【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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影からの報告【ハーヴェイ殿下視点】

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 さて、時を戻して現在時刻。
 ハーヴェイが一人黙々と仕事をこなしていた夕刻のこと。


「で、殿下っ!ラ、ランマイヤー子息が…っ!」
「……ん?」


 執務室で書類にペンを走らせていたハーヴェイは、切羽詰まった声が頭上から降ってきて、不思議そうにそちらを見上げた。
 視線の先、部屋の天井板がズレていて、そこから王家のが顔を出している。黒頭巾に覆われたその姿は、普段どんな緊急事態でも冷静である事をモットーにしている筈なのに、今は完全に慌てふためいていた。



「ガーヴィンが、どうしたって?」
「現在こちらに走ってこられてます!……怒り心頭でございます!」
「え。」


 なぜ?


 ハーヴェイがそう問いかける間もなく、執務室の扉がバーンッ!と派手な音を立てて開いた。
 重厚な扉が勢いよく壁にぶつかり、ガンッ!と鈍い音を響かせたかと思えば、キィィ……と哀れに軋んだ。


 あー……壊れたな、あれ。


 ハーヴェイは心の中で呟いた。
 と、同時に、上からぱたりと天井の板が閉じる音がした。


 ......影、逃げたな。
 お前、私を護るのが役目じゃなかったのか。


 ハーヴェイはそれを確認した後に壊れたゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギ……とゆっくり視線を扉の向こうへ向けた。

 そこに立っていたのは、肩で荒い息をし、怒りで顔を真っ赤にしたガーヴィンだった。


「……ハーヴェイ殿下?」
「……は、はい。」


 ガーヴィンが怒っている。
 静かに、そして凍りつくほど激しく怒っている。

 いつもふわふわしている白金髪が、今や静電気でも浴びたかのように逆立ち、その背後には怒りのオーラが青白い炎となって立ち上っていた。空耳か?ギュンギュンッとそのオーラの音が聞こえてくるようだ。
 部屋の温度が一気に下がり、まるで冬の冷気が流れ込んできたかのようだ。


(怖い。いや、怖すぎる。)


「……あ、あの、ガー」
「なぜ、あの場所に、サラがいるんですか?」
「え?」
「貴方、言いましたよね?が俺に絡んでくる時は危険だから、サラとは会わせないようにするって。」


(言った。確かにそんな話をした記憶がある。)


「そ、それはな、ガ」
「なぜ、普通に、の目につくところに、サラを置いたのですか?」
「いや、だから、それは」
「わざとですよね?」

 ギラリッ!と目が光る。
 その鋭さは、剣を突きつけられるよりも恐ろしい。思わずごくり、とハーヴェイは息を飲んだ。



「お前、婚約者私のサラを囮に使ったな……?」
「?! お、おっ......?!お前!??」
「お前などお前で十分だーーーッ!!!」


 ハーヴェイは呆然と口をパクパクさせるしかない。相手が第三王子であろうが、怒り狂っているガーヴィンにとっては今やどうでもいいらしい。
 けれど。


「お前のせいで、サラに嫌われたらどうしてくれるんだーーーーー!!!」


(そこかーい。)




 ようやく怒りの核心が見えたハーヴェイは、内心でため息をついた。


「それは、すまな「すまないで済むと思うのか!!!」


 そこまで言い放った瞬間、突然ガーヴィンは膝から崩れ落ちた。


「もう終わりだ……。」


まるで世界の終わりを悟った人間のように、その場に崩れ落ちるガーヴィン。両手で顔を覆い、「サラに嫌われる……俺はもう終わりだ……」と呟き続ける姿は痛々しさすら感じさせる。


しかし、同時に……。


(いや、これ……弱みどころか急所じゃないか?)



 そう気づいたハーヴェイは、呆れ半分、どこかほくそ笑むような表情を浮かべたのだった。












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