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重なり合うふたり
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商店街を抜けると、一気に視界が開けてあの日の海が広がっていた。
雲一つない青い空は、海との境界線を曖昧にさせているせいか青一色が視界を染め上げていた。
楽しかった思い出も、悲しい記憶も、暗い感覚も、浮上していく気持ちも、胸を締め付けるような苦しさも。
あの日、この海に流してきたはずの記憶がジ押し戻されるように鮮明に蘇る。
潮の薫りも、まとわりついてくる風も、穏やかな波音も、あの日と全く同じで、この場所だけは時間が止まっているようだった。
海へと続く砂だらけの階段を踏みしめて下りると、砂浜を下りると白い砂が足を埋もれさせた。
唯は、サンダルを脱いで、細い指で拾い上げて、海の方へと向かっていった。
その後ろ姿は細く華奢ながら凛として、優しく吹く風がスカートの裾を蝶のように翻させて、美しく舞った。
海に近付けば近付くほど、潮の薫りと波音が色濃く広がっていく。
唯は、波打ち際まで来ると、唯は足を水につけてみた。
亮もすぐ近くで、静かにそれを見守っていた。
熱くなっていた体温が足から少しずつ奪われていく。
記憶とは違う予想外の冷たさに思わず、びくりと肩を震わせた。
「やっぱり、まだ冷たいね。」
誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
あの頃と同じようでやっぱり、少し違う。
私の方が高かった背丈も今は亮の方がずっと高くなった。
変わらなかったようで、少しずつ変わっている。
気付かなかっただけで、私たちも少しずつ変わっていたのかもしれない。
唯は長い髪を後ろに払うと海へと流されていく。
私は、亮を真っすぐ見つめて問う。
「どうして、ここに来ようと思ったの?」
唯の髪が流される方へと亮はゆっくり目で追うと瑠璃色の海が視界いっぱいに広がっていた。
「ここが、俺と唯の始まりの場所だった気がするんだ。唯にとっては、あんまり思い出したくない場所だったかもしれないけど、俺にとっては、大事な場所でさ。」
そうゆっくりと言葉を紡いでいけば、少し緊張していた気持ちがほぐれていく気がした。
それと比例するように亮の顔には、穏やかな笑みが浮かぶとゆっくりと口を開いた。
「ここにくる前から俺たち一緒にはいたけど、どこか唯を遠くに感じてたんだ。
唯の前には分厚い壁があって、どうにもこうにも壊すことができなくてさ。
どんな時も、強くあろうとする唯にどう向き合っていいのかわかんなかったんだ。
その時はそれでもいいかなって思ってた。
いつも一緒にいるけど、すべてわかる必要もないし、普通に楽しけりゃあいいかってさ。
でも。唯の父さんが亡くなって、苦しんでいる唯の姿を見たら、いてもたってもいらなかったんだ。平然としているように見えて、本当は物凄く悲しみに呑まれている唯が目の前にいるのに、俺は遠くから見ていることしかできなかった。何かできることはないのか、かける言葉はないのか、考えても考えても何一つ思いつかなくてさ。
小さいころからずっと一緒にいるくせに、ずっと隣にいたのに何もできない自分自身が情けなくて仕方がなかったんだ。
俺は、今まで唯の何を見てきたんだろう。
何のために俺はここにいるんだろうってさ。
そんな時だ。ここにきて、滅多に見せない涙を流している姿を見た瞬間思ったんだ。
俺はもっと強くなって、あの強がりな唯が弱音を吐ける唯一の男になってやるってさ。」
そういう、亮は照れ臭そうに頭を掻いた。
それでも、言葉を止めることはなく続けた。
「それから、ほんの少し唯の本音が聞けるようになって近付けたような気がしてたけど、結局肝心なところは変わってなかった…。
何かあっても、唯はやっぱり弱い自分を見せることはしなくて、俺は結局それを見て見ぬふりをして。
何で俺は、そこで向き合おうとしなかったのかって後悔ばっかりだった。
いつまでもお互いの背中ばっかり見てたって、仕方ないんだ。
どんなに近くにいても、向き合わなかったら意味がないんだ。」
