35 / 80
三人目、かしらね
しおりを挟む
「ごめんなさい、マリー様。私の言い方が悪かったわ」
「いえそんな、私こそローゼ様の前ではしたないことをいたしました…」
「ハリス様もごめんなさい」
「いえ、元はと言えば自分の責任ですから…」
あれから気の済むまでマリー様に詰らせてやろうと思って見守っていたが、やはりマリー様は怒らせてはいけない人のようで、話が落ち着いた頃にはハリス様はすっかり小さくなってしまった。
背を丸めしょぼんと座っている姿には先ほどまでの軽薄な空気はない。
ただ、哀愁と悲哀は感じられる気がする。
「私が言ったのはあくまでハリス様の本質についての話ですわ。彼がこれまで培ってきた人間性までは知りませんから、彼が本当に軽薄なのかフリなのか、それとも単にそう装うのが性に合っているのか、その辺りはなにもわかりませんもの」
私は何とか取りなそうと懸命に言い繕う。
マリー様は気落ちしてシュンとしているが私の声はちゃんと届いていて、「ね?」と言うと小さく頷いてくれる。
「マリー様の方がハリス様のことをよくご存じのはずでしょう?」
「そう、ですよね」
「そうよ」
そして何の根拠もない私の言葉になんとか顔を上げてくれた。
まだ少しぎこちないが、それでもいつものように微笑んでいるので大丈夫だろう。
ならば次はこちらだとハリス様に向き直る。
そして口を開こうとしたのだが、それを侯爵に止められた。
「自分でも言っていた通り元々はこやつがアンネローゼ様を試そうなどと考えたことが発端。それ以上の謝罪は不要です」
むしろハリスの謝罪が足りないくらいです、と侯爵は腕を組んでハリス様を見下ろした。
とても先ほどまで彼に財務大臣としての仕事を引き継がせるなどと言っていたとは思えない。
そしてその前に自決すると騒いでいたとも思えない、何とも素早い身の変わりようだった。
「というか何故あんなことをしたの?昨日私も話したけれど、兄様ならそれ以前にマルグリット様からもアンネローゼ様の話を聞いていたでしょう?」
アゼリアがため息を吐きつつ額に右手を当てて軽く頭を振る。
兄の馬鹿な行いを悔いるようなその動作にハリス様がバッと顔を上げた。
「ああ、ああ勿論だとも!散々聞かされたよ!!手紙でもお茶会でも出てくる話題は全部アンネローゼ様のことだけだったからね!ようやく堂々と俺と出掛けられるようになったのに、話題に上るのはいつもアンネローゼ様のことだけで!!俺と、俺とお茶してるのに、ローゼ様がローゼ様がって、なんで……、うぅ…」
そうして次第に俯きつつ紡がれた言葉に「は?」と言ったのは私とアゼリアと殿下だった。
いや、それしか言えないでしょ。
だって、それって、つまり。
「兄様、アンネローゼ様に嫉妬していたの…?」
アゼリアの言った通り、マリー様が私のことしか語らないから嫉妬していたとしか思えない。
まさか、そんな理由で私を試したの?
未来の王太子妃に、延いては王妃に相応しいかを見るためとかじゃなくて?
「そうだよ!!悪いか!!?」
投げやりのような肯定の言葉の勢いとは裏腹にそろりと上げられた顔を見ると、彼の目からは次から次へと雫が零れていた。
なんということだ、この男ガチ泣きしている。
だからと言ってアゼリアのように「うわ…」とドン引きするほどではないが、やはり私には彼が殿下より素敵な男性には思えなかった。
だって嫉妬で未来の王太子妃になろうという私に喧嘩を売ったわけでしょう?
なに?こいつも馬鹿なの?恋は盲目って?
私はため息を吐きながら殿下を見た。
ちょっとこいつもやっちゃっていいですか?
