背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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再会3

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「宮川さん、お時間です。一階の会議室へお願いします」
 ドアのノックの後に、徳島の声が響いた。
「唯、行ってくる。また連絡するよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「何なら、唯このまま泊まって行ってもいいけど?」という囁きに顔を真っ赤にさせた唯は「つまらないこと言ってないで早くいってきなさい」と肩幅が広い背中をぐいぐいドアの方へと押し出しすと亮の笑い声が響いた。

 唯がそのまま亮を行かせようと部屋のドアを開けると銀縁眼鏡を光らせた徳島が待ち構えていた。
 唯は独特なオーラを放つ徳島にごくりと固唾を飲んでいると、亮が間を取り持つようにサラリと紹介した。
「この人が、俺のマネージャーやってくれているとんでもなく厳しい徳島さん」
 その紹介の仕方に思わず笑みをこぼしそうになった唯だったが、ピクリとも動かない徳島の表情に慌てて緩みそうだった口元を引き結んだ。
「先日は、お電話ありがとうございました。色々、お手数おかけしました」
唯は丁寧に頭を下げると、徳島は上から下まで検分するようにメガネの奥の瞳を滑らせる。徳島は唯から亮に顔を向けると「もう先方が下に来てますので、先に行ってください。すぐあとを追います」亮は「わかった」と、頷き部屋を出るその去り際。
「唯、さっきの話。俺、本気だから。ちゃんと考えておいてくれ」
 という言葉を唯の肩にポンと置き、出て行った。突然渡されたバトン。唯は呆然と立ちつし見送っていると視界の端で、徳島の銀縁眼鏡がキラリとを光っていた。まるで切れ味のいい刃物を見ているようで、唯の背筋にすっと冷たいものが走る。

「私はこの業界で二十年やってまいりました」という前置きをして、徳島は鋭くいう。
「芸能界という世界は独特です。特に色恋沙汰には、とてつもなく敏感。昨今のアイドルを見ればお分かりですよね? 週刊誌にスクープでもされてしまえば、あっという間に印象は悪くなります。今の宮川さんはほとんどアイドルのような形で世間で持ち上げられておりますので、彼もそこに当てはまります」
 銀縁眼鏡を光らせ、きっちり持ち上げて、わかってますよね? と同意を求めてくる徳島。
 釘なんて刺されなくてもわかっていると思いながら、唯はゆっくりと頷く。
「私からみて、水島さんは宮川さんより冷静で常識もお持ちのようで少し安心しました」
 全然安心した顔に見えないけれど、と思いながら唯は見返すと徳島は元々鋭そうな目を一層強めているようだった。
「宮川さんは、血の滲むような努力をして明るい舞台へやっと立てた。そのご苦労はあなたもよく知っているはずです。その努力が実り、いいお話も多数舞い込んでいます。あなたの存在が万が一明るみに出たせいで、この流れを止めてしまったらどうです? 辛くはありませんか? 勿論、隠れて付き合うという手もあるでしょう。最近の週刊誌記者は優秀です。この世界に長く身を置いている私は、うまくいっている人を見たことがありません。写真を撮られ人気は失墜していきました」
 これ以上言わなくても、あなたならわかるでしょう? そう言いたげな徳島の顔を唯はまともに見ることもできなかった。
 そして、徳島は息を大きく吸い込んで、唯を真正面に見据えて言い放った。

「水島さん。あなたが本当に宮川さんを思っているのなら、別れてください」

 真っすぐに飛んでくる刃は、最後の一撃を加えるようにそのまま唯の中心に深く突き刺さる。内側から赤い血が生ぬるく不快にあふれ出して、その感覚を紛らわせたくて視線をさ迷わせる。
 けれど、いくら探しても落ち着く場所を見つけられなかった。視線を落としても大理石の床照明が反射してやけに眩しく、逃れるように横を見やれば立派な彫刻が何かを静か訴えてように見えた。
 言われなくたってわかってる。私の居場所はここにはないということくらい。本当なら、亮の傍にいない方がいいということくらい。

 
「後ほど、フロントスタッフが参ります。あなたの帰りを見られないよう導線を作ってくれますのでお気をつけてお帰りください。
 あなたが正しい判断をできる方だと、私は信じています」
 そういって徳島が頭を下げ、部屋を出てドアを閉める音が聞こえた。

 亮がアメリカへ行くと言ったその時から、いやそれよりもずっと前からいつかこんな日がが訪れるかなんてわかっていたことだ。徳島にはっきりと言われたその言葉は今更ですべてが正しい。
 なのに、こんなに涙が溢れてくるのは何故?



 結局唯がホテルから出られたのは、人気が引いたどっぷり夜の闇に浸かった頃。息を殺しながら何とか家までついたのは、二十三時を回ってからだった。
鍵を開けて入ると、数年振りじゃないかと思えるほど珍しく母が待ち構えていた。弱った心に久々の母の顔が飛び込んできてすがりたくなるけれど、それは一瞬で落胆に変わる。

「唯、遊び歩くのは勝手だけど家事はしっかりやってちょうだい、お母さん忙しいの知ってるでしょ? 帰ってたら洗濯物、干しっぱなしだったの疲れて帰って来たお母さんが取り込んだのよ?」
甲高い非難の声が唯を更に追い詰め始めて、たまらず唯は二階の自室へと駆け込んだ。
 それでも追いかけてくる声から身を守るように唯は布団を頭まで被る。息苦しくて仕方がない。この涙はどんな種類のものなのかももうわからない。考えるのも面倒だ。
 スマホが鳴り響いているのに気づけないほど、忘れていた足の痛みが何倍にもなってまた痛み出していた。
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