魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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幕間 サリエルの成長日記(三歳) レオ著

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     ◆サリエルの成長日記(三歳) レオ著

 四月九日。サリエルが、スズメガズスにさらわれそうになった。
 庭で遊んでいるときにスズメガズスが飛来し。
 無邪気に『ちゅんちゅん』と言いながら寄って行ったサリエルを、何食わぬ顔で布袋に入れようとするから。

 私とミケージャは慌ててスズメガズスを追い払った。
 しかし。『おまえらは、この子の価値をわかっておらぬ。大事に育てるから、私に寄越せぇぇ』
 などと、スズメガズスが知ったふうな口を利くから。

「馬鹿者、私がサリュのことを一番わかっているに決まっている。タワケがっ!」
 と、牙も魔力もグワッと出して本気で怒ったら、スズメガズスはケッと舌打ちして去って行った。
 礼儀のなっていない魔獣めが。今度会ったら焼き鳥にしてやろう。

「レ、レオ、レオォ…」
 でも、さらわれそうになったことを知ったのか、滅多に泣くことのないサリエルが半泣きで私に抱きついてきて。
 ……可愛かったから、まぁ許してやろう。サリエルはやらんがなっ。

 しかしながら、スズメガズスという魔獣はかなり珍しいものだ。特に、魔国では。
 布袋を持って飛んでいるのが特徴。そして、赤ん坊をさらうのも特徴なのだが。

 スズメガズスは、人族の赤ん坊を好んでさらう。

 純粋無垢な魂が好きなのだ。
 しかし、魔族はあまり清廉な魂ではない。
 赤ん坊でも、両親の小賢しさを目にしていれば、すぐに小賢しい魂に堕ちて汚れる。
 なので、純粋無垢な魂を求めて浮遊するスズメガズスはあまり魔国に飛んでは来ないのだ。

 でもサリエルは、もう三歳だというのにスズメガズスのお眼鏡にかなってしまった。
 それは、威圧も恐喝もズルいことも笑顔で行える、清廉潔白とは言い難い私がサリュを育てていても。
 サリエルは私の悪い部分を吸収することなく、真っ白な魂のまま育っているという証だった。

 すばらしいぞ、サリエル。さすが私の可愛い弟よ。
 というか、スズメガズスが物心ついた魔族の子を迎えに来るなど今までにないことだ。

 サリエルは本当に魔族の子なのだろうか?

 サリエルはサキュバスのエレオノラが生んだのだから、少なくても下級悪魔であるはずなのだが。
 この純粋無垢なサリエルが、人族を惑わして淫夢を見せるインキュバスになる?
 それも、想像がつかないというか。
 今、現時点で、違うような気がする。

 サリエルは私の可愛い弟。それ以外の何者でもない。
 たとえ魔族でなかろうと、私はサリエルを大事に育てる。その気持ちは変わらないのだが…。

 だけど。サリエルはいったい何者なのだろうか?

 それにしてもサリエルが純粋なのは承知してはいたが。
 もしも。もしも、サリエルが初めて私の庭に現れた日。
 私より先にスズメガズスに出会っていたら…と思うと。ゾッとする。

 スズメガズスは赤ん坊をさらっても、魂が汚れてしまえば関心を失って、さらった家に大体は戻してくれる。
 案外、良心的ではあるのだが。飽き性でもあるのだ。
 人族の赤ん坊でも、一歳になる前には返してくれるらしいので。

 しかしサリエルは、三歳になってもスズメガズスが現れるほどなのだ。
 もしも私に会うより先に、スズメガズスがサリュをさらっていっていたら?
 無防備に、ひとりで、ポツンと、庭の真ん中で一歳児がウゴウゴしていたのだ。ありえない話では全くない。

 そうしたら、サリエルは誰にも…私にもみつかることなく、スズメガズスに今も育てられていたのかもしれない。
 怖っわ…無理だ。無理、無理。
 私のサリエルが私以外の者に育てられたかもしれないなどと考えたくもないのに、魔獣が? はぁ?
 怖っわ…。
 スズメガズスより先に、サリエルと出会えた幸運を。私は神に感謝した。本気で。

