目が覚めたら

れん

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反乱組織

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 アネットはアドルフとオウエンに連れられ、馬に揺られていた。平野を一つ越え、人里離れた山の麓の洞窟を抜け、谷に入っていく。足元を流れる川は流れが早く、見るからに深そうだ。彼らは馬を引いて、上流へ向かって歩いて行く。恐る恐る歩くアネットに、オウエンが声をかける。


「アネット、この川は急だ。足元をよく見て、落ちるなよ」

「う、うん。わかった」

「お、見えてきたぞ。あれが俺達のアジトだ。もう少しだ、がんばってくれ」 


 そう言ってアドルフが指差した先に、奥深い渓谷の底にしっかりへばりついた貝殻のかたまりのような建物が見えた。入り口は洞窟の中と繋がっているらしく、外からは見えない。さらに歩き続けて、ようやく入り口にたどり着いた。
 アドルフは扉を開き、声を張り上げる。


「アドルフ、オウエン、戻りました」


 中には数人の銃や剣などの武器を持った若者たちがうろうろしていた。そして、初老の男性が一人、椅子に腰掛けテーブルに肘を付いて何やら考え事をしているようだった。三人が入ってくると、初老の男性は彼らに気づき、労った。


「おお、戻ったか。待ちかねたぞ」

「メシアを奪還しました」

「良くやった。さあ、早くエイブラムさまにもご報告を」


 そう言って、奥の部屋へと促す。アネットは宮殿を出るときに着せられたローブを脱ぎ、アドルフも服の埃を払う。オウエンは鎧兜を脱いでそれぞれ部屋の端に寄せた。


「よし、アネット。こっちだ、ついて来な」


 アドルフが部屋の奥の扉を指さした。
 オウエンはドアを三回ノックし、先に部屋の中に入った。アネット、アドルフと続いていく。中には白く長い髭をたくわえた老爺が一人、壁に貼った大きな地図を見ていた。老人はすぐに彼らに気付いて振り向き、アネットを一瞥するとこう言った。


「お主がメシアじゃな」

「皆そう言うけれど……わたしには、何が何やら……」

「儂らは、魔王アーツの侵略に対向するべく結成された組織での。名をトリスタンという。奴はこれまでに無数の村や街、三つの国家を壊滅させておる。ここにいる者たちも、魔王による被害を受けた者ばかりじゃ。これ以上、奴を野放しには出来ん」

「……アーツが?そんな事を? 」

「そうじゃ。お前さんがメシアでなければ、とっくに殺されていただろうな。奴は、人類を滅ぼすつもりでいる」

「アーツは、わたしを妻にすると言っていました。メシアだから、とも言っていたけれど……それなのに、人類を? 」

「お主の力を我が者にするためだけだろう。奴は手段を選ばん。その首に付いた痣、それは魔王によるものではないのか? 」


 アネットは、はっとして首に手をやった。宮殿に来た日、アーツにつけられたキスマークが最近変化してきている。初めは赤かったのだがだんだん紫に変わり、この2日ほどは青味が強くなってきている。以前よりも少し大きくなり、形も変わってきている。まだぼんやりとして、何の形かは判別できない。痣にしては鮮やかな色で、変だなとはアネットも思っていた。


「そうですが……これは、何なのでしょうか」

「魔王の呪いだろう。魔王がお主を意のままに操る為のな。痣はまだ完成しておらんようだが、ちと厄介だの。放っておくと、操り人形のようになってしまう。恐らく、婚礼と称して痣の完成を早める儀式でもするつもりだったのであろうな」


 アネットはぶるりと震えた。アーツはやはり魔王だったのだ。意外なほどの厚遇の裏は、きっとこういうことだったりのだろう。


「解く方法は、ありませんか」

「なに、魔王を倒せばよい。我らと利害が一致したのう」


 エイブラムはニッと笑った。

 
「メシアには、古より特別な力が備わると伝えられておる。しかし、その詳細は何の資料も残されてはおらず、分からんままじゃ」

「わたしは、どうすれば……」

「そうさな。答えてやりたいが、儂にもわからん。ところでお前さん、この世界の者ではないだろう? 」

「分かるんですか? 」

「そろそろ、お前さんをこの世界に連れてきた張本人が帰って来る頃じゃ。詳しく聞いてみるが良い。それから、生活の心配はしなくていいぞ。儂らが呼び出したんじゃ、面倒は見る」


