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追跡7
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マスクはしていたけれど、見間違えようがなかった。薄暗い店内でも、アーモンド形の聡明な目元がはっきりとそこにあった。その声だって、聞き間違いようもない。
ずっと唯に迫り続けていたフミヤも含めた全員が呆気に取られている中、唯は弾けるように立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと!! 何でここに……」
「何でって、唯に会いに来たに決まってるだろ」
痛い視線を意にも介さず、愚問だとでもいうようにそういう亮に対して唯は忙しなく周囲を気にしていた。別にどんな答えが返ってきても解決にもなるはずもないことはわかっていたし、ともかく冷静さを取り戻す時間がほしかった。店内の人々はそれぞれの会話に一生懸命で亮に気づいていないのが救いだと思いながら、唯は首を振り何度も目を瞬かせ自身を必死に落ち着かせる。急上昇していた熱が急激に下がり、止まっていた思考回路が一気に回り始めていた。まだ、周りには気づかれていないにしても、時間の問題。この状況は非常にまずいのではないかという結論に至る。それを裏付けるように、ひなが埋もれた記憶を掘り起こしながら言った。
「…………ねぇ、唯。この人が彼? ……私、どこかで見たことあるような気がするんだけど……」
首をかしげながら、亮の顔を穴が開くのではないかというほどに真剣な視線を送り続けるひな。一方のずっと唯に迫っていたフミヤも急に現れた亮に対抗心を燃やすように睨んでいた。亮もその視線から逸らすことなく鋭く見据えて視線が激しくぶつかり合っていた。唯は、それらを遮るように亮の前に立ち、張り付いた笑顔を向け早口にいった。
「私、ちょっと出てくる! 皆さんは気にせず、楽しんで!」
唯は早口にそういうと、亮の腕を掴んで店の外へと足早に進めていく。
「え!? ちょっと、唯!」
勝手に出ていく二人にひなの声が追いかけてきたが、唯はそれを振り切って外へ出た。
外に出れば、暗い空に明るい金色の満月が浮かんでいた。その美しい明かりから逃れるように唯は亮の腕を引っ張りながら数メートル先にあった裏道まで行くと、切れかかった白い街灯の下へと立つ。ゆっくりと亮から手を離したと同時に、人通りの少ない静かな空間に唯の声が鋭く響いた。
「亮、一体なに考えてるのよ! あんなに大胆なこと!」
「いくら連絡しても音信不通だったからだろ。だったら、もう直接会うしかないと思ったんだよ」
冷静にそう指摘されてしまえば、ぐっと黙り込むしかなかった。なかなか、気持ちの折り合いがつかず亮からの連絡を一方的に絶っていたのは否めない。そこに対する反論はできなかった。
「……じゃあ……なんで、ここがわかったの?」
「大学に行って所在を聞いて回ったんだ。ゼミの研究室の前でばったり会ったひなって子の友達から運よく情報を引き出せて、ここに辿りついた」
さらりとそんなことを言う亮に、唯は目をむいた。
「わざわざ、大学に行ったの? 今学生たちの間では亮の話題で持ちきりなのに、そんなことしたら亮バレちゃうじゃない!」
「一応帽子とマスクはしてたから、大丈夫だろ。実際気付いてなさそうだったし。それにバレたって別にいいさ」
マスクと帽子を外しながら、そんなことどうだっていいような口ぶりでそういう亮に唯は怒りを滲ませていた。
「……よくないでしょ。亮は、何をしたって大きな話題になる。今だってそうじゃない。そんな状態なのにそんなことしたら、また何を噂されるか……亮がこれからっていうときに、私のせいでやめてよ……」
最後の方は苦し気に振りぼるような声にかわっていて、唯は瞳を不安定に揺らし足元に視線を落とすと、長い睫毛に暗い影を作らせうつむいていく。それを目の当たりにした亮は、ずっと唯を思い続けていた一番柔らかい心の中心が鈍く鋭く痛み始めていた。決して自分の前では見せまいとしていた、唯の本当のが顔。声は明るくともいつも唯は何度もそんな風に思い悩んだ顔をして、下を向かせることばかりさせていたんだろう。ずっと気づいてやれなかった罪悪感が重くのしかかる。
「唯を探してる間、色々わかったんだ。俺はいつもそうやって、唯に気を遣わせて、傷つけてばっかりだったってこと。俺は自分のことばっかりで、全然唯のこと見えてなかった」
苦し気に呟く亮の声は、今までに聞いたことがないほどに弱々しかった。それを聞いた瞬間、唯の胸に一瞬で何かが鋭く傷つけていった気がした。痛みとともに、唯の眉間に深い溝が出来上がっていく。
いつもの自信に満ちて真っすぐ迷いのない亮の声。太陽のような笑顔。そんな亮だからこそ魅力的で、みんなを惹きつけてやまない存在となっている。なのに。このまま私と一緒にいたら、私のせいで亮の輝く明るい道に影を作ってしまう。そんな強い不安がまっすぐに唯の心臓を貫いていて、秋の涼しげな風が吹きすさぶ。それが、唯の頭の中を一層冴えわたらせていった。冷静な言葉だけが、余計な感情を避けるように飛び越えて唯の口をついていた。
「……ねぇ、亮。そう思うのなら。私と別れて」
白い街灯の頼りない明かりにぼんやりと映し出される。影と光の境界線がこれ以上曖昧にならないように、唯はゆっくりと亮の方へと顔を向け悲しげな笑顔を浮かべてそういった。
