brat中編

根無し草

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その15、不意打ち

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◆◆◆

のんべんだらりと過ごしながら、それでもあちこちから上納金をかき集め、なんとか今月もやり過ごした。

だが、ほっとしたのも束の間、カシラと裕之を会わせた1週間後のある日、親父の屋敷にいたら、裕之の母親がやってきた。

「組長はいるの?  いるなら是非お話したい事があるの」

母親だとわかったのは、自分が名乗ったからだが、何故ここに来たのか……。
俺と裕之の事でやって来たとしか思えなかったが、裕之が自分から話すわけはねぇから、お袋さんが無理矢理聞き出したのか?

おやっさんは奥の座敷にいるが、こりゃちとマズい。

「親父は忙しい、話なら俺が聞く」

このお袋さんはなにを言い出すかわからねー。

「あなた、あの時電話に出た人ね、声でわかるわ」

やっぱ声でバレちまったらしい。

「まぁー、そうっす」

「よくもソープにぶち込むだなんて言ってくれたわね」

あん時に言った事をちゃんと覚えてやがる。

「そりゃ、あんたが息子にウリをさせようとしたからだ」

自分のやらかした事を棚に上げて、呆れた女だ。

「あの子はあたしの子よ、親がなにしようが勝手じゃないの」

しかも、むちゃくちゃな事を言う。

「はあ?  ふざけた事を抜かすな、親だからってなんでもしていいわけねーだろうが」

「うるさいわね、兎に角あなた、裕之を誘い出して会ってるでしょ、あなたこそなにしてるかわからないわ、あの子に手を出したんじゃないの?」

今度は俺を疑ってきやがった。

「俺はなにもしてねぇ、裕之が寂しいって言うから、兄貴の代わりになってやったんだ」

「そんな事言って、あの子はあんな風に可愛らしい、だから、そういう人にモテる、あたし、知ってるんだから」

モテるって……えらい知ったような事を言うが、つー事は……。

「ちょい待て、それを分かってて、あんなブラバス野郎に売ったのか?」

「あの人はちょっとした知り合いよ、ちゃんとした人なの」

笑わせてくれる。

「ほお、ちゃんとした人間が、ガキを買うのか?」

「んもー、なによ、ヤクザの癖に!」

正論を叩きつけると逆ギレ。
組長宅に押しかけてきて、俺らに向かってよくそんな口がきけるものだ。

「ったく……、ああ、じゃ……兎に角よ、話を聞こうじゃねーの、話せ」

ま、けど、相手にしても仕方がねぇ。

「だからー、組長さんに会わせてよ」

「あのな、しょうもねぇ事で、親父を呼ぶわけにゃいかねぇんだよ」

どうしても親父に会いたいようだが、そうはいかねぇ。

「おう、葛西、お客さんか?」

不意に親父の声がした。

「あっ、おやっさん」

振り向くと、親父が歩いてきた。
玄関でごちゃごちゃやってるから、気づいちまったようだ。

「あ、そちらが組長さん?」

お袋さんは親父を見て言ったが、上手い事親父に会えてしめしめと思ったのか、ニンマリと笑った。

「ああ、そうだが、どちら様かな?」

親父は俺の横に来て問いかける。

「あたし、裕之の母親です」

お袋さんは親父を見上げて答えた。

「ん、ああ、仲本裕之……だったかな?」

「ええ、そうです」

「あんたは離婚したんだろ?  だったら家の件は無関係だ」

親父は家の事だと思ったらしい。

「それは知ってます、この人があたしをソープにぶち込むって言ったの」

だが、お袋さんは一部分だけを切り取って、俺が悪いような言い方をする。

「葛西、本当か?」

親父は真顔で聞いてきた。

「いや……そうっすけど、それには事情がありまして」

「何故そんな事を言った」

「こいつが裕之にウリをやらせようとした、だから俺はムカついて、2度とするなって脅したんす」

俺は真実を話した。

「どこに証拠があるの?」

ところが、お袋さんはすっとぼけてやがる。

「なにぃー?」