言葉にしない私の意図は今度は正確に意味が伝わったようで、殿下は「ほどほどにな」と苦笑いしていた。
ほどほどで済むかどうかは彼次第だろう。
再度ハリス様に向き直り、私は口を開いた。
「悪いに決まっているでしょう?」
まさか彼のような人にまでこんな話をすることになるなんて思っていなかったが、マリー様はわたしの大切な友人だ。
彼女を悲しませることになるような可能性は見過ごせない。
「貴方、そんなくだらない嫉妬で私に喧嘩を売ったの?」
「え、いや、そんなつもりは」
「なかったの?人を試しておいて?ああ、バレないと思っていたから、バレた場合のことなんて考えもしていなかった?」
「は…あっ、いや…」
「それで後で一人溜飲を下げるつもりだったと?なんて見下げ果てた男かしら!しかも完遂できなかったばかりか全部バレて!ほんと、マリー様は貴方みたいな小物の何処がよかったのかしらね?」
「なっ!?」
私は敢えて捲し立てるように言う。
ハリス様は最初こそ気まずげだったが、私が彼を馬鹿にするようなことを口にする度に顔を険しくしていった。
だんだんこの状況に慣れて思考力が戻ってきたのだろう、元々嫉妬心から私に良くない感情を抱いていた彼は今にも不満をぶちまけそうな顔になってきた。
そろそろ頃合いだ。
「貴方は一体誰に何をして、その結果どうなるのか、ちゃんと考えたのかしら?」
私は挑発的に告げることで彼に水を向けた。
どんな考えでこんな行動に出たのか、言えるものなら言ってみろと。
「…マリーから聞いていた話とだいぶ印象が違いますね。貴女は随分と自分を高く見ているらしい」
「ハリス!」
私の言葉に反応してクッと嗤うと、マリー様の制止の声を無視してハリス様は私に牙を剥いた。
逆上した人間ほど御しやすいというのに。
私に牙を剥くのならば、私はそれを全て折るだけだ。
……でもその前にその情けない涙は拭った方がよろしくてよ?
「いえそんな、私こそローゼ様の前ではしたないことをいたしました…」
「ハリス様もごめんなさい」
「いえ、元はと言えば自分の責任ですから…」
あれから気の済むまでマリー様に詰らせてやろうと思って見守っていたが、やはりマリー様は怒らせてはいけない人のようで、話が落ち着いた頃にはハリス様はすっかり小さくなってしまった。
背を丸めしょぼんと座っている姿には先ほどまでの軽薄な空気はない。
ただ、哀愁と悲哀は感じられる気がする。
「私が言ったのはあくまでハリス様の本質についての話ですわ。彼がこれまで培ってきた人間性までは知りませんから、彼が本当に軽薄なのかフリなのか、それとも単にそう装うのが性に合っているのか、その辺りはなにもわかりませんもの」
私は何とか取りなそうと懸命に言い繕う。
マリー様は気落ちしてシュンとしているが私の声はちゃんと届いていて、「ね?」と言うと小さく頷いてくれる。
「マリー様の方がハリス様のことをよくご存じのはずでしょう?」
「そう、ですよね」
「そうよ」
そして何の根拠もない私の言葉になんとか顔を上げてくれた。
まだ少しぎこちないが、それでもいつものように微笑んでいるので大丈夫だろう。
ならば次はこちらだとハリス様に向き直る。
そして口を開こうとしたのだが、それを侯爵に止められた。
「自分でも言っていた通り元々はこやつがアンネローゼ様を試そうなどと考えたことが発端。それ以上の謝罪は不要です」
むしろハリスの謝罪が足りないくらいです、と侯爵は腕を組んでハリス様を見下ろした。
とても先ほどまで彼に財務大臣としての仕事を引き継がせるなどと言っていたとは思えない。
そしてその前に自決すると騒いでいたとも思えない、何とも素早い身の変わりようだった。
「というか何故あんなことをしたの?昨日私も話したけれど、兄様ならそれ以前にマルグリット様からもアンネローゼ様の話を聞いていたでしょう?」
アゼリアがため息を吐きつつ額に右手を当てて軽く頭を振る。
兄の馬鹿な行いを悔いるようなその動作にハリス様がバッと顔を上げた。
「ああ、ああ勿論だとも!散々聞かされたよ!!手紙でもお茶会でも出てくる話題は全部アンネローゼ様のことだけだったからね!ようやく堂々と俺と出掛けられるようになったのに、話題に上るのはいつもアンネローゼ様のことだけで!!俺と、俺とお茶してるのに、ローゼ様がローゼ様がって、なんで……、うぅ…」
そうして次第に俯きつつ紡がれた言葉に「は?」と言ったのは私とアゼリアと殿下だった。
いや、それしか言えないでしょ。
だって、それって、つまり。
「兄様、アンネローゼ様に嫉妬していたの…?」
アゼリアの言った通り、マリー様が私のことしか語らないから嫉妬していたとしか思えない。
まさか、そんな理由で私を試したの?
