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私の恋愛脳な幼なじみについて
しおりを挟む好きな人から、ほしい言葉ってなんだろう。
私、横坂(よこさか)みらいは考える。
好きだ、愛してるだなんて贅沢だ。好きな人には幸せになってほしい。そう考えた時、隣にいるのは私じゃダメだろう。実らなくてもいい。ただ、当たり前のようにそばにいられるこの関係が、私にとって幸せなのだから。
「みらい、私とお約束展開な恋をしよう!」
そう叫んできた幼なじみに、ひどく頭痛がしたのをよく覚えている。
本が好きだ。両手に収まるほどの小さな紙に、広く深い世界が隠されている。どこへだって行けるワクワク感もそうだけど、自分の思い描くこの世界は、自分だけのものだって感覚が楽しいのだ。
一方で私の幼なじみである天川(あまがわ)なつきはどうやら本は苦手なようで。
「はぁ、好き……」
「なつき、また読んでるのそれ」
なつきは好きな漫画に出会うといつまでも持ち歩く癖がある。何度も読み返し、読むたびに泣いたり手に汗握ったりしているそれは、もうボロボロで。その一冊だけを何日も何日も読み込んだんだろう。
「みらい、見てよ~このシーンのこのコマがほんと……」
「何回も見たってば」
出会った場面や恋におちる瞬間、わずか一冊に詰め込むには多すぎる展開を、この本は綺麗にまとめ上げている。正直、なつきには内緒で私も買ってしまった。小説版も出ないかなぁ。
「ほんとにベタなの好きだね、なつきは」
まぁ、私もだけど。
「キュンってしちゃう恋が好きなの」
何かを乗り越えて結ばれる恋ほど幸せなものはないだろう。もし読んでいる最中に両手が空いていたならば私はきっと拍手をしてしまっていた。そう、物語はいい。きっと、恋する二人は素敵なんだろう。
「たまには小説も読んでよ。感想分かち合いたいのに」
とは言っても、だ。やっぱり私は小説として自分だけの世界を楽しみたいわけで。なんならその世界を語り合いたいわけだ。
「……友達いないの?」
「ばか」
「ぁたっ!」
素直すぎる一言を放つ幼なじみに、デコピンを一つ。一言多いところはずっと昔から変わってない。事実でもあるから、否定はしないけど。
「これならなつきでも読みやすいわよ」
そう言って渡したのは一冊のマンガ本。
「お、マンガだ。みらいがマンガって珍しいね」
「好きな小説がコミカライズされたの。これで内容が好きだと思ったら小説版も読みやすいでしょ?」
ベタと言われて仕舞えばそこまでだけど、温かいラブストーリーだった。読んでいるうちにその世界に引き込まれて、気づいた時にはネットで作者さんの過去作まで買い漁っていた。だからこれはいわゆる布教用。
「へぇ、ありがとうみらい!もしかして私のために買ってくれたの?」
「私だってたまにマンガは読むわよ」
……やっぱり一言多い。
「へー、可愛い」
「中身はもっと可愛いわよ」
絵ももちろんだけど、ヒロインの心理描写がたまらない。原作だけでは拾いきれなかった感情まで、丁寧に描き上げてくれている。これはきっと、気にいるはずだ。
「ありがとう、みらい」
素直にそういうなつきになんだか照れてしまって。
何も言えずに目を逸らした。
それが中学一年生の時で、今じゃあっという間に三年生。
あの翌日、なつきは小説を好きになるということはなく。言われた言葉はなんとも馬鹿げた言葉だった。
「みらい、私とお約束展開な恋をしよう!」
これである。何、お約束展開って。百年の恋も冷めるようなときめきのない告白に今日も私はため息を吐く。
「……はぁ」
「どったのみらい」
どったのじゃねぇよ。
いや、もういいやなんかもう。
「昔のこと思い出したら頭痛がしただけ」
「へぇ、大変だね」
もしも指からビームが出るならためらいなく撃ってるな、私。外さない自信がある。
「そんなのも忘れるくらいに幸せにしてあげるからさ、私とお約束展開な恋をしよう?」
やかましい。そう返すのもめんどくさい。
「……はぁ」
バカだけど、一緒にいたって頭痛しかしないけど。多分きっと、嫌いじゃないんだろう。
「いや、ないから。なつきはない」
「だって運命なんだよ私たち」
「家がとなり同士で幼なじみだから?」
「そう!まるであの漫画のように!」
わざわざ叫ぶな。大体家がとなり同士なのは小さい頃に私の家の近くに住みたいと駄々こねたからでしょうが。今考えてもなつきの両親には少しだけ申し訳ない。こいつがバカなせいで。
「運命なんてないわよ、物語の中じゃあるまいし」
そう、ありえない。少なくともわたしたちにはそんな甘酸っぱいものはない。
今日も私はこの幼なじみの“冗談”に付き合わされている。それに付き合い続ける私も大概なんだろう。
「私はみらいが好きだよ?」
「っ……」
息を吐くように告げられた言葉に、期待なんてしないけど。
もう少しだけ隣にいてもいいのかななんて、考えてしまった。
おわり
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