魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 レオンハルトの胸中 6

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 今日、サリュはマルチェロと買い物に行くのだという。
 本当は、一番にサリュを町に案内するのは私でありたかった。
 しかし私は次期魔王として国政に携わっているところから、王都の視察などで町に降りる機会が多くあり、顔や様相や名が市井にも知れ渡っている。魔力をおさえても、この威圧的な雰囲気だけで人々に正体を気づかれてしまうだろう。
 町に出れば騒ぎになるのは明らかだった。

 その点マルチェロは、公爵子息であるが普段から町中に出ているようで、目立たずに過ごす術を知っている。彼は暗殺スキルを持っているから、身を潜ませたり姿を隠したり気配を消したり、そういうこともお手の物。
 サリエルの護衛として申し分なく、町の案内にはうってつけの人物……。

 うーぅん。しかしそういう表面的なことではなくて、私はサリエルの婚約者として、私がサリエルを楽しませる者でありたかったのだ。そういうことだ。
「やはり、付き添いはミケージャのほうが良かったのではないか? マルチェロがもしもサリュを押し倒したりしたら、エリンでは防げないのではないか?」

 今私は、魔王城の執務室にて凶悪な魔力を垂れ流し、唸りを上げている。
 政務の補佐で室内を出入りする者が、私の邪悪な形相を見てヒェッと肩をすくめるが、そのような些末なことを気にかけるつもりはない。

 そんな私を見てミケージャは苦笑した。
「サリエル様もマルチェロ様も、まだ十歳のお子様です。レオンハルト様のように煩悩うず巻く時期は、まだ先のことですよ。それにマルチェロ様は紳士ですから、お友達を押し倒すようなことはしないでしょうし、エリンもそれを許しません。彼女は護衛としても有能ですから、己の部下を信じてください」
「…エリンが有能なのはわかっているが。しかしマルチェロは、もう煩悩のひとつやふたつは思い描いているはずだぞ。アレは紳士ではなく、女遊びに飽きて人生を諦念しているお子様だ」
 私がぼやくと、ミケージャが目を吊り上げた。
「ともかく。本日の会議では私のサポートが必要だったのですから、サリエル様はエリンに任せて、会議の準備をちゃっちゃとしてください」
 私は。私の頭脳であるミケージャに仕事をするよう追い立てられた。
 むぅ。仕方なく、私は会議の資料に漏れがないか、見直すのだった。

 十二歳のときに、私はサリエルと婚約した。あの日から三年が経つ。
 人族的に言えば、現在十五歳の私は思春期真っただ中だ。
 まぁ、魔族は精神年齢が高いので、厳密に言えば人族と同じような思春期ではないのだがな。
 思春期が恋をするお年頃だとするのなら、私はサリエルに恋をしている。
 あぁ、思春期だからではない。ずっと、恋をしているのだ。
 いつからだなんて、わからない。
 もしかしたら、ニワトリかと思って抱き上げたあの瞬間、サリエルが一歳のときからかもしれないな。あのときから私は、ずっとサリュに夢中だ。
 白くて、まぁるくて、ぼへぇと私をみつめたサリュと目が合ったとき、サリュは私のそばにあって欲しい者になった。その気持ちは十年近く変わっていないし、これからも変わらないだろう。
 なぜ赤ん坊だったサリュにそのような気になったのか、それは、彼がそばにあるだけで私に幸せをもたらす存在だったからだ。
 温かくて、心地よくて、柔らかくて。
 だからそばにいたいと思って。
 離したくなくなって、大事になって、大切になって。

 唯一無二のかけがえのない存在になったのだ。

 ただサリュが、息をして、ぐっすり眠って、笑って、私の隣にいる。それだけでいい。
 しばらくはそう思っていた。
 けれどサリエルが四歳のときに、私は彼の正体を知ってしまった。
 そして私の元から離れてしまうかもしれないと気づいて。

 焦った。この上もない焦燥感に襲われたのだ。

 それまではサリュとの平和な暮らしがずっとずっと続いていくのだと思っていた。だから健やかでそばにあればいいなどと、生温いことを考えていられたのだ。
 サリュはドラベチカ家の養子で、養育期間が終了したら独立するようにと魔王から明言されている。
 でもそれは、私がサリュを政務の補佐として取り立て、一緒に仕事をすれば、取るに足りないことだった。または結婚すれば、尚、障害にはならぬこと。
 サリュがドラベチカ家の子でなくなったとしても、サリュはどんな形であれ、私の隣にいる。そばに置いておけると思い込んでいたのだ。

 だから、焦りの感情など皆無だったのだ。

 しかし、サリュが大人になって自分がなすべきことを知ったとき、私の元を去る…そういう可能性があることを、私はあの日、認識させられたのだ。
 だが私は、そんなことは絶対に許せない。
 私はサリュを手放さない。どこにもやらせない。
 そう思って、すぐさま求婚したのだった。
 当時サリュは四歳で、婚約がなにかもわからない年齢だったから、そのときは口約束で終えた。