亮は、儚く浮かぶ唯をただ真っ直ぐに見据える。
二人を照らす白い光がチカチカと無機質な音を立てながら点滅していた。
ずっと唯に迫り続けていたフミヤも含めた全員が呆気に取られている中、唯は弾けるように立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと!! 何でここに……」
「何でって、唯に会いに来たに決まってるだろ」
痛い視線を意にも介さず、愚問だとでもいうようにそういう亮に対して唯は忙しなく周囲を気にしていた。別にどんな答えが返ってきても解決にもなるはずもないことはわかっていたし、ともかく冷静さを取り戻す時間がほしかった。店内の人々はそれぞれの会話に一生懸命で亮に気づいていないのが救いだと思いながら、唯は首を振り何度も目を瞬かせ自身を必死に落ち着かせる。急上昇していた熱が急激に下がり、止まっていた思考回路が一気に回り始めていた。まだ、周りには気づかれていないにしても、時間の問題。この状況は非常にまずいのではないかという結論に至る。それを裏付けるように、ひなが埋もれた記憶を掘り起こしながら言った。
「…………ねぇ、唯。この人が彼? ……私、どこかで見たことあるような気がするんだけど……」
首をかしげながら、亮の顔を穴が開くのではないかというほどに真剣な視線を送り続けるひな。一方のずっと唯に迫っていたフミヤも急に現れた亮に対抗心を燃やすように睨んでいた。亮もその視線から逸らすことなく鋭く見据えて視線が激しくぶつかり合っていた。唯は、それらを遮るように亮の前に立ち、張り付いた笑顔を向け早口にいった。
「私、ちょっと出てくる! 皆さんは気にせず、楽しんで!」
唯は早口にそういうと、亮の腕を掴んで店の外へと足早に進めていく。
「え!? ちょっと、唯!」
勝手に出ていく二人にひなの声が追いかけてきたが、唯はそれを振り切って外へ出た。
外に出れば、暗い空に明るい金色の満月が浮かんでいた。その美しい明かりから逃れるように唯は亮の腕を引っ張りながら数メートル先にあった裏道まで行くと、切れかかった白い街灯の下へと立つ。ゆっくりと亮から手を離したと同時に、人通りの少ない静かな空間に唯の声が鋭く響いた。
「亮、一体なに考えてるのよ! あんなに大胆なこと!」
「いくら連絡しても音信不通だったからだろ。だったら、もう直接会うしかないと思ったんだよ」
冷静にそう指摘されてしまえば、ぐっと黙り込むしかなかった。なかなか、気持ちの折り合いがつかず亮からの連絡を一方的に絶っていたのは否めない。そこに対する反論はできなかった。
「……じゃあ……なんで、ここがわかったの?」
「大学に行って所在を聞いて回ったんだ。ゼミの研究室の前でばったり会ったひなって子の友達から運よく情報を引き出せて、ここに辿りついた」
さらりとそんなことを言う亮に、唯は目をむいた。
「わざわざ、大学に行ったの? 今学生たちの間では亮の話題で持ちきりなのに、そんなことしたら亮バレちゃうじゃない!」
「一応帽子とマスクはしてたから、大丈夫だろ。実際気付いてなさそうだったし。それにバレたって別にいいさ」
マスクと帽子を外しながら、そんなことどうだっていいような口ぶりでそういう亮に唯は怒りを滲ませていた。
「……よくないでしょ。亮は、何をしたって大きな話題になる。今だってそうじゃない。そんな状態なのにそんなことしたら、また何を噂されるか……亮がこれからっていうときに、私のせいでやめてよ……」
最後の方は苦し気に振りぼるような声にかわっていて、唯は瞳を不安定に揺らし足元に視線を落とすと、長い睫毛に暗い影を作らせうつむいていく。それを目の当たりにした亮は、ずっと唯を思い続けていた一番柔らかい心の中心が鈍く鋭く痛み始めていた。決して自分の前では見せまいとしていた、唯の本当のが顔。声は明るくともいつも唯は何度もそんな風に思い悩んだ顔をして、下を向かせることばかりさせていたんだろう。ずっと気づいてやれなかった罪悪感が重くのしかかる。
「唯を探してる間、色々わかったんだ。俺はいつもそうやって、唯に気を遣わせて、傷つけてばっかりだったってこと。俺は自分のことばっかりで、全然唯のこと見えてなかった」
苦し気に呟く亮の声は、今までに聞いたことがないほどに弱々しかった。それを聞いた瞬間、唯の胸に一瞬で何かが鋭く傷つけていった気がした。痛みとともに、唯の眉間に深い溝が出来上がっていく。
いつもの自信に満ちて真っすぐ迷いのない亮の声。太陽のような笑顔。そんな亮だからこそ魅力的で、みんなを惹きつけてやまない存在となっている。なのに。このまま私と一緒にいたら、私のせいで亮の輝く明るい道に影を作ってしまう。そんな強い不安がまっすぐに唯の心臓を貫いていて、秋の涼しげな風が吹きすさぶ。それが、唯の頭の中を一層冴えわたらせていった。冷静な言葉だけが、余計な感情を避けるように飛び越えて唯の口をついていた。
「……ねぇ、亮。そう思うのなら。私と別れて」
白い街灯の頼りない明かりにぼんやりと映し出される。影と光の境界線がこれ以上曖昧にならないように、唯はゆっくりと亮の方へと顔を向け悲しげな笑顔を浮かべてそういった。
亮は、儚く浮かぶ唯をただ真っ直ぐに見据える。
二人を照らす白い光がチカチカと無機質な音を立てながら点滅していた。
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