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諸刃の剣
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徳島の運転する車が唯のアパートの前に止まり、唯が地面に降り立つとそのあとに亮が続く。その背中に徳島の声がかかった。
「宮川さん、この後打合せがありますから十分くらいしか時間ありません。絶対外せない相手なので、時間は守ってください」
その声に唯は「亮、ここでいいよ。ありがとう」と亮が持っていた唯の荷物の入ったバッグを貰い受けて車に押し戻そうとしたが、それをやんわり避けて亮は徳島にいった。
「わかった。すぐ戻るから、ちょっと待っててくれ」
「忙しいんだから、ここでいいってば」
そんなやり取りをしていたらどこから聞きつけてきたのか、血相を変えたひなが飛び出してきた。
「唯! 大丈夫なの!?」
ひなは、大家さんから唯が救急車で運ばれていったことを知らされたらしかった。唯が病院に運び込まれた翌日の早朝から、ひなから着信の着信の嵐。ようやく唯が電話に出た時には、泣きじゃくっていた。どうやら、ひなはフミヤの事件のせいで唯を追い詰めてしまったのではないかと思い悩んでいたようだった。そんなことを考えさせてしまったことに、唯は申し訳ないと思う。
「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
「本当に驚いて心臓止まるかと思ったんだから!」
そう叫びながら、ひなの目いっぱいに涙を貯めて唯に抱きついていた。
そんな二人を見て亮は少し思案してから、ひなに声をかけた。
「唯、ひなさん。ちょっと聞いておいてほしい話があるんだ。少しだけ時間あるかな?」
ひなは亮から自分の名前を呼ばれたことに、驚いたのか。唯の肩にうずめていた顔をバッと上げると、今まで泣きべそをかいていたとは思えないほど、朱に染めた嬉しそうな顔が現れた。
「も、もちろんです!」
ひなはキラキラと目を輝かせていた。
唯の部屋に三人で入り、リビングの机の周りに座った。
亮が唯を待っていた時に、書き込んだ約束のノートが忘れ去られ、埃をかぶっていた。亮はそれを横によけて、唯の荷物に差し込んであった茶封筒から二枚の紙を取り出した。あの赤い字で書かれた脅迫らしき文書は唯の目には触れないよう茶封筒に入れたまま、机の端において記事の元となるゲラを机にその中身を並べた。それを唯は冷静にそれを見つめ、ひなは口元に両手をやって息を飲んでいた。
「四日後に出ることになった。こんなことになって、すまない。この記事が出る以上、二人に迷惑が掛かるのは必至。心の準備だけはしておいてほしくて」
そういいながら、亮は二人の様子を見る。
唯は前に見たせいか全く動じていないようだが、一方のひなへの衝撃は予想通りだった。「私が、あんな大声出したから……」呟き、俯くひなに亮はいった。
「いや、そうじゃないさ。元々誰かが張り付いていたんだ。だから、君のせいじゃない。だけど、マスコミが押し寄せて迷惑をかけることになるとは思う。本当に申し訳ない」
頭を下げる亮に、ひなはブンブン顔を振る。
「いえ! そんなのは全然! むしろ、嘘でも亮さんの噂の人になれるなんて光栄です!」
そこまでいって、ひなは「ごめんなさい。不謹慎なことを……」と苦笑いを浮かべていた。そんなひなに亮は笑う。
唯は、人よりも数倍重く受け止めがちだが、ひなはだいぶ軽い。こういう時は、そのくらいの軽さが盾になってくれる。唯も少しはひなを見習ってほしいところだと思いながら、亮は礼を述べた。
「嫌味じゃなく、それぐらいの軽い気持ちで受け止めてくれてる方が有難いよ」
より一層顔を真っ赤にさせたひなはドンと胸を叩いた。
「唯のことは、私に任せてください。変なのが来たら蹴散らせてやりますから」
鼻息荒くそういうひなが唯の近くにいてくれてよかったと、思いながら亮は唯に視線を移動させる。
