背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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すれ違い3

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 亮が楽屋に戻り、スマホを見ると唯からの連絡が入っていた。
『電話に出られなくてごめんね。授業中で出られなかったの。今日も仕事頑張って』
 唯の当たり障りのない内容の違和感。
 何か余計なことを考えているとき、唯は素っ気なくなり、距離を空けようとしがちだ。一体何年一緒にいると思っているんだ。そう言いたいが、その原因を作っているのは何よりも自分自身。唯は一度殻に籠るとなかなか手強い。これは、強引にでも打破しないと。そんなことを考えていたらちょうど徳島が入ってきた。

「徳島さん、次の休みっていつ?」
「来週の水曜ですけど……」
 時間がだいぶ空くなと、亮はため息をついていると、徳島が気を利かせた詮索が返ってきた。
「……行きたいところがあるのなら、車出しますけど?」
 せっかくの自由な時間をこの徳島に見張られていたんじゃ、たまらない。
「いや、大丈夫。徳島さんも休んでくれよ」
 即答してくる亮に徳島が目で圧力をかけるが、こういう時はどんなに追及しても無視されるということは承知している徳島は大袈裟に咳ばらいをして話題を変えてきた。

「この後、先ほどの山口アナウンサーと会食があります」
「え? 何で?」
 思考の渦に浸っていた亮の顔が跳ね上がり、わかりやすく嫌そうな表情。徳島は頭が痛いとため息を吐く。
「もちろん二人じゃないですよ。ビッグテレビ局社長が主要人物です」
「そういう、わかりやすく嫌そうな態度は慎んでくださいね。大体、さっきのインタビューだって危なっかしくして冷や冷やしましたよ。私が止めなかったら宮川さんなんて言うつもりだったんですか? 唯さんの名前でも出すつもりだったんですか?」
「幼馴染がいるくらいに留めようとは思ってたよ」
「全然留まっていません。そんなこと言ったら、詮索が始まってしまうでしょう? 大体、あの時最初に言った『家族』まではよかったんです。でもその後の『みたいな』っていう余計な文言を付け加えたのがダメだったんです。あの時『家族です』とハッキリ言いきってしまえば危なっかしくなることはなかったんです」
「嘘は苦手なんだよ」
「苦手でも、慣れてください。せめて大勢いる前は」
 容赦ないよな……ボソボソ呟く亮に、先が思いやられるとばかりに徳島は全身から酸素を吐き出す。
「じゃあ、これから出発します」
 徳島に促され亮は仕方なく重い腰を上げ、待ち合わせ場所の料亭に向かった。



 到着したのは、大物政治家も利用しているという一見さんお断りの高級料亭。この一画だけ東京とは思えない石畳で舗装され、所々に設置された灯篭が京都を思わせる景色を再現していた。料亭全体は高い塀に囲まれ、皇居門顔負けの重厚な門で閉ざされて一見、店なのかわからない。その前に車を止めた。
「では、私はここで待っています」
「徳島さんは入らないの?」
「ビッグテレビの社長直々のお電話で、宮川さん一人でお願いしますとのことでした。是非、膝を突き合わせてお話ししたいと」
「なら、なんであのアナウンサーがいるんだよ?」
「私もそこは気になって周りに聞いてみたんですが、あの方は社長のお気に入りなんだそうです。毎回そういう場にあの山口アナウンサーを連れて行くらしいです。一部愛人なんじゃないかって噂も。珍しいことじゃないみたいですよ」
「さすが、敏腕マネージャー」
「仕事なので当然です。多分、この前話があがった宮川さんの初監督作品の打診なんじゃないかと思うんです。そこに関しては、全面的に宮川さんを信用してます。私もあなたの一ファンではあるので、とても期待しています。なので、是非うまく話をつけてきてくださいね」
 いつもより柔らかい口調で帰ってきたのに、驚きながら素直に喜ぼうとした亮だったがすぐに「ですが」と徳島らしい逆接が続いた。
「他のことに関しては、心配しかありません。くれぐれも粗相のないように、余計なことを言わないようお願いします」
 だが、徳島らしい励ましの言葉だと受け取って亮は口角を上げた。