海を見ながら穏やかに紡ぎだされる亮の言葉を聞きながら、そっと亮の横顔をみると同時に、遠くに向けていた視線が唯に戻り、視線が絡み合った。
「だから、隠さずに言うよ。
俺は、唯のことが好きだ。」
私はそれを聞いた時、頭の中で閃光が走るような感覚と共に一番大事なことを思い出した。
そんな風に優しさと強さを持ち合わせて輝く亮の瞳が何よりも好きだったということに。
ずっと、その顔を隣で当たり前のように見続けられたらと思った時があったこと。
もっと、あなたに近づきたいと願った時があったこと。
素直な気持ちは、時とともに埋もれていってしまっていたけれど。
かけられた砂を払えば、ずっと消えずにいた頼りない灯がやっと解放してと泣き叫んでいるようだった。
その声に押されるようにどこかでタガが外れる音がして、私は唇を震わせた。
「…私も好きだった。ずっと昔から。」
溢れ出た言葉は、自分でも驚くほど素直で単純だった。
たったそれだけの言葉を伝えるのに、どれだけ時間がかかったんだろう。
ずっと引きずっていた思いが、涙に変わっていく。
唯の目からハラハラと零れ落ちていく雫は、跡形もなく海に帰り流されていく。
内なる灯は昇華されるように消えていく。
涙よ止まれと言い聞かせるほど、涙は次々と頬を伝っていった。
どうしたらいいのかわからず混乱する気持ちを落ち着かせなければと亮に背を向けようとした時、左手にぬくもりを感じて目を見開いた瞬間。
私は、亮の胸に引き込まれていた。
包み込む優しさは、私の心をずっと残り続けていた蟠りは粉々に砕かれていく。
「向き合う勇気がなかったのは私の方。
悩ませて、ごめんね。」
「それはお互い様だろ?」
そういって、亮がふっと笑った振動が、優しく伝わってくる。
どんなに遠回りしたっていい。
他人にとやかく言われると筋合いはない。
俺たちは、俺たちだそういってるように亮は穏やかに笑った。
私も亮の腕の中、釣られるように笑った。
「なぁ、唯。
俺達ここから、始めよう。」
まだまだ、時間はたっぷりある。
今度は、背中越しじゃなくて、お互いの顔が見えるように向き合おう。
唯は静かに、頷いた。
砂浜に伸びる影は、静かに重なり合った。
二人の終わりのない砂時計にまた新しい砂が込められていく。
サラサラと落ちていく砂は、いつまでも輝き続けていた。
雲一つない青い空は、海との境界線を曖昧にさせているせいか青一色が視界を染め上げていた。
楽しかった思い出も、悲しい記憶も、暗い感覚も、浮上していく気持ちも、胸を締め付けるような苦しさも。
あの日、この海に流してきたはずの記憶がジ押し戻されるように鮮明に蘇る。
潮の薫りも、まとわりついてくる風も、穏やかな波音も、あの日と全く同じで、この場所だけは時間が止まっているようだった。
海へと続く砂だらけの階段を踏みしめて下りると、砂浜を下りると白い砂が足を埋もれさせた。
唯は、サンダルを脱いで、細い指で拾い上げて、海の方へと向かっていった。
その後ろ姿は細く華奢ながら凛として、優しく吹く風がスカートの裾を蝶のように翻させて、美しく舞った。
海に近付けば近付くほど、潮の薫りと波音が色濃く広がっていく。
唯は、波打ち際まで来ると、唯は足を水につけてみた。
亮もすぐ近くで、静かにそれを見守っていた。
熱くなっていた体温が足から少しずつ奪われていく。
記憶とは違う予想外の冷たさに思わず、びくりと肩を震わせた。
「やっぱり、まだ冷たいね。」
誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
あの頃と同じようでやっぱり、少し違う。
私の方が高かった背丈も今は亮の方がずっと高くなった。
変わらなかったようで、少しずつ変わっている。
気付かなかっただけで、私たちも少しずつ変わっていたのかもしれない。
唯は長い髪を後ろに払うと海へと流されていく。
私は、亮を真っすぐ見つめて問う。
「どうして、ここに来ようと思ったの?」
唯の髪が流される方へと亮はゆっくり目で追うと瑠璃色の海が視界いっぱいに広がっていた。
「ここが、俺と唯の始まりの場所だった気がするんだ。唯にとっては、あんまり思い出したくない場所だったかもしれないけど、俺にとっては、大事な場所でさ。」
そうゆっくりと言葉を紡いでいけば、少し緊張していた気持ちがほぐれていく気がした。
