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卒業試験

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「それでは卒業試験の課題を提示します。私を倒してください」

ティアが弟子入りしてから二年。修行場に集められ卒業試験なんて言われた二人は驚愕していた。ただ、卒業って何ぞやというティアが質問すると

「私が教えるのは基礎魔法と言われる六つの魔法のみです。貴方たちがより強くなりたいなら、アバトワールという魔獣対抗組織に入るのが一番の近道です。

ただその組織に所属するには私の推薦が必要になるということなので、その推薦が欲しければ私を倒してみろという感じです。だから卒業ってわけです」

事情を説明するものの、また新しいワードが出てくる。一応それについてティアが聞いてみたところ、今度社会見学に連れて行くから楽しみにと言われる。

よくわからないが、魔獣に対して個人ではなく組織で戦っている。そのため、そこにぜひとも入るために先生を倒す必要があるのだろう。
そんな理解をティアがしたがおおむね正解である。

ティアが納得していると、サラが珍しく手を挙げ不満を垂れる。素の先生のままでは逆立ちしたってかないっこないと。
その指摘に対し

「もちろんハンデはつけます。私の所有魔力や使う魔法については、Eランク認定の試験官程度に抑えます。その状態で私に勝ってください」

魔法師Eランクというのは、先ほどの組織に所属するために最低限必要な実力のことを指す。具体的には、ティアがこれまで勉強してきた基礎魔法を実用レベルまで使えれば認定が下りる。

ただ、ティアは六つある基礎魔法のうち二つしか習得していない。そのため質問しようとするが、その前にサラが先生へ勝負を挑んでしまった。


「じゃあ先生、私から!」

そういって意気揚々と前に出て準備を始めるサラ。ティアは自分の感じた疑問をいったん抑え、彼女の戦闘に目を向けることにした。

なんせ、彼女の戦闘を見たことがない。自分が苦戦した魔獣を圧倒的なパワーで瞬殺したところは見たことあるものの、きちんとした戦いはこれが初めてだ。

加えて出会ったときはわからなかったが、今見るととんでもない魔力が彼女から放出している。一体彼女がどうやって戦うのか。
そんな中、メルクが声をかける。

「先手は譲りましょう。ただし、攻撃を仕掛けてからは待ちません。後は戦闘に入る前からレベル2以上の状態に入ることを禁じます。もし露骨な時間稼ぎが見られた場合はペナルティとして、私も制限を破りますからそのつもりで」

レベルというのは、使う魔力の量を表す。実は魔法師たちはいきなり自分の魔力を全開にして戦うことができない。例えるなら、アスリートがストレッチなしにいきなり最高のパフォーマンスをできないのと同じ理由。

そのため、徐々に体を慣らすという意味で弱い出力から使わなければならない。そのため出力をレベルで表している。

この世界の魔法はおおよそ使用する魔力に比例して弱い強いが決まる。よって、どんな人でも最弱の出力であるレベル1からしか使えない。

もちろん、人によってはレベル1でも他の人のレベル2程度の魔力を扱える場合もある。そこらへんは体力によっても決まる。だからこそ、彼女は走り込みを行っていた。

と、教科書に書いてあった事項を思い出すティア。まあ彼からすると、そもそも所持魔力が少なすぎてレベル2へ移行できないため、今のところ関係ない話だが。

「わかったわ。それじゃあ、行くわよ!」

戦闘が始ると姿を消した。メルクは相変わらず同じ場所にいるため、そちらを見ているとサラがいきなり現れ、蹴りをしていた。受け止めたメルクも彼女を振り払い移動を始める。サラのほうは見えないほどではないが、集中していないと見失うほどの速さ。

肉弾戦が中心。サラが後ろや横を取って拳による一撃を入れようとしても、まるで目が複数あるがごとく手や足で防がれる。メルクが防御した後に、膝や肘でカウンターをしてもすべて避けられる。

この光景を見た彼は圧巻の一言であった。これが魔法師の戦い。しかもレベル1。
武術的なことはよくわからないが、少なくともこの動きは魔力なしではできないだろう。
加えてもっと高い出力が存在する。その事実だけで圧倒されるに充分であった。


