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その15、不意打ち
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◆◆◆
のんべんだらりと過ごしながら、それでもあちこちから上納金をかき集め、なんとか今月もやり過ごした。
だが、ほっとしたのも束の間、カシラと裕之を会わせた1週間後のある日、親父の屋敷にいたら、裕之の母親がやってきた。
「組長はいるの? いるなら是非お話したい事があるの」
母親だとわかったのは、自分が名乗ったからだが、何故ここに来たのか……。
俺と裕之の事でやって来たとしか思えなかったが、裕之が自分から話すわけはねぇから、お袋さんが無理矢理聞き出したのか?
おやっさんは奥の座敷にいるが、こりゃちとマズい。
「親父は忙しい、話なら俺が聞く」
このお袋さんはなにを言い出すかわからねー。
「あなた、あの時電話に出た人ね、声でわかるわ」
やっぱ声でバレちまったらしい。
「まぁー、そうっす」
「よくもソープにぶち込むだなんて言ってくれたわね」
あん時に言った事をちゃんと覚えてやがる。
「そりゃ、あんたが息子にウリをさせようとしたからだ」
自分のやらかした事を棚に上げて、呆れた女だ。
「あの子はあたしの子よ、親がなにしようが勝手じゃないの」
しかも、むちゃくちゃな事を言う。
「はあ? ふざけた事を抜かすな、親だからってなんでもしていいわけねーだろうが」
「うるさいわね、兎に角あなた、裕之を誘い出して会ってるでしょ、あなたこそなにしてるかわからないわ、あの子に手を出したんじゃないの?」
今度は俺を疑ってきやがった。
「俺はなにもしてねぇ、裕之が寂しいって言うから、兄貴の代わりになってやったんだ」
「そんな事言って、あの子はあんな風に可愛らしい、だから、そういう人にモテる、あたし、知ってるんだから」
モテるって……えらい知ったような事を言うが、つー事は……。
「ちょい待て、それを分かってて、あんなブラバス野郎に売ったのか?」
「あの人はちょっとした知り合いよ、ちゃんとした人なの」
笑わせてくれる。
「ほお、ちゃんとした人間が、ガキを買うのか?」
「んもー、なによ、ヤクザの癖に!」
正論を叩きつけると逆ギレ。
組長宅に押しかけてきて、俺らに向かってよくそんな口がきけるものだ。
「ったく……、ああ、じゃ……兎に角よ、話を聞こうじゃねーの、話せ」
ま、けど、相手にしても仕方がねぇ。
「だからー、組長さんに会わせてよ」
「あのな、しょうもねぇ事で、親父を呼ぶわけにゃいかねぇんだよ」
どうしても親父に会いたいようだが、そうはいかねぇ。
「おう、葛西、お客さんか?」
不意に親父の声がした。
「あっ、おやっさん」
振り向くと、親父が歩いてきた。
玄関でごちゃごちゃやってるから、気づいちまったようだ。
「あ、そちらが組長さん?」
お袋さんは親父を見て言ったが、上手い事親父に会えてしめしめと思ったのか、ニンマリと笑った。
「ああ、そうだが、どちら様かな?」
親父は俺の横に来て問いかける。
「あたし、裕之の母親です」
お袋さんは親父を見上げて答えた。
「ん、ああ、仲本裕之……だったかな?」
「ええ、そうです」
「あんたは離婚したんだろ? だったら家の件は無関係だ」
親父は家の事だと思ったらしい。
「それは知ってます、この人があたしをソープにぶち込むって言ったの」
だが、お袋さんは一部分だけを切り取って、俺が悪いような言い方をする。
「葛西、本当か?」
親父は真顔で聞いてきた。
「いや……そうっすけど、それには事情がありまして」
「何故そんな事を言った」
「こいつが裕之にウリをやらせようとした、だから俺はムカついて、2度とするなって脅したんす」
俺は真実を話した。
「どこに証拠があるの?」
ところが、お袋さんはすっとぼけてやがる。
「なにぃー?」
「あたしがやらせたって証拠を出してよ」