     ★★★★★

 私の弟であるラーディンは、今は四歳である。
 ようやく私も己の魔力をおさえることができるようになり、ラーディンも私の魔力に反応しなくなったということで。
 年の近いラーディンとサリエルを引き合わせる機会を設けることができた。

 ふたりが来る前に、私は屋敷のサロンでサリエルに軽く説明をしておく。
 まだ三歳ではあるがサリエルは聡明なので、事前に話をしておけば如才なく振舞ってくれるのだ。
 挨拶や礼儀にうるさい母上に会うとしても、心配はない。

「今日はこれから、マーシャ母上と、私の弟のラーディンがこの屋敷にやってくる。サリエルにとっても兄上だから、ラーディン兄上とお呼びしろ。できるか?」
「はい。レオ、母上たちが来たら、マーシャ母上、ら、ラーディン兄上、こんにちは。と言います」
 完璧である。なんて、できた弟なのだ、サリエルよっ。

 そして間もなく。マーシャ母上がラーディンを連れてサロンに入ってきた。
 ソファから立ち上がりサリエルをうながすと、サリエルは頭を下げて挨拶した。

「マーシャ母上、ラーディン兄上、こんにちは。サリエル、三歳です。いらっしゃいませ」
「あらあら、上手にご挨拶できたわね、サリエル」
 マーシャ母上は、きちんと挨拶ができる子が大好きである。私は、鼻高々だった。

「ラーディン・ドラベチカ、四歳だ。つか、丸っ」
 ラーディンはサリエルを丸いと言って、母に頭をはたかれていた。
 というか、ラーディンはしばらく会わないうちにだいぶ高飛車な性格になっているな。
 私はラーディンの泣き顔しか見たことがなかったから、強気な弟というものに初めて出会い、ちょっと驚いた。

「よ、よろしく」
 母上に怒られて、ラーディンは握手を求める。
 サリエルは笑顔でそれに応じるが。
「ぷよぷよぉ、母上、モチモチしていますよっ? つか、魔力、なくね?」

 そう言って、また母上に頭をはたかれた。
 思っていることを口に出す、素直な性格のようだった。
 悪気はなさそうだが。
 なんで、こうなった?
 母上。私と同じ教育を、していないのですか?

 この屋敷には、サリエルに好意を持つ者しかいない。
 たまに外でエレオノラに遭遇して、暴言を浴びせられはするが。
 屋敷の者以外の、自分の年に近い者と初めて会って。
 ラーディンは特に傍若無人みたいだから。
 サリエルも戸惑いを隠せないようだ。
 眉間にしわを寄せる、困り顔をしている。
 いつも笑っているサリエルにしては、珍しい表情であった。

 サリュとラーディンの初対面は、そんな感じだった。

     ★★★★★

 ラーディンは魔力耐性ができてきたとはいえ、子供が不用意に垂れ流す強めの魔力に酔う気質があった。
 しかしサリュは魔力がないので、ラーディンにとっては居心地がいいらしい。
 それでたびたび、わが屋敷に遊びに来るようになった。

 ラーディンはお兄さん風を吹かせて、サリエルをあちこち連れ回し、屋敷の中を探検したりしていた。
 まぁ、微笑ましい光景なのだが。
 弟が、サリュを弱い者いじめしないか、それだけが心配だった。
 ラーディンは、私のことは兄として尊敬しているようで、私の前ではとても礼儀正しいのだが。
 私をサリュに取られた、みたいな複雑感情もあるかもしれないから。
 サリュに当たらなければいいのだがと、思っていた。

