たぬき寝入り〜気になる子が放課後になると毎日寝ているので気が気じゃない〜

歩くの遅いひと(のきぎ)

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たぬき寝入り

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静かに寝息を立てながら幸せそうな顔。
眠り続けるその子を、今日もそっと近くで見守る。

「んん……」


私、山那(やまな)ちなつ はどうも変だ。友達が寝ているだけなのにどうも目が離せない。


「起きてよ、たま」


同じクラスの平沢(ひらさわ)たまお。
後ろの席の一番はしっこ。

寝るには最適なのかもしれないが、前の席にいる私は6時限目の終わりに響いてくる寝息に気が気じゃない。


「たま、授業終わったよ」


今日も私は寝ているこのこを揺り起こす。もう日課になってしまっていた。


「たーま」
「んん、冷蔵庫は机の上だよ……」
「……なんの話だ」


まったく、寝起きが悪いったら。
ニヤつく頬を抑えながら、私はまた
たまを起こすために声をかけ続けた。










「あ、山那さん。席近くなるの初めてだね」
「平沢さん……うん、そうだね」


2学期の始まり。
席替えをきっかけに話したのが始まりだった。


「私、すぐ寝ちゃうから。授業のあとにでも良かったら起こしてくれないかな」
「それなら隣のあの子の方がすぐ気づいてくれるんじゃない?」

「だめだめ。あの子はあんまり周りを見ないタイプだから。前に頼んでみたけど起きたら夕方で誰もいなかったもん」
「なにそれ切なすぎる……」

「でしょでしょ?だから……お願い」
「……しょーがないなぁ」

「やったー♪」


ーー
あの日握られた手の温かさを今でも思い出せる。
それくらい、ただのクラスメイトに過ぎなかったこの子が特別になっていた。


「んぅ……ん、」
「……さっさと起きてよ、もう」


ドキドキうるさい。
顔が熱い。
もう、早く起きてほしいんだ。


「じゃないと……何するか分かんないから」


なんて、何をする勇気もないくせに、ね。


「こらぁ! 学校閉まっちゃうよ ! ? 」
「ん…んぁ ?  ちぃちゃん… ? 」

「おはよう、さっさと起きて。たま」
「へへへぇ、いつもありがとう」


間延びした声。へらへらとした笑い方。
それが、私には羨ましくて。


「じゃあ私、帰るから」
「あれ、部活行かないの?」
「……行かない」


寝ぼけ眼で起きるこいつに、ドキドキしてしまう自分がもうやだ。

こんな感情、知りたくなかったのに。


ーーーー好きだよ、君の全部が。
きっかけなんて、もう思い出せないくらいにずっと。

私は、実に不毛な恋をしてしまった。



「まったく…毎回寝るんだから…」
「へへへぇ~…毎回助かるよぉ♪」


この子、平沢たまおは毎日といっていいほど学校で寝ている。
たまに見ると授業中にも寝てる時もある…。


間延びしたような話し方。

おっとりとした性格。

すべてがほしくてたまらなくなる。


こんな汚ない私が、この純粋な子に恋をした。

なんて滑稽な話なんだろう。


「じゃあ私は久々に顔を出しますかな」


今でこそ眠りの世界へとすぐに落ちてしまうお姫さまを起こす役目は私にまわり、友達にはなれたかもしれない。

だけどそれだけで。
彼女には私以上の友達なんて、たくさんいるのだから。


「ちぃ…ちゃん?」
「な、なんでもない! じゃあもう帰るから!」

私は無意識にたまを見つめてたらしい。
恥ずかしくなって、そのまま教室から逃げ出した。





「んぅ~…くぅ…くぅ…」
「…」

放課後、誰もいない教室。
今日も眠り姫は目覚めない。


「無防備すぎんのよ…」


そっと距離を詰めていく。


「すぅ……すぅ……」
「今日は……まだ起きないの……? 」

「たまお…」

互いの唇まで、あと五センチもない。彼女の静かな寝息が聞こえる。彼女の息が顔にかかる。

心臓が止まらない。むしろ加速する。私はなにをやってるんだろう……。


「無防備なあんたが…悪い…んだか…ら…」


薄っぺらい言い訳を重ねながら、近かった距離をさらに縮めていく。


「……たま」


もう……話すだけで唇が触れてしまいそうな距離。
罪悪感なんてもうどうでもよかった。

心音に伴って心拍数も上がっていく。


「……起きないで」


彼女の唇を見つめていると、
突然、口元が不意に笑った。

「 ! ? 」

「つかまえた♪」
「なっ……!」


自分の肩に回された腕。

それは間違いなく彼女のもので。
今、唇に当たっている誰かの唇は……間違いなく彼女のものだった――……。


「 っん ? ! 」


私はなにがなんだか分からない。

だって今、 たまとキスしてる。
あれだけ好きだった彼女にこんな簡単に。

訳もわからず振りほどこうとする私を、たまはなかなか離してくれない。


「んっ…んンぅ…! 」

「ん…んん…」


息がうまくできない。
どうしよう、わけが分からなくなってきた。
知らない……こんなの。


「~~! ……っ、は……!」


やっと離れる唇。余韻に浸る余裕もない。
夢だったのかとさえ思ってしまう程だ。


「つかまえた……」
「へ… ? 」


また彼女は同じことを言う。私の肩に回した腕にさらに力を込めて。


「だってちぃちゃん、私にキスしようとしたでしょ ? 」
「う、…そ、それは…あ…」


「じつはね、今まで寝てたの、全部寝たフリなんだよ」
「は、はあぁ ! ? ってまさか…全部…? !」

「うん♪」


いやいやいやいや、うん♪じゃないよ。なに言ってんの。
混乱する私に、彼女は天使のように微笑んで。


「全部たぬき寝入りだよ。気づいてないとは予想外♪」
「な…んで… ? 」


そんなことをする必要がどこにあるというんだろう。考えてみても分からない。


「だってそうじゃないとちぃちゃんと関係持てなかったし。ちぃちゃんが前の席でラッキーって思った」

「そういうことじゃなくて…!」



「ちぃちゃん、私のこと 好きでしょ ? 」
「!?」


ニヤリと笑いながら言うたまに、私はなにも反論できず、ただ顔を真っ赤にするだけだった。
こんなたま……知らない。


「図星ね」
「いつから……気付いてたの」

「けっこう前からかなぁ。確信はなかったけど。私がおっとりとしてて鈍いなんて考えちゃダメだよー ? 」


なんてことだ…。私が必死に隠そうとしてきた想いが、こんなにあっさりとバレているなんて。


「ひ、引か…ないの…? 」
「 ん?」 


私をガッチリと掴んだまま、たまは呆れたような目を向ける。


「い、いやだって……」
「いつものちぃちゃんはどこに行っちゃったのよ。 」


いつものたまもどこいっちゃったのよ!?


「私もずっと好きだったよ。ちぃちゃんのこと 」
「え……? 」

「だから少しでも近づきたくてね。ちょっと試させてもらった」
「な…」

「でもいいよね♪私たち両想いなんでしょ ? 」


確信づいたたまの笑みに私はビクッとなる。

告白ってこんなもんだっけ… ?


「なに黙ってんのちぃちゃん? 
あ、次は深いのしてみる ? 私上手いよ? 」
「な…! ちょっ……!! それはまだダメ !  」

「まぁまぁ、何事も経験だよ。ほら、口開けて」
「いや、ちょっとほんと……んっ、んむ……」


どうやら隠してきた想いは叶ったみたいだけど……この子には当分敵いそうにない…。







おわり



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