睨みつけてやったが、堂々と言ってくる。
「このアマ……」
この女、相当な性悪だ。
「葛西、駄目だぞ」
親父が一言注意してきた。
「はい、分かってます」
張り倒してやりてぇが、そんな事をやるつもりはねぇ。
その後、親父はお袋さんの言い分をひと通り聞いた。
それは自分にとって都合の悪い箇所を抜いた話だ。
頭にきて『そいつの話はほとんど嘘だ』って言ったが、親父は黙るように言う。
お袋さんは言いたい放題言って満足したらしく、最後に俺に向かって『2度と裕之には会わないで』と、そう釘を刺して玄関から出て行った。
「葛西、来い」
「はい……」
親父について座敷に向かったが、この後は説教だろう。
裕之に会うなと言ったが、裕之の事が心配だ。
お袋さんに酷い事を言われてなきゃいいが……。
◇◇◇
親父の座敷に行ったら、親父のそばに正座して座った。
「葛西、あの母親が言った事はほとんどが嘘だ」
親父は分かってくれていた。
「はい」
「お前は息子を守る為に動いたんだな?」
「はい、そうです」
「息子の事をもう少し詳しく聞かせてくれ」
「はい」
裕之の事を聞いてきたので、俺は母親との関係について話をした。
ひと通り話し終えると、親父は腕組みをして渋い顔をする。
「あの母親は母親失格だ、しかし……離婚したとは言え、母親とは縁が切れねーからな、可哀想だとは思うが、母親が会うなと言うなら、従うしかねーだろう」
「はい、それは分かるんですが、俺は四七築の奴らが気になって、それに……あの母親にしても、今日ここに堂々とやって来たくらいだ、またウリをやらせるかもしれません、もしあいつになにかあったら……」
「葛西、俺達は児童福祉司じゃねーんだ、元はと言や、その息子は債務者のガキに過ぎねー、そしてその家や土地を買い取ったのはうちで……ヤクザだ、俺らのような人間がしゃしゃり出て何ができる? そのガキの周りをうろつくだけで怪しまれるぞ」
「はい……」
「忘れろ、お前は上手くやったんだ、これ以上あの親子に関わる必要はねー、済んだ事だと思って、余計な事は考えるな」
「はい、わかりました……」
親父の言う事は正しい。
ここまで言われちまったら、忘れるしかねーだろう。
◇◇◇
裕之から電話がかかってこなくなった。
気分が優れねー。
最悪に憂鬱だ。
カシラにも事情を話し、納得して貰った。
刈谷の動向だけは何気にチェックしているが、今の所何もしちゃいねぇ。
裕之に会えなくなって、また1週間が過ぎていった。
今日は朝から雨だ。
霧のように細かい雨だし、傘はいらねー。
午前中に四七築の事務所に立ち寄った。
刈谷が詰めていたが、今は話したくねー。
ひとこと言葉を交わし、事務所番に必要な書類を出すように言った。
そこらの椅子に座ったら、刈谷がそばにやって来た。
「おい葛西、やけに素っ気ねぇな」
「ああ、なんだ」
「あのガキは、裕之は上手くやってるか?」
「ああ……」
裕之の事を聞かれてズキッときたが、ここは嘘をついた方がいい。
「そうか、ったくよー、俺はな、仕方ねぇからよ、売り専のガキと付き合ってる」
「へえ」
いくら耳にしても、その手の話はやっぱり興味ねー。
「18だが、ま、そっちにゃ長けてるからな、フェラは上手いぞ」
また始まった。
「そうか」
マジで聞きたくねー。
なのに、奴はペラペラと下ネタを連発しやがった。
事務所番がやってきた時は、心底助かったと思ったが、不意に電話が鳴りだした。
ポケットから出して見たら、裕之だ……。
俺は変にドキドキしながら電話に出た。
『裕之か?』
『はい……』
裕之は返事をしたが、やたら暗い声だ。
『裕之、どうした?』
『うっ、葛西さん……、俺……』
いきなり泣き出した。
『なんだ、どうしたんだ、なにかあったのか?』
嫌な予感を覚え、心臓がバクバクし始めた。
『母さんに言われて……知らない人と……、朝になって凄く嫌だと思って……逃げ出した』
朝って事は、ウリをやらされたって事か?