じっと、机の上の記事を見つめたまま表情も変わらない唯に少し違和感を感じて声をかけた。
「唯、負担をかけてごめん」
「ううん。私は全然大丈夫。本当に気にしないで」
唯は紙から視線を上げて、いつも通りの微笑みを浮かべていた。それを見て亮の胸にふと湧き上がる不安の煙。
「……唯。今だけでもいいから、俺のところに来ないか? 帝東ホテルだったら、マスコミ対策は万全だし」
「そんなことしたら、余計騒ぎ大きくなっちゃうじゃない。大丈夫よ。ほら、ひなもいるし、大家さんもいるし」
予想通りの返答に亮は煙たいため息を吐くと、それを消すようにひなの明るい声が響いた。
「そうですよ。私、唯のボディーガードになります! 何なら私の友達みんなかき集めてアパートの周りの守りは万全にしますよ」
相変わらず熱の高いひなの申し出に亮は「……やりすぎない程度によろしく」というと、唯も苦笑いを浮かべていた。
「それと……唯はまだ体調万全じゃないんだから、バイトは厳禁。わかってるな?」
そういう亮は、詮索されない程度の自然さの割に目に力がやけに籠っていて、不自然だった。それに気付いている唯はあえて何も言わず、頷いていた。
「そうだね。そうする」
素直にそういって笑みを浮かべる唯に、亮は眉根を寄せる。
あれだけバイトに行くといってきかなかったのに。急にどうしたんだ? 昨日の唯ならば十中八九「もう、元気だからバイトに行ったって平気」とでも言って、無理やりにでも意見を通してくるところだ。徳島の強烈な説教がそんなに効いたのか? 咳き込みたくなるほどの煙が亮の周りに充満して、その先の言葉を見失っていると、唯がスマホを灯らせ亮に示した。
「ほら、もう時間だよ。早くいかないと」
亮を急き立ててくる唯。亮は唯を見返しながらこの煙の出所を探ろうとしたが、あまりの煙たさに全くわからない。
この後控えている打合せは絶対に外せないもので、これ以上時間の猶予もなく、仕方なく亮は重い腰をあげる。その時、一緒に机の上に置いた茶封筒と記事を回収するために手を伸ばそうとしたら、それより早く唯がその紙を手に取っていた。
「コピーしてるんでしょ? これは貰っておくね」
行き場を失った手を彷徨わせながら、亮の顔は一気に曇ってゆく。それに気づいた唯は、笑いながら言った。
「私、まださらっとしか目を通してないの。ちゃんと内容は把握しておかないと、いざというときに困るでしょ?」
「別に、マスコミが来ても無言を貫いて。知らぬ存ぜぬで通せばいいだけの話だろ」
「そうだけど、私はこういう文章はじっくり読み込むタイプなの知ってるでしょ? それに、ちゃんと心の準備はしておきたいの」
明るくそういって、唯は玄関へと向かいドアを開け放てば、三人分の熱気はあっという間に消えて部屋の温度が下がっていく。入れ替わっていく冷たい空気までもが亮を急かしてくるようだった。
仕方なく外へ出るとその後にひなも続いて部屋を出た。
「亮、ありがとね。迷惑かけてごめんね」
ドアを抑えている唯は笑って、日が沈んだあたりの暗さに浮いてしまうほどの明るさが木霊する。唯の声が、胸騒ぎに変わっていく。何度も跳ね返ってくる声が亮を煙に巻くように、肝心の核心が見つからない。
「なぁ、本当に大丈夫か……?」
唯の本心を探りたいのにそんな言葉しか思い浮かばず、もどかしくて仕方がなかった。そんな亮を打ち消すように唯は笑っていた。
「大丈夫に決まってるでしょ。ほら早くいかないと徳島さんの頭から角が生えてくるよ。仕事頑張ってね」
笑顔で手を振って、唯はドアノブに手をかけていた。薄いはずのそのドアはやけに重たい音を鳴らし、どんなものも入る隙間がないほどピタリと閉じられていた。
唯はリビングに戻って、取り上げた茶封筒を置ことしたら、約束のノートが不満げにその存在を主張していた。
それを手に取り、中身を見るといつ書き込んだのか。新たな亮の文字が刻まれていた。
『絶対に、無理は禁物。どんなことでもいいから、遠慮せず何かあれば連絡しろよ』
筆圧の濃い亮の文字を指でなぞってみる。すると、そこから亮の思いもにじみ出てくるような気がして、ふいに視界が滲む。唯はペンをとりその後に書き込んだ。
『心配かけてばかりで、ごめんね。ありがとう、亮』
唯が描いた文字の最後に、一粒の雫が落ちていた。
「宮川さん、この後打合せがありますから十分くらいしか時間ありません。絶対外せない相手なので、時間は守ってください」
その声に唯は「亮、ここでいいよ。ありがとう」と亮が持っていた唯の荷物の入ったバッグを貰い受けて車に押し戻そうとしたが、それをやんわり避けて亮は徳島にいった。
「わかった。すぐ戻るから、ちょっと待っててくれ」
「忙しいんだから、ここでいいってば」
そんなやり取りをしていたらどこから聞きつけてきたのか、血相を変えたひなが飛び出してきた。
「唯! 大丈夫なの!?」
ひなは、大家さんから唯が救急車で運ばれていったことを知らされたらしかった。唯が病院に運び込まれた翌日の早朝から、ひなから着信の着信の嵐。ようやく唯が電話に出た時には、泣きじゃくっていた。どうやら、ひなはフミヤの事件のせいで唯を追い詰めてしまったのではないかと思い悩んでいたようだった。そんなことを考えさせてしまったことに、唯は申し訳ないと思う。
「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
「本当に驚いて心臓止まるかと思ったんだから!」
そう叫びながら、ひなの目いっぱいに涙を貯めて唯に抱きついていた。
そんな二人を見て亮は少し思案してから、ひなに声をかけた。
「唯、ひなさん。ちょっと聞いておいてほしい話があるんだ。少しだけ時間あるかな?」
ひなは亮から自分の名前を呼ばれたことに、驚いたのか。唯の肩にうずめていた顔をバッと上げると、今まで泣きべそをかいていたとは思えないほど、朱に染めた嬉しそうな顔が現れた。
「も、もちろんです!」
ひなはキラキラと目を輝かせていた。
唯の部屋に三人で入り、リビングの机の周りに座った。
亮が唯を待っていた時に、書き込んだ約束のノートが忘れ去られ、埃をかぶっていた。亮はそれを横によけて、唯の荷物に差し込んであった茶封筒から二枚の紙を取り出した。あの赤い字で書かれた脅迫らしき文書は唯の目には触れないよう茶封筒に入れたまま、机の端において記事の元となるゲラを机にその中身を並べた。それを唯は冷静にそれを見つめ、ひなは口元に両手をやって息を飲んでいた。
「四日後に出ることになった。こんなことになって、すまない。この記事が出る以上、二人に迷惑が掛かるのは必至。心の準備だけはしておいてほしくて」
そういいながら、亮は二人の様子を見る。
唯は前に見たせいか全く動じていないようだが、一方のひなへの衝撃は予想通りだった。「私が、あんな大声出したから……」呟き、俯くひなに亮はいった。
「いや、そうじゃないさ。元々誰かが張り付いていたんだ。だから、君のせいじゃない。だけど、マスコミが押し寄せて迷惑をかけることになるとは思う。本当に申し訳ない」
頭を下げる亮に、ひなはブンブン顔を振る。
「いえ! そんなのは全然! むしろ、嘘でも亮さんの噂の人になれるなんて光栄です!」
そこまでいって、ひなは「ごめんなさい。不謹慎なことを……」と苦笑いを浮かべていた。そんなひなに亮は笑う。
唯は、人よりも数倍重く受け止めがちだが、ひなはだいぶ軽い。こういう時は、そのくらいの軽さが盾になってくれる。唯も少しはひなを見習ってほしいところだと思いながら、亮は礼を述べた。
「嫌味じゃなく、それぐらいの軽い気持ちで受け止めてくれてる方が有難いよ」
より一層顔を真っ赤にさせたひなはドンと胸を叩いた。
「唯のことは、私に任せてください。変なのが来たら蹴散らせてやりますから」
鼻息荒くそういうひなが唯の近くにいてくれてよかったと、思いながら亮は唯に視線を移動させる。
じっと、机の上の記事を見つめたまま表情も変わらない唯に少し違和感を感じて声をかけた。
「唯、負担をかけてごめん」
「ううん。私は全然大丈夫。本当に気にしないで」
唯は紙から視線を上げて、いつも通りの微笑みを浮かべていた。それを見て亮の胸にふと湧き上がる不安の煙。
「……唯。今だけでもいいから、俺のところに来ないか? 帝東ホテルだったら、マスコミ対策は万全だし」
「そんなことしたら、余計騒ぎ大きくなっちゃうじゃない。大丈夫よ。ほら、ひなもいるし、大家さんもいるし」
予想通りの返答に亮は煙たいため息を吐くと、それを消すようにひなの明るい声が響いた。
「そうですよ。私、唯のボディーガードになります! 何なら私の友達みんなかき集めてアパートの周りの守りは万全にしますよ」
相変わらず熱の高いひなの申し出に亮は「……やりすぎない程度によろしく」というと、唯も苦笑いを浮かべていた。
「それと……唯はまだ体調万全じゃないんだから、バイトは厳禁。わかってるな?」
そういう亮は、詮索されない程度の自然さの割に目に力がやけに籠っていて、不自然だった。それに気付いている唯はあえて何も言わず、頷いていた。
「そうだね。そうする」
素直にそういって笑みを浮かべる唯に、亮は眉根を寄せる。
あれだけバイトに行くといってきかなかったのに。急にどうしたんだ? 昨日の唯ならば十中八九「もう、元気だからバイトに行ったって平気」とでも言って、無理やりにでも意見を通してくるところだ。徳島の強烈な説教がそんなに効いたのか? 咳き込みたくなるほどの煙が亮の周りに充満して、その先の言葉を見失っていると、唯がスマホを灯らせ亮に示した。
「ほら、もう時間だよ。早くいかないと」
亮を急き立ててくる唯。亮は唯を見返しながらこの煙の出所を探ろうとしたが、あまりの煙たさに全くわからない。
この後控えている打合せは絶対に外せないもので、これ以上時間の猶予もなく、仕方なく亮は重い腰をあげる。その時、一緒に机の上に置いた茶封筒と記事を回収するために手を伸ばそうとしたら、それより早く唯がその紙を手に取っていた。
「コピーしてるんでしょ? これは貰っておくね」
行き場を失った手を彷徨わせながら、亮の顔は一気に曇ってゆく。それに気づいた唯は、笑いながら言った。
「私、まださらっとしか目を通してないの。ちゃんと内容は把握しておかないと、いざというときに困るでしょ?」
「別に、マスコミが来ても無言を貫いて。知らぬ存ぜぬで通せばいいだけの話だろ」
「そうだけど、私はこういう文章はじっくり読み込むタイプなの知ってるでしょ? それに、ちゃんと心の準備はしておきたいの」
明るくそういって、唯は玄関へと向かいドアを開け放てば、三人分の熱気はあっという間に消えて部屋の温度が下がっていく。入れ替わっていく冷たい空気までもが亮を急かしてくるようだった。
仕方なく外へ出るとその後にひなも続いて部屋を出た。
「亮、ありがとね。迷惑かけてごめんね」
ドアを抑えている唯は笑って、日が沈んだあたりの暗さに浮いてしまうほどの明るさが木霊する。唯の声が、胸騒ぎに変わっていく。何度も跳ね返ってくる声が亮を煙に巻くように、肝心の核心が見つからない。
「なぁ、本当に大丈夫か……?」
唯の本心を探りたいのにそんな言葉しか思い浮かばず、もどかしくて仕方がなかった。そんな亮を打ち消すように唯は笑っていた。
「大丈夫に決まってるでしょ。ほら早くいかないと徳島さんの頭から角が生えてくるよ。仕事頑張ってね」
笑顔で手を振って、唯はドアノブに手をかけていた。薄いはずのそのドアはやけに重たい音を鳴らし、どんなものも入る隙間がないほどピタリと閉じられていた。
唯はリビングに戻って、取り上げた茶封筒を置ことしたら、約束のノートが不満げにその存在を主張していた。
それを手に取り、中身を見るといつ書き込んだのか。新たな亮の文字が刻まれていた。
『絶対に、無理は禁物。どんなことでもいいから、遠慮せず何かあれば連絡しろよ』
筆圧の濃い亮の文字を指でなぞってみる。すると、そこから亮の思いもにじみ出てくるような気がして、ふいに視界が滲む。唯はペンをとりその後に書き込んだ。
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