得て、本日四月一日が、いよいよロンディウヌス学園の入学式なのであるぅ。
 昨日からそわそわしてよく眠れなかった……こともなく、ぐっすり寝た。けど、やっぱりちょっと早起きしてしまった。
 だって新しい生活がはじまるんだもの、ドキドキのワクワクでしょ。
 小鳥のモチーフが彫刻されたクローゼットの前に、学園の制服一式がハンガーにかかっている。その白さは目にまぶしく、燦然さんぜんと輝いている。そう、制服は白なのだ。
 ぼくはコロリーンと転がってベッドを降りると、洗面や整髪などの身支度を整え、満を持して制服に袖を通した。
 学園の白い制服は、襟元に緑色の縁取りがある。学年によって色が違うらしく、一学年上のラーディンの制服は青い縁取りだった。

『攻略対象のイメージカラーが採用されているんだ。瞳の色が、ラーディンは青、マルチェロは緑だから、来年はシュナイツの瞳の色の赤が襟の色になると思うよ』

 ぼくの口を使って言ったのは、インナーだ。
 インナーというのは、ぼくの中にいる別人格で、いつの間にかぼくの中にいた謎人物である。
 六歳の『ディエンヌの、ぼく殺人未遂事件』のあと、ぼくの中にインナーがいることに気づいたんだ。長く一緒にいるから、もうぼくの一部みたいなものだね。
 そのインナーがつい最近、ぼくがいるこの世界は、インナーが前世でプレイしていた乙女ゲームの世界観と酷似していると言い出した。ぼくは『ふーん、そうなんだぁ』って思っている。

「ファウストとエドガーはイメージカラーにならないのですか?」
『攻略対象が同じ学年にいる場合は、登場が早いほうの色になる』

 とても緻密ちみつに設定されているようだ。ふーん、難しそうなゲームだね。
 そうそうゲームといえば、今日までの間に、インナーにゲーム内容を思い出せるだけ思い出してもらって対策を練ったのだ。
 ぼくの妹である悪辣あくらつなディエンヌは、ゲームでは悪役令嬢である。その末路には、処刑ルート以外に、国外追放ルート、修道院で矯正ルートなどがあるらしい。
 どのルートに行っても、ディエンヌは主人公をいじめたとして断罪されるが、その悪さの度合いによって、処刑、国外追放、修道院にて矯正、のいずれかのルートに進むようだ。主人公をいじめるのは決定事項みたいだね。
 主人公が死んだらバッドエンドで、ディエンヌは処刑ルート確定。でも妹が処刑になったら、兄上が魔王になるときの障害になるかもしれないでしょ? だからとにかくぼくは、バッドエンドを阻止したいわけ。
 主人公が死にさえしなければ処刑にはならないと思うので、つまり主人公を守り切れたらぼくの勝ちなのだっ。たぶん。
 あと、ディエンヌが学園に行かないという一番楽なルートでも、勝ちであるぅ。
 そして、主人公が兄上と恋愛をはじめないために、決して主人公を兄上と会わせてはいけない。絶対絶対、運命の出会いを阻止するのだ!!

小姑こじゅうとだな。うぜぇ、小姑こじゅうと
「いいえ、ぼくは腐っても兄上の婚約者ですから、当然の権利ですぅ」

 インナーにからかわれたけど、ぼくは猛反発する。兄上は、ぼくの兄上なのぉ!
 そうこうしつつ制服に袖を通したぼくは、姿見の前に立った。制服の下に着るシャツは自由なので、襟にレースの飾りがついている白いシャツを選んだ。
 鏡を見ながらぶっとい指で襟やスカーフタイの形を整え、赤い宝石のブローチを着ける。この宝石は兄上からのプレゼントで、すっごく強い威力の防御魔法がこめられているのだ。
 そうして『白い制服の素敵なぼく』が爆誕したっ。むふーん!
 蛍光レッドの髪が今日もつややかで、いい感じ。
 ……いや、わかっている、みなまで言うな。白い制服に赤いトサカでニワトリ形状に拍車がかかっているということは。
 うぅむ、と鏡をにらんでいた、そのとき。コンコンと窓をつつく音がした。
 はぁっ、来たっ! やつが来るのはわかっていた。
 今日は入学式だけでなく、ぼくとやつの全面対決の日でもある。
 臨戦態勢のぼくは、カーテンをシャッと開ける。するとそこには、当然ここにおりますけど、なにか? というようなふてぶてしい顔つきのスズメガズスがいた。
 スズメガズスは、清らかな赤子をさらって育てるという迷惑な鳥の魔獣。体長は一メートルほどで、まぁるいフォルムで、姿はインナー的に言うとスズメだ。
 毎年、春になるとぼくのところへやってきて、なんでかぼくをさらおうとする。ぼくはいつも、スズメガズスの口車に乗ってしまうけどぉ……
 しかし今年のぼくは去年までのぽややんなぼくとは違うぞ!!
 なんていったって学生になる、つまりは大人の仲間入りなんだからねっ!!
 ぼくはスパーンと窓を開け、颯爽さっそうとスズメガズスに言い放った。

「どうです、スズメガズスぅぅ! 学園の制服を優雅に着こなしたぼくを見て、驚いたでしょう? 身長だってもうスズメガズスより大きい素敵な大人なのですから、いい加減ぼくのことは諦めてくださいねっ」

 そう、グンと身長が伸びたのだ。去年から、五センチくらいぃ……
 でもでも、すっごい成長スピードでしょ? スズメガズスより頭ひとつ分は大きいのだから。
 ……横幅は、変わりなしです。えぇ、安定のぽっちゃりですけど、なにか?

