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私の不純な動機について
しおりを挟むどうしたって人は急に変われない。
怒りやすい人がニコニコしていたら、何かの前触れだと怯えてしまうだろう。
だから、私は変われないんだ。
「怒る君も素敵だよ」
「やかましい」
何が君だ、寒気がしたわ。
声の主は振り返るまでもなく、恋愛脳な幼なじみだった。
「何よなつき、急に寒いセリフ吐いて」
「寒いって……だってみらいが小説じゃなくてそんな本読んでるんだもん。気になっちゃうよ」
「いいでしょ、別に」
指摘されたのが恥ずかしくて、少し目を逸らす。
読んでいたのは怒らない秘訣と怒るメカニズムが書かれた本だった。
「みらい怒りっぽいの?」
「誰かさんのせいでね」
「じゃあ私とお約束展開な恋をしようか」
「殴るわよ」
「なんで?!」
いや、違う。そんなことが言いたいんじゃないのに。……うるせぇとは思ったけど。
そうじゃない、もっとなんか可愛い言葉を返したいのに。
「あの漫画の主人公たちみたいに、物語を作っていけたらいいよね」
「……」
「無視はつらい」
小説は得意じゃないというなつきのために貸した漫画本。その漫画に感化されたらしい。
確かに私たちと境遇は似てると思ったけどさ。
「幼なじみで家が隣……こんなのもう運命じゃん」
「家が隣なのは小さい頃のあんたのわがままでしょうが」
「う゛……まぁ、硬いこと言わないでよ」
この話をするときだけ少し照れる。いや、そこ? クラスメイトもいる中で堂々と幼なじみに訳のわからない告白かますことに恥じらいはないの?
「愛さえあればいいんだよ」
「私からしたら毛ほどにもときめかないんだけど」
そして多分、これは冗談なんだろう。だから期待なんてしないし希望も見えない。中学三年生というナーバスな時期にそんな冗談を言える心の強さが羨ましい。見習いたくはないけど。
「そういえば進路希望、もう出したの?」
「へ?」
間抜けな声。多分これは、存在すら忘れてるらしい。
「私のことはいいから、早く出しちゃえば」
「あれ、プリントどこやったかなぁ」
「ほんとばか……」
人はどうやったって急に優しく離れないし、急に素直にはなれない。
いくら小さな頃から一緒でも、高校まで一緒とは限らない。離れてしまう前に、せめて優しくなりたいと思ってしまった。
「別に、あんたのために優しくなりたいんじゃないし」
「え、ツンデレ?」
「違う」
「もう古いんじゃないのそれ」
「張り倒すわよ?」
あぁ、まただ。これはどうにも治らない。相手がなつきだから、なおさら難しい。
「私がもうちょっとでも優しかったら、なつきの冗談も笑ってあげられるのに」
「え、そんなみらい怖い」
「でも優しい方が好きでしょ?」
あの漫画のヒロインだって、主人公を包み込む優しさで溢れていた。時々飛び蹴りをかますくらいで。
「優しい女の子が飛び蹴りかますのって普通なの? あんま見ないよ?」
「私には真似できない」
「しなくていいよ?!」
なつきの元気なツッコミは置いといて本へと向き直る。と、ヒュッとその本を奪われた。
「なに?」
「いや、なんかやだったから」
「やだ?」
「だってこんなの読んで無理に感情を抑えるなんて、みらいがみらいじゃないみたいじゃん」
「え?」
「もちろんみらいがそうしたいなら止めたくないんだけどさ、この本てとにかく我慢、みたいなの書いてるし……みらいが無理して性格を直すのはなんか違うかなって」
心配したようななつきの目に、私は言葉を失ってしまった。
そうだ、なつきは昔からこういうやつだった。バカみたいにデリカシーのないくせに、誰よりも“私”を大切にしてくれる。
そんな姿に、私は多分惹かれたんだろう。
「だ、だからこういうのはもっと長い時間かけてさ、無理しない方法が」
「もういいわよ」
私より必死になっているその姿に、思わず笑いが漏れた。変なの。
「私は私だもんね」
素直になれない自分が嫌だった。冗談に振り回される自分が嫌だった。
でもそれを、いつだって見てくれる存在がいるんだ。
「ありがとう、なつき」
「なにが?」
「お礼にこの本あげるわ」
「えぇ?」
戸惑う幼なじみを横目に見ながら、私は静かに進路希望の紙を手に取った。
「なになに、どこ希望するの?」
「教えない」
「えー?」
少しだけ不純かも入れない。でもやっぱり、もっと一緒にいたいんだ。
「同じ高校だったらいいわね」
「それだったらますます運命感じちゃうね!」
……やっぱりもうちょっとときめきは欲しいかもしれない。
ハリセンでツッコミを入れながら、私はもう一度ため息を吐いた。
「いやどこから出したのそのハリセン!?」
おわり
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