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真実の話
しおりを挟む「……一連の事柄の加害者は、我が父、ウルク殿下である。」
水を打ったように静まり返ったホール内で、もう一度、そう言いきったフレデリック第一王子殿下の声は、よく響いた。
誰もが驚愕を超え、今聞いた言葉を理解できていないかのような表情を浮かべている。その中でサラは、向かい側に立つ伯爵令嬢と男爵令嬢の揺るぎない視線をちらりと確認し、次にガーヴィンの母クロエを見た。
何処か悲しげな目でフレデリック殿下を見つめる彼女の姿が、サラの脳裏に彼女から聞いた話を呼び覚ます。
遠い昔、十二年前の事件を含む複雑な過去を――。
クロエ・ランマイヤー。
結婚前の名は、クロエ・サントモルテ。
儚くも妖艶な美しさを持つクロエは産まれた時分より「サントモルテの宝石」と讃えられ、成長した後はその柔らかな輝きを持つ美貌に「ミモザ姫」とも呼ばれた。
彼女は当時の王太子──ウルク殿下の側妃候補の一人だった。
しかし、クロエにとって第二王子殿下の存在は困惑の種でしかなかった。
ウルク殿下には学生時代からの恋人──後の妾となる──男爵令嬢アマルナがいた。
さらに、隣国との政略結婚によって王女メーリアを正妃とすることは、すでに盟約として決まっていた。正妃との子が産まれれば、側妃候補達は王家に縛られること無く、各々が別の者に嫁いでも良い事と決まっている。
にもかかわらず、ウルク殿下はクロエに執着し、彼女に熱烈な好意を向けてきたのだ。
「クロエ、ずっと私の傍にいてほしい。」
彼はそう言った。
クロエは、その言葉に困惑しながらも貴族としての体裁を保つため、こう答えた。
「……貴方様がそう望むのであれば、そのように。」
だがその心の中では、彼の言葉を受け入れていた訳ではなかった。
その頃のクロエにはすでに心に決めた男性がいたからだ。ランマイヤー伯爵家の嫡男であるフランク――ガーヴィンの父である。
フランクは誠実で思慮深く、クロエにとって安心でき、そしてその優しい笑みに恋を覚えた存在だった。
クロエとフランクの関係は徐々に深まり、両家の利益も絡んで婚約話は順調に進んでいた。しかし、ウルク殿下の側妃候補に召し上げられたことで、その婚約話は中断された。
クロエの父、サントモルテ伯爵は言った。
「正妃様がお子を授かれば、お前が側妃に選ばれることは恐らくないだろう。しかしもしそうなるのであれば、心して受け入れねばならない。」
クロエにとって側妃候補としての生活は耐え難いものだった。愛する人との未来が奪われるかもしれないという不安と、ウルク殿下からの好意による重圧。
その中で、唯一の救いは親友シェアナの存在だった。
シェアナに悩みを打ち明け、何度も涙を流したクロエは、それでも「望まれれば従うしかない」という覚悟を必死に固めようとしていた。
だが、運命は皮肉な形で動いた。
ウルク殿下が正妃メーリアとの間に第一王子を授かり、さらに第二王子を妊娠していた頃、彼女が知らぬ間に奥の離宮へと匿われていたアマルナが彼の子を宿し、そして無事に産んだ。
それを機に、王族派閥の貴族たちはクロエやその他の令嬢の側妃就任を強く反対した。
当時の王カーチェル陛下はこれを受け入れ、クロエ達は側妃候補から外された。
後にクロエは悟った。父であるサントモルテ伯爵は、ウルク殿下のような中継ぎの王太子の側妃とするよりも、豊かな領地を持つランマイヤー伯爵家との婚姻を選び、画策したのだと。他の貴族も同じようなものだろう。
元より利権の絡んだ貴族同士の関係を、王家が横槍した様なものだった。
あっさりと側妃候補を降りることが出来たクロエは、また邪魔が入る前にすぐ様ランマイヤーへと嫁いだのであった。
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