「おぉ、なんと立派な姿だ。あの子がこんなに大きくなるなんて、妻にも見せてやりたい」

 するとスズメガズスは、目を潤ませてそう言った。やつは会話できる魔獣なのだ。

「つ、妻? 奥さんがいるの?」
「あぁ、しかし妻は病弱で、ここまで飛んでこられないのだぁ。でもこの雄姿を一目だけでも妻に見せてやりたいなぁ。もしかしたら妻は、来年まで生きられぬかもしれないなぁ」
「そ、そうなの?」

 長年お付き合いしているスズメガズスに、少し同情してしまう。

「でもぼくは、もうスズメガズスよりも大きいよ。運べないでしょう?」
「私は力持ちなのだ、安心せいっ、さぁ乗れ。さぁ、さぁ」

 急に元気になったかと思うと、スズメガズスは意気揚々と白い布を広げる。
 ぼくがいぶかしげにその様子を見ていると……背後からキィとドアの開く音がした。

「……サリエル様?」

 振り向くと、扉の隙間からぼくの専属侍女エリンが、ジト目でこちらを見ていた。
 の、乗りませんよ。知っていますよ、これがスズメガズスの作戦だということは。
 そう思って、ぼくはエリンに首を横に振ってみせる。

「けっ、人情に訴える作戦も失敗したぁ。覚えてろよぉぉぉぉ!!」

 するとスズメガズスは、白い布をサッと回収して飛び去った。
 ああああぁっ、またスズメガズスにしてやられるところだったぁ!! いえ、あんな見え透いた罠には引っかかりませんよ。大丈夫に決まっているじゃあないですか。

「またスズメガズスの罠にかかりそうになって……昨年は来なかったから安心しておりましたのに」

 ぼくは口をきゅぅっと引き結ぶ。ごめんよ、エリン。実は昨年も来たんだ。
 学園に入学するまで、貴族のお子様は魔王城にて月一で開催される子供会に参加する。
 やつは昨年の子供会会場の庭に降り立ったのだ。お友達のひとりであるエドガーがスズメガズスを見て『清らかな魂が大好物なのです』と叫んだ。
 あぁ、魔王の三男が清らか認定だって、バレちゃったぁ!
 のみならず、毎年スズメガズスがぼくを迎えに来ることを大事なお友達たちに知られてしまいぃぃ……ぼくは史上最悪の屈辱を受けたのであった。
 その場には兄上の従者であり護衛のミケージャもいたのだけど、おそらく彼はぼくのプライドのために、エリンに報告しないでいてくれたのだろう。
 でも、今年も来ちゃった。昨年の気遣いがふいになってしまった。ミケージャ、ごめんよ。

「エリン、ぼくがスズメガズスごときの罠にかかるわけないのです。もう一人前の大人なのですから」
「まぁ、サリエル様。とっても凛々りりしいお姿で、エリンは感動いたしました」

 大きな耳をピルピル震わせ涙ぐむエリンを見られて大満足だ。
 さぁ、この姿を兄上に見せに行こう。


      ★★★★★


 ピンク色の花びらがひらひらと降る桜の木の下。
 制服に身を包んだぼくは、ひとり物憂げに兄上を待っている。
 丘を覆う草原が緑に輝き、桜のピンクと、ぼくの制服の白が、鮮やかなコントラストを描いていた。
 ぼくが手を差し出すと、丸い指に小さな花びらがそっと乗る。その花びらを掴もうとするけれど、ひらりと逃げてしまった。ぼくは、まぁるい手を所在なげにもみもみして……
 そんな感じでメルヘンに浸ってはいるが、エリンがそばにいるのでひとりではない。
 兄上を待つ健気なぼく、というシチュエーションなの!
 それはともかく、なんで兄上の屋敷の敷地内に桜があるのかというと、ぼくが植えたからだ。植えたというか厳密には、以前ももんもを生やしたのと同じ要領で、ポンポンと地面を叩いて大地にお願いしたのだ。
 だってぇ、インナーの脳内イメージにある『新入生が桜の木の下でにっこり』っていう光景を演出したかったんだもぉん。
 インナー的に言うと、年齢的に、ぼくはこれから中高一貫の学園に入る、みたいな感じらしい。中高一貫という言葉はあまりピンとこないけど、四月までに満十二歳になった子が六年間学ぶ学校ってことみたいだから、まぁ合っているね。

