風に還る時には傍に―白き狼の戦士は盲目の主君に身を捧げる―

子犬一 はぁて

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風の大陸(1)

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 天に近い者ほど、己の権力に驕り破滅するのだという話を白狼ダーランは頭領から何度も聞かされていたことを思い出した。でも、なぜそのような言葉が頭をよぎるのかはわからない。今は息を止め、獲物を仕留めるために集中しなければならないのに、一体なぜ。

 白狼の伏せている山は頂上が白雲に隠れるほどの標高である。名を「穆山ぼくざん」と呼ぶ。200年前には、仙人と呼ばれる類の者が山を信仰し、修行をしていたと聞く。今はもう、仙人などという概念こそ残れど、過去の遺物であり書物の中にしか見ぬ呼称である。白狼は仙人に会ったこともなければ、見たこともない。仙人と呼ばれる者が持つという秘の力も知らない。そんな物思いに耽っていると、山間部からゴトゴトという荒い物音が聞こえてきた。それは、白狼が伏せている地面を細かく揺らして近づいている。

 貴族の宝飾物が乗った牛車の音だった。2台の牛車を引く黒い牛の歩みは鈍く、重い。普段よりも荷が重いらしい。これは白狼にとっては良き知らせだった。頭領が頬を引き上げるくらいの金や宝石が牛車に載せてあるに違いない。見たところ、牛車を操る騎手が、1台につき1人いるだけで他に護衛の者などは見当たらない。息を潜める。白狼は背中に背負った大剣に手をかける。身体を森の地に伏した姿勢から、脚力のみで2台の牛車の前に躍り出た。牛を操っていた騎手が、青白い額をして白狼を凝視する。その間、数秒もない間に白狼は先頭にいる牛車の騎手の首を落とした。刃が首の後ろまで達せずに、ぶらんと皮ひとつで繋がれた騎手の頭部と、後ろにひっくりかえった胸元から下の身体は既に事切れている。白狼はその勢いのまま、2台目の牛車に向けて走り出す。2人目の騎手は腰から短剣を剥き出し、白狼に突きを入れる。まるで、銛で魚を射突くようなそれである。白狼はその短剣を持つ男の手を蹴りあげ、押し曲げた。普段見慣れない角度に曲がった腕に男が悲鳴をあげる前に肩から腰にかけて大剣を振り下ろした。泡立つような血飛沫が牛に降りかかる。騎手2人が絶命した様子を確認してから、白狼は口笛を吹いた。ツー・ツーウィーという口笛を奏でて数分後、森の奥から複数人の足音が聞こえてきた。1番に飛び出してきたのは、痩せこけた小柄な、腰の曲がった男だった。

「すっげえや! 白狼! またやったのか」

 男は興奮冷めやらぬといった風体で白狼の傍に駆け寄る。牛車の扉を開き、中から溢れ出る宝飾品に小躍りする。

「うるせえな。後は頼んだ。適当に持ち帰って、獲物は仕留めたと頭領に言っといてくれ」

「ん? あんだよお。せっかくお前が盗った獲物なんだから、自分で報告しろよっ」

「ねみーんだよ。朝方からずっと張ってたからな。頭領には白狼は昼寝するから、決して起こすなと言いつけておけ」

 白狼は大剣に付いた血飛沫を服で擦ると、背中に担いで森とは反対側の小川のある方向へ向かって歩いていった。

「わかったよう。頭領には俺から言っとくぜえ」

 男の返事を聞き、白狼は歩を速めた。
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