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探さないと決めた
転生3度目
しおりを挟む四度目の世界は、それ迄よりもずっと発展した世界だった。
空の色も空気の色も変わっていなかったけれど、馬は自転車やバイクに変わり、馬車は車や電車へと変化した。鉄の塊が空を飛び、化学も医療も人々の生活も格段に向上した世界になっていた。
高層の建物が並ぶ世界の中で、僕はユージンという名前だった。普通の子どもであり、普通の家庭で育った。勿論、前世の記憶など持ち合わせてはいなかった。
その中で、物心ついた時からずっと何かが欠けていると、心の中でもう一人の自分が叫び続けていた。何が欠けているのかが分からず、幼い頃はそれが不安で堪らず泣き喚いた事が何度もあった。
僕の状態に困った両親が医者に診せると、幼児期に良くある癇癪の一種だと言われたらしい。
けれど。
とある夜に、一度変な夢を見てからはその症状は落ち着いた。
夢の内容は良く覚えていない。だけど、自分の中で欠けている何かを、探さない方が良い、探してはならないと思った。
やがて成長するに従い、その喪失感は人間が皆抱えている感情の一部であり、自分だけの感覚では無いのだと考えるようになった。いや、そうでなくてはならないと自分に暗示をかけた。
ふとした瞬間に窓ガラスに映って見えた自分の顔に違和感を感じたり。一人で路地を歩いていると、後ろから馬が走り迫ってくる幻を見たり。遠く沈んでゆく夕陽に、誰かの名前を叫び出しそうになったり。それが成長してゆく中で普通の感覚では無い事を知ってしまったから、尚のこと僕はそう思った。
生まれた時から身体は健康で丈夫だったし、優しく明るい両親も兄弟もいた。
何でも話せる幼馴染や親友もいた。
教育を受ける過程で、尊敬する先生も出来た。
大学院を出た後には子どもの頃から目指していた、歴史学者という生涯を尽くせる仕事も得ることが出来た。
晩婚にはなったが、信頼のできる恋人もできて結婚もした。子どもはもうけなかったが充実した人生だった。これだけ満ち足りているのに、未だ何か足りないと思うのは傲慢と言うものだ。
そう思っていた。
そう、思っていたのに。
『マテア山脈の登頂に成功した初の女性登山家、ステファニー・マルゴットさん。』
そうテロップの貼られた画面の中。テレビの向こう側で、笑顔を浮かべる君を見て。
『旅が元々は趣味だったんです。ずっと、逢いたいと思っている人もいて。』
『ご友人ですか?』
『友人…ではないのですが、大切な人です。何処にいるのか分からなくて探すために旅をしていたら、楽しくなっちゃって。山にも登ってしまいました。』
『そうなんですね。ちなみに大切な方というのは…?』
『…強いてゆうのなら、ソウルメイトでしょうか。』
『まあ、素敵ですね!』
そう言って、彼女は目尻に皺を寄せて綺麗に微笑んだ。その紫色の瞳に釘付けになって、その場から動けなくなった。
(リア…)
遠い日の、少女の笑顔が夕陽の中で神々しく輝いていた。彼女の豊かな焦げ茶色の髪は陽の光に照らされて金色に煌めき、まるで穏やかに揺れる稲穂のように輝いて。僕の視界を覆い尽くしてゆく。
初めて手を繋いだ日も、一緒に本を読んだ日も、城の中でこっそりと追いかけっこをした日も。
初めて頬に口付けした日も。
叱られて落ち込めば慰め合ったことも。君の手がとても小さくて頼りなくて、だけど温かくて真っ直ぐな君を絶対に守ると誓ったことも。恐ろしい戦の最中で抱きしめ合ったことも、キスをしたことも。
それなのに、守れなかったことも。
最期まで「愛している」と伝えられなかったことも。
全てが波のように押し寄せ、あっという間に心を埋めつくしてしまう。その瞬間に冷たい音をした幼い少女の声が、すぐ耳元で聞こえた。
「貴方が彼女を思い出すのも駄目よ」と。
「あなた?どうしたの、あなた…。あなた?!」
パートナーの呼ぶ声がどんどん遠くなってゆく。聞き慣れぬサイレンの音が聞こえた気がして、身体がぐらり、と傾ぐのを感じた。
そして、その人生は言葉通り終わった。
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