『給食のおばちゃんが、にっこり……』

 そう言って、インナーが脳内で白い割烹着かっぽうぎのおばちゃんを見せてくる。インナーはたまにぼくを給食のおばちゃんと言ってイジるんだっ。もう、インナー、雰囲気を壊さないでっ!!
 というわけで、丘の上で待つぼくの頭上には、薄ピンクの花がワッと咲いていて、いい感じに花びらが舞い落ちていた。
 ひらひらと舞う花びらの軌道は、インナーがぼくの脳内で見せてくれたものと同じ。不規則で、だからこそ華やかで、はかなげだ。うーん、ロマンティック。
 ぼくはにこにこして桜の花びらを見ていた。
 すると、遠くのほうから兄上の乗る馬のひづめの音が聞こえてきた。
 実は、せっかくのいいロケーションかつ、ぼくの入学というめでたい日ということで、この光景を絵に残そうということになったのだ。
 この世界には写真という、インナーのいた世界の優れものグッズはないから、絵師に残しておきたい情景を描いてもらうしかない。
 ふたり一緒に描いてもらうので、兄上もそれなりにおめかしをしている。黒くて大きな馬に乗り、豪華な服装でバッチリ決めた髪型の兄上は、言うまでもなく立派で格好良い。
 十七歳になった兄上は、魔王と変わらないくらい体格が大きくなって威厳たっぷりだ。耳の後ろからのびる三重に巻いたツノはとてもたくましい。長くてつややかな深みのある藍色の髪は毛先に向かってゆるくウェーブして、大人の色気を醸し出している。
 夜会などで着るきらびやかな黒い礼服は、兄上の体躯たいくを引き締めて見せていて、その上から黒のマントを羽織る姿はもう、ゴージャスアンドエレガント。
 もう兄上が魔王でいいと思う。そのような出で立ちだった。
 いつもは厳しさをたたえる切れ長の目は、ぼくを見ると柔らかくなる。兄上は優しく微笑んだ。
 胸がきゅぅぅぅとなるぅ!!
 この頃はインナーがきゅぅぅぅなのか、ぼくの心臓がきゅぅぅぅなのか、よくわかりません。
 というかもう、もっちりのぼくはどうでもいいから、今の兄上の顔を絵師様描いてぇ!! 即座に、超速で、今すぐ描いてぇ!!

「待たせたな、サリュ」

 兄上が馬から降りたので、ぼくはプヨと抱きついた。
 ぼくと兄上の身長差は、かなりある。兄上は二メートル近い高身長で、ぼくは今、一三〇センチくらい。まだ兄上のウエストに手を回すのがやっとだけど、一応これが挨拶だ。

「何度見ても白い制服のサリュは愛らしいなぁ……見るたびに惚れ直してしまうよ」

 兄上はいつもぼくに手放しの賛辞を贈ってくれるので、照れてしまう。

「なぁサリュ。花びらが舞ってとても美しいが、この木はサクラーと言ったか?」
「はい。サクラーは花が散ったあとに実をつけます。その実も甘酸っぱくて美味おいしいですよ」

 インナーが見せてくれた桜は、ソメイヨシノという品種で実はならない。
 でもせっかく桜を生み出すのならサクランボも食べたいので、大地には実のなる桜を想像しながらお願いした。だからたぶん、夏前には美味おいしいサクランボが食べられる……はず!

「そうか。また美味おいしい果物がひとつ増えるのだな。そしてなにより、花が美しい。まるでサリュのように、小さくて可憐で愛らしいではないか」

 桜にたとえられるなんて、面はゆい。そう思いつつ恥じらうが、ぼくがモジモジしても、兄上の腰にお腹がプヨプヨ当たるだけなのだった。むぅぅ。

「レオンハルト様、早く絵師に略画を描いてもらわないと、入学式に遅れてしまいます」

 ミケージャの助言に、兄上はうなずいた。絵師はミケージャの馬に一緒に乗ってきたみたい。
 兄上は軽々とぼくを抱き上げてくらの前のほうに座らせ、ぼくの後ろに颯爽さっそうとまたがった。
 桜の木の下で、黒馬に乗った兄上とぼく。というシチュエーションで描いてもらうのだ。
 絵師がスケッチを紙にさらさらぁと描いていく。
 これまで絵を描いてもらうという経験はなかったので緊張してしまう。張り切って胸を張ろうとすると腹が突き出て、唇もむむぅっとへの字に引き結んでしまった。

「サリエル様、もう少し表情を柔らかくお願いします。笑顔、笑顔で……」

 絵師に言われて笑うが、なんか違う。いつものように笑おうと意識すると、なんだかどんどん変な顔になっていく。自分がどんな顔をしていたのかわからない。顔面崩壊寸前だぁ……

「サリュ、コチョコチョしてやろうか?」

 兄上が耳元で囁く。その低くてまろやかな美声が鼓膜をくすぐって、耳がこそばゆい。

「やめてくださぁい、兄上! 顔面崩壊が増大します」
「あぁ、もっと頻繁に絵師を呼んで、サリュを描いてもらえば良かったなぁ。赤子のサリュの肖像は本当に残すべきだった。そういう頭が働かなかったのは、痛恨の極みだ」

 そんなことを言いながら兄上が顔をしかめると、絵師に『顔が怖いですよぉ、リラックスしてくださぁい』と注意された。ぼくらはふたりでエヘリと笑った。

「サリュは、ほがらかな明るい笑顔が可愛いのだ。絵には、そういうサリュを残してほしいな」

 クスクス笑いながら兄上がそう言うから、ぼくの顔はどんどん熱くなる。
 やーめーてー!! 兄上の褒め殺し攻撃が、ぼくの顔面崩壊を加速させるぅ!!
 嬉しいは、嬉しいのだけど。そう思いながら、はにかんで兄上を見上げて笑うと……

