買った天使に手が出せない

キトー

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番外編SS

挿話《宿の息子》

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 彼を見た瞬間に心が震えた。
 彼の瞳が俺を見た瞬間に心を射抜かれた。

 信じられないほどの白い肌。柔らかな色合いの髪と瞳。小柄な体は抱き締めこの腕に閉じ込めてしまいたくなる。
 何より、常にふわりと浮かべている微笑みが可愛くて、美しくて、隣でずっと見ていたくなる。

 親父からは大切な上客だから粗相の無いようにと言いつけられた。
 正直面倒だと思ったから、最低限の世話をしてさっさと退散しようと思っていた。
 だけど、気が付けばふらふらと引き寄せられる様に彼の隣に座っていてせっせと世話を焼いていた。
 そんな俺を訝しむことも無く、そして惜しまず笑顔を向けてくれる。

 それから彼とはたくさん話をした。
 と言っても俺が勝手にベラベラ喋っていたのたが、彼は退屈そうにもせずに興味深げに聞いてくれて、嬉しくて更に口が軽くなる。
 楽しかった。
 幼そうな見た目に反して、まるで俺より年上のような包容力があった。
 だけど笑顔は年相応で可愛らしく、彼を笑顔にする為なら何でもしたいと思った。

 もし、この人がずっと隣に居てくれるなら、どこまでも頑張れるだろうな。
 どんなに疲れていても、この人の笑顔できっと全て吹き飛ぶだろう。
 落ち込んだ時は、この人に頭を撫でてもらいたい。それだけで、いくらでもはい上がれる。

 出会ってたった数時間で、もう彼の事しか考えられなくなった。
 魅了されるってこう言うことだ。
 可愛くて、美しくて、優しくて、そんな彼が、どうしょうもなく欲しい。

「俺と宿を経営しないか?」

 ずっと隣に居てほしい。その笑顔を守る為なら何でもするから。
 だが、返事は聞けなかった。
 その前に男に手を引かれ部屋に戻ってしまったからだ。
 その時僅かに交わされた男の鋭い視線は気のせいではないだろう。
 一瞬怯むが、でも諦めたくない。
 明日がある。朝、僅かでもいいから彼と話をしよう。
 せめてちゃんと俺の気持ちを伝えたい。

 しかし、そんな決意も虚しく、朝起きたらもう彼は居なかった。
 朝食も食べずに街を出たのだと親父は言う。

 唖然と立ち尽くす俺は、幻でも見ていたのかと思う。
 だってそうだろう。
 こんなにも俺の中に存在感を残した人が、今はもう居ないなんて。
 まるで最初から居なかったかのようにあれだけ騒がしかった酒場は綺麗に片付けられ静まり返っている。
 彼と話をした場所も、一つの名残もなくなって。

 まるで妖精にでも出会った気分だ。
 どんなに恋い焦がれても、触れることすら出来ない儚い存在。
 出会えた事すら奇跡だったのだと、そう思えば諦めもつくだろう。

 なのに彼の笑顔を忘れられそうには無くて、想いは膨らむばかりだった。
 諦めるなんて無理みたいだ。
 もし彼にまた会えたなら、次こそは彼の心を捕えよう。

 瞳を閉じればあの笑顔が蘇る。
 それだけで俺は今以上に強くなれるから。


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