風に還る時には傍に―白き狼の戦士は盲目の主君に身を捧げる―

子犬一 はぁて

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岩のような男(1)

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 フュンは良い香りで目を覚ました。香ばしく魚の焼ける匂いだった。フュンの5感は嗅覚が1番強い。遠くの空で雨が降ることを、匂いで察知することもある。あの岩のようにごつごつとした手の男が料理を始めたのか、と気づく。初対面の印象はまずまずで、良くも悪くも寡黙な男だということが知れた。必要以上のことは話さない。問いかけには応じるが、そこから話を派生させることはない。前任者とはタイプが違う。前任者の男は、乳母のように手取り足取り何でもかんでも介助したがる男で、話題も尽きなかった。いつも話しかけられてばかりで、フュンが聞き手に回ることのほうが多かったような気がする。そんな日々を懐かしく思っていると、機敏な足音が部屋に近づいてきた。

 ガラ、と襖が開き魚の匂いが強く匂う。ついで男の匂いがする。独特の獣臭さというか人に慣れていない匂いだ。

「飯だ。食え」

「ああ。さっそくありがとう。食べさせておくれ」

「?」

 おそらく白狼は戸惑っているに違いない。真面目な顔をしていながら、目だけは泳いでいる様が浮かぶ。

「餌付けも介助のひとつだ。さ、頼むよ」

 白狼が静かにその場に座る音が聞こえた。カチャカチャと器と漆器の鳴る音に加えて、気配が傍にある。

「この匂いは……鮎の塩焼きかな。微かにピーマンの香りもするな」

「鮎は沢で獲ってきた。野菜はお前の言っていた畑で取ってきて塩焼きにした」

「なるほど。では」

 フュンが口を開ける。白狼が静かに息を飲む音が聞こえた。こやつ緊張しているのか。

「おらよ」

 ぱく、と匙に載せられたピーマンを口に含む。こやつ赤子の頃に野党の頭領に引き渡され育てられたと聞くから、人に物を食べさせたことがないのか。普通、そこは『あーん』であろうて。クスクスと忍び笑いを洩らしていると、白狼の気配がむっとした。少し怒っているのかもしれない。フュンは不器用な白狼に餌付けしてもらいながら、早めの夕食を終えた。

「そなたは食べたかい?」

「ああ」

「そうか。そうしたら今度は風呂に入りたい」

「ああ」

 こやつ、言葉の意味がわかっていないな。フュンは内心忍び笑いを堪えながら

「わたしは目が見えないのだよ。そなたが風呂場でわたしの身体を清めるのだよ」

「……わかった」

 軽く、息を飲む音が聞こえた。こやつやはりわかっておらぬ。鈍感というか不器用というか。まるで獣に育てられた人間のようだ。

 風呂場まで壁伝いに沿って向かう。白狼が後ろを着いてくる。

 確かこの辺りにタオルが……うん。これだ。

「タオルはこれを使ってくれ。ん」

「ん?」

 フュンはバンザイの姿勢で白狼の動きを待つ。しかし白狼は何もしてこない。なので口にして伝えるしかない。

「服を脱がしてくれないか」

「ああ。わかった」

 腰巻の帯を解かれ、上衣を脱がされる。肌着1枚になってからは、白狼が何もしてこないのでフュン自ら脱いだ。
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