「はい、オーケーです。いい絵が描けそうですよぉ」

 絵師がそう言って終わりになった。大まかに描いたあとは、絵師にお任せになるようだ。あとは絵の出来上がりを待つばかり。どんな絵になるのか、今から楽しみだね。

「では、サリュ。玄関前に馬車を待たせてあるから、そこまで一緒に乗っていくぞ。しっかりくら手摺てすりにつかまっていなさい」

 兄上はぼくを馬に乗せたまま、桜の木を黒馬で二周して、それから丘を下っていった。
 ぼくは六歳のときに落馬して以来、ひとりで馬に乗るのを諦めていたけど、やっぱり馬に乗るのは楽しい。自分で馬を操って、風を感じて走る格好良さに憧れてしまうね。
 でもこうして兄上とふたり乗りするのも楽しい。なんだか兄上との距離が近いからか、心がほのかに温まってドキドキしちゃう。
 ただ……兄上の黒馬がぼくらの重量に耐えられるのかが心配だった。
 幸せな時間はすぐに終わり、ぼくと兄上は屋敷の玄関までやってきた。並走してきたミケージャは馬から降りると、手綱たづな厩舎きゅうしゃの職員に預ける。
 兄上の黒馬は、ぼくのようなぽっちゃりが乗ってもおとなしくしていた。

「重かったでしょう? お疲れ様。次もまた、乗せてくださいね」

 だから、ありがとうという気持ちをこめて馬の首をナデナデしてから、馬から降りる。厩務員に連れていかれる黒馬に手を振って見送った。
 そして学園に行くための馬車を目にして驚愕した。だって、とても立派なのだもの。
 大きさも横幅も普通サイズの二倍くらいある。色は黒でつやめいたコーティングもされていて、扉にはドラベチカ家の紋章がでかでかとついていた。あ、車のステップに金色で羽模様の装飾が施されている。結婚披露のパレードで見るような豪華仕様の王族の馬車だ。

「さぁ、サリュ。馬車に乗って」

 ミケージャが馬車の扉を開けてくれて、兄上がぼくに手を差し出す。
 これはエスコート? やんごとなき姫君のような扱いで、なんだか照れちゃうね。

「兄上、この馬車で学園の入学式に行くのですか? ちょっと、派手では?」
「いいから。遅刻してしまうよ」

 ニッコリと機嫌が良さそうな兄上を拒むことはできず、兄上の手に丸い手をプヨと乗せた。
 だけどね、十二歳のぼくはもう兄上の補助がなくても馬車を乗り降りできるんだからね。今まではお腹で足下が見えなくて怖かったけど、時間をかけて克服し、つい最近になって手摺てすりにしっかりとつかまれば乗り降りできるようになったんだ。
 でも兄上が補助してくれると、馬車に上がるときにふわっと引き上げてくれるから、空を飛ぶような感覚になって気持ちいい。だからたまにお姫様気分でエスコートを受けるけど、それ以外はちゃんとひとりでできるもん。
 そうして馬車に乗り、席に着いた。左隣に兄上が、そしてぼくらの対面にミケージャが座る。いつもの位置だ。
 ミケージャが扉を閉めてコンコンと御者ぎょしゃに合図を出すと、馬車はゆっくり動き出した。
 では気持ちを新たに、いざ、ロンディウヌス学園へ!
 馬車は内装もすっごく豪華だ。革張りの座面は座り心地が柔らかいし、壁や柱は飴色のつやのあるしっかりとした木材を使った頑丈な作りだからか揺れも少ない。
 大きな体格の兄上が座っても、天井も横幅もまだまだ余裕があるほど広くて……というか、兄上の脚ながーい!! そんな兄上がスルリと脚を組んで座ってちょうどいいので、ぼくには座面が高かった。足が床に届きません!!
 しかしこの馬車では、王族が乗っているというのがあからさまになってしまう。ぼくは王族だという意識が薄いから、ちょっと気後れしちゃうな。

「サリュ、こういうのは最初が肝心なのだ。先制パンチというやつだよ」
「先制パンチ、ですか?」

 意味がわからず、ポヤッと見上げて首を傾げると、麗しい顔で兄上が笑った。

「魔王の三男である私の婚約者が、私に大事にされてご登校、ということを知らしめるためだ。子供会に来ていた高位貴族の子弟は、サリュにちょっかいを出したらひどい目に遭うと認識しているだろう。だが学園には、子供会に来ていなかった低い身分の貴族の子弟や、優秀ではあるが王城のことをよく知らない市井しせいの子などもやってくる。そういう者でもこの馬車を見れば、サリュがどういう立場にあるかひと目でわかるだろう」
「……わかったら、どうなるのですか?」

 ピョと再び首を傾げると、兄上はにやりと悪い顔で笑った。

「サリュがあなどられることは少なくなる。まぁ、公爵家のマルチェロやファウストがおまえをそばで守ってくれるから、そう愚かな真似はできまいが」
「ファウストが? でも、ファウストはラーディン兄上のご学友ですよ?」

 ファウストもマルチェロもぼくのお友達だけど、一学年上のファウストは、ラーディン兄上のご学友でもあった。

「ラーディンの学友だが、サリュの騎士だろう。本人もそう言っていた」
「確かにしき者の手からお守りいたしますと言われてはいますがぁ……というか、兄上はいつの間にファウストとお話ししたのですか?」

 それは初耳だった。ファウストが学園に入ってしまったから、ぼくはここ一年ばかり会っていないというのに。ぼくのお友達なのに、兄上、ズルいぃ!