「あたしがやらせたって証拠を出してよ」

睨みつけてやったが、堂々と言ってくる。

「このアマ……」

この女、相当な性悪だ。

「葛西、駄目だぞ」

親父が一言注意してきた。

「はい、分かってます」

張り倒してやりてぇが、そんな事をやるつもりはねぇ。


その後、親父はお袋さんの言い分をひと通り聞いた。
それは自分にとって都合の悪い箇所を抜いた話だ。
頭にきて『そいつの話はほとんど嘘だ』って言ったが、親父は黙るように言う。

お袋さんは言いたい放題言って満足したらしく、最後に俺に向かって『2度と裕之には会わないで』と、そう釘を刺して玄関から出て行った。

「葛西、来い」

「はい……」

親父について座敷に向かったが、この後は説教だろう。
裕之に会うなと言ったが、裕之の事が心配だ。
お袋さんに酷い事を言われてなきゃいいが……。



◇◇◇


親父の座敷に行ったら、親父のそばに正座して座った。

「葛西、あの母親が言った事はほとんどが嘘だ」

親父は分かってくれていた。

「はい」

「お前は息子を守る為に動いたんだな?」

「はい、そうです」

「息子の事をもう少し詳しく聞かせてくれ」

「はい」

裕之の事を聞いてきたので、俺は母親との関係について話をした。
ひと通り話し終えると、親父は腕組みをして渋い顔をする。

「あの母親は母親失格だ、しかし……離婚したとは言え、母親とは縁が切れねーからな、可哀想だとは思うが、母親が会うなと言うなら、従うしかねーだろう」

「はい、それは分かるんですが、俺は四七築の奴らが気になって、それに……あの母親にしても、今日ここに堂々とやって来たくらいだ、またウリをやらせるかもしれません、もしあいつになにかあったら……」

「葛西、俺達は児童福祉司じゃねーんだ、元はと言や、その息子は債務者のガキに過ぎねー、そしてその家や土地を買い取ったのはうちで……ヤクザだ、俺らのような人間がしゃしゃり出て何ができる?  そのガキの周りをうろつくだけで怪しまれるぞ」

「はい……」

「忘れろ、お前は上手くやったんだ、これ以上あの親子に関わる必要はねー、済んだ事だと思って、余計な事は考えるな」

「はい、わかりました……」

親父の言う事は正しい。
ここまで言われちまったら、忘れるしかねーだろう。



◇◇◇

裕之から電話がかかってこなくなった。
気分が優れねー。
最悪に憂鬱だ。

カシラにも事情を話し、納得して貰った。

刈谷の動向だけは何気にチェックしているが、今の所何もしちゃいねぇ。

裕之に会えなくなって、また1週間が過ぎていった。

今日は朝から雨だ。
霧のように細かい雨だし、傘はいらねー。

午前中に四七築の事務所に立ち寄った。
刈谷が詰めていたが、今は話したくねー。
ひとこと言葉を交わし、事務所番に必要な書類を出すように言った。
そこらの椅子に座ったら、刈谷がそばにやって来た。

「おい葛西、やけに素っ気ねぇな」

「ああ、なんだ」

「あのガキは、裕之は上手くやってるか?」

「ああ……」

裕之の事を聞かれてズキッときたが、ここは嘘をついた方がいい。

「そうか、ったくよー、俺はな、仕方ねぇからよ、売り専のガキと付き合ってる」

「へえ」

いくら耳にしても、その手の話はやっぱり興味ねー。

「18だが、ま、そっちにゃ長けてるからな、フェラは上手いぞ」

また始まった。

「そうか」

マジで聞きたくねー。
なのに、奴はペラペラと下ネタを連発しやがった。

事務所番がやってきた時は、心底助かったと思ったが、不意に電話が鳴りだした。

ポケットから出して見たら、裕之だ……。

俺は変にドキドキしながら電話に出た。

『裕之か?』

『はい……』

裕之は返事をしたが、やたら暗い声だ。

『裕之、どうした?』

『うっ、葛西さん……、俺……』

いきなり泣き出した。

『なんだ、どうしたんだ、なにかあったのか?』

嫌な予感を覚え、心臓がバクバクし始めた。

『母さんに言われて……知らない人と……、朝になって凄く嫌だと思って……逃げ出した』

朝って事は、ウリをやらされたって事か?

