魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 マルチェロのたくらみ ①

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     ◆番外 マルチェロのたくらみ

 今日は、午後、サリエルの屋敷に遊びに行く。
 貴族が他家を訪問するときは、事前に知らせを出すのが一般的だ。
 例にもれず先ぶれを出していたから、馬車がレオンハルトの屋敷の敷地内に入っていくと、玄関前でサリエルが出迎える姿が車窓から見えた。あの丸いフォルムは遠目からでもよくわかる。
 私はまだ、馬車の中だよ。なのに一生懸命手を振っていて、ふふ、可愛いなぁ。

 初めて彼と会ったときは、正直言って全然期待していなかったのだ。
 いろいろ、なにもかもを。
 だけど、今は完全にはまってしまったな。
 だって、面白いんだもん。サリエルの周りで起こる騒動が、目を見張るものばかりだからさ。

     ★★★★★

 私は三大公爵家の嫡男に生まれて、魔力もそれはそれは潤沢だったものだから、物心ついた頃から会う人すべてにちやほやされて育ったのだ。
 柔らかい色合いの金髪は、女の子に大人気。ちょっと笑いかければ、キャーと歓声があがる。
 嫉妬して、たてついてくる男子には、ちょっと魔力を放出すればビビッて寄ってこなくなるし。

 世の中、簡単、ちょろい、ぬるい。

 けれど、そのうち気づいたのだ。
 誰も、本当の自分を見ていないことに。
 女の子は、見てくれに。男の子は、魔力量に。大人は、三大公爵子息という肩書に、目を奪われて。

 マルチェロという私個人を注目してくれる者はいなかったのだ。

 しかし、世の中はまぁそんなものかと思っていたよ。
 あきらめ、というか。
 誰でも、なにかをするのにメリットを求めるだろう?
 私もそうだ。旨味がなければ、付き合ったり、友達になる意味ないじゃん、とか思っちゃう。
 だから、私に寄って来る者が私に旨味を求めても仕方がない…って感じかなぁ。
 嫌な感じではあるけれど。
 そういうものだと割り切るしかない。そう思っていたんだ。

 そんな人生あきらめモードの私は、ラーディン六歳のお披露目パーティーの席で、従兄弟のレオンハルトの存在を知った。
 当時彼は十歳、私は五歳である。

 レオンハルトは魔王の長男で、次代の魔王と目されていた。
 まだ学園に入学する年齢にもなっていないのに、すでに魔王城に出仕していた。
 中枢で働く頭脳明晰さ、人々を掌握するカリスマ性、なにもかもが誰よりも一歩抜きんでていて。
 ほんと、すごい。素直に感嘆した。
 そして、こういう生き方もあるのだなと思ったのだ。
 実にならぬ友達ごっこをするよりも。
 早いうちから働いてしまえば、無駄な時間を費やさなくてもいい。
 私は学業面や狡賢ずるがしこさに自信があって、家庭教師が、学園の高学年ほどの実力がありますと認めるほどの知識量があった。
 だから、レオンハルトと同じことができると思ったのだ。

 もしも依頼されたなら、レオンハルトの邪魔者を排除する行動も起こせるぞ。
 隠密行動も身についているし、すでに何人か手にかけているので、裏の仕事もいとわない。
 レオンハルトは、今は大人たちに交じって仕事をしている。
 しかし、彼の時代になったとき、近しい年齢の優秀な者がそばにつくことは悪いことではないだろう。

 ということで、私はさっそくレオンハルトに己を売り込みに行ったのだ。

 私は、自信満々だった。
 容姿の美麗さはもとより、頭脳も秀でて、暗殺も手掛ける、なんでもできる重宝な人物なのだ。
 レオンハルトのお眼鏡にかなわないわけはない。

 しかしレオンハルトはそれほどの大人物だから、従兄弟とはいえ、おいそれと会えるような人物ではなく。彼と対面できたのは、私がこの案を思い立ってから四ヶ月ほど過ぎた頃のことだった。

「ルーフェン家のマルチェロ? あぁ、噂は聞いているよ? とても優秀なんだってね」
 満を持してレオンハルトと会えて、私はものすごく緊張したというのに。
 彼の第一声は、このような薄い反応だった。

 魔王城の上層階に、レオンハルトの執務室がある。
 そこは、本来は魔王が執務をする部屋であるのだが。
 魔王に代わって、すでにレオンハルトがその部屋の主という顔をしていた。
 その接客用のソファに座り、私はレオンハルトの言葉を固唾かたずをのんで聞いている。

「だが、君はまだ六歳だろう? 仕事を始めるのは早いのでは?」
 執務机で、書類から目を離さないままで彼は私にそう言った。
 カチンと来たね。
 ちゃんと私を見て、私を正当に評価してほしかった。

「レオンハルトも六歳で執務についたのだろう? 私だってできます」
 私はあえて、レオンハルトと、呼び捨てで言った。
 自分は彼には劣らない、という虚勢だ。
 それと、私は貴方の身内であるというアピールでもある。はったりは、時と場合によっては有効だ。

「うーん、そうだけど。君はせっかく、その年で魔力をコントロールできているのだから。近しい年ごろの子供たちと遊ぶのも有意義だと思うよ? 私はできなかったことだからね」
 
 ゆるいウェーブの、濃い藍色の髪を肩口まで伸ばすレオンハルトが、流し目で私を見やる。
 やっと目が合ったことに、不覚にもドキリとした。
 己の容姿がかすむほどの妖艶さが、彼にはあった。
 くそぉ、見た目は負けたな。

「友達と遊ぶ? そんなの時間の無駄ですよ。同年の子に、私の考えなど理解できない。レベルが違うのです。頭脳的にも、魔力的にも。それに、誰も私の本質など知ろうともしない。見るのは、私の容姿、魔力、家柄だけ。そして勝手におののいている。そんな人間が何人そばにいようとも、なんの実にもなりません」

 本当に時間の無駄だった。
 まだ妹と話す方が、実益がある。
 子供のお守りはもうごめんだ。
 くだらない遊びで時間を無為に食いつぶすのなら、私の能力を駆使して国の中枢で働く方が断然有意義だと思う。

「というか、それは魔力量が多すぎておさえ込めなかったという自慢ですか?」
「いやいや、私だって魔力コントロールにはつい最近まで苦労していたんだよ。私だって、子供のうちは子供と遊びたかった。でも私に近づけたのは、大人か、サリエルだけで。そういう意識があったから、君にそう忠告しただけさ。急いで大人になることはない」
「サリエル…弟ですよね? 魔王の三男…」

 魔王の息子、とはいえ。サリエルは特別枠だ。
 魔王の血を継いでいない。
 運よく魔王の娘を懐妊した下級悪魔の連れ子だ。
 出自が特殊だったから、耳にはしていたが。
 下級悪魔の子なんか、私の脳裏に留め置く価値もなかった。

「そうなんだ。縁あって、私が育てていてね。そういえば、君とサリエルは同い年だな。サリエルはとても優秀な子でね、いずれ私の補佐として取り立てるつもりなんだ」
 レオンハルトは初めて柔らかい笑みを私に見せた。
 そこで、私は気をゆるめてしまったのだった。

「…はぁ? 下級悪魔の子を? というか、魔王城で仕事なんかできないのでは?」
 魔王城は、魔国の中心。
 いわば、魔力の大きい者たちが集う、強力な魔力が渦巻く城である。
 そのようなところに下級悪魔の子がいたら、秒でちりになるのでは? と思って。口に出してしまった。

 すると、レオンハルトはこめかみを引きつらせ。口だけは笑う形のままで、告げた。
「言っただろう? 子供の私に近づけたのは、大人とサリエルだけだと。サリエルに魔力の大小は関係ない。そして、とても優秀。おそらく君よりも、ね?」
 アメジスト色の目が、笑っていない。怖っわ。