「ファウストとも、バッキャス公爵とも話したよ。学園に入学したサリュをくれぐれもよろしくとお願いしたら、快く引き受けてくれた」

 ファウストの生家であるバッキャス家は騎士を率いる一門で、王族の守護が絶対という信念を持つ家だから、次期魔王の兄上にそう言われたら引き受けるしかないと思う。
 でもバッキャス家はファウストを、ラーディンのそばにいさせたかったはず。
 魔王の三男ではあるが、義理の息子で血脈なしツノなし魔力なしで旨味なしのぼくなんかより、正統な血脈の第二王子であるラーディンと仲良くなったほうがはくがつくのだ。
 それに、レオンハルト兄上を守るお役目を目指すラーディンとバッキャス家は、利害が一致している。学園で仲良くなった息子とラーディンが将来魔王となるレオンハルト兄上を守る。そのような未来図を、バッキャス公爵は予想していたのではないかな?

「ぼくを守るお役目だなんて、ファウストやバッキャス公爵はがっかりしたでしょうね」
「それは、自分の目で確かめなさい」

 自信なくそう言うぼくに、上機嫌な兄上は上機嫌なまま答えた。
 そんな話をしていたら、ロンディウヌス学園の校門が見えてきた。
 手前に馬車専用のロータリーみたいなものがあり、高位貴族の馬車が渋滞を起こしている。今日は入学式だから新入生のご両親もいっぱい来ているみたい。
 でもぼくらの馬車はそこに並ばず、校門をくぐり学園の敷地に入ってしまった。

「あ、兄上、ここは馬車が通ってもいいのですか?」
「あぁ、今日は特別だ。私はサリュの父兄として出席するが、ドラベチカの後継が通学路を歩いたら騒ぎになるだろう。だから、講堂の入り口に馬車をつけるように事前に連絡があったんだ」

 すごーい、学園長にそんなことを言われるなんて。さすが、兄上!
 ぼくが驚嘆している間にも馬車は学園の敷地を進み、校舎前を通り過ぎ、奥のほうにある講堂へ向かう。到着した先では、ラーディンやマルチェロ、そして大人の人がいっぱい、レオンハルト兄上とぼくを出迎えてくれた。
 それだけではなく来年入学するはずのシュナイツとマリーベルもいて、その後ろには多くの見知らぬ生徒たちがすずなりになって興味津々でこちらを見ていた。
 まずはミケージャが馬車から出て扉を支えると、兄上が黒い馬車から出る。すると、おおぉぉと感嘆の声が上がった。
 でも兄上が生徒たちを睥睨へいげいすると、打って変わって辺りはシンと静まり返った。
 すごーい、これが魔力の多さや威厳で人を制するという、アレなのですね?
 六歳のお披露目パーティーのときに、父上である魔王のやんわりしたやつを見たけど、兄上のははじめて見た。
 兄上はどんな顔をしているのでしょう。でも兄上がぼくを振り返ったときには、もう柔らかい表情になっていた。
 えええぇぇ!? ぼくも兄上の睥睨へいげいする顔、見たーい!
 きっとキリッとギンとしていて、眼光の鋭さに胸をギュンと貫かれるのでしょうねっ!
 まぁでもとりあえず、ぼくも馬車を降ります。
 差し出してくれた兄上の手にプヨと手を重ね、ふわぁぁと浮くように飛び、シュタッと着地する。うーん、兄上のエスコートはいつも最高に着地がしっくりきます。気持ちいいぃぃ!
 そうしてぼくは、ロンディウヌス学園での学生生活の第一歩を踏み出したのだった。
 なにやら遠くのほうから、丸い、丸い、とかすかに聞こえてくるけど……でもいいのだ。今日は入学式という晴れの日だからね。ちょっと失礼だけど怒りませんよ、ふふふ。

「レオンハルト様、この度はサリエル様のご入学、おめでとうございます」

 心の内でそんなことを思っていると、ぼくと兄上の前に大人の人が出てきて頭を下げた。どうやらロンディウヌス学園の学園長みたい。こめかみの辺りから上に伸びる青みがかったツノ、そしてやんわり笑顔のおじさんは頭を上げて、兄上に話しかけた。

「レオンハルト様がお育てになったサリエル様は、わが校の試験でとても優秀な成績をおさめられました。教師一同、感嘆しております。レオンハルト様もわが校においでいただけたら、神童と呼ばれたことでしょう」

 学園長が立て板に水のごとく、兄上に祝辞を述べていく。
 入学の前に学力を見定めるための試験があって、そのことを話しているみたい。
 というか、ぼくを介して兄上を褒める技が秀逸です。学園長、すごーい。

「学園長、祝いの言葉をありがたく受け入れよう。私の婚約者であるサリエルが楽しい生活を送れるよう、見守ってもらいたい。大事な子なので、くれぐれもよろしく頼む」

 兄上がぼくの肩に腕を回して学園長に言うと、やはり生徒たちがざわざわしはじめた。
 ぼくが兄上の婚約者だというのは、知る人ぞ知ること。はじめて聞く人も多いだろうから仕方がないけど……あの丸いのが、丸いのが……というのは失礼ですよ! ふふふふ。
 そうしたらプフッと誰かが噴き出すのが聞こえた。魔王の次男で、ぼくの一歳上の兄上……いや、失礼な兄上こと、ラーディンだっ!!

