背中越しの恋

雨宮 瑞樹

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決別

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暑くなっていた空気に、ひんやりとした風が吹き込むと、唯の茶色がかった髪が流れた。
その先には、鋭い目の亮の姿。
真正面にいる亮の瞳は、唯を捉えているのか、三咲を捉えているのか。
唯は、一瞬戸惑う。
だが、そんなことよりも、三咲とのいざこざを亮に見られてしまったことの方が気になり、唯の胸の奥がざわざわと騒ぎ出していた。
後ろめたいような、罪悪感に捕らわれていく。不快なざわめきから何とか逃れたくて唯は、亮にこの状況を説明しようと口を開こうとしたが、亮は唯の顔の前に手を出し、制され失敗に終わる。何も言うなという亮の無言の圧力が唯を閉口するしかない唯は、声にならなかった空気を飲み込むしかなかった。

亮は、一瞬唯を見たようだったが、すぐに視線は三咲に投げかけられていた。
その目には確かな怒りの色が浮かび、顔も硬直しているようにみえる。
こんな風に露骨に感情を表に出すのは何年ぶりだろう。
小学五年の頃、亮の親友が年上の男子数人に囲まれてからかわれていたのを見かけた亮が、怒りの形相で食って掛かったことがあった。
温厚な亮があんな顔するんだと驚いたものだ。
それ以来かもしれない。
今もあの時と同じような顔をしていた。
唯は、固唾を飲んで亮の動向を見守る他、成す術がなくただただ唯は俯くしかなかった。

「一体、何していたんだ?」
亮は、鋭い視線を三咲に向けて、冷たい声を投げた。
三咲はビクリと肩を震わせた。
どうしてそんな顔をするのかという疑問と、動揺が三咲を襲っているようだった。
だが、気を取り直したのかふっと息を吐くと三咲は肩をすくめて、鼻で笑うと
「宮川くんには、関係ないことよ。
女同士の話し合いをしてただけだもの。」
ねぇ?と同意を求めるように視線を唯に送るが、唯は俯いたまま合うことはなかった。
三咲はそれにムッとしたのか、くだらない話したくもないとうんざりだとに首を横に振り「本当に大袈裟。」と吐き捨てるように言い捨てた。

そんなことより、と三咲は先ほどと打って変わって笑顔になると、唯を避けて、靴を脱ぎ捨てると長い黒髪が揺らしながら亮の方へと歩みよった。
「今日はうちの学校もテストで早く終わったの。だから、部室で待ってれば宮川くんに、会えるかなと思って。そしたら、やっぱり会えたわ。一緒に行きましょ。」
三咲は亮の正面に来ると上目遣いで、亮を熱く見つめ、笑みを浮かべると細い腕を亮の腕に絡めよう近づく。

唯は、いつの間にか手から鞄が落ちていたことに気づき、拾い上げて踵を返し出口へと向かおうと右足を踏み出したとき
「俺は、今日休みって伝えておいてくれ。」
という亮の声が背中から聞こえたと思ったら、いつの間にか亮は唯の真横に来ていた。
あまりの早業に驚いて思わず亮の顔を見ると、亮の予想外に亮の柔い眼差しにぶつかった。
「今日は、大事な用事があるんだ。
こいつと行かなきゃいけないところがあるからさ。」
そういって、亮は唯の頭にポンと手を乗せた。
唯は、思いがけない重みと言動に動揺して、視線を揺らしながら足元に落とした。
大事な用事?
行かなきゃいけないところ?
亮が何の話をしているのかわからず、再び亮の顔を見上げると、いつものいたずらっぽい笑顔を向けていた。

そんな二人のやり取りが三咲の癇に障ったのか、厳しい顔をして下唇を噛んで、唯を突き刺すように睨みつける。
その視線を遮るように、亮は唯の前に立った。
「いっとくけど。唯に手出ししたら、俺はあんたを許さない。」
「何……?どういう意味?
……まるで、私が何かしたって口振りよね。いっておくけど、被害を被っているのは、私の方よ? 
宮川くんまで、私のことを悪者にしようっていうわけ?
この子に何を吹き込まれたの?」 
「昨日のことは、唯からは何も聞いていないさ。聞いたのは他の奴からだ。」
「……水島さんって、ただの幼馴染みのくせに宮川くんの隣ばかり張り付いて、邪魔ばかりしているわよね?」
三咲は、訴えるように亮をじっと見つめ、続ける。
「見ていればわかるわ。いつも、いつも近くにいて煩わしいでしょう。そう思ってるのは、私だけじゃない。大勢の女子は、私と同じ思いを抱えている。だから、それを代弁して水島さんに教えてあげようとしていたの。宮川くん自身だけじゃなく、宮川を応援しようとしている人達全員の障害物になってるのよって。親切心で助言してあげたのに、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。そればかりか、私のことを悪者扱いよ?酷いと思わない?」
語気を強めながら話終わると、三咲の顔は歪み目に少し涙を浮かべていた。
張りつめた空気が包み込む。
唯は、少し目を伏せて表情一つ変えず耳を傾けていた。
そこに亮が、静かに口を開いた。