『で、今どこにいる、場所は分かるか?』

兎に角、着の身着のままでうろついてちゃマズい。

『白石っていう温泉です、俺、浴衣のまま飛び出して、おじさんに見つかったら嫌だから、道路沿いの山の中を通ってます』

白石温泉ならわかる。

『裕之、あんまり動くな、山ん中に入ったら迷うからな、木の陰か草でもいい、隠れてじっとしてろ、今すぐ迎えに行く』

『はい……、わかりました』

電話を切ってポケットに突っ込み、書類を受け取って事務所を出ようとした。

「ちょっと待ちな」

刈谷がひきとめてくる。

「なんだ、俺は急いでる」

「なにかあったんだな?  喧嘩の加勢か?」

「違う、兎に角俺は行くからな」

相手をしてる暇はねー。

「ちょっと待てーい、面白そうだ、俺も乗せろ」

刈谷はついてきた。

運転席に飛び乗ったら、奴は勝手に隣に乗り込んだ。
けど、そんな事に構ってられねー。
即座に車を出して温泉を目指した。

「おい、飛ばし過ぎだろ」

「嫌ならおりろ、止めてはやらねーけどな」

「無茶を言ってくれる、スタントマンじゃねーんだからよ」

山奥の温泉宿だから1時間はかかる。
一分一秒でも早く着くように、アクセルを踏み込んで、ハンドルを思いっきり切った。

「おーっ!  なはははっ、昔を思い出すぜ、おめぇ、なかなかやるじゃねーか」

カーブで体が振られ、刈谷はゲラゲラ笑ったが、俺はそれどころじゃねー。

裕之は夕べ客と温泉宿に泊まった。
という事は、見知らぬ男に抱かれた……。
前回は阻止する事ができたが、今回は出来なかった。
裕之も電話してこなかったが……って事は、あの母親がきつく注意していたに違いねー。