 三人は退出し、初めに入った部屋に戻る。そこには、宮殿から逃がしてくれた者達が戻ってきていた。旅装を解いて、ほっと一息ついたところ、といった具合だ。アドルフは彼らに声をかけた。


「おう、帰ったか。助かったぜ!ありがとな」

「なんの。いつでも助太刀致しますぞ」


 侍風の男が持っていた湯飲みをテーブルに置き、そう言って豪快に笑った。彼の髪は低い位置で一つに括られ、焦げ茶色をしていた。顔立ちはアジア風だが、瞳は青い。目尻には笑い皺がくっきりとついていた。洋服の上に鎧をつけ帯刀していて、今はそれらを脱いでいる途中のようだ。
 侍風の男はアドルフの後ろにいたアネットを見つけると、急にかしこまったように姿勢をただした。


「やや!こ、これはメシア殿!ご無事で何よりにござる。拙者はヤマシロの国の侍・エズメ。話が出来きて光栄至極にござる。ここにお出でということは、我らにご協力頂けるのでありますな!いやはや!これは心強うござる!」


 エズメは、さも嬉しそうにアネットの手を握り、固く握手する。ありがたやありがたや、とぶんぶんと上下に大きく降られて、アネットはその力に振り回される。だが、その手は暖かく、迎え入れられていることが嬉しかった。
 他の者達もアネットの近くに寄って来る。アネットはたちまち囲まれ、回りが急に賑やかになった。その中の一人、紫色のローブを腕にかけ、同じ色の長いフロックコートのような上着を着た男性がアネットの前に進み出た。


「僕は召還士・アシル=エトナ。エトナと呼んでくれたまえ。君を召還したのは他でもない、この僕だ」


 彼は黒い短髪だ。紫色の瞳がキラリと光る。前髪をかきあげ、歯を見せて笑って見せた。格好つけだな、とアネットは心の中で思った。


「あなたが、わたしを呼んだの?なら、どうしてわたしは宮殿にいたの? 」

「ふむ。まあ……何だ。ちょっとした手違い、だな」


 エトナは腕組みをして、もっともらしい顔で答える。すると、丁度彼の隣にいた少女が、持っていた杖でエトナをポカリと殴りつけた。


「要は失敗したんでしょう。認めなさいよ」


 少女は目をつり上げて怒っている。エトナも殴られた頭をさすりながら負けじと応戦するのにアネットは驚いたが、微笑ましいとも思った。


「痛いではないか。何をする、この凶暴女め」

「誰のせいでメシアが魔王に取られそうになったと思ってるのよ!謝りなさい!それに、知性の欠片も見当たらない似非召還士に言われたくないわ」

「ふん。そう言う貴様は、品性のかけらも無いではないか」

「なんですって! 」


 少女はエトナを一睨みしたが、アネットが自分たちを見ていることに気が付いた。彼女は少しはにかんでアネットに向き直り、エトナを殴りつけた杖を自分の後ろにさっと隠した。
 彼女は白いローブを羽織り、胸元の合わせ目を大きな丸いブローチで留めている。金の金具で縁取りの中には赤い石がはめ込まれていて、中で水面が揺れるいような不思議な輝きをしていた。ローブの中にはピンク色のチューブトップを着て、白くて裾の広がったズボンと茶色いブーツを履いている。見事な金髪をお下げにして、くりくりした焦げ茶の目がかわいらしい。