『で、今どこにいる、場所は分かるか?』
兎に角、着の身着のままでうろついてちゃマズい。
『白石っていう温泉です、俺、浴衣のまま飛び出して、おじさんに見つかったら嫌だから、道路沿いの山の中を通ってます』
白石温泉ならわかる。
『裕之、あんまり動くな、山ん中に入ったら迷うからな、木の陰か草でもいい、隠れてじっとしてろ、今すぐ迎えに行く』
『はい……、わかりました』
電話を切ってポケットに突っ込み、書類を受け取って事務所を出ようとした。
「ちょっと待ちな」
刈谷がひきとめてくる。
「なんだ、俺は急いでる」
「なにかあったんだな? 喧嘩の加勢か?」
「違う、兎に角俺は行くからな」
相手をしてる暇はねー。
「ちょっと待てーい、面白そうだ、俺も乗せろ」
刈谷はついてきた。
運転席に飛び乗ったら、奴は勝手に隣に乗り込んだ。
けど、そんな事に構ってられねー。
即座に車を出して温泉を目指した。
「おい、飛ばし過ぎだろ」
「嫌ならおりろ、止めてはやらねーけどな」
「無茶を言ってくれる、スタントマンじゃねーんだからよ」
山奥の温泉宿だから1時間はかかる。
一分一秒でも早く着くように、アクセルを踏み込んで、ハンドルを思いっきり切った。
「おーっ! なはははっ、昔を思い出すぜ、おめぇ、なかなかやるじゃねーか」
カーブで体が振られ、刈谷はゲラゲラ笑ったが、俺はそれどころじゃねー。
裕之は夕べ客と温泉宿に泊まった。
という事は、見知らぬ男に抱かれた……。
前回は阻止する事ができたが、今回は出来なかった。
裕之も電話してこなかったが……って事は、あの母親がきつく注意していたに違いねー。
「っ……」
ムカついた。
あのお袋さんは息子を売って楽に金を稼ぐつもりなんだろう。
許せねー。
どんだけ飛ばしても、そうすぐには到着しなかった。
40分、50分走り続けてようやく付近の道路沿いにやってきた。
山道だから車通りは少ない。
低速でゆっくり走りながら、山の方へ注目した。
「なんだよ、なにを探してる」
刈谷が聞いてきたが、答えずに目を凝らして見た。
と、5分ほど走ったところで、木の陰からチラッと浴衣が見えている。
「いた!」
「あぁ"?」
刈谷はキョロキョロしていたが、車をとめて外に飛び出し、草ぼうぼうの斜面を駆け上がった。
「裕之!」
裕之は濡れた浴衣を羽織り、寒そうに身を縮めている。
「葛西さん……」
「ほら、こっちに来な」
腕を引っ張って引き寄せ、抱き上げて抱き締めた。
元から小柄なのは分かっているが、思わぬほど軽い。
それに……微かに震えているが、体が冷え切っている。
「ううっ……」
「ああ、わかった、兎に角車だ」
裕之は泣き出してしまったが、抱きかかえて車に戻った。
「おいおい……、一体どういう事だ? 何故裕之が山ん中にいる」
刈谷は眉を顰めて聞いてきたが、ついてきたんだ。
今は協力して貰う。
「わけは後だ、お前、後ろに乗って裕之を見ててくれ、ほら、俺の上着を」
上着を脱いで裕之を包み込み、後部座席に刈谷と一緒に乗せた。
車を出してどこに行くか迷ったが、俺のマンションに連れて行く事にした。
「裕之……、浴衣じゃねーか、お前、何があったんだ?」
刈谷も普通じゃない空気を感じ取ったのか、鼻の下を伸ばさずに真面目に聞いている。
「うっ、俺……、母さんに言われて」
「母さんに言われて……どうした?」
「知らないおじさんと……寝ました」
「えっ、ちょい待て……、そりゃひょっとして、母親に言われて……ウリをやったって事か?」
「はい……、ほんとは嫌だった、だけど、母さんは葛西さんに電話したら、葛西さんを警察に訴えるっていった、『ヤクザは叩けばいくらでもホコリがでるから、あの生意気な男は逮捕されるからね』って……、だから俺、電話できなかった」
「いやまぁー、あながち間違っちゃねーが、葛西はねーな、親父が昔気質だからよ、真面目なヤクザだ、つーか……、話がさっぱりわからねー、なんなんだよそりゃ、何故母ちゃんが葛西の事を知ってるんだ?」
「仕方ねぇ、教えてやる、ペラペラ喋るなよ、もし喋ったら舌をひっこ抜くぞ」
「おお、そいつは困るな、喋らねーよ、事情を話してくれ」
