ビジネスの番なのに運命の番よりも愛してしまったからどうすればいい

子犬一 はぁて

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 起床して顔を洗い自分の顔を見る。微かに目元にクマが浮かんでいる。パックを付けて寝癖直しのためにドライヤーをする。それから何食わぬ顔をして朝食の席についた。岸本がキッチンでがちゃがちゃと食器を漁っている音が聞こえる。家庭的なメロディだ。

 何も言ってこないな……。

 小鳥遊は朝のニュースに目をやりながら目の前に運ばれてくる白米と納豆を見つめていた。朝起きた直後、岸本はいつものように「おはようございます」と言ってきた。小鳥遊もそれに応えてそれ以上の話はしていない。

 酒に酔っていたとはいえあんなことをしてしまうなんてと軽く背筋が凍るような思いがしたが、キスを受けた本人はいたっていつもと変わらない様子でいる。もしかしてあれは夢だったんじゃないかとさえ疑う。しかし岸本の唇の感触は忘れられない。柔らかくて甘い匂いがした。オメガのフェロモンとは違う岸本の体から放たれる匂いだった。甘い綿あめのような、頭を緩やかにする匂いだ。

「小鳥遊部長。昨日、鮭のムニエル食べてくれたんですね」

 小鳥遊がタッパーを洗っていると岸本はそんなことを聞いてくる。小鳥遊は小さく頷いた。

「ああ。助かった」

「美味かったですか?」

 いつも聞いてくるのは何故なんだろう。そう思いながらも「美味かった」と呟けば岸本は嬉しそうに微笑む。横に引き伸ばされた唇に自然と目がいってしまう。ほんとうにどうかしている。今はもう岸本の唇にしか目がいかない。釘付けというのはこのようなことを言うのだろう。

 休日の朝から昨夜のキスのことを引きずっている自分がひどく滑稽に見えた。ちらりと岸本の様子を伺うが、焦っていたり困っているふうには見えない。もしかしたらそこまで重要なことだとは受け止めていないのかもしれない。そう考えるとうだうだと一人で悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきて、きっぱりと忘れてしまおうと思った。
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