「わたしは魔導師・アン。よろしくね」

「ありがとう。アンね。こちらこそ」


 アネットとアンは、互いにニッコリと笑い会う。アネットは、ひさしぶりに楽しい気持ちになってきた。

 
「あ、そうだわ。あの、エトナ?どうして、わたしをこの世界に呼んだの? 」

「僕たち召還士は、次元と次元の扉を繋ぐだけだ。それ以上のことは、僕の知るところではない」

「随分と無責任ね」


 アネットは少しむっとした。


「いいや。召還とは得てしてそんなものだ。召還しようとするときに、偶然、様々な条件が一致した者が大いなる次元の意思によって選ばれ、召還士のもとに呼び出される。中には呼び出されることを生業とする種族もいる」


 アネット達が宮殿から逃げるとき、大きな龍のようなものが口から光線を出していたのを見ていた。どうやら、彼はそれのことを言っているらしい。


「条件、って?」

「ふむ。いろいろあるが、例えば……互いの魔力に引き寄せられる、ということもある。その瞬間に死んだ、というのも多い」

「……わたし、死んだの?」


 アネットは、エトナの目をじっと見つめる。死んだことへの恐怖よりも、今は混乱の方が勝っている。


「さあ、元の場所でのことは僕にはわからん。ただ、死んでいたとしても、この世界でなら続きの人生のを送ることが出来る。他の条件としては、気を失った、ということもあり得る。中には、うたた寝していただけ、という者もいた」

「その人たちは、今どうしているの? 」

「この世界にとどまった者もいるし、元の場所に帰った者もいる」


 アネットには焦りと不安が一気に押し寄せている。しかし、その割に冷静に話していることを、彼女はどこか他人事のように感じていた。


「それは、自分の意思で? 」

「そういう者もいる」


 混乱から更に焦燥と絶望も覚え始めたアネットの質問に、エトナは淡々と答える。


「死んだ人が、元の世界に戻ったら? 」

「消滅するだけだ」


 アネットは目の前が暗くなる。彼女は確かにトラックにぶつかったはずだったのだ。死んだ自覚には乏しかったが、死んだと思ったら宮殿にいた。淡い期待を抱きかけていたが、元の世界で自分がどうなっているを知る術は今のところない。


「あ、あの、じゃあ、この世界に留まった人は、どうして?戻れなかったの? 」 

「そういう者もいる。消滅するよりはましだ、という理由の者もいたし、ここに残ることを望んだ者もいる。時にメシア。君の名前は? 」


 エトナが問うと、アネットは更に気落ちして答える。


「それが、覚えてないの」

「え?あんた、アネットじゃねえの?そう呼ばれていたじゃないか」


 椅子に座り、黙って聞いてたアドルフが驚いて立ち上がった。その勢いで椅子がバタンと倒れる。オウエンは壁際にもたれたまま、意外そうな顔でアネットを見た。


「違うの。アーツが、魔王が勝手にアネットと名付けたの。だから、皆がそう呼ぶのよ」

「実は、それが鍵なのだ」


 エトナの言葉に、その場にいる者みんなが一斉に彼に視線を送った。


「……鍵? 」


 アネットは呟くように問いかける。エトナはさらに話を続けた。 


「アネットの本当の名前を思い出すことができれば、君は元の世界に戻ることができる。ただし、1年以内だ。それまでに思い出さなければ、もう二度と戻ることは叶わない。次元の扉にも限度があるのだ」

「1年……」


 アネットはゴクリと唾を飲んだ。 


「何、我々の協力をしてから思い出してくれればいい」


 さらりと、さも当然かのように言うエトナに、アネットは呆れるしかなかった。けれど、利害は一致している。


「もう、本当に勝手ね。でも、その時この痣はどうなるのかしら」


 エトナはアネットの首に目を遣った。説明をすると、彼は腕を組んで少し考える。


「やってみなければ、わからん。今までにこんな事例はないからな。もしかしたら、扉に弾かれるやもしれん」


 魔王に捕らわれていた時とは別の不安が、新たにアネットを襲った。けれど、目標ができた。先ずは名前を思い出すこと。そして魔王を倒すことだ。どちらにせよ、痣は消さなければならない。この世界で自分が出来ることをするのだと、アネットは心を決めた。
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