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この想いの逃しかた
しおりを挟む人は誰だって甘い感情を隠し持っている。報われない恋があったっていいと思う。
「今日も‥‥好きだな」
私、新山(にいやま)みつきは小さく呟いた。
自分でも意識しない内に目で追っていて。気付かない内に赤くなって。
気づかない内に心臓が跳ねる。
そんな恋の始まりを、認めたくもないのに認めざるを得なくなってしまっている。
想いが重なる確率なんてゼロに等しいのに、今日もわたしはどうしようもない。
「あ、みつきー!」
あぁ、見つかってしまった。
姫雪学園中等部二年。私、新山みつきには日課がある。
「みつき、なんで逃げるの!」
同じく姫雪学園中等部二年、
山中(やまなか)しいな。
その子から、
"好きな人"から、逃げることだ。
好きだって自覚はある。
そんな人と近しい関係である私は、片想いの中では幸せな方なはずなんだ。
そう思っていた時期が、私にもありました。
「待っててば、みつき!」
「これから用事があるんだってば!」
「うそつき! 教室でたそがれてたくせに!」
それは違うよ山中しいな。
私はただ、あの広い校庭の中でしいなを探してただけなんだよ。
「(とか言ったらドン引きされるから絶対言わない!)」
帰宅部に所属している私だけど、運動は得意な方で。
あまり体力のないしいなでは、私に追いつくことは難しい。
「なんで、逃げるのよ‥‥!」
だから、私は捕まったことがない。
ゆえに、自分の気持ちと向き合ったこともない。
もしかしたらなんて思うんだ。私のこの気持ちは、気のせいじゃないかなんて。ほんとはしいなのことを考えると胸が苦しくなるのとか、しいなが私を見てくれるだけで嬉しくなっちゃうこととか。
ぜんぶ、ぜんぶ気のせいだったらいいのに。
しいなが好きだと自覚したあの日から、ずっとそんな結末を願ってる。
「みつきの‥‥みつきのばかー!!」
背中でそんな叫び声を聞きながら、ごめんねとありがとうを繰り返す。
私なんかのために、とか思っちゃうんだ。
「大体、なんでいつも追いかけてくるんだろ‥‥」
「あ、みつきちゃんまた逃げたんだ」
くすくすと楽しそうな声。誰かなんてすぐわかる。
「楽しそうね、ゆう‥‥」
同じクラスの悪友、芦原(あしわら)ゆうは少し息を切らした私を笑う。
「懲りないね、みつきちゃんもさ」
「うっさい」
ゆうにしいなへの気持ちを話したことはないけど、おそらく、たぶん。きっとバレている。
確信のついたことを言ってこないあたり、ゆうなりの優しさか、展開を楽しんでいるんだろう。
ぜったい後者だと思うけど。
「今日で一週間かぁ。しいちゃんはみつきちゃんと一緒に帰りたいだけって言ってたのに」
「甘いなゆう、しいなはそう言いながら何か面倒ごとを頼もうとしてるんだよ。だから逃げてんの。深い意味とか全然ないから」
「はいはい、そういうことにしてあげますよーだ」
むぐ。
こんな私をもういいやって見捨てずに一週間も追いかけ続けるしいなも変だとは思うけど、それを横目に見続けるゆうも変だ。
逃げ切った後に必ず現れては静かに笑って去っていく。その割に、確信には触れてこない。
いつか何か仕掛けられそうで怖い。
「ほんとに、それだけだから」
「そういうことにしてあげてもいいよ。私は2人とも大好きだからねぇ」
「恩に着るわよ」
分かってる。こんなの、ただの自己満足で。私のこの行動が、どれだけしいなを傷つけてるのかってことくらい。
「でも‥‥しいなのためでもあるんだよ」
言い訳じみた感情を、吐き出さずにはいられなかった。
☆☆
「ゆう、手伝ってほしいことってこれ?」
「うん、みつきちゃん力だけはあるからさぁ」
「だけは余計だ」