「……今君がしているようなことを、これからも続けるのなら、俺は君を憎むことしかできなくなる。君の怒りは、本来俺に向けられるはずのもので、唯は関係ない。
だから、もう終わりにしようぜ。
誰かを陥れるたり、自分を磨り減らしていくことをさ。」
亮は、静かに続ける。
「それと…俺の自惚れだったとしても、はっきり伝えておくよ。
君の好意は、俺は受け止められない。
ごめん。」
そういうと、亮は頭を下げた。
三咲は、色が変わるくらい唇をかむ。
「私が……私が…あなたの幼馴染だったらよかったのに…。
そしたら、宮川君の隣にいられた…。あの子じゃなくて…私だったら……。」
苦悶の表情に変え、三咲の目から大粒の涙が流れた。
決壊した涙は、次から次へと流れ落ちていく。
足元に落ちると、廊下の床は涙を弾き、無数の小さな粒となって辺りを濡らしていった。

「君は…唯が俺の幼馴染みだから側にいると思っているかもしれないけど、それは違うよ。
幼馴染みだから、傍にいるんじゃない。
他の誰でもない。唯が唯だから、隣にいてほしいと俺が望んでいるんだ。」
亮が話し終わると同時に、三咲はその場にしゃがみ込み両手で顔を覆い、声を押し殺しながら嗚咽し始めた。長い髪が肩から滑り落ち、振動が毛先を震わせていく。その嗚咽を背中で聞きながら、亮は自分の靴を下駄箱から取り出して靴を手早く吐き終えると
「ごめん。」と三咲に背を向けたまま再度そういうと、唯の肩を軽く叩いて、行こう。と促した。
唯は、すぐにそれに応えることができず、三咲を見つめた。
三咲は、膝を抱えて小さく肩を震わせていた。
静まり返った廊下に彼女のすすり泣く声だけが、か細く響いていた。
このまま彼女を一人にしておいていいのかだろうか。唯は、どうすることもできないことは頭でわかっているが、その場を離れてしまうのは、あまりに冷たいような気がした。
だからといって、自分が声をかけたところでその傷を深くするだけだということも理解している。
ただ、小さくなった彼女の姿を遠くから見ている他なかった。
ふと、三咲がいる場所から、更に奥の廊下の物陰で見覚えのある姿を見つけた。
驚いて目を丸くしていると、その人物が、小さく手を挙げて亮の方へと指さして行けとジェスチャーしていた。
唯は頷き、踵を返すと出口で待っていた亮の方へと向かった。


**********


秋田はふっと息をついた。
唯を遠目で見送ると膝を抱え俯いたまま三咲に静かに歩み寄った。
「大丈夫かい?」
声をかけながら、秋田は三咲の横に座り出口の外のずっと遠くを見つめる。
部活が一部で始まったのか、掛け声が聞こえてくる。
その声をかき消すように
「…笑いに来たの?」
顔を上げないまま答えた三咲の声はいつもの強さを含んでいた。
やっぱり、この子は凄いと感服しながら、秋田は三咲の艶やかな黒髪を見つめた。
「まさか。俺って、そんなに性格悪く見えるかい?」
「見えるわ。」
「即答かよ。」
秋田はふわりと笑った。
そして、顔を正面に向けて遠くを見つめると誰に話しかけるでもなくそっと話始めた。
「…誰かを思う気持ちが強ければ強いほど、振り向いてほしくて、必死に追いかけたくなる。最初は純粋でさ。何もかもがこの世の物事がすべて輝いて見えて。この世の見方が変わるんだ。あの人のためなら、何でもできる。あの人といられるのなら、頑張れるって感じで。
でも、それが、不思議なものである通過点を過ぎると暴走するんだよな。
そうすると、一気に輝きは失っていく。
どす黒い色に塗りつぶされて、景色も一気に変わって。光のない闇の世界に入り込んでいく。でも、本人はそれに気付かない。
憧れの人の背中だけを見つめているから、自分が今、どんな状況にいるのか、どこにいるのか、わからなくなる。追いかけている相手の顔さえも見えなくなるんだ。」
ほんの少し顔をあげた三咲の少し濡れた綺麗な睫毛が秋田に向けられた。秋田は三咲に視線を向けることなく、ただ真っ直ぐ前を向いて、続ける。
「色を失った世界に迷い込んだことに気づかず、ただただ、佝すんでいくんだ。そして、自分はぼろぼろだということにも気付かず、周りも傷つけて泥沼にはまっていく。」
そこまで話終えると、秋田は大きく息を吐いた。
「……それ、誰の話?」
と、今度は完全に顔を上げて秋田を見て問うと、秋田もその目に合わせて柔らかく笑った。
「近くて遠いところに住む俺の愛しの人の話。」
「何よ、それ。」
三咲の目は、いつもの勝ち気な色が戻っている一方で、その顔にはいつになく穏やかな微笑みを浮かべていた。

「もう、そんなところから抜け出そうぜ。
この世には、あんなどうしようもない臆病者なんかより何百倍もいい男が腐るほどいるんだ。ほら、今も君の目の前に。」
秋田はスッと立ち上がり、自分に親指を向けて、ニヤリと笑った。三咲は秋田を見上げて、きょとんとすると、プッと吹き出す。そして、
「本当にあんた、バカ……ね。」
そういうと、三咲はまたくすぐったそうに笑う。秋田はそんな三咲に目を細めながら
「行こうぜ。明るいところにさ。」
そういうと、右手を三咲に差し出した。
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