「ああ、ならわかった……」
ここまでついて来ちまったし、細けー事を省いて、刈谷に事情を説明する事にした。
刈谷は話を聞いた後でしばらく考えていたが、何かを思いついたように顔をあげた。
「そりゃ児童福祉法違反だ、訴えりゃ、葛西じゃなく、母親が逮捕される、だからおめぇと裕之の事を知った母親は、警察に行かずに親父の家に言った、まぁー恐らく葛西、お前が邪魔した事にムカついて、文句を言いたかったのと……、次からは邪魔させねぇ為だ、親父に言や、親父が関わるなというのは素人でもわかる、ただな……おめぇも裕之と関係を持ってるとなると、サツに訴えるとマズいな」
俺は裕之との関係についてはバラしてねー。
刈谷自体不安材料だからだ。
「待ってください、あの、俺は……葛西さんとは何もありません」
だが、裕之がバラしちまった。
「えっ、なにもねー? 泊まったんじゃねーのか?」
「いいえ、葛西さんは俺を庇う為に付き合ってる事にしたんです」
「ええ、マジか? じゃあほんとになにもしてねーんだな」
「してません……、が、キスはしました」
「おおーっ! やったのか」
「刈谷……よさねーか」
「いや、お前な、水くせぇじゃねーか、そんなにしてまで裕之を守ろうとしたのか」
「ああ、お宅んとこはバイが山ほどいるって聞いたしな、カシラは男を囲ってるとも、そりゃ用心するだろう」
「まぁー確かに……、で、それじゃあ、キスだけで、あとはしてねーんだな?」
「ああ、してねーよ」
「それならイける、俺はサツに知り合いがいる、そいつに話して、母親をなんとかして貰おう」
「そうか、ただ……、裕之、いいのか?」
「構いません……」
「よし、じゃあキマリだ、任せな、こんな事は許しちゃおけねぇ」
意外な展開になった。
まさか刈谷が力になってくれるとは……。
ただ裕之がどう思うか心配だ。
それで訴えていいか確認したのだが、裕之は無表情に頷いた。
実の親子だからと言って、皆が皆幸せになれるわけじゃねー。
出来損ないの親を持てば、被害を被るのは子供だ。
またその逆で、出来損ないの子供ってのもありだが、裕之の場合、あのお袋さんを遠ざけた方がいい。
というより、はっきり言って裕之に対して愛情がねーだろう。
我が子を愛せねー親か……。
ま、俺もクズな両親だったから、それを思や、別に不思議な事じゃねー。
のんべんだらりと過ごしながら、それでもあちこちから上納金をかき集め、なんとか今月もやり過ごした。
だが、ほっとしたのも束の間、カシラと裕之を会わせた1週間後のある日、親父の屋敷にいたら、裕之の母親がやってきた。
「組長はいるの? いるなら是非お話したい事があるの」
母親だとわかったのは、自分が名乗ったからだが、何故ここに来たのか……。
俺と裕之の事でやって来たとしか思えなかったが、裕之が自分から話すわけはねぇから、お袋さんが無理矢理聞き出したのか?
おやっさんは奥の座敷にいるが、こりゃちとマズい。
「親父は忙しい、話なら俺が聞く」
このお袋さんはなにを言い出すかわからねー。
「あなた、あの時電話に出た人ね、声でわかるわ」
やっぱ声でバレちまったらしい。
「まぁー、そうっす」
「よくもソープにぶち込むだなんて言ってくれたわね」
あん時に言った事をちゃんと覚えてやがる。
「そりゃ、あんたが息子にウリをさせようとしたからだ」
自分のやらかした事を棚に上げて、呆れた女だ。
「あの子はあたしの子よ、親がなにしようが勝手じゃないの」
しかも、むちゃくちゃな事を言う。
「はあ? ふざけた事を抜かすな、親だからってなんでもしていいわけねーだろうが」
「うるさいわね、兎に角あなた、裕之を誘い出して会ってるでしょ、あなたこそなにしてるかわからないわ、あの子に手を出したんじゃないの?」
今度は俺を疑ってきやがった。
「俺はなにもしてねぇ、裕之が寂しいって言うから、兄貴の代わりになってやったんだ」
「そんな事言って、あの子はあんな風に可愛らしい、だから、そういう人にモテる、あたし、知ってるんだから」
モテるって……えらい知ったような事を言うが、つー事は……。
「ちょい待て、それを分かってて、あんなブラバス野郎に売ったのか?」
