【完結】私が貴女を見捨てたわけじゃない

須木 水夏

文字の大きさ
26 / 28

20

しおりを挟む




 それからも、ヴァンはずっとティアリーネを大切に扱ってくれた。
 表情も言葉もまだ拙い少女に怒鳴ったり怒ったりすることも無く、紳士的に穏やかに、態度を変えることなく接してくれた。


 あの日、ティアリーネに無礼な態度を取ったセロ・アレナトゥア侯爵令息に対して、強く怒りを向けたのも珍しいと思った程に、少女の前ではただただ美しく平静な兄だ。



 ティアリーネの人間不信は、完全に治った訳では無い。
 ヴァンを筆頭に公爵家の人々の献身的な優しさのおかげで、改善したのは確かな事だが、今でもまだあの日々を夢に見るのだから。
 悪夢は、ティアリーネの中で死ぬまで永遠に続いていくのかもしれない。



 引き取られた先が公爵家であった事は勿論だが、「大丈夫」と言って抱き締めてくれる人が居たことはティアリーネの最大の幸運だった。
 引き取られた後も、腫れ物を扱うように置いておかれるだけであれば、きっと今もまだ自分の中に閉じこもったままだっただろう。

 公爵家を出て将来的には嫁がなければ、と自分の役目についてティアリーネはずっと考えていたが、父や兄は最初からそうさせる気はなかったらしい。

 不名誉な『偽聖女』と呼ばれた者の子であっても、聖女の産んだ娘には違いなく。そして極めつけ、彼女は非公式なだけで純血の王族であり、ティアリーネの産んだ子どもにも『王家の痣』が発現する可能性が高い為、外に出す事は元々難しいのではないかと考えられていた。


 セロ・アレナトゥアに関しては同じ王族派の貴族からの打診で、もしもティアリーネが気に入ればと考えて顔合わせがあった。
 が、結果的に侯爵家が少女に対して良い印象を持っていないという事が顕になっただけだった。

 父に、ヴァンの前では婚約の話はしないようにと言われていたのは、ティアリーネの婚約者には自分がなりたいとずっと言っていたからなのだそうだ。


 その言葉にティアリーネが驚くと、


「僕以外の人に嫁ぎたかった?」


 と、ヴァンは拗ねてみせる。


「そうでは無いですが…。兄妹では結婚は出来ないと思っていましたので」
「血は繋がっていないからね。最初から、時期が来たらティアリーネは別の家の子になってもらって僕がお嫁さんに貰う予定だったんだ」


 と、にっこりと微笑まれた。



 姉のレイラミアがいつか呆れたように、「ヴァン。昔から貴方はティアに執着していたわよね。わたくしがティアと一緒に遊んでいると、笑顔のまま不機嫌になって、自分の方にティアを無理やり引き寄せていたもの」と言うのを聞いて、ティアリーネは彼の隣で白を頬を薔薇色に染めた。







 

 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これからもあなたが幸せでありますように。

石河 翠
恋愛
愛する男から、別の女と結婚することを告げられた主人公。彼の後ろには、黙って頭を下げる可憐な女性の姿があった。主人公は愛した男へひとつ口づけを落とし、彼の幸福を密やかに祈る。婚約破棄風の台詞から始まる、よくある悲しい恋の結末。 小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

処理中です...