戦況が動き出したのは数分後。
どの方向からどれだけ速く攻撃しても、すべて防がれてしまうことに気づいたサラ。ゆえに距離を取る。

そして掌に魔法弾を複数作り、メルクへ一気に撃つ。魔法弾といっても、サラの上半身ほどの大きさ。メルクからすると膝ぐらいまでの大きさだが、同時に複数方向の攻撃。

かなりの大きさであるため、下手をすれば殺傷能力があるものを複数メルクへ向かったということで、ティアは目をつぶってしまった。そしてバァンという衝突音が聞こえてくる。

恐る恐る目を開けると、煙がモクモク上がりながらも無傷で立っていた。服装も表情も先ほどと一切変わりなく、まるで彼女だけが何もなかったかのようである。

そんな彼女が再び動き出し、疲労していたサラの後ろへ回り首元に一撃。防御が遅れたサラはその一撃に耐えきれず、倒れてしまった。

一瞬で勝負が決まった。
サラが弱いからではない。現に今のやり取りの相手が自分だとしたら、最初の格闘部分はまだしも、魔法弾で確実に仕留められていた。

それほど圧倒的な実力を持つサラが、為すすべもなく負けた。この事実がティアへ重くのしかかった。

「講評については、彼女が起きてからやりましょう。ティア、今の戦いを目で追えましたか?」

「いえ、あまり……サラさんの動きについては特に」

「それは運動神経の問題ですね。それらは目の部分の筋肉によって鍛えられます。なので、今日から『操作』や『強化』で練習すると良いでしょう。さて、ティアも挑戦しますか?」

メルクが軽く微笑みながらティアへ問いかける。先ほどの戦いがあったにもかかわらず、全く疲労している様子が見えない。

それに、彼女が今の位置から動いたのはサラへ攻撃を仕掛けるときのみ。
要するに余裕なのだ。
そのためか、逆にティアに冷静さを取り戻すことに成功した。

「本来、基礎魔法は六つあるはずですが自分が先生から教わったのは『感知』と『操作』だけですが、問題ないのですか?」

「確かに六つとも習得しなければなりません。ただし習得だけではなく、きちんと戦闘にも使えるほどのレベルに達する必要があります。

基礎魔法の習得だけでも何年もかかりますが、さらに実戦レベルまで高めようと思うとそれに付け加えて数年かかります。貴方もそれはいやでしょう?」

見透かされたようなセリフに震えてしまうティアだったが、とりあえず間違ってはいないため頷く。彼としても速く魔獣と闘えるようになりたかったからだ。

「最低限『感知』と『操作』と『強化』があれば魔法を使った戦闘はできます。他の三つに関しては戦闘しながら必要性を実感したうえで習得してください。もう三つともどんな魔法かは知っていますね?」

それを聞かれたティアはこくんと頷く。基礎魔法は上に挙げた三つのほかに『閲覧』『隠蔽』『発散』の三つがある。この三つについてはすでに理屈や目的も知っている。やり方も教科書には書いてあった。

「よろしい。ならば、戦闘練習を積んでどういう場面に必要なのかというのを体感していきましょう。そして、積極的に使うようになればいずれ実戦レベルまでたどり着けます」

「あれ先生、強化は?」

「すでに『強化』はできていますよ。これは魔力からエネルギーを引き出す魔法です。実際この前の大ジャンプも無自覚でしたが強化の一つですよ。すでにあの時点でそれなりのエネルギーを引き出せたので、手順を省略しました」

厳密にいえば強化はすでに実戦レベルに達しているといえる。なんせ、魔獣と戦ったときも本来出せない力を何度も出しているのだから。とはいえ、まだまだ粗が多く練習する必要はあるのだが。

「それでティア。どうします? 戦闘しますか? それとも今日は控えますか?」

「えっと……」

そんなティアだったが、割と悩んでいた。
なんせ自分よりも明らかに強いサラがあっさりとやられてしまっている。必要とあらば困難なことにも挑むが、無謀なことをやるつもりはない。

戦闘を挑んだ方が良いことはわかるが、今のままではあっさりやられてしまうだろう。ならば、少なくとも自信がつくまで待つべきではないか。
なんて悩んでいるティアを見て、ため息をつきながらメルクは説明を始める。