 仲良く遊んでいたらしい、その日。
 ラーディンが帰宅して、サリュと私が夕食をとっているときに。
 サリュがおずおずと言った。

「…レオンハルト兄上」

 私は返事も忘れ、口を開けてサリエルを凝視した。
 大ショック、だった。

「ど、どうしたのだ? サリュ。今まで通り、レオと呼んでいいのだぞ?」
「でも、まわりの人に、しめしがつかないとラーディン兄上が申しておりました。母上様が、そう言ったって。は、母上様は、礼儀にきびしいおかたです。母上様が言うことは、したがっていたほうが、いずれレオンハルト兄上のためになります。ぼくはそう思います。だからぼくは、今日からレオを…レオンハルト兄上とお呼びします」
「あぁ、そうか…うん」

 私はショックが大きすぎて、空返事しかできなかった。
 サリエルの言うことはもっともで、正論である。
 今はまだ屋敷の中だけで生活をしているが、魔王城に出向いたときなど、体面的には兄上呼びをするべきではある、のだが。

 でも。まだ、三歳だし。

 魔王城に行くのは、もう少し先の話だし。
 サリエルには、私のことはレオといつまでも親しげに呼んでほしかったのだがなぁ…と思うのだった。

 夕食後、エリンに詳しいことを聞くと。
「お部屋で遊んでいたときに、サリエル様はラーディン様に『サリエル、ナマイキだぞ? レオンハルト兄上は、おまえにとっても兄上なのだから。ちゃんとレオンハルト兄上とお呼びしなければダメじゃないか』と言われまして」

 やはりそういうことだったか、と私はこめかみを指でおさえる。

「サリエル様は『レオ…ダメ? サリュはレオって、ずっと呼んでた』と可愛らしくお聞きになりましたが、ラーディン様は『ダメに決まっている。レオンハルト兄上は魔王の後継者なんだ。まわりの者に、し、しめしが、つかないって母上が言っていた』と、ドヤ顔で申されまして。さらに『自分のことをサリュと呼ぶのも、ダメだ。魔王の息子なら、私とかぼくとか、きれいなことばをつかわないと』と注意し。サリエル様は『ぼく、レオ、レオンハルト兄上とお呼びします』と。納得されたご様子で申しておりました」

 魔王の息子であるラーディンのセリフの再現度が高かったり。
 ドヤ顔と言ったり。
 エリンも大概だと思いつつ。

「……出禁にする?」
 冗談だが、つぶやくと。エリンがすまし顔で言った。

「恐れながら、ラーディン様も、レオンハルト様の弟君でございます。兄弟間での贔屓ひいきは後々の火種になり得ましょう。レオンハルト様は、ここをうまく立ち回らなければなりません。さらにサリエル様にとっても、年齢の近いお方との接触は有益でございます。人間関係の構築をするのに、ラーディン様との関りはとても勉強になることでしょう。ラーディン様は横柄な態度ながら、サリエル様を弟君と認め、力の弱い者を守るお心を育てられているようにも見えます。もう少し、ご様子を見られた方がよろしいかと」

 大きなため息をついて、私は椅子の背にもたれた。
 サリエルの一番近いところにいるエリンの言葉には説得力があるな。

「レオンハルト様。サリエル様の独り占めは、いけませんよ?」
 そして、そばにいたミケージャにも、そう言われた。

 まぁ、ミケージャの言葉が一番的を射ている。
 私は手中の球であるサリエルを、究極、誰にも見せたくないのかもしれない。
 私の屋敷の中で、私だけに笑顔を向けていればいい。
 できれば、誰にも会わせたくないし。
 サリエルの良さを知る者も、私だけでいい……などと思ってしまう。

 けれど、それはサリエルのためにはならない。
 サリエルが健やかに成長するのには、適度に人との関りを持ち、適度に社会になじんで、適応できるようにならなければならない。
 サリエルは、いつまでも子供のままではないのだから。

 私をレオ、自分をサリュ、と呼んでいたサリエルが。
 私をレオンハルト兄上、自分をぼくと呼ぶのは、成長の証なのだ。
 ちゃんと喜ぶべきこと、なのだけどなぁ。
 そう、表面的にはわかっているのだが。
 心の奥底では、どんどん成長してしまうサリエルをさみしいと思ってしまう。

 まだまだ私の腕の中で、可愛い赤ちゃんのサリエルでいてほしいと、思ってしまうのだ。

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