 だがサリュが七歳になったとき、子供会などに参加して世界が広がり、サリュの善良な人柄や賢さが世間に知れたら……マリーベルやシュナイツに求婚された。

 そんなことを聞かされたら、もう、公的手続きをとるしかないだろう。

 愛するサリュを私の手元につなぎとめるために。
 なんでも。打てる手はなんでも、なりふり構わず、容赦なく、手抜かりなく、速やかに行うべきだと悟った。
 理屈ではない。恋は、本能だ。
 だから私は、己の意思に忠実に、欲しいものを欲しいと告げ、手を伸ばすのだ。

 どこかでサリュが元気でいればいい、などという綺麗事は言わない。

 私のそばにいなければ意味がないのだ。
 私の手元にいるということが重要だ。

 私以外の誰かと結婚するとか、己のなすべきことのためにどこかへ飛んで行ってしまうとか、そんな可能性がサリュにはあるのだが。
 あぁ、サリュが私のそばから離れるなど、手の届かぬところへ行ってしまうなど、考えられぬ。想像するだけで胸が引き裂かれるような想いだ。
 だから私は、そのような可能性を片っ端から排除し、消滅させていくのだが。
 なぜそう思うのかなんて、知らない。だから、本能なのだ。
 心の内の何かが、サリュを手放すなと大声で叫んでいる。

 それが私の愛。サリュを愛しているということなのだ。
 
 そうは言っても、サリュの体はまだ幼いから、体の関係を交わすことなどは明確に想像していない。
 だが私の体はすでに大人の体格になっていて、自分の気持ちとは関係なく性的衝動へと向かおうとしている。
 しかし、私はちゃんと待てるよ。
 サリュが私に、ちゃんと恋をしてくれるまで。
 抱き締め合って、幸せを互いに感じられる、そんな気持ちになるまで、待つ。
 焦って、サリュの気持ちを無視して、無体をして、怖がらせて、嫌われてしまいたくはない。
 そのような愚かな真似をして、サリュが本当に飛び去ってしまったら、目も当てられないではないかっ。
 決して失敗はできない。だから私は慎重に事に当たるつもりだ。

 だからまだ、今は額にチュ、どまり。

 まぁ、貴族の婚約というものは、節度あるお付き合いが基本だ。どのカップルも婚前交渉はなるべくしない、というのが暗黙のルールである。紳士ならば、結婚前に相手に手を出すべきではない。
 つまり私は、思春期であれども、ひとつ屋根の下で婚約者と暮らしていれども、幼いサリュに欲望をぶつけたりしないのだ。

 そして、ものすごく長いと感じた会議は終わり、屋敷に戻った。
 そんな私を、サリュは玄関先で出迎えてくれる。
 なにやら、もっちもっちした体をプヨプヨと揺らしているが……それはなんだ? モジモジか? 恥じらっているのか?
 ――可愛いではないかっ!

 先ほどの節制宣言が、早くも瓦解しそうな勢いである。
 激烈に可愛いうちの嫁。もう嫁でいいだろう、うむ。
 おかえりなさいませ、といういつもながらの丁寧な挨拶をして、サリュはもっきゅぅぅぅぅと腰に抱きついてくる。
 私は胸に渦巻く熱風怒涛の歓喜を内側に押しとどめ、表向きは涼しげな顔で、ただいまの挨拶であるチュウを彼の額に返した。
 サリュは、身長は相変わらず低めだが、私の腰に抱きつけるくらいには大きくなった。婚約した頃はまだ、私の太ももにしがみついていたから、ちゃんと大きくはなっている。たぶん。
 そして、買い物は楽しかったかとサリュにたずねると、サリュはプレゼントだと言って、ふたつの小箱を差し出した。
 私は……槍で胸を貫かれた。いや、それぐらいの衝撃を受けたという意味だ。
 三角の口をニマニマさせて、はにかみながらプレゼントを手渡す。そのサリュの様子は悶絶するほどにキュートなのだった。
 吐血するかと思った。
 心臓が本当に止まりそうになって、手で胸をおさえるほどの破壊力。恐ろしいぞ、サリュっ!

 挙動不審な私を、サリュは心配そうに見やるが、とりあえずプレゼントを受け取り、気を取り直す。
 今日の外出で、私はエリンにサリュの小遣いを持たせた。
 サリュは普段から、自分は養われているのだという意識が強く、好きなものを買っても良いと言っても遠慮して、首を横に振るような慎ましい子だった。
 だから今回は、ももんもを売ってできたサリエルのお金だと言って渡すようにと、エリンに指示しておいた。
 自分のお金だと思えば、気兼ねせずに自分の好きなものを買うと思ったのだが。
 結局、私へのプレゼントしか買っていないようだな?
 
 嬉しい反面、悲しいとも思う。

 私のことを一番に想ってくれるのは、とても嬉しい。
 しかし私は、サリュにもっと甘えてほしいのだ。
 私はサリュがおねだりしても揺るがぬほどの金銭を稼いでいる。それはサリュを育てるのに充分な資産であり、さらに王族として贅を堪能できるほどの余裕資金でもある。
 だけど、サリエルはサリエルだから。
 自分の境遇に胡坐をかくことなく、むしろ固辞してしまう謙虚さなのだ。
 魔王の三男だけど、魔王の三男ではない。そう思っている向きがある。
 もしも、魔王の三男という立場が心苦しいのなら、私の婚約者としてでもいいから、もうちょっと贅沢をしてくれてもいいのだけどな。

 でも、その謙虚で慎ましいところも、サリュの愛らしさなのだ。

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