「あの人はちょっとした知り合いよ、ちゃんとした人なの」
笑わせてくれる。
「ほお、ちゃんとした人間が、ガキを買うのか?」
「んもー、なによ、ヤクザの癖に!」
正論を叩きつけると逆ギレ。
組長宅に押しかけてきて、俺らに向かってよくそんな口がきけるものだ。
「ったく……、ああ、じゃ……兎に角よ、話を聞こうじゃねーの、話せ」
ま、けど、相手にしても仕方がねぇ。
「だからー、組長さんに会わせてよ」
「あのな、しょうもねぇ事で、親父を呼ぶわけにゃいかねぇんだよ」
どうしても親父に会いたいようだが、そうはいかねぇ。
「おう、葛西、お客さんか?」
不意に親父の声がした。
「あっ、おやっさん」
振り向くと、親父が歩いてきた。
玄関でごちゃごちゃやってるから、気づいちまったようだ。
「あ、そちらが組長さん?」
お袋さんは親父を見て言ったが、上手い事親父に会えてしめしめと思ったのか、ニンマリと笑った。
「ああ、そうだが、どちら様かな?」
親父は俺の横に来て問いかける。
「あたし、裕之の母親です」
お袋さんは親父を見上げて答えた。
「ん、ああ、仲本裕之……だったかな?」
「ええ、そうです」
「あんたは離婚したんだろ? だったら家の件は無関係だ」
親父は家の事だと思ったらしい。
「それは知ってます、この人があたしをソープにぶち込むって言ったの」
だが、お袋さんは一部分だけを切り取って、俺が悪いような言い方をする。
「葛西、本当か?」
親父は真顔で聞いてきた。
「いや……そうっすけど、それには事情がありまして」
「何故そんな事を言った」
「こいつが裕之にウリをやらせようとした、だから俺はムカついて、2度とするなって脅したんす」
俺は真実を話した。
「どこに証拠があるの?」
ところが、お袋さんはすっとぼけてやがる。
「なにぃー?」
「あたしがやらせたって証拠を出してよ」
睨みつけてやったが、堂々と言ってくる。
「このアマ……」
この女、相当な性悪だ。
「葛西、駄目だぞ」
親父が一言注意してきた。
「はい、分かってます」
張り倒してやりてぇが、そんな事をやるつもりはねぇ。
その後、親父はお袋さんの言い分をひと通り聞いた。
それは自分にとって都合の悪い箇所を抜いた話だ。
頭にきて『そいつの話はほとんど嘘だ』って言ったが、親父は黙るように言う。
お袋さんは言いたい放題言って満足したらしく、最後に俺に向かって『2度と裕之には会わないで』と、そう釘を刺して玄関から出て行った。
「葛西、来い」
「はい……」
親父について座敷に向かったが、この後は説教だろう。
裕之に会うなと言ったが、裕之の事が心配だ。
お袋さんに酷い事を言われてなきゃいいが……。
◇◇◇
親父の座敷に行ったら、親父のそばに正座して座った。
「葛西、あの母親が言った事はほとんどが嘘だ」
親父は分かってくれていた。
「はい」
「お前は息子を守る為に動いたんだな?」
「はい、そうです」
「息子の事をもう少し詳しく聞かせてくれ」
「はい」
裕之の事を聞いてきたので、俺は母親との関係について話をした。
ひと通り話し終えると、親父は腕組みをして渋い顔をする。
「あの母親は母親失格だ、しかし……離婚したとは言え、母親とは縁が切れねーからな、可哀想だとは思うが、母親が会うなと言うなら、従うしかねーだろう」
「はい、それは分かるんですが、俺は四七築の奴らが気になって、それに……あの母親にしても、今日ここに堂々とやって来たくらいだ、またウリをやらせるかもしれません、もしあいつになにかあったら……」
「葛西、俺達は児童福祉司じゃねーんだ、元はと言や、その息子は債務者のガキに過ぎねー、そしてその家や土地を買い取ったのはうちで……ヤクザだ、俺らのような人間がしゃしゃり出て何ができる? そのガキの周りをうろつくだけで怪しまれるぞ」
「はい……」
「忘れろ、お前は上手くやったんだ、これ以上あの親子に関わる必要はねー、済んだ事だと思って、余計な事は考えるな」
「はい、わかりました……」
親父の言う事は正しい。
ここまで言われちまったら、忘れるしかねーだろう。
◇◇◇
裕之から電話がかかってこなくなった。