未来の王太子妃に、延いては王妃に相応しいかを見るためとかじゃなくて?
「そうだよ!!悪いか!!?」
投げやりのような肯定の言葉の勢いとは裏腹にそろりと上げられた顔を見ると、彼の目からは次から次へと雫が零れていた。
なんということだ、この男ガチ泣きしている。
だからと言ってアゼリアのように「うわ…」とドン引きするほどではないが、やはり私には彼が殿下より素敵な男性には思えなかった。
だって嫉妬で未来の王太子妃になろうという私に喧嘩を売ったわけでしょう?
なに?こいつも馬鹿なの?恋は盲目って?
私はため息を吐きながら殿下を見た。
ちょっとこいつもやっちゃっていいですか?
言葉にしない私の意図は今度は正確に意味が伝わったようで、殿下は「ほどほどにな」と苦笑いしていた。
ほどほどで済むかどうかは彼次第だろう。
再度ハリス様に向き直り、私は口を開いた。
「悪いに決まっているでしょう?」
まさか彼のような人にまでこんな話をすることになるなんて思っていなかったが、マリー様はわたしの大切な友人だ。
彼女を悲しませることになるような可能性は見過ごせない。
「貴方、そんなくだらない嫉妬で私に喧嘩を売ったの?」
「え、いや、そんなつもりは」
「なかったの?人を試しておいて?ああ、バレないと思っていたから、バレた場合のことなんて考えもしていなかった?」
「は…あっ、いや…」
「それで後で一人溜飲を下げるつもりだったと?なんて見下げ果てた男かしら!しかも完遂できなかったばかりか全部バレて!ほんと、マリー様は貴方みたいな小物の何処がよかったのかしらね?」
「なっ!?」
私は敢えて捲し立てるように言う。
ハリス様は最初こそ気まずげだったが、私が彼を馬鹿にするようなことを口にする度に顔を険しくしていった。
だんだんこの状況に慣れて思考力が戻ってきたのだろう、元々嫉妬心から私に良くない感情を抱いていた彼は今にも不満をぶちまけそうな顔になってきた。
そろそろ頃合いだ。
「貴方は一体誰に何をして、その結果どうなるのか、ちゃんと考えたのかしら?」
私は挑発的に告げることで彼に水を向けた。
どんな考えでこんな行動に出たのか、言えるものなら言ってみろと。
「…マリーから聞いていた話とだいぶ印象が違いますね。貴女は随分と自分を高く見ているらしい」
「ハリス!」
私の言葉に反応してクッと嗤うと、マリー様の制止の声を無視してハリス様は私に牙を剥いた。
逆上した人間ほど御しやすいというのに。
私に牙を剥くのならば、私はそれを全て折るだけだ。
……でもその前にその情けない涙は拭った方がよろしくてよ?
0
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜
柴田はつみ
恋愛
貴方の系譜、ここで断絶させてもよろしくて? 〜初夜に愛を否定された公爵令嬢、国庫と軍事と血統を掌握して無能な夫を過去にする〜
薔薇の花びらが散らされた初夜の寝室で、アルフォンスはあまりに卑俗で、あまりに使い古された台詞を吐く。
「私は君を愛することはない。私の心には、リリアーヌという真実の光があるのだ」
並の女なら、ここで真珠のような涙をこぼし、夫の情けを乞うだろう。
しかし、ミレーヌの脳裏をよぎったのは、絶望ではなく、深い「退屈」だった。
「……だから何ですの? 殿下」
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる