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そして、二十四歳

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 今日は自分の誕生日だといっても、仕事は淡々と進行し、日常は変わりなく流れていくものだ。
 その流れに、身を任せるように彩芽は、丸い顔に化粧を施し、身支度を整えて家を出ようと玄関のドアに手をかけようとして振り返る。いつもならば母から「いってらっしゃい」と、眠気眼でも出てくるのに今日は、それがない。体調でも悪いのだろうか。
「お母さん、大丈夫?」
 一応大声で叫んでみる。
「大丈夫。今忙しくて出られないだけー。お誕生日おめでとうー。いってらっしゃーい」
「行ってきます」
 元気な声が返ってきて、ほっとしながら今度こそ、家を出た。
 
 自宅から駅まで徒歩十五分ほど。北風を正面から受けて立つように、速足で歩いていく。そんな寒さにやられたのか、子供の頃を思い出す。あの頃は、自分の誕生日というだけで、やけに楽しく、嬉しかった。今思えば、一体何が楽しかったのだろうか。冷えた身体のせいか、そんな冷めた思いが、吐く白い息と一緒に浮かんでくる。そんなことを考えてしまっている自分は、随分と捻くれた大人になってしまったのかもしれないな。苦笑して、満員電車に押し込まれれば、自分の誕生日も押しつぶされて、頭の中は隙間なく仕事が占領していた。
 電車に揺られて三十分ほどで、新宿にある松越百貨店の従業員通路を通り抜けて、いつも通り、店頭へ顔を出し、接客し、昼休憩前の会議に顔を出していく。
 
「例えば、和菓子と洋菓子のコラボなど……次回は各担当斬新且つ、親和性と盛り上がりそうな食品コラボ企画について、本格的なアイディアを出し合い、議論しようと思います。資料をまとめておいてください。では、解散」
 司会者の掛け声とともに、眼光鋭い敦巻あつまき食品部門長が大きく頷き、立ち上がる。退出する道すがら、敦巻が彩芽の上司でありワインバイヤーである藤原に声をかけていた。
「ワインは、いつも通り肉で頼むよ。スモークもいいよね」
 トンと、藤原の肩を叩いて退出していった。横にいたアシスタントバイヤーである彩芽の耳にもしっかり届いて来る。一歩遅れて、机の上の資料を片付けているその横を、和菓子、洋菓子、生鮮、グローサリー調味料……様々な担当バイヤーが、話し合いをしながら出ていく。この後は昼休憩に入るから、みんなご飯を食べながら話し合いでもするのだろう。
 取り残されたように、最後にワイン担当のバイヤーであり、上司の藤原と彩芽が退出した。
 
「みんな、飯いっちゃったなぁ。まぁ、ワインは仕方ないよね。肉か魚と相場は決まってるし、広がりない。僕らは、寂しく二人で社食にでも行こうか」
 不満そうに頬を膨らませている彩芽へ弁解するように、藤原は自分の少し薄い頭を撫でつける。
「私は、よくお菓子をつまみに飲みますよ。甘いものにワインも最高です。洋菓子とかでも、いけるのに」
「あはは。さすが、年季が入っている高島さんは、違うねえ」
 豪快に笑う藤原の声と重なるように、彩芽のポケットの中のスマホが震えた。光った画面だけ確認すると、母からだった。朝、様子が変だったし、何かあったのだろうか。少し緊張しながら、冷たくなった指先で画面をタップする。
 
『彩芽へ。お誕生日、おめでとう! というわけで、今日から、二泊三日で温泉行ってきます。もちろん、佐和さんと一緒。よろしくー』
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