「っ……」

ムカついた。
あのお袋さんは息子を売って楽に金を稼ぐつもりなんだろう。
許せねー。


どんだけ飛ばしても、そうすぐには到着しなかった。
40分、50分走り続けてようやく付近の道路沿いにやってきた。

山道だから車通りは少ない。
低速でゆっくり走りながら、山の方へ注目した。

「なんだよ、なにを探してる」

刈谷が聞いてきたが、答えずに目を凝らして見た。

と、5分ほど走ったところで、木の陰からチラッと浴衣が見えている。

「いた!」

「あぁ"?」

刈谷はキョロキョロしていたが、車をとめて外に飛び出し、草ぼうぼうの斜面を駆け上がった。

「裕之!」

裕之は濡れた浴衣を羽織り、寒そうに身を縮めている。

「葛西さん……」

「ほら、こっちに来な」

腕を引っ張って引き寄せ、抱き上げて抱き締めた。
元から小柄なのは分かっているが、思わぬほど軽い。
それに……微かに震えているが、体が冷え切っている。

「ううっ……」

「ああ、わかった、兎に角車だ」

裕之は泣き出してしまったが、抱きかかえて車に戻った。

「おいおい……、一体どういう事だ?  何故裕之が山ん中にいる」

刈谷は眉を顰めて聞いてきたが、ついてきたんだ。
今は協力して貰う。

「わけは後だ、お前、後ろに乗って裕之を見ててくれ、ほら、俺の上着を」

上着を脱いで裕之を包み込み、後部座席に刈谷と一緒に乗せた。
車を出してどこに行くか迷ったが、俺のマンションに連れて行く事にした。

「裕之……、浴衣じゃねーか、お前、何があったんだ?」

刈谷も普通じゃない空気を感じ取ったのか、鼻の下を伸ばさずに真面目に聞いている。

「うっ、俺……、母さんに言われて」

「母さんに言われて……どうした?」

「知らないおじさんと……寝ました」

「えっ、ちょい待て……、そりゃひょっとして、母親に言われて……ウリをやったって事か?」

「はい……、ほんとは嫌だった、だけど、母さんは葛西さんに電話したら、葛西さんを警察に訴えるっていった、『ヤクザは叩けばいくらでもホコリがでるから、あの生意気な男は逮捕されるからね』って……、だから俺、電話できなかった」

「いやまぁー、あながち間違っちゃねーが、葛西はねーな、親父が昔気質だからよ、真面目なヤクザだ、つーか……、話がさっぱりわからねー、なんなんだよそりゃ、何故母ちゃんが葛西の事を知ってるんだ?」

「仕方ねぇ、教えてやる、ペラペラ喋るなよ、もし喋ったら舌をひっこ抜くぞ」

「おお、そいつは困るな、喋らねーよ、事情を話してくれ」

「ああ、ならわかった……」

ここまでついて来ちまったし、細けー事を省いて、刈谷に事情を説明する事にした。

刈谷は話を聞いた後でしばらく考えていたが、何かを思いついたように顔をあげた。

「そりゃ児童福祉法違反だ、訴えりゃ、葛西じゃなく、母親が逮捕される、だからおめぇと裕之の事を知った母親は、警察に行かずに親父の家に言った、まぁー恐らく葛西、お前が邪魔した事にムカついて、文句を言いたかったのと……、次からは邪魔させねぇ為だ、親父に言や、親父が関わるなというのは素人でもわかる、ただな……おめぇも裕之と関係を持ってるとなると、サツに訴えるとマズいな」

俺は裕之との関係についてはバラしてねー。
刈谷自体不安材料だからだ。

「待ってください、あの、俺は……葛西さんとは何もありません」

だが、裕之がバラしちまった。

「えっ、なにもねー?  泊まったんじゃねーのか?」

「いいえ、葛西さんは俺を庇う為に付き合ってる事にしたんです」

「ええ、マジか?  じゃあほんとになにもしてねーんだな」

「してません……、が、キスはしました」

「おおーっ!  やったのか」

「刈谷……よさねーか」

「いや、お前な、水くせぇじゃねーか、そんなにしてまで裕之を守ろうとしたのか」

「ああ、お宅んとこはバイが山ほどいるって聞いたしな、カシラは男を囲ってるとも、そりゃ用心するだろう」

「まぁー確かに……、で、それじゃあ、キスだけで、あとはしてねーんだな?」

「ああ、してねーよ」

「それならイける、俺はサツに知り合いがいる、そいつに話して、母親をなんとかして貰おう」

「そうか、ただ……、裕之、いいのか?」

「構いません……」

「よし、じゃあキマリだ、任せな、こんな事は許しちゃおけねぇ」


意外な展開になった。
まさか刈谷が力になってくれるとは……。

ただ裕之がどう思うか心配だ。
それで訴えていいか確認したのだが、裕之は無表情に頷いた。

実の親子だからと言って、皆が皆幸せになれるわけじゃねー。
出来損ないの親を持てば、被害を被るのは子供だ。
またその逆で、出来損ないの子供ってのもありだが、裕之の場合、あのお袋さんを遠ざけた方がいい。
というより、はっきり言って裕之に対して愛情がねーだろう。

我が子を愛せねー親か……。
ま、俺もクズな両親だったから、それを思や、別に不思議な事じゃねー。




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