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愛を知らない少女
しおりを挟む「……十二年、です。」
長い睫毛を伏せ、ぽつりと呟くようにエメラルディアは言った。
「貴方が私に与えてくれた時間です。貴方が居なければ、私は五つの歳を迎えられなかったから。」
「……。」
何度頭の中で繰り返し思っていても、言葉にして伝えたことは無かった。はっきりと口にすると、それはまるで鉛の足枷のようにエメラルディアの心に沈んでゆく。
十二年という長い歳月を彼に、無駄に消費させてしまったことへ対しての罪悪感か。
それとも、それを受け入れる事を良しとしていた自分への嫌悪感なのか分からなかったけれど。
「……ずっと、考えていました。どの様に、このご恩をお返ししたら良いのか。」
羽音を立てて、鳥が庭の樹から羽ばたいて飛んでゆく。
翼が生えていたのなら、シギエルも逃げ出したかったに違いないと、今ならあの時の彼の答えは聞かずにでも分かる。
「父が、貴方に話しているのを聞いたのです。あと数年、私の命を永らえさせて欲しいと。──母が亡くなるまでで良いからと。」
はっ、とシギエルが息を飲む音が聞こえた。「地獄耳なんです」とエメラルディアは微笑んだ。
「私は幸運でした。王の子として産まれ、心臓は弱かったけれど貴方に命を助けられ、何処にも行くことは出来ないけれど、与えられる物は全て与えられているのでしょう。この王都からは遥か遠く離れた北の離宮もそう。
……その全部が、母の為のものだと私は知っていました。」
近くに居すぎると、エメラルディアが倒れた時に母の心の負担になるのだと。だから、離れた時に置き、少女の調子の良いタイミングだけ母はこの離宮にやって来た。
エメラルディアが会いにやってきた父にもう治療は不要と伝えた時、一番喜んでいたのは母だった。
『治ったのね。これでようやく普通の子になれたのね。』
彼女はそう言って安心したように大きく息を吐き出し、そのまま昏倒した。そこから目覚めていないのだと聞く。
漸く、王族に相応しくない娘を産んでしまったという心の枷から開放された母は、そのままきっと逝ってしまうだろうとエメラルディアは思っている。
父からも兄弟からも、要らないものと認識されていたエメラルディアは、自分を唯一愛してくれていると思っていた母でさえ、そうではなかったとその時になって知った。
「シギエル。貴方から生命力を与えられていたのに、私は自身の生きる意味と愛を知らないのです。
……貴方が貴方のお姉様の為に、懸命に耐えていた事を私はこの数年間知っています。それは、愛でしょう?」
エメラルディアの心臓が小さく痛むのは、ずっと傍にいた人を失う事に対しての恐怖と少しの恋慕によるものなのであって、愛では無いのだろう。
「私は、貴方を愛する人の元へと返してあげたいのです。」
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