気分が優れねー。
最悪に憂鬱だ。
カシラにも事情を話し、納得して貰った。
刈谷の動向だけは何気にチェックしているが、今の所何もしちゃいねぇ。
裕之に会えなくなって、また1週間が過ぎていった。
今日は朝から雨だ。
霧のように細かい雨だし、傘はいらねー。
午前中に四七築の事務所に立ち寄った。
刈谷が詰めていたが、今は話したくねー。
ひとこと言葉を交わし、事務所番に必要な書類を出すように言った。
そこらの椅子に座ったら、刈谷がそばにやって来た。
「おい葛西、やけに素っ気ねぇな」
「ああ、なんだ」
「あのガキは、裕之は上手くやってるか?」
「ああ……」
裕之の事を聞かれてズキッときたが、ここは嘘をついた方がいい。
「そうか、ったくよー、俺はな、仕方ねぇからよ、売り専のガキと付き合ってる」
「へえ」
いくら耳にしても、その手の話はやっぱり興味ねー。
「18だが、ま、そっちにゃ長けてるからな、フェラは上手いぞ」
また始まった。
「そうか」
マジで聞きたくねー。
なのに、奴はペラペラと下ネタを連発しやがった。
事務所番がやってきた時は、心底助かったと思ったが、不意に電話が鳴りだした。
ポケットから出して見たら、裕之だ……。
俺は変にドキドキしながら電話に出た。
『裕之か?』
『はい……』
裕之は返事をしたが、やたら暗い声だ。
『裕之、どうした?』
『うっ、葛西さん……、俺……』
いきなり泣き出した。
『なんだ、どうしたんだ、なにかあったのか?』
嫌な予感を覚え、心臓がバクバクし始めた。
『母さんに言われて……知らない人と……、朝になって凄く嫌だと思って……逃げ出した』
朝って事は、ウリをやらされたって事か?
『で、今どこにいる、場所は分かるか?』
兎に角、着の身着のままでうろついてちゃマズい。
『白石っていう温泉です、俺、浴衣のまま飛び出して、おじさんに見つかったら嫌だから、道路沿いの山の中を通ってます』
白石温泉ならわかる。
『裕之、あんまり動くな、山ん中に入ったら迷うからな、木の陰か草でもいい、隠れてじっとしてろ、今すぐ迎えに行く』
『はい……、わかりました』
電話を切ってポケットに突っ込み、書類を受け取って事務所を出ようとした。
「ちょっと待ちな」
刈谷がひきとめてくる。
「なんだ、俺は急いでる」
「なにかあったんだな? 喧嘩の加勢か?」
「違う、兎に角俺は行くからな」
相手をしてる暇はねー。
「ちょっと待てーい、面白そうだ、俺も乗せろ」
刈谷はついてきた。
運転席に飛び乗ったら、奴は勝手に隣に乗り込んだ。
けど、そんな事に構ってられねー。
即座に車を出して温泉を目指した。
「おい、飛ばし過ぎだろ」
「嫌ならおりろ、止めてはやらねーけどな」
「無茶を言ってくれる、スタントマンじゃねーんだからよ」
山奥の温泉宿だから1時間はかかる。
一分一秒でも早く着くように、アクセルを踏み込んで、ハンドルを思いっきり切った。
「おーっ! なはははっ、昔を思い出すぜ、おめぇ、なかなかやるじゃねーか」
カーブで体が振られ、刈谷はゲラゲラ笑ったが、俺はそれどころじゃねー。
裕之は夕べ客と温泉宿に泊まった。
という事は、見知らぬ男に抱かれた……。
前回は阻止する事ができたが、今回は出来なかった。
裕之も電話してこなかったが……って事は、あの母親がきつく注意していたに違いねー。
「っ……」
ムカついた。
あのお袋さんは息子を売って楽に金を稼ぐつもりなんだろう。
許せねー。
どんだけ飛ばしても、そうすぐには到着しなかった。
40分、50分走り続けてようやく付近の道路沿いにやってきた。
山道だから車通りは少ない。
低速でゆっくり走りながら、山の方へ注目した。
「なんだよ、なにを探してる」
刈谷が聞いてきたが、答えずに目を凝らして見た。
と、5分ほど走ったところで、木の陰からチラッと浴衣が見えている。
「いた!」
「あぁ"?」
刈谷はキョロキョロしていたが、車をとめて外に飛び出し、草ぼうぼうの斜面を駆け上がった。
「裕之!」
裕之は濡れた浴衣を羽織り、寒そうに身を縮めている。
「葛西さん……」
「ほら、こっちに来な」
腕を引っ張って引き寄せ、抱き上げて抱き締めた。