「当初の予定では、貴方に卒業試験をやらせるつもりはなかったです」

「え、どうして……?」

「そりゃあ、未熟な人に戦闘させたってトラウマを植え付けるだけですから」

戦闘と言っているが、実際のところは訓練でも命を落としかねない。力加減を誤ったら、あたり場所が悪かったら、なんて危ない要因はいくらでもある。

「ですが、貴方の才能を感じてその予定よりもずっと早めました。本来なら、十歳から学校に通ってもらう予定でした。そこまでに魔法を使える体質にまで成長させればいいかな、なんて感じです」

この世界にも魔法を使うための学校はある。魔法を体系化しているのだから、それを教える組織も当然存在する。メルクの予定はティアが魔法を使える程度に成長させることだった。しかしその予定は大きく外れた。なぜならば

「貴方の才能と熱意と努力が私の想像以上だった。そのせいで、本来数年かかる走り込みをたった一年で完了させ、操作も一年で終わらせた。感知に至っては、才能ある人でも一年以上かかる修練をたった一週間で習得した。

はっきり言って、快挙です。だからこそ、貴方にもっと難しいことに挑戦させたいと思いました。ティアなら、ボロボロになろうとも試行錯誤の上に達成させてしまうだろうと。そんな思いを込めて、あえてサラと同じ課題をあなたに提示しました」

ティアがどうしてここまでうまく魔法を習得できたのか。異世界知識、才能、それももちろんある。だが、何よりも一番強いのは熱意だった。その熱意のせいで他の人を巻き込んだ。少なくとも、その努力する姿は他人を惹きつけるのに十分だった。

そして、そこまで期待されてはティアも戦わないわけにはいかない。
今まで自分に才能があるのか疑問を感じていた。魔法を習得しても、強くなった実感が全くないからだ。それに上には上がいる。

サラだ。彼女は異次元に習得が早かった。
なんせ、基礎魔法を習ったその日に習得している。そんな存在しか比較対象がなくては自分の才能を疑いたくなるのも当然だ。

だが、憧れていた先生にあそこまで言われてやらないのは実力云々の問題ではなく、人として廃る。期待されているなら、しっかり応えなければならない。
だからこそ、先生に申し出る。

「先生、やっぱり戦闘訓練のほうお願いします!」

立ち直ったティアの姿ににっこり微笑みながら、若草色のローブのまま構える。そして、彼女が合図を出す。

「よろしい。それではかかってきなさい」


ティアは先ほどの戦闘と自分の能力を分析することにした。察するに、今の先生は自分よりも早く動ける。それはサラよりも遅い自分が見ても明らか。
普通にやってはサラと同様一撃で沈められるだろう。そう、普通にやれば。

ティアは自分の足に魔力をため始める。そのすきにもメルクの一挙一動を観察し、どの方向から攻撃すれば意をつけるか思考を動かす。
そして、ジャンプの時と同程度に魔力がたまった時。

彼は前方に飛び出すように蹴る瞬間、魔力を強化に用いた。
前回の『強化』では上方向に飛び上がったわけだが、今回は前へ動くために使った。これを使うことで相手の虚をつく速さを出せる……とティアは思いついたわけである。

確かにメルクも少し驚いた表情を浮かべていた。だが、すぐ後に手をまっすぐ伸ばしてきた。そして、ティアの頭をつかむ。ティアの勢いもあり、メルクは多少後退するが無傷。つかまれた頭を解放するためその手をつかもうとするが、それよりも早く手を右へ強く振った。

そのせいで彼は体勢を崩し転んでしまった。再び距離を取るためにまずは立とうとするが異変に気付く。なんと、足が痛くて動けない。頑張って手だけで立ち上がろうとしたが、腕も疲労しているためか、自分の身体を支えることができなくなった。

「……ここまでにしましょう」

「ま、まだ戦えます!」

「立つこともできないのに、どうやって戦うのですか? 発想は良いですし、うまくいけば私を倒すこともできると思いますが、まずはあなたの思い通りに動かせるよう魔力調整の練習と筋肉を鍛えるところからやりましょうか」

こうして初戦はサラが惨敗、ティアが一撃も攻撃を当てることなく終わってしまった。挙句の果てに対戦相手の先生に介抱させられたわけである。あれだけのことを言われたのに、こんな無様な終わり方。

悔しくて仕方なかった。

――――――
え、修行したのに弱すぎるって?
たった二年しか修行してない子供なんてこんなものですよ。

次回は普通に一日一話に戻します。
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