背中越しの恋

雨宮 瑞樹

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予兆

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「ギリギリセーフ!」

俺が部室のドアを勢いよく開ければ、目が今にも飛び出そうなほど大きく見開いた秋田の顔が飛び込んできた。
「亮!お前、心臓に悪いと何度言ったらわかるんだ!!」
秋田が唾を飛ばしながら、少し高めのよく通る声が部屋に響いた。
あまりの音量に両手で耳を塞ぎ顔を歪め
「毎回毎回、うるせぇぞ…。」
と、俺は呻いた。
「煩いと思うなら、静かに開けろ!!
それに、今日はギリギリアウトだ!!」
そういって、髪をわさわさと揺らしながら秋田が指をさす。

え?と、秋田の指差す窓の方向を見れば、亮より頭半分背の高い部長が佇んでいた。
眼鏡の奥の切れの目から殺意むき出しの鋭い眼光が俺を見下ろす。
さすがの迫力に、はは…と、苦笑いを浮かべ、こめかみから冷や汗が流れ落ちた。
窓を背にしているせいか、部長の顔がやけにブラックなオーラを纏っているように思えて、俺はゴクリと唾を飲んだ。


「遅刻は厳禁だと何度も言っているはずだぞ。」
部長の黒眼鏡が、ギラリと光った。
「どうも…すんません。」
ここは、素直に謝るしかない。
反論したところで、火に油を注ぐだけだということは重々承知。
今日は、どんな罰を吹っ掛けてくるのか予測してみる。
テニスコートの整備。球拾い。部室の清掃。
どれも、経験済みだ。
なら、次はなんだ?
荷物持ちか?1日付き人か?
部長は一歩前に出ると、腕組みをして更に俺を見下ろした。
「まぁいい。今日だけは許してやる。」

へ?肩透かしをくらって、自分でも驚くほど間抜けな声が漏れる。
遅刻で、雷が落ちないなんて、前代未聞だ。

「今日からしばらく放課後練習は、山川高校と合同試合を行うことになった。
昨日、相手の部長と話をつけた。」
山川高校?
最近どっかで聞いた気がする。
記憶を辿ろうとすると、部長の声に遮られた。
「山川高校には優秀な選手が多数いる。
そんな相手と対戦できるのは大きな収穫だ。
早く準備して出てこい。」
部長はピシャリと言い放つと、部長はさっさと部室を出て、他の部員達が集まるテニスコートへと向かった。


完全に部長の気配が、完全に遠のくと秋田は興奮したように
「山川高校の女子テニス部といえば、部長のお気に入り女子がいるところだぜ!
たまには、部長もやるな!
お目当ての女子に会うために必死に交渉したんだろうな!」

なるほど。
だから、今回の遅刻は、咎めなしというわけか。
案外、部長も単細胞なんだななんて思いながら、鞄を自分のロッカーに仕舞い込む。
それだけじゃないぜ!秋田は続ける。
「あそこの女子にテニス部には、福島美咲ちゃんっていう、かわいい子がいるんだぜ!
この前、県大会出場しててさ!あの時、俺は美咲ちゃんにに一目惚れしたんだ!」
秋田は身ぶり手振りを激しくし落ち着きなく右往左往しながら、恋する乙女のような顔をしながら、力強く語り続ける。
「あのくりくりした目の中に、気の強そうな光が見て隠れしてて、何かオーラみたいなのがあって。
俺には彼女がマリアに見えたぜ…。」
両手を合わせて、うっとりとしたようにそういう。
秋田は昔から女の子に惚れっぽい。
そして、恋というものにめちゃくちゃ積極的だ。
どこをどうしたら、そこまでの情熱を燃やせるのか俺にはいまいちわかない。
だが、秋田にとって異性という存在は頭の中のほとんどを占めているらしかった。
恋はうまくいこうが、いくまいが突撃あるのみ。
それが、秋田のモットーだといつだか言っていたことを思い出す。
俺は深くため息をつきながら、俺は顎に手を当てた。
とりあえず、秋田のことは放っておくことにして、さっきから、ずっと引っかかっている名称の数々に焦点を当ててみることにする。
福島美咲…。
山川高校…。


「あ!!」
閃きと共に思い切り叫べば、秋田の肩がバネのように飛び上がった。
「お、お、お前!!ふざけてんのか!?
俺を 驚かすようなことをするなと、何度言ったらわかるんだ!!
わざとやってんのかよ!!」
秋田は俺の胸ぐらをつかんで、唾を飛ばしてきてくるのを手でよけながら
「ついつい。」
俺は苦笑いを浮かべ頭をかく。
秋田は相変わらず怒りをにじませた顔をしながら、ゆっくりと俺の服から手を離して、秋田は荷物をとりにロッカーの扉を開けながら、一気にトーンダウンした声で
「で?無駄にでかい声を出して俺の心臓を怖がらせた理由はなんだ?」
ごそごそ手を動かしながら、秋田は疑問を投げかけてきた。
俺も、ロッカーに置いてあるラケットを取り出し、ガットを確認しながら
「いや、この前ファミレスで会ったのを思い出しただけ。」


「そうか。お前、それだけであんなバカみたいな声出したのかよ…。
ったく…いつもいつも…。」
そこまで秋田がいうと、ピタリと声も動作も止めて
「って、美咲ちゃん知ってるのかよ!?」
秋田は、ものすごい勢いで近づいてきて顔をぐいっと俺の目と鼻の先に寄せてきた。
生ぬるい息が顔にかかり、とんでもなく不愉快だ。
眉間に深いしわを作って、離れろと目で訴えてみるが、秋田には届くはずもない。
「知ってる…というか…。この前ファミレスに行ったとき、バイトしてたんだよ。で、かくかくしかじか…。」
「お前・・・。本っ当に、ふざけんなよ?俺が目を付けた子みーーんなお前が持っていくって、どういう了見だ!?いい加減にしろよ?お前には、唯ちゃんという可愛い彼女がいるんだから他の女の子には、手を出すなっつーの!!」


秋田は、身を引いて亮をギロリと睨んでくる。
亮は、思わずため息をついた。
謂れのないことで、敵視されたりするのは慣れっこではあるが。
正直なところ、この手の話で揉めるのは勘弁してほしかった。
「手なんか出してねぇし、不可抗力だ。って言うか、合同試合って言っても、女子は関係ないだろ?」 

「なんだよ、俺には関係ないって顔しやがって。
同じテニス部なんだから、山川高校の男子の応援しに来るに決まってんだろ!」

秋田はいつになく頭にきてているのか、突き放すようにそういうと、さっさと部室から出て行った。
バタンと閉じられたドアを見つめて、亮は再度深いため息をついた。
この時は、面倒だ。くらいにしか思っていなかった。
どうせ、秋田のことだ。
すぐに冷めて、ネタにでもするんだろう。
軽くそんなことを考えてながら、ラケットを手に取り、部室を出た。

だが。
この時すでに当たり前だった日常が少しずつ崩れていることを、俺は気付きもしなかった。
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