それと比例するように亮の顔には、穏やかな笑みが浮かぶとゆっくりと口を開いた。
「ここにくる前から俺たち一緒にはいたけど、どこか唯を遠くに感じてたんだ。
唯の前には分厚い壁があって、どうにもこうにも壊すことができなくてさ。
どんな時も、強くあろうとする唯にどう向き合っていいのかわかんなかったんだ。
その時はそれでもいいかなって思ってた。
いつも一緒にいるけど、すべてわかる必要もないし、普通に楽しけりゃあいいかってさ。
でも。唯の父さんが亡くなって、苦しんでいる唯の姿を見たら、いてもたってもいらなかったんだ。平然としているように見えて、本当は物凄く悲しみに呑まれている唯が目の前にいるのに、俺は遠くから見ていることしかできなかった。何かできることはないのか、かける言葉はないのか、考えても考えても何一つ思いつかなくてさ。
小さいころからずっと一緒にいるくせに、ずっと隣にいたのに何もできない自分自身が情けなくて仕方がなかったんだ。
俺は、今まで唯の何を見てきたんだろう。
何のために俺はここにいるんだろうってさ。
そんな時だ。ここにきて、滅多に見せない涙を流している姿を見た瞬間思ったんだ。
俺はもっと強くなって、あの強がりな唯が弱音を吐ける唯一の男になってやるってさ。」
そういう、亮は照れ臭そうに頭を掻いた。
それでも、言葉を止めることはなく続けた。
「それから、ほんの少し唯の本音が聞けるようになって近付けたような気がしてたけど、結局肝心なところは変わってなかった…。
何かあっても、唯はやっぱり弱い自分を見せることはしなくて、俺は結局それを見て見ぬふりをして。
何で俺は、そこで向き合おうとしなかったのかって後悔ばっかりだった。
いつまでもお互いの背中ばっかり見てたって、仕方ないんだ。
どんなに近くにいても、向き合わなかったら意味がないんだ。」
海を見ながら穏やかに紡ぎだされる亮の言葉を聞きながら、そっと亮の横顔をみると同時に、遠くに向けていた視線が唯に戻り、視線が絡み合った。
「だから、隠さずに言うよ。
俺は、唯のことが好きだ。」
私はそれを聞いた時、頭の中で閃光が走るような感覚と共に一番大事なことを思い出した。
そんな風に優しさと強さを持ち合わせて輝く亮の瞳が何よりも好きだったということに。
ずっと、その顔を隣で当たり前のように見続けられたらと思った時があったこと。
もっと、あなたに近づきたいと願った時があったこと。
素直な気持ちは、時とともに埋もれていってしまっていたけれど。
かけられた砂を払えば、ずっと消えずにいた頼りない灯がやっと解放してと泣き叫んでいるようだった。
その声に押されるようにどこかでタガが外れる音がして、私は唇を震わせた。
「…私も好きだった。ずっと昔から。」
溢れ出た言葉は、自分でも驚くほど素直で単純だった。
たったそれだけの言葉を伝えるのに、どれだけ時間がかかったんだろう。
ずっと引きずっていた思いが、涙に変わっていく。
唯の目からハラハラと零れ落ちていく雫は、跡形もなく海に帰り流されていく。
内なる灯は昇華されるように消えていく。
涙よ止まれと言い聞かせるほど、涙は次々と頬を伝っていった。
どうしたらいいのかわからず混乱する気持ちを落ち着かせなければと亮に背を向けようとした時、左手にぬくもりを感じて目を見開いた瞬間。
私は、亮の胸に引き込まれていた。
包み込む優しさは、私の心をずっと残り続けていた蟠りは粉々に砕かれていく。
「向き合う勇気がなかったのは私の方。
悩ませて、ごめんね。」
「それはお互い様だろ?」
そういって、亮がふっと笑った振動が、優しく伝わってくる。
どんなに遠回りしたっていい。
他人にとやかく言われると筋合いはない。
俺たちは、俺たちだそういってるように亮は穏やかに笑った。
私も亮の腕の中、釣られるように笑った。
「なぁ、唯。
俺達ここから、始めよう。」
まだまだ、時間はたっぷりある。
今度は、背中越しじゃなくて、お互いの顔が見えるように向き合おう。
唯は静かに、頷いた。
砂浜に伸びる影は、静かに重なり合った。
二人の終わりのない砂時計にまた新しい砂が込められていく。
サラサラと落ちていく砂は、いつまでも輝き続けていた。
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