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父の憧れ
それから一週間後、ランドーソン男爵家より届いた手紙により、それまで半信半疑(揄われていると思っていた)アリエットは、その時になって漸くアシェルのあの言葉は本気であった事を知った。
あの言葉というのは、勿論「パートナーになって貰えませんか?」というやつである。
相手は、あのランドーソン。家の中が蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。
特に父は現ランドーソン男爵と同じ学園に通っていたらしく、執事より渡された手紙に書いてある差出人を三度見していた(と、後で聞いた)。
彼の世代では、知らない者は誰もいないという超がつくほどの天才であったあのランドーソン男爵家よりの手紙である。何が書いてあるのか検討もつかず、震える手で緊張しながら開封してみれば。
「アリー、何時から知り合いだったんだい?!あのランドーソン様のご子息様と…!」
「…クラスが一緒です。生徒会でもご一緒しています」
「聞いていないぞ!」
「いえ、言いました。その時も今みたいに興奮してらしたけれど。…その、お父様はランドーソン男爵様とお知り合いなのですか?」
「知り合いなわけが無い!」
言い切る父に、アリエットは首を傾げた。じゃあ、なんでそこまで?
「憧れ、羨望…。いやそんな言葉じゃ表しきれない。良いかいアリー。当時の私達にとって、ジェフリー・ランドーソン様は稀代の天才、千年に一度の逸材、英雄、そう、まさに英雄だったんだ!そんな尊い方と知り合いなんて滅相もない!」
(そっちか)
ふんふん、と鼻息荒く話す父に、アリエットは吃驚した。喜怒哀楽はあるが普段よりそんなに感情を顕にするタイプではないのに、今は頭から湯気が出そうなほどに興奮している。
「彼はね、凄い方なんだよ。
幼少期より神童と呼ばれ、七歳で上級学園の履修を修了して飛び級で卒業し、治験能力と薬草への深い知識量が認められてそこから王宮の研究室へと直ぐに配置されたんだ。
当時国中で流行っていた、罹れば死に至ってしまう難病であった『ティナエル病』の特効薬を作ったのは彼だよ。
しかもだ、彼の凄いのはその薬を貴族と平民で区別して適正な 価格で販売したこと。考えられるかい?僅か十五歳の少年が王に直訴し、納得させ、そして実行実現をした。彼の母方の曾祖母は皇女様で在られたから、元より王家とは関係があったとは言えだ、なかなか出来ることではない。ああ、因みに皇女様と当時の男爵様は恋愛結婚だったそうだ。男爵の嫡男と皇女の恋…。真実の愛、というやつかな?」
「そ、そうなんですか?」
「お前のお祖母様もティナエル病に罹ったが、ほんの軽い風邪程度で済んだのは彼のおかげなのだ。
蔓延していた病を治された後は、その功績を認められ王の持病だった肺の病も改善方法や薬も作ることに成功した。
私は彼が、同世代と親交を深めるという目的で二週間だけ上級学園に戻ってきていた時に同じクラスだったんだ。凄いだろう?あの天才と同じクラスだったんだぞ、お父様は」
「え、ええ。確かにすごいですわ」
「だろう?いやー、彼と会話をしたのは本当に片手で数える程だったが言葉のやり取りが出来るだけでも嬉しくてなあ、今でも思い出せる。
『ティンバーランド君、君の領地で生産されているアグエル香草の効能を知っているかい?』てね。
勿論、その時の私はそんなもの知らなかった。私だけでなく父もアグエル香草の価値なんて分からなくてな。
ははは、今では『アグエル消炎薬』はうちの主要な産業の一つにもなっているが、当時はそんな知識がある人は居なかったんだ。居たとしても、王都から離れた田舎伯爵領の何の関係もない私に、そんな大事な事を教えてくださった懐の深さよ。
彼が発見した薬草はその他にもあるんだぞ。大きな産業がひとつも無かったティンバーランド領地に、光明がさした瞬間だったよ。
そういう意味でもランドーソン様は、ティンバーランド家にとって英雄なんだよ」
「そ、そうなのですか」
「過去から何度も陞爵のタイミングがあったのに、研究に没頭したいからと断ったのも伝説だよなあ。『己が道をゆく』、いやあ、痺れるなあ」
(痺れる…?)
キラキラと子どものように瞳を耀かす父に、若干引き気味になりながらも、成程、だからこんなにも驚かれたのかとアリエットは腑に落ちた。
腑には落ちたが。
「…それで、このお話は…?」
「無論お受けする!
あの小僧との婚約も綺麗さっぱりなくなっている頃だしな。ああ、心配をするな。マニールとの書面のやり取りは終わっていて後はお役所仕事を残すのみ、明日明後日には終わるだろう。かなりごねられたが、文句を言うなら自分の息子に言えと伝えたやったら渋々サインをしたんだ。
いやあ、嬉しいなあ。まさかランドーソン様とこんな形でまた関わり合うことが出来るとは…!
アリエット、良くやった!」
「………承知致しました」
(やっぱり?)
もし、断ってくれるなら…と考えていたアリエットは、感涙まで浮かべながら最初から受ける気しかない父の姿に、内心でガックリと肩を落としたのだった。
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