元から小柄なのは分かっているが、思わぬほど軽い。
それに……微かに震えているが、体が冷え切っている。
「ううっ……」
「ああ、わかった、兎に角車だ」
裕之は泣き出してしまったが、抱きかかえて車に戻った。
「おいおい……、一体どういう事だ? 何故裕之が山ん中にいる」
刈谷は眉を顰めて聞いてきたが、ついてきたんだ。
今は協力して貰う。
「わけは後だ、お前、後ろに乗って裕之を見ててくれ、ほら、俺の上着を」
上着を脱いで裕之を包み込み、後部座席に刈谷と一緒に乗せた。
車を出してどこに行くか迷ったが、俺のマンションに連れて行く事にした。
「裕之……、浴衣じゃねーか、お前、何があったんだ?」
刈谷も普通じゃない空気を感じ取ったのか、鼻の下を伸ばさずに真面目に聞いている。
「うっ、俺……、母さんに言われて」
「母さんに言われて……どうした?」
「知らないおじさんと……寝ました」
「えっ、ちょい待て……、そりゃひょっとして、母親に言われて……ウリをやったって事か?」
「はい……、ほんとは嫌だった、だけど、母さんは葛西さんに電話したら、葛西さんを警察に訴えるっていった、『ヤクザは叩けばいくらでもホコリがでるから、あの生意気な男は逮捕されるからね』って……、だから俺、電話できなかった」
「いやまぁー、あながち間違っちゃねーが、葛西はねーな、親父が昔気質だからよ、真面目なヤクザだ、つーか……、話がさっぱりわからねー、なんなんだよそりゃ、何故母ちゃんが葛西の事を知ってるんだ?」
「仕方ねぇ、教えてやる、ペラペラ喋るなよ、もし喋ったら舌をひっこ抜くぞ」
「おお、そいつは困るな、喋らねーよ、事情を話してくれ」
「ああ、ならわかった……」
ここまでついて来ちまったし、細けー事を省いて、刈谷に事情を説明する事にした。
刈谷は話を聞いた後でしばらく考えていたが、何かを思いついたように顔をあげた。
「そりゃ児童福祉法違反だ、訴えりゃ、葛西じゃなく、母親が逮捕される、だからおめぇと裕之の事を知った母親は、警察に行かずに親父の家に言った、まぁー恐らく葛西、お前が邪魔した事にムカついて、文句を言いたかったのと……、次からは邪魔させねぇ為だ、親父に言や、親父が関わるなというのは素人でもわかる、ただな……おめぇも裕之と関係を持ってるとなると、サツに訴えるとマズいな」
俺は裕之との関係についてはバラしてねー。
刈谷自体不安材料だからだ。
「待ってください、あの、俺は……葛西さんとは何もありません」
だが、裕之がバラしちまった。
「えっ、なにもねー? 泊まったんじゃねーのか?」
「いいえ、葛西さんは俺を庇う為に付き合ってる事にしたんです」
「ええ、マジか? じゃあほんとになにもしてねーんだな」
「してません……、が、キスはしました」
「おおーっ! やったのか」
「刈谷……よさねーか」
「いや、お前な、水くせぇじゃねーか、そんなにしてまで裕之を守ろうとしたのか」
「ああ、お宅んとこはバイが山ほどいるって聞いたしな、カシラは男を囲ってるとも、そりゃ用心するだろう」
「まぁー確かに……、で、それじゃあ、キスだけで、あとはしてねーんだな?」
「ああ、してねーよ」
「それならイける、俺はサツに知り合いがいる、そいつに話して、母親をなんとかして貰おう」
「そうか、ただ……、裕之、いいのか?」
「構いません……」
「よし、じゃあキマリだ、任せな、こんな事は許しちゃおけねぇ」
意外な展開になった。
まさか刈谷が力になってくれるとは……。
ただ裕之がどう思うか心配だ。
それで訴えていいか確認したのだが、裕之は無表情に頷いた。
実の親子だからと言って、皆が皆幸せになれるわけじゃねー。
出来損ないの親を持てば、被害を被るのは子供だ。
またその逆で、出来損ないの子供ってのもありだが、裕之の場合、あのお袋さんを遠ざけた方がいい。
というより、はっきり言って裕之に対して愛情がねーだろう。
我が子を愛せねー親か……。
ま、俺もクズな両親だったから、それを思や、別に不思議な事じゃねー。
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