 私はレオンハルトの地雷を踏んでしまったのだと悟った。失敗した。
 その場は辞して、態勢を整え直すことにする。
 まさか、私と同じ年の伏兵がいるとは思わなかった。

 しかもそれが、魔力なし、ツノなしと噂されている、落ちこぼれの魔王の三男だとは。

 だがサリエルは、レオンハルトが育てていると言っていた。
 もしかしたら親の欲目的なやつで、目が曇っているのかもしれない。
 それならば、彼は聡明な男だから、いつか自分の有用性がわかってもらえるだろう。そう期待した。

 右腕アピールは少し時間を置こうと思い、しばらく経った頃。
 魔王の子供の六歳お披露目パーティーが開催された。

 主役は、ひとり娘のディエンヌと、末のシュナイツ。
 しかし魔王の子供が一堂にそろうという、なかなかお目にかかれない珍しいパーティーとなった。
 招待されたのは、魔力耐性のある五歳から九歳くらいまでの子供と、その家族だ。
 私も、妹のマリーベルも対象だった。

 マリーベルは年齢の近い同性のディエンヌや、婚約者候補として名のあがっているラーディン、シュナイツといった王子たちに集中して接触していたが。

 私はレオンハルトと、その隣に当然のようにくっついているサリエルに目が釘付けだった。

 あれが、サリエルか。レオンハルトとおそろいのデザインの衣装だけど…同じには見えないね。
 つか、丸いね。うーん、丸い。
 自然と、平和な気持ちになるねぇ。
 あと、不細工かどうかも、わからないね。
 だって、丸くて、ぱっちり真ん丸だけど、鼻は見えなくて、口が三角。

 だけど隣にいるレオンハルトは、サリエルにすっごい甘い笑顔を向けているね。
 私には、微笑みすら浮かべなかったような気がしたが。
 あぁ、そういえばサリエルの話をしたときだけ笑っていたか。

 そのあと、怖ーい笑顔で胸をえぐられたけどね。

 遠目に見ているだけでは、サリエルが優秀なのかはわからない。
 しかし噂は、相変わらずツノなし魔力なしの落ちこぼれのままだ。

 どうなっているのだろうか。本当にレオンハルトの欲目なのか?
 判断がつかないままパーティーは進んでいった。

 だがしばらくして、ギョッとするような魔力が会場内に走り渡った。
 感覚で言うと、会場の真ん中に雷が落ちたような、背筋が凍る危機感が縦横無尽に走り抜けた感じだ。
 無論、本当に雷が落ちたわけではない。たとえの表現である。

 ともかくそれは、玉座に座る魔王から放たれたみたいなのだが。
 魔王の膝にサリエルが乗っているのを見て、私はさらにギョッとした。
 まさか息子を塵と化す気か?
 しかしサリエルは何食わぬ顔で、魔王の膝から降ろされたあとも笑顔で魔王に挨拶して、ルンルンで階段を降りて行ったのだった。

 は? 本当に? あんな大きな魔力をそばで浴びても平気なのか?

 そして私は、レオンハルトの言葉を思い出す。
 サリエルに魔力の大小は関係ない、と。
 だとしたら。魔力量にビビッて男子は私から離れていくが、サリエルは離れていかないということか?
 容姿にも魔力量にも家柄にも左右されない友達が、私にもできるかもしれないってことか?

 ポカーンと口を開けて、呆気にとられて、一連のものを見ていた私を。
 レオンハルトが見ていた。
 うちのサリエルをどう思うか? と目で語っている。

 なるほど。興味が湧いてきたよ、レオンハルト。
 サリエルのことを…おとしめられた噂で、実態の見えないサリエルの本当のところを、私はこの目で確かめてみたくなった。
 本当に自分より優秀なのか。そこも含めてね。

 サリエル、君のことが知りたいな。

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