「おまっ……白い制服はヤバいと思っていたが、やっぱり、白くてまぁるい、ニワト――」
「ラーディン。兄として先輩として、おまえにサリエルを任せても良いのか?」

 兄上は笑顔ながら、こめかみに怒りのマークを浮かべている。しかし、時すでに遅しだ。
 生徒たちはもう、ニワトリ、ニワトリ、丸いニワトリ……とこそこそと言いはじめてしまった。
 もうっ! ラーディンのせいで陰でニワトリと呼ばれるのが確定しちゃったよ。ムキィィッ!!

「はい、兄上。お任せください。サリエルのことは俺がしっかり守ります」

 嘘つけぇい、と心の中でツッコむ。
 ……うーむ。ラーディンにはどうしても言葉づかいが荒くなってしまうな。いけない、いけない。いつもののほほんを取り戻さなければ。

「おまえの言葉や態度でサリエルの居心地が悪くなるようなことがあったら、許さないからな」

 ラーディンは兄上に威圧され、身を縮こまらせた。反省してください。

「サリエル様、お久しぶりです」

 ラーディンのそばにいたファウストが前に出てきて、ぼくの前で地面に膝をついた。
 ファウストは大きいから、膝をついた状態のほうがぼくと目がしっかり合う。いや、黒くて重たい前髪が目を隠していて、厳密には目は合っていないけど。
 というか、制服が黒色です。みなさん白い制服なのに、ファウストはデザインは同じだけどぼくらとは色違いの制服だった。特注なの? 制服の下に着るシャツも黒いスタンドカラーで、髪色とマッチしてシュッとして見えるね。あ、ファウストの備考欄には『冷虐れいぎゃくの黒騎士』って書いてあるから、きっとファウストは黒が好きなんだな? うむ。
 彼は十三歳だけど、もう兄上と同じくらいの高身長なんだ。体が出来上がっている感じ、格好良いよね。ぼくなんかまだまだ成長途中で……いえ、成長はまだ止まってませんからっ。

「おはよう、ファウスト。一年ぶりだね。また、お友達としてよろしくね」
「あぁ、サリエル様。ずいぶんと大きくなりましたねぇ。もうすぐ私の身長は抜かされそうです」
「大きくなったの、わかる? でもファウストを抜かすのは無理ですよぉ」

 あははと笑い合うと、ラーディンは驚いたようにぼくらをみつめた。

「ファウストが笑った。この一年、無愛想な顔で俺の後ろに突っ立っていただけのファウストが! 必要最低限の言葉しかしゃべらなかった、あのファウストがっ!? サリエルと談笑??」
「ファウストはラーディン兄上のようにがさつじゃないのです。寡黙で思慮深いのですぅ」

 ぼくの言葉に、ラーディンはケッと吐き捨てる。しかしファウストはさらりと彼を無視してぼくをみつめた。

「私はラーディン様のご学友ですが、この度レオンハルト様の命を受け、サリエル様の護衛に任じられました。学年が違うので始終おそばにいられるわけではありませんが、できうる限り守護させていただきます」
「話は聞いています。あの、本当に無理のないようにね。それにぼくたちはお友達なのだから、固くならず、気安く接してください。リラーックス」
「もったいないお言葉です、サリエル様」

 ファウストはぼくの手を取り、キスするフリだけして離す。そして立ち上がると、ラーディンの後ろではなく、ぼくの後ろに立った。
 なんだか本当に騎士に守られているみたい。大事にされる感じがくすぐったいね。

「マリーベルたちがいないから、一年はサリーをひとり占めできると思ったのに、ファウストがいたか……」

 マルチェロがぼくの耳元でこっそり言う。一番はじめにぼくのお友達になったマルチェロは、親しみをこめてぼくをサリーと呼ぶ。けれど兄上には許されていないから、こっそりなのだ。

「っていうか、今年の総代は私らしいのだけど、なんでサリーじゃないのかな?」

 ちょっとオコな雰囲気もあるけど、それはさぁ、わかるでしょう。

「新入生のみなさんが、こんなぽっちゃりを見たいと思いますぅ? みなさん、白馬に乗った麗しの王子様を見たいのですよ。世間というのはそういうものです」
「私は白馬なんか持っていないし、王子でもないけど。むしろ王子はサリーでしょ」
「似たようなものです。いえ、ビジュアルでは圧倒的にマルチェロが王子です!」
「えぇぇ、面倒くさぁ……」
「ぼくは入試問題を一問、解きませんでした。マルチェロが総代なのは全問正解したゆえの実力ですから、素晴らしいことです」

 ぼくがうなずくと、マルチェロは仕方がないなぁと言って、笑った。

「パンちゃん、入学、おめでとう」

 マルチェロが下がると、今度はマリーベルがお祝いしてくれた。
 マリーベルはマルチェロの妹で、ミルクティー色の長い髪が印象的な令嬢だ。いつも華やかな笑みを浮かべている……のに、なんで泣いてるの?

「パンちゃんが一年、子供会に来ないなんてぇ……」
「泣くなよぉ、マリーベル。私も泣きたくなるじゃないかぁ」

 マリーベルの隣で、シュナイツも目をウルウルさせている。
 シュナイツは魔王の四男で、マリーベルの婚約者だ。つまりぼくの弟なのだが、なんでかぼくをお嫁さんにしたいと言って、ぼくと兄上の婚約破棄を虎視眈々こしたんたんと狙っていた。
 つか、この場にいるぼくの知り合いはみなさん婚約破棄虎視眈々こしたんたんぜいである。

「シュナイツはその気になればぼくに会いに来られるでしょう? お隣なのだから」

 距離は遠いけど、実質、兄上の屋敷の隣はシュナイツの屋敷だ。

「私が勝手にサリエル兄上にお会いして、それがマリーベルにバレたら、面倒くさいくらいに怒られるので」
「当たり前でしょう。抜け駆けは禁止だわ!」

 マリーベルがそう言い放ったとき、兄上が口を開いた。

「おぉ、いい感じに婚約破棄虎視眈々こしたんたんぜいが集まっているな。では今ここで宣言しておく。サリエルのお友達諸君、私がサリエルと婚約破棄することはない。ゆえに、サリエルのことは早々に諦めてもらいたい!」
「兄上、それは承服しかねます」

 高らかな兄上の宣言に、一番に待ったをかけたのはラーディンだった。

「サリエルが兄上との婚約を望まなくなるかもしれません」
「ほぅ、ラーディン。この私に言うようになったではないか」

 兄上は、魔王と対峙たいじしたときより抑えてはいるが、ラーディンとバチバチににらみ合う。

「ストーーップ、兄弟喧嘩はいけませぇーーん」

 ぼくは短い腕を伸ばしてふたりを制した。兄上と魔王のときはこれでおさめられたのだ。

「そうだね。次期魔王様のお言葉でも、サリエルを諦めるのは時期尚早かな」

 しかしマルチェロが火に油を注ぎ、マリーベルたちも口々に「諦めなーい!」と言いはじめた。兄上は額のツノを赤くして、ぶすくれてしまう。
 ぼくは兄上の腰にプヨッと抱きついて、こっそり言った。

「兄上ぇ、婚約破棄虎視眈々こしたんたんぜい、恐ろしいでしょう?」
「あぁ、私の言葉を公然と無視するとは、婚約破棄虎視眈々こしたんたん……は長いから、こいつらはもうコシタンで良いな。コシタンめ、一筋縄ではいかないな!」

 ぼくと兄上の不愉快な気分が空気を重くする中、入学式の時間が迫ってきたことに気づいた学園長が口を挟んだことで、とりあえずこの場は散会になった。
 まだ入学式ははじまっていないというのに、なんだかドッと疲れました。
 いろいろあったけど、入学式のため生徒たちは学園の講堂へ赴いた。
 インナーは講堂を映画館みたいだと言った。一段高いところに舞台があって、固定された椅子が並んでいる構造だが、インナーの世界にも似たようなものがあるんだなぁ。
 新入生は前方に座り、後方は家族と在校生の席だ。

「今年はレオが参列しているから、ひと目見たい者たちが大勢集まっているね。昨年もラーディンが入学したから出席者は多かったけれど、ここまでではなかったって聞いているよ」

 隣でマルチェロが解説してくれて、ぼくは顔を上げた。講堂の二階には高位貴族専用の貴賓席があり、そこに兄上がいるのだ。
 貴賓席にはレオンハルト兄上、ラーディン、シュナイツ、さらに三大公爵家であるマルチェロのご家族がいて、こちらを見守っていた。

『あ、これ映画館なんて庶民のやつじゃなくて、オペラ座の最上級観覧席だ。ゴージャスぅ!』

 貴賓室内はえんじ色の分厚いカーテンで飾られていて、柱や手摺てすりのしつらえに緻密ちみつな彫刻が施されている。本当に豪華だね。
 ぼくが見上げているのにマリーベルが気づいて、手を振ってきた。だからぼくも胸の前で小さく手を振る。えへへ、入学式ってなんだかドキドキそわそわだけど、家族に見守られていて、恥ずかしいというか照れくさいというか、そんな気分になるね。
 そして、ようやく入学式がはじまった。
 学園長の言葉や在校生の祝いの言葉をいただき、そのあと総代であるマルチェロが舞台に上がる。マルチェロが学園生活の抱負などを流麗に述べると、令嬢たちがキャーと反応した。
 ね、やっぱり試験問題を一問解かないで正解だったでしょ。令嬢はいつの時代も、ぽっちゃり丸鶏ではなく、白馬に乗った王子様を御所望なのである。
 そうして、入学式は無事に終わった。
 その日の新入生は家族と帰宅してよいとのことで、ぼくは兄上と一緒に、あの豪華な馬車に乗って屋敷に帰ったのだった。


      ★★★★★


 一夜明けて、今日から本格的に学園生活がはじまる。
 もう兄上と一緒に登校できないし、ミケージャもエリンもいないから、完全にひとりになるのだけど、うぅぅ、ちょっと心細いな……。でもこれが大人になるということなのだと、ぼくはまぁるい拳を握った。
 意気揚々と玄関を出ると、車寄せにきらびやかな馬車が止まっていた。扉についているエンブレムはバッキャス公爵家の紋だ。

「おはようございます、サリエル様」

 馬車から黒い制服を着たファウストが颯爽さっそうと降りてくる。ぼくがあんぐりと口を開けてファウストをみつめていると、後方から兄上がやってきた。

「学園内では大人の護衛をつけられないから、バッキャスにサリュの送り迎えを頼んだのだ。授業中はマルチェロが、登下校時はファウストがサリュの警護をするから、サリュは必ずふたりのうちのどちらかを伴うようにしなさい」
「……わかりました」

 王族が学校に通うのって大変なんだなぁ、と他人事のように思ってしまう。ぼくはイマイチ王族という意識が薄いのだけど、とりあえずうなずいておいた。

「サリエル様、うちの御者ぎょしゃの顔をよく覚えておいてください。彼以外の馬車には決して乗らないようにお願いします」

 ファウストが説明すると、御者ぎょしゃが降りてきてぼくの前で一礼する。
 え、これは誘拐対策? いやいや、ぼくなんかを誘拐しても、なんにも出ないよ。ぼくが、魔王との血脈なしツノなし魔力なしの落ちこぼれ三男だってことは、魔国の国民ならみなさんご存じだもの。でもこうして万全の対策をしてくれることは、とてもありがたいことだね。ちゃんと言われた通りにしよう。
 そうしてぼくは、ファウストの馬車に乗りこんだ。
 兄上がぼくを見送ってくれるので、窓から手を振ってそれに応える。
 いつもはぼくが兄上をお見送りしていたから変な気分だ。それに、馬車が動いて兄上の姿がだんだん遠ざかっていくのを見ていると、なにやら悲しくなってしまう。くすん。
 馬車は家の敷地を出て、軽やかに進みはじめた。
 そういえば、とふと思い出して、隣に座るファウストを見上げる。

「ファウスト、送り迎えは兄上が無理を言ったのではないですか? だとしたら――」
「まったく問題ございません。というか、最初はマルチェロがこの役目になりそうだったのですが、私がマルチェロは教室でずっとサリエル様の御側にいられるのだからズルいと申し上げて、この御役目を勝ち取ったのでございますっ!!」

 長い前髪で表情が見えないけど、被せ気味かつ拳を握って力説したので、嫌々いやいや従っているわけではなさそうだ。

「ならいいのだけど。ぼくを守る御役目だなんて、バッキャス公爵やファウストはがっかりしませんでしたか? もしそうなら、兄上に相談しますけど……」
「がっかりなど、するわけがありません。学生のうちから光栄な御役目を賜り、バッキャス家一同喜んでおります。サリエル様に求婚してしまった私をレオンハルト様は寛大なことに許してくださり、さらにはサリエル様を御側で守護するよう命じてくださった。私は感無量でございます。レオンハルト様のお心に報いるため、命を賭してサリエル様をお守り申し上げます」
「固いよ、固いよ、ファウストぉ!! 一年会わなかったら、こんなにカッチカチになっちゃってぇ。ぼくたちはお友達でしょ? もっと気安くね」

 ファウストは前髪から真剣な目をのぞかせて言いつのった。兄上は、ファウストがどう思っているかは自分で確かめなさいと言っていたけど、ファウストは全然がっかりなんかしていないみたい。きっと兄上は、無用な心配だってわかっていたんだね。
 ぼくはホッとした。喜んでもらえたのなら、ぼくも嬉しい。

「あと、命は賭けなくていいからね。ゆるふわっと守ってくださいませ。でも気持ちは嬉しいよ、ありがとう、ファウスト」

 ぼくがそう言うと、うなずきはしなかったが、ファウストはそっと微笑んでくれた。
 警護は仕事だ。ファウストは真面目な性格だから、任されたことをおろそかにできないのだろう。だからぼくの言葉にうなずくことはできなかったのかも。
 でもね、ファウストとはお友達だから、普段はお友達としてそばにいてくれて、いざというときだけゆるふわっと守ってくれたら、それでいいんだ。へへ、お友達とか言うの、なんか照れるね。
 魔王城は王都の一番高いところに建っている。馬車はそこから王都の街に降りて、ロンディウヌス学園への道を進む。高台に建っている学園へ通じる道は一本しかないから、学園に用のある者しかその道を使えないことになっている。
 ちなみに学園の敷地の裏手には、魔獣の住む森が広がっている。でも、そんなに危なくはないらしい。学園には魔獣を狩る授業があるんだけど、その対策のために危ない魔獣は狩りつくされているって、マルチェロが言っていた。
 とにかく、裏手側からは誰も入れないから、一本道だというわけ。
 王都から高台にある学園への道を上っていくと、ロンディウヌス学園の校門が見えてくる。
 昨日は講堂の前に馬車をつけたが、今日はちゃんとロータリーに並んで降車の順番を待つ。降車所に着いてファウストと一緒に馬車を降りると、すでにマルチェロが待っていた。

「おはよう、サリー。今日から毎日サリーの顔を見られると思うと、嬉しくてならないよ。泣き濡れた妹の顔を見たから、さらに気分爽快だ」
「お兄ちゃんなんだから、妹に優しくしてあげてください」

 彼の言葉で、マリーベルはまだグズッているのだとわかる。昨日も、飛び級で入学するって騒いで大変だった。
 そうして、右にマルチェロ、左少し後ろにファウストが並ぶという新たな布陣で、ぼくらは教室に向かった。
 姿勢の良い高身長で、黒々とした長い髪、とても凛々りりしい顔貌がんぼうである、騎士っぽいファウスト。
 小顔の八頭身で上品なたたずまい、キラキラ金髪で緑の瞳の王子様っぽいマルチェロ。
 そんな彼らに挟まれた、白くて丸くて赤いトサカの、ニワトリっぽいぼく。
 やっぱり目立っちゃうのだろう。令嬢がひそひそ、貴族の子弟がコソコソ、ぼくらを見ながらなにかを言っている。

「一日目だから仕方がないけど、ウザいねぇ」

 爽やかな笑顔で、マルチェロが毒を吐いた。

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