 インターホンを押し料亭の女将が響く。重い門がゆっくりと開き亮は、誘われるがまま中へと入っていった。
「いらっしゃいませ。こちらでお待ちでございます」
 日本庭園を眺められる中庭沿いに敷かれた長い廊下を歩いていくと、その正面に目が痛くなるほどの濃いピンクドレスが待ち構えていた。 
「宮川さーん」
 ひらひら手を振っている山口アナウンサー。相変わらず濃い香水が鼻につく。
「先ほどは、お疲れさまでした。ここでもご一緒できるなんて、嬉しいわ」
「よろしくお願いします」
「私プライベート風にオシャレしてきました。どうですか?」
 亮は適当に受け流し、山口が出てきた部屋を覗くと、恰幅のいい白髪に脂っこい中年男が座敷の席についていた。なんの反応も示さない亮に不服だと言わんばかりに「あちらが、社長です」とぶっきらぼうにいった。
「初めまして。宮川亮と申します」
「わざわざお呼びして申し訳ない。どうぞそちらのお席へ」 
 社長の正面の席を示されて、亮はそこに腰を据えると、なぜかその横に山口が張り付いてきた。思わず眉間に皺が寄りそうだったが、正面に集中しようと言い聞かせながら、営業スマイルを披露した。
「このような席を設けていただき、光栄です」


 出される懐石料理を口にしながら映画の話で盛り上がった。社長の質問攻めにも淀みなく答え聡明な話し方に社長は完全に亮に引き込まれ最後の甘味が出される頃には「いや、噂で聞くよりも君はずっと男前で、素晴らしい。君のためになることならば全面的に支援させてもらうよ。何でも言ってくれ」と言わせてしまうほど、社長は亮に魅了され、山口アナウンサーもキラキラ目を輝かせていた。

 そのままこの席はこれで終わるかとホッとしていた亮だったが、社長がスーツの襟元を触り急に居住まいを正し始める。
「いや、お話というのはね実は他にもあるんだよ」
 だいぶ時間も遅い。この期に及んで何の話だ? と酒が入っていても冷静な亮は身構えていると、脂っこい額をもっと光らせて真剣な眼差しを向けてきた。
「この山口アナウンサー、可愛いでしょう? 実はわたしの親戚の娘なんですよ」
 急に始まった話は完全に無防備なところで、虚を突かれる。一体何の話だ?
「この話は誰も知らないんだ。この子は頑張り屋でね。わたしの地位を決して利用せずにここまでやってきたんだ。だから名前も芸名を使っているんですよ。アイドルやっていた時も、アナウンサーも自分の力だけで掴んだ。君に通ずるものがあると思うのだが、どうだろう? 可愛いし、気立てもいい。君にピッタリだと思うんだが?」
 ぎょっとしながら、山口に視線を滑らせると、口元をきゅっと右上に上げて歪ませ、余裕に満たした顔が飛び込んできた。ぷんぷん香る香水が鼻について気分まで悪くなりそうなところに
「そんな二人の未来があったら、更なる支援を用意もあるのだが」
 最後の一言を亮にぐっと押し込んでくる。その瞬間押されたところから徳島の鬼のような顔が浮かび上がり始めていた。
『宮川さん。余計な事いわないでください。適当にかわせばいいんです』
 だが、亮にはそんな声は届くことも躊躇うこともなかった。期待を寄せた社長の顔を亮は瞳を揺らすことなく見据えた。
「そういうお話でしたらお断りさせていただきます。僕には大切な人がいますので」
 あまりに真っすぐでシンプルな亮の答えに、驚く二人。社長と山口の顔は完全に凍りつき、熱気のこもっていた室内にすっと風が吹き込んでいた。

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