まぁいいけど。このプリントの束をゆう1人に任せた先生にはちょっと物申したい気もするが。
「そこの教室だよ」
「なんか薄暗いね」
「まぁまぁ。入って入ってー」
「ちょ、押さないでってば」
ガラガラと扉が開けられて、なんの疑いもなく入る。するとーー‥‥
「っ‥‥?!」
予想外の人物を見つけて体が硬直してしまう。足が、手が、動かない。
「みつきの、ばか」
「しい‥‥な」
ガチャン。
「!? ゆう!」
「大丈夫、私は席を外すよ。2人とも大好きだからねぇ」
「待って、開けて!」
プリントが床に散乱する。3枚目以降が白紙だったのを見て、はめられたんだと理解できた。外からカギのかけられた教室から、必死に開けてと叫んだ。
「こんなの‥‥こんなの望んでない!」
「そう?私は2人に笑っていてほしいけど」
「なに言っ‥‥!」
「みつき」
ドクドクうるさい私の心臓に反して、落ち着いたしいなの声。遠くから見ていた時よりずっと綺麗に見える、山中しいなの存在。
分かってたんだ。全部全部、気のせいなんかではないってこと。
「みつきはさ」
新山みつきはどうしようもなく。
「私のこと、」
山中しいなの、ことが。
「嫌いなの?」
「‥‥へ?」
あまりに予想外の言葉に体のバランスがくずれかける。踏んだ白紙のプリントで、足が滑りそうになってしまったけど、グッと堪えた。
「き、らい‥‥?」
「私のこと、避けるし。目も見ようとしないじゃん」
「いや、それは」
「いっつも逃げてばかり。だからゆうに協力してもらったの」
どこがどうなって、どうなってるんだろう。好きな人に「私のこと嫌いなの?」
なんて質問が飛んでくるなんて予想外で。一瞬、世界がわからなくなった。
「昔は仲良かったのに急にこんなの、寂しいじゃん」
「あ‥‥」
「ねぇみつき、嫌いならちゃんと言ってよ」
「嫌い‥‥なん、かじゃ」
全身が熱くなる。
なんで、なんで泣いちゃうの。泣かせたかったわけじゃない。ただ、私の気持ちを、捨ててしまいたかっただけなのに。
「しいな‥‥だって、私は」
「しいなが、大事で‥‥」
だって、だってさ。友達だなんて笑いあってた人からいきなり告白なんて。嫌でしょ、気まずいでしょ。優しい君は、悩んじゃうでしょ。
だったらせめて自分の気持ちがなくなるまでは、しいなから離れていたかった。しいなにまた笑って、何も意識なんて、期待なんてせずに、隣にいれるようになるまで。
「ばか」
「っ‥‥」
「私のことでそんなに泣いちゃうまで悩んじゃうなんてさ、ばかだよみつき」
「だって‥‥だって、いつまで経っても‥‥私は、しいなが‥‥」
この想いが、消えてくれない。しいなも私から、離れてくれない。ゆうだって。
みんなみんな、こんな私のそばにいようとしてくれてさ。なんでなの。
「好きなら好きでいてよ。私は絶対、みつきからはなれたりしないから」
「しい‥‥な」
「もちろん、ゆうだって。私たちはそんな気持ちで離れちゃうような奴じゃないって」
「ごめん‥‥ごめん、なさい‥‥!」
「うん、おかえり。みつき」
泣いて。泣いて。夢中でしいなに抱きついて。そんな私をしいなは優しく受け止めてくれた。
「みつき、英語の宿題見せて?」
「えぇ?しいな、自分でやりなよ」
「みつきちゃん私も私もー」
「ゆうはクラス違うでしょが‥‥」
あれから私たちの日常はすっかり戻って。こうして3人で話せるこの時間が、すごく幸せ。
「好きだよみつき」
「しいなてばそういう冗談、よくないぞー?」
まだ想いは消えてくれない。
でもいつか、笑って君を見送ろう。
「冗談じゃないのに‥‥」
「みつきちゃんってすごく鈍いよねー」
その日までは、このままで。
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